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Photo bygifted_colt5886

それはきっと、やりたいからやっているだけのこと

    2歳の孫が高熱を出した。

    長女からそんな連絡がきて、私は激しく動揺した。
    新しい生活の疲れが出たのか、最近流行っている風邪なのか。

    孫は春から、幼稚園の2歳児クラスに通っている。諸事情があり、娘たち夫婦は孫を幼稚園へ行かせると決めた。
    この幼稚園は2歳児から早朝保育も延長保育も可能なので、フルタイムで働く長女夫婦にはありがたい園だ。

    慣れない場所で孫も不安定になっていたので、5月までは私が毎日、定時の降園時間に迎えに行っていたのだが、6月に入り、いよいよ延長保育をお願いして長女が迎えに行くことに切り替え始めた。

    その途端に孫が高熱を出したので、「ちょっとしんどかったのかな」と皆が思った。


    結局、孫は突発性発疹で風邪ではなかったのだが、孫なりに疲れも甘えもあったのだろう、熱がかなり高く、しかも長引いた。

    長女が数日仕事を休んだが、まだ孫の症状が治まらないので、翌日からは私が朝から孫を預かることになった。

    普段ならば元気に動き回って何でもよく食べる孫が、私に抱っこされたまま離れようとせず、水分すら嫌がってグズグズ言っている。

    小さい身体なので、食べられないとあっという間に顔がきゅっと小さくなってしまい、目も虚ろでくっきりした二重だ。

    お気に入りのいちごのタオルを抱きしめて私の腕の中でじっとしている孫は、真夏に湯たんぽを抱えているように熱い。
    紙風船を潰さないようにそっと触るみたいな気持ちで、ずっと大事に私は孫を抱っこしていた。

    子どもが体調を崩すのはこんなにも儚げで心細いものだったのか。

    3人の子育てをしながらこれまで何度も繰り返してきたはずだが、我が子と孫とではなんとなく感覚が違う。
    長女の大事な宝物を守るような気持ちで、我が子の時よりも慎重に、私は孫に神経を集中させていた。


    お昼に少しだけ好きなジュースが飲めたので、午後は布団でたっぷりお昼寝ができた。
    眠るとパパそっくりになる寝顔を見ながら、この子も小さな社会の中で頑張っているんだな、と思った。

    長女からは『ごめんね』『どう?』というLINEが時々届く。しかし返信しても仕事中なのか既読が付かない時間もあるので、娘も子どもを心配しながら仕事を頑張っているんだな、と思った。

    寝ている孫の横に静かに寝転び、天井の向こう側を遠く見つめて、長女が保育園へ入園したばかりの頃を思い出していた。



    *****

    もう30年も前になるが、育休が明けた私は、2月で1歳になったばかりの長女を朝7時半から夕方18時まで保育園へ預け、職場に復帰した。

    当然のように長女はすぐに高熱を出し、熱生痙攣を起こしてしまった。その時の私たち夫婦の後悔と反省は、今でもしっかりと記憶に残っている。


    長女が痙攣を起こして救急車を呼んだ、と知った母と義母は、私たち夫婦にある提案をした。

    保育園の迎えは、定時組の降園時間である15時30分に祖母たちが行く、と言うのだ。

    「まだ1歳になったばかりの小さな子を、急にそんなに長い時間預けて、かわいそうやわ。私たちが迎えに行くから安心して」と。

    私たちは、ありがたく母たちを頼ることにした。


    当時、私の母は父の商売を手伝っていたのだが、週に3日、早く店を出て長女を保育園へ迎えに行き、私が行くまで実家で預かってくれた。

    実家は我が家から近く、仕事帰りに迎えに行くと、母はいつも夕食の一品を何かしら持たせてくれて助かった覚えがある。


    一方、遠方で暮らしている義母は、電車を乗り継いで1時間半もかけて、週に2日も来てくれていた。

    我が家の最寄り駅から長女の通う保育園まで、さらに歩いて20分はかかる。
    朝、私が保育園に預けておいたベビーカーに長女を乗せ、我が家までまた20分ほど歩いて帰ってきてもらうのだ。

    義母には我が家の鍵を渡していて、自由に入ってどこでも何でも好きに使ってください、のような任せ方をしていた。
    しかし義母なりの遠慮もあったのか、リビング以外は触らずに、いつも私が帰宅すると「おじいさんが待っているから」と言って、すぐに電車で帰って行かれた。


    こんな生活を、長女が2歳半になるまでの約1年半、母たちは続けてくれた。

    長女は、両方のおばあちゃんたちに保育園へ迎えに来てもらっていたことをうっすらと覚えていて、一緒に花を摘んだとか、歌を歌ってもらったとか、断片的な記憶はあるようだ。

    当時の私たちを支えてくれた母たちにも、また、それに協力してくれた父たちにも、私は今でも感謝している。



    *****

    仕事帰りに孫を迎えに来た長女は、ひどく疲れた顔をしていた。

    「ありがとう、大変やったよね」

    と申し訳なさそうに言う長女に、

    「あんたも大変やったね。私には何にも気を遣わなくてもいいからね。むしろ、可愛い孫ちゃんを任せてもらえて嬉しいわ!」

    と伝えた。
    長女はホッとしたような表情をし、私から孫を抱き上げると優しい母親の顔になった。


    恩送り。
    受けた恩を次の人へ渡すこと。

    私が母たちに助けられたように、今度は私が孫をみる番だと思う。でもそんな感覚は義務っぽくて違和感もある。

    実際に祖母になって思うことは、孫を預かることは負担でも何でもない、ということだ。むしろ、頼られることは嬉しい。
    可愛い孫をみることはもちろん楽しいし、何より、我が子の力になれることが親としてはとっても幸せだ。

    だから恩送りというより、私がやりたいからやっているだけだと思っている。



    孫は熱も下がり、やっといつもの元気な姿に戻った。またしばらく、私の幼稚園の迎えも再開した。
    そんな中、長女から新たな依頼をされた。

    保育園と違い、幼稚園なので夏休みがしっかりあるらしい。

    「夏休みってさ、母さんは仕事が休みやん?孫ちゃんをお願いできる?」

    ニヤッと笑いながら訊いてきた長女に、私は「もちろん、任せて!」と即答した。

    嬉しさのあまり、私はすぐに、ピンクのマジックを持って壁のカレンダー
    を一枚進めた。


    気の早い我が家の7、8月のカレンダーは、すでにたくさんのピンクのハートマークが並んでいる。






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    50代主婦、3人の子の母、次女は難病で医療的ケアが必要、散歩と珈琲好き 日々の暮らしの中で心がぐーんと動いたことを書いています 公募エッセイコンテスト16回受賞 noteパナソニック「#清潔のマイルール」グランプリ受賞/2023、2025note創作大賞エッセイ部門中間選考通過

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