
ビジネス紙と医学雑誌は、CMOをどう描いたか
このラボでは、CMO(Chief Medical Officer)を二つの立場から見てきた。米国職業環境医学会ACOEM(産業医の専門家団体)が描く、当事者から見たCMO像。そして経営コンサルのマッキンゼーが描く、経営課題としてのCMO像だ。今日はビジネス紙と、医学雑誌が描くCMO像をみていく。前者はFinancial Times(FT)、後者はJAMA。どちらも、コロナ以降に関心が高まるCMOという存在を、それぞれの角度から描いている。
FTが描いた、2021年春のCMO
2021年3月、FTが一本の記事を出した¹。見出しは「Chief medical officers are now at the heart of business(CMOはいまやビジネスの中心にいる)」。パンデミックの真っ最中だ。
記事が映すのは、現場で動くCMOの姿だ。在宅勤務の方針づくり、工場や店舗やオフィスの安全確保、段階的な出社再開の設計、ワクチン接種の後押し。そして、刻々と変わるウイルスの情報を、社内に伝わる言葉へ翻訳すること。医学的な判断を要する課題が、会社の経営に一気に降ってきた一年だった。
登場するのは実名のCMOたちだ。GoogleのKaren DeSalvo、BPのRichard Heron、Disney ParksのPamela Hymel、SalesforceのAshwini Zenooz。業種はばらばらだが、やっていることは驚くほど近い。BPのHeronは、この一年の自分を「経営陣の僚機(wingman)」と呼んだ。難しい決断の隣で、医学の視点から支える役回りだ。
私がいちばん印象に残ったのは、GoodyearのBrent Pawleckiの言葉だ²。医師同士で話す言葉と、ビジネスの人と話す言葉は違う、と彼は言う。そのうえでこう続けた。ビジネスの現場では、自分が部屋でいちばん偉い人間ではないと心得ておくことが大事だ。本当に必要とされる、その瞬間までは。
医師であることを、いったん脇に置けること。経営の場に入った医師が身につけるべき、最初の作法なのかもしれない。
JAMAが描いた、2022年夏のCMO
翌2022年、医学雑誌の系列誌『JAMA Health Forum』に論説が載った³。題は「The Growing Role of Chief Medical Officers in Major Corporations(大企業で広がるCMOの役割)」。書き手はジョンズ・ホプキンス大学の研究者と、米国医師会(AMA)の人物だ。
論説が整理するCMOの役割は、率直に言えば目新しさはない。企業に関わる健康課題に広く責任を持ち、医学的見地から規制対応を経営層に助言し、従業員の健康を管理し、医学情報を社内外に伝える。これは、ACOEMがこれまで描いてきたCMO像とほとんど重なる。挙がっている企業の顔ぶれも、FTのそれと似ている⁴。
それでも、医学雑誌がこのテーマを扱ったことには意味がある。語り手が違うからだ。「医師はもっと経営に出ていくべきだ」という同じ主張でも、産業医の利益を背負った団体が言えば、どうしてもポジショントークに聞こえる。それを、特定の職能団体ではなく、医学界全体に向いたJAMA系列誌が主張する。すると、医学界が自らの足元を見て課した宿題、という重みに変わる。
論説の結びも面白い。落としどころが「医学教育の改革」なのだ。今の医師の育て方は、臨床の専門性を深めることに最適化されていて、経営や公衆衛生を学ぶ場が弱い。健康を経営に持ち込める医師がほしいなら、医学部の基礎教育から、卒後の研修、企業での実務経験までを組み直す必要がある。論説はそう主張する。締めの一文に、その射程がよく出ている。
医師がどうすれば健康をビジネスに持ち込めるか、医療界はそれを考えるべきだ⁵。
二枚の絵から見えること
FTは、現場でいま起きていることを描いた。JAMAは、その翌年に、そうした産業界の動きを「では、こういう医師をどう育てるか」という話として論じた。パンデミックで広がるCMOを、ビジネス紙と医学雑誌とで、異なる切り口で扱った。
蛇足だがJAMAの論説には、公開後に二つの学会から反応が寄せられた⁶。職業環境医学会も予防医学会も、「うちの専門医こそ、この役割に向いている」と名乗りを上げている。椅子が置かれると、座りたい人が出てくる。見ていて少し面白い。
日本に置きかえると
米国は、「医師を企業にどう呼び込むか」「どう育てるか」で悩んでいる。その点日本は、その供給を法律がすでに担保している。労働安全衛生法によって、一定規模の会社には産業医が必ずいる。医師は、もう会社の中にいる。
足りないのは、その医師を経営につなぐ回路のほうだ。経営会議で健康を経営の言葉で語る場も、そういう医師を育てる仕組みも、日本にはまだほとんどない。ここで、Pawleckiの言葉がもう一度効いてくる。経営の場に出る医師に問われるのは、医師であること以上に、その場で健康が最優先事項ではないことを理解しながら、健康を経営の言葉で語れるかどうかだ。
おわりに
ビジネス紙が現場を写し、医学雑誌が育て方を論じた。二枚の絵は別々に描かれたものだが、並べてみると、パンデミックのあとでCMOという存在がどう大きくなってきたかが、立体的に見えてくる。
あなたの会社で、経営の言葉で健康を語れる医師は誰だろうか。すでに社内にいる産業医の顔を、一度思い浮かべてみてほしい。
📓 「CMOラボ」について
Chief Medical Officer(CMO)を日本に浸透させるためのラボ。 書き手は、日本の産業保健現場で働く産業医です。国内外の先行事例、現場で見えていることを書き溜めていきます。
当面は週3本(月・木・土)で投稿予定。
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¹ Emma Jacobs. Chief medical officers are now at the heart of business. Financial Times, 2021年3月28日.
² Pawlecki(GoodyearのCMD、前職はPitney BowesのCMD)は、ACOEMが出したCMD(Corporate Medical Director、企業の医療統括責任者)の役割定義ガイダンスの共著者でもある。本文に登場するBPのRichard Heron、DisneyのPamela Hymelも、同じガイダンスの共著者だ。FTが現場で取材したCMOたちが、ACOEMでこの職の定義を書いた人々と重なっている。
³ Myers CG, Polsky D, Desai S. The Growing Role of Chief Medical Officers in Major Corporations. JAMA Health Forum. 2022;3(7):e222194. doi:10.1001/jamahealthforum.2022.2194(Open Access)。共著者Sanjay Desai氏は米国医師会(AMA)所属。
⁴ 論説が挙げる企業はGoogle、Delta、Uber、NFLなど11社。
⁵ 原文は "it is incumbent on the medical profession to consider not only how business can influence health, but also how physicians can be best positioned to bring health into business."(Myers 2022)。
⁶ 同論説のJAMA Health Forum記事ページに寄せられた読者コメント(ACOEM会長Douglas Martin医師 2022年7月28日付、ACPM会長Tonette Krousel-Wood医師 2022年8月25日付)。