
マッキンゼーが描く「CMOの3つの型」
消費者向け企業において、CMOはどのような役割を担うのか。マッキンゼーが2022年7月に発表した記事は、その役割を3つの型に整理している¹。
マッキンゼーが描くCMO像は、医療・ライフサイエンス業界の伝統的なCMOを超えて、3つの型をミックスして全社戦略に貢献する経営機能だ。一つ目は、社内の健康方針を定め、組織文化をつくる「ポリシーメーカー兼カルチャーの担い手」。二つ目は、商品やサービスの安全性を医学的な立場から支える「患者・消費者の守護者」。三つ目は、医学的な知見を新しい事業やサービスの開発につなげる「成長戦略家」。
実際のCMOの仕事は、3つのうちどれか1つにきれいに収まることは少ない。複数を兼ねることが多いが、中心となる役割は明確にする。マッキンゼーはこれを"one archetype should be dominant"と表現している。役割を広げすぎて何でも引き受ける曖昧なポジションにしない。これがマッキンゼーの軸だ。
過去記事「CMOとは何か」では、CMOをCFO・CTOと並ぶ経営機能として位置づけ、Delta Air LinesのHenry Tingにも軽く触れた。今回は、Tingを含む4人のCMOを、マッキンゼーが整理した3型の中に位置づけ直していく。
なぜマッキンゼーがCMOを取り上げたのか
医療やライフサイエンスの業界では、CMOは古くから患者安全を担う職種だった。一方、一般消費者を顧客とする企業がCMOを経営陣に置く動きは、比較的新しい²。
その広がりを後押ししたのがCOVID-19だった。感染対策のルールづくり、職場復帰の判断、従業員への情報提供、メンタルヘルス支援。医学的判断を必要とする課題が、企業の経営に一気に降ってきた。そこでCMOを新たに置いたり、もともとあった役割を広げたりする企業が増えた。役割は感染症対応にとどまらず、社内の健康方針や企業文化づくり、規制当局との連携、経営戦略への助言、商品やサービスの安全性、従業員の健康や福利厚生にまで広がっていった。
マッキンゼーがこの記事で書いているのは、CMOの「理想像」ではない。会社の事業や戦略によって、求められる役割は変わる。10人のCMOとの議論や4社の具体例を通じて、CEOがCMOの役割を設計するための地図を示している。
3つの型
① ポリシーメーカー兼カルチャーの担い手
(自分の役割に関連すると回答したCMO:90%)
社内の健康方針を定め、それを企業文化として根づかせる役割である。調査対象となった10人のCMOのなかでは、最も多くの人が自分の仕事に当てはまると答えており、実際に最も多くの時間を割いていた。
主な仕事は、復職方針の策定、健康指標やコンプライアンス状況の確認、ウェルビーイング施策の設計、従業員向けの健康情報の監修など。今後は、メンタルヘルスや仕事への満足度も含め、従業員のウェルビーイングを幅広く支える役割へ広がっていく。記事はそう見立てている。
② 患者・消費者の守護者
(自分の役割に関連すると回答したCMO:80%)
患者や消費者、製品・サービスの利用者の安全を守る役割である。3つのなかでは、医療・ライフサイエンス業界の伝統的なCMO像に最も近い。
規制を踏まえた社内方針の策定、研究開発、臨床開発、メディカルアフェアーズなどが主な仕事になる。役割の中心は今後も変わらないが、ウェルネス関連製品への評価や、調達・製造・輸送を含むサステナビリティ施策にも、医学的な立場から関わる場面が増えていく。
③ 成長戦略家
(自分の役割に関連すると回答したCMO:60%)
医学や健康に関する知見を、会社の成長につなげる役割である。企業開発や外部企業との提携に関わり、本業の周辺にある新しい事業機会を探る。
記事では、薬局、クリニック、データ活用、デジタルヘルス、市場アクセスなどが具体例として挙げられている。事業提携にとどまらず、場合によってはM&Aを主導することもある。①のポリシーメーカー兼カルチャーの担い手と並んで、今後役割が大きく広がるとされる型だ。
3つの割合を合計すると230%になる。1人のCMOが複数の役割を担っているからだ。実際の仕事は、1つの型に収まりきらない。それでも、どれを中心に据えるかは明確にする。マッキンゼーはこの線を崩さない。
代表事例で読む3つの型
マッキンゼーは、3つの型を具体的に示す人物として、4人のCMOを紹介している。
Delta Air LinesのHenry Ting、KrogerのMarc Watkins、PepsiCoのPietro Antonio Tataranniは、それぞれ「ポリシーメーカー兼カルチャーの担い手」「患者・消費者の守護者」「成長戦略家」の具体例だ。そしてUnileverのDiana Hanは、その3つの型を横断する存在として描かれている。順に見ていく。
Delta Air Lines――Henry Ting
ポリシーメーカー兼カルチャーの担い手
Henry Tingは、Delta Air LinesのChief Health and Well-Being Officerである。7万5,000人を超える従業員と、年間2億人の乗客を抱える航空会社で、健康・安全・ウェルビーイング戦略を統括している。
彼の担当範囲は、従業員の健康管理だけではない。健康保険、福利厚生、ウェルビーイングのプログラムやプラットフォーム、さらにデータやテクノロジーの活用まで含まれる。健康施策を人事や福利厚生の中に閉じ込めず、従業員の状態を企業文化や顧客体験にまでつなげる。それがTingの役割だ。
Deltaが考えるウェルビーイングは広い。身体、感情、社会、経済、スピリチュアルの5つの側面から成り、対象も従業員本人だけではなく、その家族まで含まれる。パンデミック中に生まれた役職ではあるが、単なる感染症対策の責任者ではない。従業員と家族の生活全体を支えることが、会社の安定やサービス品質にもつながるという発想がある。
Tingは、従業員の健康を重視する理由をこう語る。
「私たちは従業員の健康とウェルビーイングを重視している。従業員を大切にすれば、従業員がお客様を大切にする。その好循環を信じている」
従業員の健康を、福利厚生の一項目としてではなく、顧客への接し方や事業の質に返ってくるものとして語っている。健康の話を、経営の言葉でしている。
Ting自身の経歴も、この役割の広さを支えている。心臓カテーテル治療を専門とする循環器内科医として働いた後にMBAを取得し、ヘルスサービス研究や医療経営を経てDeltaに移った。本人が「私の貢献は、健康やヘルスケアに限らず、事業全体のビジョンと戦略に及ぶ」と語るように、彼の仕事は従業員の健康管理だけにとどまらない。
ポリシーを作るだけでなく、それを会社の価値観として根づかせる。健康・安全・ウェルビーイングを企業文化と顧客体験にまで接続するこの仕事ぶりは、「ポリシーメーカー兼カルチャーの担い手」という名前のとおりだ。
Kroger――Marc Watkins
患者・消費者の守護者
Marc Watkinsは、KrogerのCMOである。公衆衛生と産業医学を専門とする医師として、2015年にKrogerに加わった。
Krogerでの役割は、大きく二つある。一つは、50万人を超える従業員の安全とウェルネスを支えること。もう一つは、顧客がより健康に暮らすための食品、健康、栄養に関するサービスに関わることだ。
Krogerの場合、CMOの仕事は社内だけで完結しない。食品小売という事業の性質上、顧客が何を食べ、どう健康を保つかにも関わる。従業員の安全、顧客の健康、食品や栄養に関するサービス。そのあいだをつなぐのが、KrogerにおけるCMOの役割だ。
COVID-19対応でも、Watkinsの役割は明確だった。記事によれば、KrogerはCOVID-19ワクチン接種の提供と、従業員・顧客への正確な情報提供の最前線にいた。パンデミック対応を一過性の危機対応で終わらせず、次の健康危機に備える力として残す。Watkinsの発言からは、そういう問題意識が読み取れる。
Watkinsは、CMOの組織上の位置づけについて、次のように述べている。
「CMOは、会社の方針や組織の方向性に実質的な影響を与えられるよう、組織内で適切に位置づけられなければならない」
単に「CMOを置くべきだ」という話ではない。医学的な助言をするだけの存在にとどまるなら、会社の意思決定には届かない。オペレーション、人事、コミュニケーションといった重要部門と連携し、実際の方針や組織運営に影響を与えられる位置にいるか。そこまで含めての注文だ。
公衆衛生上のリスクに対応し、従業員の安全を支え、顧客の健康にも関与する。Watkinsの立ち位置は、社内の産業医というより、企業活動全体に健康と安全の視点を通す責任者に近い。
PepsiCo――Pietro Antonio Tataranni
成長戦略家
Pietro Antonio Tataranniは、PepsiCoのCMOであり、Global R&D, Life SciencesのSenior Vice Presidentでもある。米国立衛生研究所の臨床科学者や、製薬業界の医師科学者を経て、PepsiCoに移った。
Tataranniの事例は、DeltaやKrogerとは見える景色が違う。中心にあるのは、従業員の健康管理ではなく、商品と事業そのものだ。
記事が挙げる彼の活動は、既存ブランドの栄養面の改善、新しい食品・飲料の開発、そして個人の健康とウェルビーイングを高める技術をより多くの人に届けること。医学やライフサイエンスの知見を、商品開発とR&Dに直接持ち込んでいる。
Tataranniは、PepsiCoという会社の影響力をこう語る。
「世界のどこかで、1日に10億回以上、誰かが私たちの製品を口にしている。これは、私たちにとって巨大なキャンバスだ」
医師として目の前の患者を一人ずつ診るのではなく、世界中で消費される商品を通じて人々の健康に働きかける。健康を守るだけでなく、健康を軸に商品を変え、事業を変え、市場機会を広げる。Tataranniの言う「キャンバス」は、そのための巨大な事業基盤だ。
ただし、商品開発だけに閉じているわけでもない。記事は今後のCMOの役割として、人事部門への戦略的助言、従業員向け福利厚生の利用促進、安全な職場復帰への関与も挙げている。成長戦略家であっても、従業員の健康や働き方から完全に離れるわけではない。3つの型は、きれいに分かれず重なり合う。
医学・ライフサイエンスを、健康管理ではなく成長戦略のエンジンとして使う。既存商品の栄養改善、新製品開発、健康技術の普及、そして隣接領域への事業拡張。ここでのCMOは、事業の外側にいる助言者ではなく、事業そのものを変える側に立っている。
Unilever――Diana Han
3つの型を横断するCMO
Diana Hanは、UnileverのChief Health and Well-Being Officerである。マッキンゼーは、彼女を3つの型すべてにまたがる、新しい多面的なCMOの例として紹介している。
Hanは、Unileverに移る前に、GE、Haier、Baptist Health、Humanaなどで、医療、組織、人材、製品開発に関わる経験を積んできた。医療だけではなく、人事、事業、製品開発をまたいできたことが、彼女のCMO像の土台になっている。
Hanは、従来のCMO像についてこう語る。
「CMOを、産業保健だけに狭く焦点を当てた役割として捉える時代は、急速に過ぎ去りつつある」
この一文は、マッキンゼー記事全体の問題意識と重なっている。企業のCMOは、もはや健康診断や産業保健だけを見る存在ではない。COVID-19を通じて、従業員の健康とウェルビーイングは、経営そのものの課題として浮上した。
Hanの事例には、もう一つ軸がある。CMOをP&L(損益)に貢献する経営資源として捉えている点だ。記事によれば、先進的な企業は、拡張されたCMOをP&Lへの中核的なリソースとして受け入れ始めている。Han自身も、Unileverの経営陣が、従来は「会社のお医者さん」だと思っていた存在を、コア事業開発のための専門性として活用する利点に気づき始めていると語っている。
医療職であることをやめたわけではない。医療や健康の専門性を、健康管理だけでなく事業開発や成長にも使う。専門性の置き場所が、管理部門から経営の中心へ移っている。
Hanは、データの重要性も強調する。
「もはや、逸話だけで経営する時代ではない。社内外のデータを集約・分析し、実行可能なインサイトに変える力が、現代のCMOにとって不可欠になる」
健康施策を経験談や現場感覚だけで語らず、社内外のデータを経営が動ける知見に変える。Hanはそこまでを、CMOの仕事に含めている。
Diana Hanは、3つの型のどれか一つに収まる人物ではない。産業保健に限定されないウェルビーイング、データに基づく意思決定、事業開発への貢献、P&Lへの接続。マッキンゼーが描く新しいCMO像は、彼女の言葉に最も濃く出ている。
4人を並べると、違いがはっきりする。Tingは、従業員のウェルビーイングを企業文化と顧客体験につなぐ。Watkinsは、従業員と消費者の安全・健康を守る。Tataranniは、医学・ライフサイエンスを商品開発と成長戦略に持ち込む。Hanは、産業保健、ウェルビーイング、データ、事業開発、P&Lを横断する。
CMOという役職は、一つの形に固定されているわけではない。企業が何を健康課題と捉え、何を事業戦略と結びつけるかで、姿が変わる。マッキンゼーが4人の事例で示しているのは、この幅の広さだ。
マッキンゼーの警告
記事のなかで、次のような一文がある。
「消費者向け企業にとってのリスクは、CMOの役割が何でも引き受ける仕事の寄せ集めとなり、戦略上の優先課題から注意をそらしてしまうことだ」
マッキンゼーは「CMOを置けば問題が解決する」とは言っていない。役割を広げすぎた結果、CMOが何を担う人なのか分からなくなり、会社の戦略から外れる。それを警告している。
だからこそ、どの型を中心に据え、会社の優先課題とどう結びつけるかを設計する。それがCEOの仕事だ、というのが結論だ。
産業医から読む——日本の現在地
ここまで4人のCMOを見てきた。最後に、この3つの型のCMOと日本の統括産業医像を並べてみる。
正直に言えば、②患者・消費者の守護者と③成長戦略家は、日本の統括産業医の仕事とは重ならない。商品の安全性に医学の立場から関わる、新規事業やM&Aに踏み込む。こうした役割は、統括産業医の業務射程の外にある。
重なるのは①ポリシーメーカー兼カルチャーの担い手だ。健康指標のモニタリング、復職方針の策定、ウェルビーイング施策の設計、従業員向けの健康情報の監修。これらは、統括産業医の多くが日常的に関わっている。仕事の内容だけを並べれば、驚くほど近い。
ただし、決定的に違う部分がある。①で描かれたCMOは、自分が定めた方針が全社方針として経営会議で承認され、企業文化として根づくところまで責任を持つ。その役割が経営の意思決定ラインに組み込まれている。
日本の統括産業医も、①とほとんど同じ仕事をしている。違うのは、その仕事が経営にどれだけ近いところで行われているかだ。
マッキンゼーが描くCMOがあれだけ動けるのは、突き詰めれば、経営との距離が近いからだ。方針が経営会議のテーブルに乗り、全社の決定として返ってくる。その関係性があって初めて、①は機能する。日本で、ここまでの関係を経営とのあいだに築けているケースは、まだ少ない。
📓 「CMOラボ」について
Chief Medical Officer(CMO)を日本に浸透させるためのラボ。 書き手は、日本の産業保健現場で働く産業医です。国内外の先行事例、現場で見えていることを書き溜めていきます。
当面は週3本(月・木・土)で投稿予定。
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¹ Callaghan S, Jeyaindran S, Pione A, Rix M. The rise of the chief medical officer in consumer-facing companies. McKinsey & Company, Retail Practice, July 2022. https://www.mckinsey.com/industries/consumer-packaged-goods/our-insights/the-rise-of-the-chief-medical-officer-in-consumer-facing-companies
² ただし、すべての会社でCMOの仕事がCOVID-19対応から始まったわけではない。たとえばKrogerでは、Marc Watkinsがパンデミック以前(2015年)からCMOを務めていた。COVID-19は、消費者向け企業におけるCMOの必要性を広く認識させ、その役割を大きく広げた契機と捉えるのが正確だろう。