
【第五章】 決断
私は仕事にやりがいを感じていました。
生死の境をさまよいながら手術を終えた患者さんを支え、医師と連携しながら退院まで見届ける。
その過程に、私は看護師としての誇りを感じていました。
何より、婦長さんをはじめスタッフとの関係が良く、和気あいあいと楽しく仕事ができていたことも、辞めたくない理由のひとつでした。
婦長さんは、小さな子どもを抱える私をいつも気遣ってくださり、なるべく休みを調整してくれていました。また、スタッフみんなが少しでも早く帰れるよう協力し合いながら仕事を終わらせてくれていました。
この頃には手術パスが導入されていました。手術の日程に合わせて、入院から退院までのスケジュールがあらかじめ組まれており、患者さんにとっても医療者にとっても、治療をよりスムーズに進められる仕組みになっていました。
そんな恵まれた環境の中で働いていました。
だからこそ、退職を決断することは簡単ではありませんでした。
でも私は、
その環境をすべて手放すことにしました。
今ならまだ間に合う。
今ならまだ、娘に十分な愛情を注いであげられる。
これ以上無理を続ければ、取り返しのつかないことになるかもしれない。
私はそんな危機感を抱いていました。
そして何より、
「6歳の壁」を越える解決策を見つけることができませんでした。
看護学校を卒業して市民病院に就職してから10年。
産休や育休を取りながら働き続けてきました。でも、その頃の私はどこかで感じていました。
「もうここまでかな」と。
10年間続けてきた看護師人生に終わりが見えた瞬間でした。
その時の私は肩の荷が下りるような安堵感と、大好きな仕事を手放す寂しさの両方を感じていました。
最後に病棟で送別会を開いていただきました。
最後の挨拶では、婦長さんやスタッフの皆さんと一緒に働けたことへの感謝を伝えました。
本当は、まだまだこの病棟で働きたかったこと。
「6歳の壁」に直面していること。
そして、これからは娘にもっと愛情を注いであげたいと思っていること。
そんな気持ちを、ありのまま話しました。
すると、婦長さんや同じように小さな子どもを育てているスタッフが、私の話を聞きながら涙を流してくれていました。
その姿を見て、胸がいっぱいになりました。
やっぱりこの仲間たちだったから、どんな困難も乗り越えてこれたんだと。
そう思えるほど信頼できるスタッフに恵まれていました。
病棟勤務は一年にも満たない期間でしたが、看護師として大きなやりがいを感じられた時間でした。
温かく優しいスタッフに囲まれながら働けたことは、私にとって何にも代えがたい財産です。
この病棟での時間が最後の彩りを添えてくれました。
そして私は、
市民病院での看護師人生に、一区切りをつけました。
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