
世界一孤独なアンコール
ライブには、アンコールというものがつきものである。もはや、アンコールは様式美と言ってもよいほどに浸透しており、逆に、アンコール無しで終わったライブなど見たことがない。
いったん、「最後の曲」が終わったあと、演者は舞台袖にはけていくのであるが、会場の照明は明るくならないまま、観客は手拍子を始める。
そうして、どこからか勇気ある者の「アンコール!アンコール!」との発声が始まると、次第にほかの客へと伝播していき、「アンコール」の合唱となるのである。
この「アンコール」の合唱を受けて、演者は再び舞台へと戻ってき、1曲ないしは2曲ほどの追加演奏を届けてくれるのだ。
やってくれるとはわかっていつつも、やっぱり舞台に戻ってきてくれると嬉しいし、演者の気持ちはわからないが、きっと自分たちの演奏をまだ聴きたいという観客の想いは嬉しいのではないかと思う。
さて、前置きが長くなってしまったが、これは私が高校生の頃の話である。
私の通った公立高校は、生徒を管理することを至上命題としているような学校であり、勉強を始めとして、ありとあらゆるところにその努力を惜しまない教師達により運営されていた。
私は、高校2年生のころ、図書委員会の委員長を務めていた。
しかしながら、顧問の教師は、常に自分が主導権を握らないと気に入らないタイプの中年女性で、
「図書委員長は、居てくれさえいれば誰でもいい。実際は、私がやるから。」
といった発言をするような教師であったのだ。
この発言が、この学校の教師達の考え方を象徴するようなものであると考えていただきたい。
なお、当時は私も私でクレイジーであったため、この発言には大層腹を立て、人生初の「辞表」をしたためた上で、図書委員長の座を放棄したのである。
そして、このような教師による管理は、生徒の最高自治組織である生徒会執行部にまで及んでいたのである。
ある時、この公立学校は何の目的からなのか、生徒たちに音楽演奏を聴かせててやろうと思ったらしい。どの教師だかの知り合いだったのか、真剣に選んで招いたのかは知らないが、この学校の体育館のステージにバンドがやってきたのである。
とはいえ、名門の公立学校でもなければ、私立の高校でもないのである。呼ばれたバンドの存在を知る生徒は、おそらく皆無であった。
その後、そのバンドがどんな演奏をしていたのか、私は覚えていない。少なくとも、私が好むようなロックバンドではなかったと思うし、感動するほど上手いわけでも、逆に、記憶に残るほど下手なわけでもなかったと思われる。ただ確かなことは、それほど盛り上がってはいなかったということである。
そして、事件は、全ての演奏が終わったあとに起きたのである。
この演奏会は、明らかに教師たちの企画でありながら、主催は生徒会執行部という体裁にされていた。このため、この日の司会を担当していたのは、生徒会の議長を務める、まじめな馬場君だったのである。
彼はとてもいいやつなのであるが、決して、クラスの中心となるようなお調子者タイプではなかった。
今でいう陽キャとはかけ離れた位置にいる彼が、バンドが演奏を終えて退場した後、突如、手を叩きながら大声でこう叫び始めたのである。
「そーれ、アンコール!アンコール!」
……。
体育館に冷めた空気が流れた。
笑う者がいれば、むしろ、そのほうが彼にとってもよかったであろう。彼にとっては、後々までおいしいネタになるからだ。
しかし、その掛け声を聞いた我々は、何かこう、むずかゆい感じとなったのである。当時、「共感性羞恥」という言葉は知らなかったが、私が初めてこの言葉を知った時、この時のことをいの一番に思い出したほどである。
当然ながら、その後、馬場君の勇気に続くものはおらず、結局、彼はバンドが再び登場するまで、一人で「アンコール」を続けたのであった。
それにしても、なぜ、彼はあそこまで一生懸命に「アンコール」をしなければならなかったのか。
最初の「そーれ」は、「誰か、俺に続いてくれ」という彼の内なる思いが形となったためではないか。
など、私は彼の心情を思えば思うほど、その後ろにいて彼にアンコールをけしかけた存在を想像せずにはいられないのである。
とはいいつつも、今振り返れば、真面目な男子高校生がたった一人で「アンコール」を必死に連呼するのは、非常に面白い光景ではあったのである。
悪いとは思いつつも、私は、今でもライブのたびに彼のことを思い出し、少しニヤニヤしてしまうのである。