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小役人日記 新規採用編①新採研修

     この日記は、私の役人としての振り返りを綴るものである。身バレ防止と守秘義務の観点から、記載する内容には著しい制約がかかるのであるが、一部虚実を交えるとともに、個別性のあることは一切書かないという手法により、これらを乗り越えたいと思う。

     大学を卒業後、私は、とある地方の出先機関(中央省庁が地方に設置している組織。つまり、私は国家公務員である。)に就職した。なぜそこに就職することとなったかについては、また別の機会に譲るとして、とにかく役人としてのスタートを切ったわけである。

     役人としての第一日目、私は霞ヶ関への出張を命じられた。霞ヶ関で行われる研修に参加するためである。何も初日から行かせることはないだろうと思うのだが、鉄は熱いうちに打て、ということだろうか。私は、辞令交付が終わるやいなや、たった一人の同期である鶴岡君とともに、霞ヶ関へと赴いたのだ。

     研修の参加者は、本省庁の採用者が多くを占め、私たちのような出先機関組は、そこの末席に加えてもらっているような立場であった。この研修は一週間ほど続いた。わずかな休憩時間を挟みながら、公務員倫理、ビジネスマナーといった基本的な事項から、省庁が所管する制度の概要まで、多岐にわたってみっちり勉強させていただいた。

     そんな中でも、我々出先機関組が気になったのは、今後、我々の組織がどうなるかということである。あれから10年を優に超える時間が経った現在でも、我々の組織は存続しているのであるが、当時は地方分権の流れから、出先機関廃止論が現実味を持って議論されており、採用直後にもかかわらず、「いつ自分たちの組織が消滅するのか」を心配する有様だったのである。

     多くの研修を受ける中で、省庁の歩みを勉強する機会があった。そこでの質疑応答の時間、私は、思いの丈をぶつけることにしたのだ。

     「私は、出先機関から参加しています。将来において、出先機関の役割はどのように変わっていくと思われますか。これからも、国が地方に根ざして活動する意義はあるのでしょうか。」

     その時の講師の回答は、実に淡白なものであった。

     「正直よくわかりませんが、様々な検討がなされていると承知しています。」

     私は、そんな答えが聞きたかったわけではない。どうなるかわからないことくらい、百も承知である。ただ、私は別の言葉を期待していたのだ。

     その日の夜、各地方からわざわざ東京にまで来ているにもかかわらず、出先機関組の同期数人でファミレスへと繰り出した。いずれも、まだ20代前半の青年たちである。否が応でも会話は盛り上がる。途中、ペレットにハンバーグを押しつけて「焼き土下座」と言って場を白けさせるやつもいたが(もちろん、私のことである。)、やはり話題となったのは、これからの我らの組織のことである。

     最初こそ、「中馬はよく言ってくれたのに、何だよあの回答は?」とか、「俺達の不安をわかってねーよ」とか、講師に対する非難で盛り上がっていたのだが、そのうち、「所詮、俺達は枝葉なのさ」と、やさぐれた雰囲気になってきた。

     そもそも、私たちは採用数日の身。というか、自分たちの出先機関の庁舎には一時間くらいしか滞在していなかった状態なわけであるが。

     こうしたどんよりとした空気を変えたのは、鶴岡君の一言だった。

     「地方分権が進んで出先機関が廃止されたら、僕らはどこにいくのかな?やっぱり、県庁?」

     私たちは、互いに顔を見合わせた。そして、おそらく全員がこう思ったのである。

     (県庁に行けるなら、悪くないのでは。)

     そう。出先機関の職員というものは、得てして都道府県庁の採用試験も受けているものなのである。そして、それに落ちて涙をのんだ者も大勢いるのだ(例えば、私である。)。

     こうして、採用直後、まだ働き始めてもいない頃から県庁への転職を夢想するという、私の役人生活が始まったのである。

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     小役人日記 新規採用編②最初の仕事

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     小役人日記 出先機関復帰編


     
     
     
    40歳前後の国家公務員。小役人の日常や子どもの頃の出来事など、実話をもとにしたエッセイを書いています。

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