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小役人日記 霞ヶ関出向編④組織改編

     霞ヶ関への出向から一年が経ち、私は予算要求の業務から離れ、地方の組織管理を行う業務についていた。しかし、この年はいわゆる「大変な年」であったのである。

     本日記の最初の回で地方分権の話に触れたが、この年は大規模な組織改編が行われることとなった年の一つで、組織こそ廃止とならなかったものの、様々な業務が出先機関から地方(都道府県や市町村)へと移管されることになったのである。

     国の組織というものは、全ての所掌業務が法令により定められている。〇〇省庁設置法を頂点とし、その下には組織令(政令)、組織規則(省令)、組織細則(内部規程)などが設けられ、省庁が担う業務がくまなく規定されているのである。

     この時の私の業務に、これらの内容を漏れなく改正するというものがあった(主に省令や組織細則)。「単に、該当の条文を削除するだけではないのか。」と思われるかもしれないが、削除対象となる条文は他の箇所でも引用されていたり、その条文中の一部の業務のみが移管されるケースもあるのである。
     
     ついでにいえば、経過措置とやらで、しばらくは国が関与を続ける場合などもあった。今回の地方分権による対応を踏まえつつ、一つひとつの規定が意味するところや、他の条文との関係性を丁寧に確認せざるを得ないのだ。法治国家として、誤りや矛盾のある法令はあってはならないのである。

     さて、多忙な時期は重なるもので、この時期、妻は妊娠が判明した。特に三ヶ月目からはつわりがひどく、何も食べられない状態になっていたのである。結局、彼女は一週間ほど入院し、点滴を受けるまでになった。

     このとき、唯一食べられたのが梨であった。私は、この一週間を夏休み(国家公務員は7〜9月の間で連続する3日間の特別休暇を取得できる。)にあて、梨をひたすら剥いて病院へと届ける毎日を送った。

     妻の退院後も激務は続いた。組織改編はあくまでイレギュラーな追加業務であって、通常の組織管理業務(増員要求や人事管理など)も減るわけではないのである。一年前にチームを組んだ市川係長も、相変わらず予算業務で忙しそうであったが、肩を揉む余裕はなかった。

     妻の出産予定は三月下旬であった。よりによって年度末という組織改編のクライマックスの時期である。妻には里帰り出産をしてもらうこととし、私は最後までこの仕事に取り組むこととした。

     子供が生まれたら、もちろん仕事は上司にでも預け、妻のもとへ駆けつけるつもりではあったのであるが、三月を迎えてからは内心穏やかではない日々が何日も続いたのである。

     しかし、我が子は最初の親孝行として三月中の出生を保留し、年度が明けた四月に誕生したのである。既に組織改編の仕事をなし終え、次の部署へと異動していた私は、出産こそ立ち会えなかったものの、その数時間後には娘に会うことができたのだ。

     生まれたときから準備万端とばかりに髪がふさふさであった我が娘は、大きな2つの瞳で私をじっと見ていたのである。

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    40歳前後の国家公務員。小役人の日常や子どもの頃の出来事など、実話をもとにしたエッセイを書いています。

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