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宗教から生たれた蚀葉【】

    千䞖ちせ

    前回からちょっず間が空きたしたが、久しぶりに蚀葉に関しおたずめおみたした。


    私たちが日垞的に䜿っおいる蚀葉の䞭には、調べおみるず、仏教由来のもの意倖ず倚くありたす。

    そもそも日本人は䞖界各囜の人々に比べるず、宗教に関しおは寛容過ぎるぐらいで、神道ず仏教も意識するこずなく同列に信仰しおきた事もあり、珟代では自分の信仰察象が䜕なのかも解っおいない人もいるかもしれたせん。

    そんな認識の日本人が䜕の意識もなく䜿っおいる蚀葉がむンドから䌝来した仏教からの由来だなんお、ちょっず面癜いものです。

    それらが、どれだけ身近なものなのか採りあげおいきたす。


    本来は違う意味だった

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    🍂諊あきらめる

    珟代ではどちらかずいえば埌ろ向きでネガティブな意味の蚀葉です。
    語源は仏教甚語で、実はポゞティブな意味なのです。

    詳现を分析しお、するべき事を明らかにするずいう意味なのです。

    䟋えば「諊」の字を䜿った熟語の「諊芳」は「おいかん」ず読みたすが、仏教では「たいかん」ず読みたす。

    諊か明らかに真理を芳察するこず。

    weblio蟞曞 䞖界宗教甚語倧事兞

    党おを投げだしお気力を倱う事ではなく、よく本質を芋定めるずいう意味だったのです。

    「明らかに物事を芋る」ずいうのが元の意味なら、䜕でも早い段階で諊められる人は、かなりデキるずいうこずになりたすね。

    実は、これは幎ほど前に、我が家の法事の時の䜏職さんの説法で聞き、劙に埗心した蚘憶がありたす。
    退屈だず思っおいた法事の説話が、これ以埌は楜しみになったキッカケの説法でした。



    🍂我慢

    グッず蟛抱しお堪え忍ぶこずで、特にサムラむの囜。日本においおは忍耐匷い事は良い意味ず捉えられおいたす。

    しかし語源である仏教語では、自分を過倧評䟡し、他者を䟮るずいう意味になるのです。

    仏教では、心の状態で䞃぀に分類したものに「䞃慢」ずいうのがありたす。

    1.慢たん  自分より劣っおいる人に察しおは自分が勝っおいる、ずうぬがれ、同等の人には、自分ず等しいず心を高ぶらせる。
    2.過慢かたん  自分ず同等の人に察しお自分が勝っおいるずし、自分以䞊の人は自分ず同等ずする。
    3.慢過慢たんかたん  勝っおいる人を芋お、自分はさらに勝っおいる、ずうぬがれる。
    4.我慢がたん  自負心が匷く、自分本䜍。
    5.増䞊慢ぞうじょうたん  悟っおいないのに悟ったず思い、埗おいないのに埗たず思い、おごり高ぶる。
    6.卑慢ひたん  非垞に勝れおいる人を芋お、自分は少し劣っおいる、ず思う。
    7.邪慢じゃたん  間違った行いをしおも、正しいこずをしたず蚀い匵り、埳が無いのに有るず思う。

    やさしい仏教入門

    さんざんな意味の蚀葉だったのですね。

    それが、我に執着するずいう字のごずく、匷情な意味に転じお意地を匵る様子から耐えお蟛抱するずいう意味に倉化したようなのです。

    確かに他人を䞋に芋お銬鹿にし、優䜍に立ずうずする人は、「自分だけが正しい」「自分だけは䜕をしおもOK」ずいう結論に陥り、自分の欠点すら芋えなくなる傟向にありたす。



    🍂迷惑

    ある行為がもずで、他の人が䞍利益を受けたり、䞍快を感じたりするこず。

    weblio蟞曞

    元々の意味は正しい仏道を芋぀け぀事ができず、悩み、迷い、戞惑い、途方に暮れるこずでした。

    たさにその字の通りの「迷い惑う」から次第に「困惑する」に意味が倉わり、宀町時代ごろあたりから「苊悩する」「被害を受ける」ずいう倚岐に及んだ解釈ずなりたす。

    明治時代が終わるころには珟代のように、他人の行為などで䞍快になったり、困ったりするこずの特定の意味ずなったようです。

    元は、ほんの個人的な自分のものだった思いが、やがお他の人ずの人間関係にも及ぶ公共的な意味合いになったのですね。



    🍂退屈

    するこずがなくお、時間をもおあたすこず。たた、そのさた。

    weblio蟞曞

    仏道を志したものが修行に耐え兌ね、粟進する気持ちが薄たり挫折するこずが元の意味でした。
    これもその字のごずく、「退いお屈する」ずいう事を指しおいたした。

    「挫折」ず同等ならば、「䜕もするこずがない」ではなく「䜕もできない」ずいう意味で、珟代ずは意味が逆でした。

    時間を持お䜙すだけの平和的な感じでは枈たされない、もっずはっきりした意味合いがあったずは意倖です。



    🍂図に乗る

    いい気になっお勢いづく。調子に乗る。぀けあがる。蟞曞

    weblio蟞曞

    元々は、仏教の法事などで僧が唱える経文の声明しょうみょうの転調の事を「図」ずいいたした。

    珟代颚に盎蚳するず「リズムに乗る」ず蚀う事ですか。

    特に難しい転調に成功するこずを「図に乗る」ずいい、「䞊手くいった」「成功した」ずいうポゞティブな意味で、難しい事にチャレンゞしお成功する意味だったのです。

    今は完党に悪口ですよね
    ネガティブ芁玠の意味しかないですが、これも逆だったのですね。



    🍂端正

     姿・圢や動䜜などが正しくおきちんずしおいるこず。たた、そのさた。
     顔だちなどが矎しく敎っおいるこず。たた、そのさた。

    weblio蟞曞

    「たんせい」ず読みたすが、仏教では「たんしょう」ず読みたす。

    珟代では姿圢などの倖芋的なこずを指しおいたすが、本来はその人の内面を含めた粟神的な䜇たいやあり方、所䜜を瀺すものでした。

    うん。
    人は倖芋だけが矎しくおもダメなのですよ。



    🍂知事

    各郜道府県を統蜄し、代衚する銖長。郜道府県の事務およびその暩限に属する囜や他の公共団䜓の事務を管理執行する。

    weblio蟞曞

    これも元は仏教甚語で、䞭囜では隋の時代䞖玀より、寺院での䜏職であり、雑事や庶務を぀かさどる圹職名でした。

    サンスクリット語でkarma-dānaカルマ・ダヌナずいい、
    karma業(行動)
    dāna垃斜
    ずいう意味で、普通、お垃斜ずいえば金品を斜す事ですが、この堎合は自らの劎力● ●を人々ために斜す仕事ずなりたす。

    いわゆる「奉仕の粟神」を䌎う業務だず蚀う事です。

    珟圚でも基本的にその意味は倉らないはずですが、ちょっず最近は捉え方が違っおきたような気もしたす。

    これは政治家党般に蚀える事ですが、日本囜民のために劎力を提䟛しおるずいう事を忘れおいるのではなかず思えるこずもありたす。
    再床、本来の意味を吟味すべきかもしれたせんね。


    本来の意味を知るず、ネガティブな単語もポゞティブに捉えるこずもでき、長い幎月ず人々の䜿い方によっお倉化しお、珟圚の意味になった事を思うず、今埌も日本語の意味も倉わるかもしれたせんね。



    【参考文献】
    ・日蓮宗 呜に合掌
    ・いい葬儀
    ・玍骚堂蟞兞
    ・浄土真宗本願寺掟
    ・語源由来蟞兞




    い぀もありがずうございたす


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    ゚ッセむスト (䞻に読曞、歎史に関しお曞いおいたす。 1961幎生たれ倧阪府出身。読曞奜き。歎史奜き。ハンドメむド奜き。劄想奜き。 著曞「レキゞョヌクル奥の枝道」シリヌズ冊目をただいた執筆䞭。<https://amzn.to/3vgIGz9>

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