メインコンテンツへスキップ
見出し画像

「自由」は、なぜ憲法に書かれているのか|公共・政治⑪ 自由権(精神の自由)

    「自由」という言葉は、身近なようで、授業で扱うと意外に難しいものです。

    その難しさを、今回は尾崎豊の『15の夜』を流して考えてもらいました。
    正直、令和のこの生徒たちに尾崎が通じるとは思っていませんでした。

    面白いのは、知っているのがサビの部分だけということでした。
    「盗んだバイクで走り出す」。
    あの一節は歌えるのに、誰の曲かは曖昧、という子が多い。
    おそらく彼らは、尾崎豊というアーティストを通ってきたのではなく、切り取られた断片としてあの歌詞を受け取っているのだと思います。

    動画のネタなのか、カラオケの定番なのか。
    フレーズだけが原曲の文脈から剥がれて、生き延びている。
    世代を超えて曲が残ったというより、サビだけが独り歩きしている。そういう届き方なのだと思います。

    好きなことができること、誰にも命令されないこと、自分で決められること。自由とは何かと生徒に聞けば、いろいろな答えが返ってきます。
    ただ、公共で扱う自由権は「好きにしてよい」という意味ではありません。

    今回繰り返し確認したのは、憲法は国家権力を縛るルールだ、ということでした。
    自由権とは、国家から勝手に支配されずに生きるための権利です。親や先生から逃げる自由ではありません。
    ここを最初に押さえないと、「自由」という言葉だけが一人歩きしてしまいます。

    今回の問いは、こうしました。なぜ、憲法に「自由」をわざわざ書く必要があるのか。

    今の感覚だと、少し不思議かもしれません。何を考え、何を信じ、何を言うか。そんなものは自分で決めるに決まっている。
    そう感じる生徒もいます。でも歴史を振り返ると、それが当たり前ではなかったことが見えてきます。


    導入では、二つの映像を短く見せました。
    一つは治安維持法に関する一分ほどの資料動画。もう一つはナチスを扱った映画のトレイラーです。

    細かい歴史知識を覚えさせるためではありません。

    国家権力が人間の内面にまで入り込むことがある、というイメージを持たせるためです。
    国が「こう考えなさい」と命令してきたら。政府を批判することが許されなかったら。そう問いを置いてから、精神の自由に入りました。

    精神の自由は、心の中の自由です。授業では三つを確認しました。
    心の中で何を考えても絶対に自由だという思想・良心の自由。
    宗教を信じても信じなくても自由だという信教の自由。
    考えたことをSNSやデモで外に発信してよいという表現の自由。
    信教の自由に関連して、国が特定の宗教を強制してはいけないという政教分離にも軽く触れました。

    いちばん大事にしたかったのは、自由権を国家権力との関係で理解することです。
    何を考え、何を信じ、どんな意見を持つか。そこに国家が土足で踏み込んではいけない。これは民主主義の土台でもあります。
    みんなが同じ考えしか持てず、政府を批判できない社会では、選挙も話し合いも形だけになってしまう。
    精神の自由は、個人の気分の問題ではないわけです。

    ただ、ここで終わると、自由が無制限に見えてしまいます。じゃあ、何をやっても完全に自由なのか。憲法が守ってくれるから無敵なのか。
    そう問いを置いて、後半に入りました。


    そこで、さっきの『15の夜』に戻ります。今度は歌詞を一行ずつ画面に出して、「これは憲法が守る自由か、それともただの犯罪か」を判定させました。

    落書きだらけの教科書。届かない夢を見ること。やり場のない気持ちの扉を破りたい。ここまでは、心の中や気持ちの話だから自由でいい。
    生徒もすぐにOKを出します。ところが、校舎の裏で煙草をふかす。盗んだバイクで走り出す。

    ここに来ると、手が止まる。本人は自由を感じている。
    でも、盗んだバイクは他人の財産を奪う行為です。持ち主の権利を壊している。だからこれは、憲法が守る自由ではなく、ただの犯罪になる。

    一行ずつ線を引かせていくと、境界が生徒自身の手で見えてきます。
    心の中で何を思うかは、絶対に自由です。しかしそれを行動として外に出したとき、他人の権利とぶつかることがある。

    あなたの自由は、他人の権利とぶつかる手前まで。そこに「公共の福祉」という線が引かれます。だから自由は大切だけれど、無制限ではない。

    授業の最後は、こうまとめました。精神の自由があるから、自分の頭で考えることができる。表現の自由があるから、考えたことを社会に伝えられる。

    ただし外に表したときには、他の人の権利との関係を考える必要がある。自由には、国家から守られる「権利」という顔と、みんなで共生するための「責任」という顔の、二つの顔がある。

    サビを歌えることと、そのサビが問いかけているものを考えることは、別のことです。
    盗んだバイクで走り出したあの主人公の自由が、なぜ憲法には守られないのか。

    断片として歌を知っていた彼らが、その一行の意味を自分の手で判定していく。その時間が、今回の授業のいちばんの核でした。


    〇授業プリント

    ChatGPTとClaudeを活用。実業高校用に整理しました。

    〇スライド

    授業プリントをClaudeにかける→スライド原本→notebookLMで整形という段取りで作っています。必要なところだけ使ってください。

    〇教師用原稿
    詰まったときの保険です。授業プリントとスライドをClaudeもしくはChatGPTにかけて、作成しています。しっくりこないところは自分で書いています。

    手直しするときは、データをAIにかけて使ってください。




     
     
     
    高校の社会科教員。AIを使って、授業づくりやテスト作成を少し軽くする方法を試しています。目指すのは、すごい授業より、先生がすり減らずに回せる授業。実業高校での授業実践と、学校現場で考えたことを書いています。

    あなたへのおすすめ