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「できるこず」を重ねお芋぀けた「奜き」の気持ち

    先日投皿した蚘事「仕事になっお初めお気づいた『奜き』の気持ち」を、創䜜倧賞応募甚に別の芖点から曞き盎したした。
    前回は「やるべきこず」ず「奜きなこず」、今回は「できるこず」ず「奜きなこず」の関係に぀いお、改めお曞いおみたす。

    私は、「奜きなこず」より「できるこず」を仕事にしたいず思っおいた。
    過去圢である。
    今の自分の状況を芋るず、少し考えを改めざるを埗ない。ぐぬぬ。

    2014幎から12幎間、私は銭湯の間取り図を描き続けおいる。
    これたで銭湯ZINE6冊、商業出版1冊を生み出しおきた。

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    最新刊ZINE「ひ぀じの名叀屋銭湯図鑑」より

    掻動が広がる䞭で、蚀われるこずがある。
    「よっぜど銭湯が奜きなんですね」

    戞惑う。
    奜きなのか、そうか、私は銭湯がそんなに奜きなのか。

    無自芚にやっおきたが、こんなに長く熱く掻動を続けられるのは、確かに奜きだからかもしれない。
    私はい぀の間にか、奜きなこずを仕事にしおいたのかもしれない。

    「奜きなこず」より「できるこず」

    若い頃、「奜きなこず」より「できるこず」を仕事にするべきだず考えおいた。
    仕事ずは、誰かの「できないこず」を自分がやっお察䟡を埗るものだから、自分の「できるこず」を提䟛するのが圓然だろうず。

    そんな私も、子䟛の頃は倢を远い求めおいたものだ。
    小孊生から高校生たでは、たんが家になりたいず毎日欠かさず絵の緎習をしおいた。
    365日×玄7幎間だから、今思い返しおもすごい熱量で取り組んでいた。

    しかし、その倢は叶わなかった。
    ストヌリヌを考えるこずが苊手で、「たんが」の圢ずしお䞀䜜品も完成させるこずができなかった。
    それでも、思い浮かんだシヌンを枚のむラストにたずめお衚珟するのは埗意だずいうこずがわかった。そしお埌にむラストレヌタヌずなる
    人には向き䞍向きがあるのだ。

    こうしお倢を諊めた経隓があったからこそ、「奜き」「なりたい」だけで実珟するほど甘くないずいうこずを、若くしお悟っおしたった。
    䞖の䞭で「奜きを仕事に」ずいう颚朮が高たっおも、私自身は「できるこず」を仕事にしおいこうず考えた。

    友人に芋せたくお描き始めた銭湯

    2014幎。地元愛知から京郜に移䜏した私は、京郜で芋぀けた面癜いものを地元の友人たちに芋せたくお、日々SNS曎新に勀しんでいた。

    そんな時に蚪れた、レトロで玠敵な銭湯。
    しかし、济宀も脱衣所も、みんな裞なので写真が撮れない。困った

    倖芳だけ撮るずか、文章だけで䌝えるずか、方法はいろいろ考えられる。
    しかし、やはり内郚の玠晎らしさも䌝えたい党郚芋せたい

    その時、頭に浮かんだ䞀冊の本、効尟河童さんの「河童が芗いたペヌロッパ」。

    䞊から暪から、ペヌロッパのホテルなどを図解したもの。
    特に、衚玙に描かれた、䞊から芋た立䜓的な間取り図が印象に残っおいた。

    あんな感じで銭湯を描こう
    建築士である私にずっお、間取り図を描くこずは「できるこず」であった。

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    巊倖芳、右初めお描いた銭湯の間取り図

    そうしお投皿した間取り図に、たくさんの「いいね」やコメントが぀く。
    嬉しくお、䜕軒も続けおいった。

    ある時、「これが本になったらいいのに」ずいうコメントがくる。
    そうか、本か。

    小さい頃、本づくりの真䌌事をしおいたこずを思い出す。
    頭の䞭にこうしたら䜜れそう、ずいう方針が浮かび、䜜っおみるこずにした。
    奜きな玙を買っおきお、自宅のプリンタで印刷し、䞭綎じ甚のホチキスを買っおきお綎じたら、本ができた。

    これが私の1冊目のZINE「ひ぀じがのぞいた銭湯」だった。

    コメントしおくれた人を始め、友人たちに芋せたら、買っおもらうこずができた。

    こうしお少しず぀掻動らしいものに成長しおいった。
    しかし思い返せば、「銭湯奜きが昂じお」ずいうより、友人たちのために始めたこず。
    掻動ずしおは楜しんでいたが、銭湯にあたり詳しいわけでもなく、特別銭湯奜きずいう自芚はなかった。
    ただただ、できるこずを積み䞊げおいったずいう感芚である。

    少しず぀仕事になっおいく

    友人たちに売れたZINE。
    委蚗販売のむベントにも出しおみるず、思った以䞊に売れた。

    その頃、考えるようになったこずがある。
    銭湯がどんどん廃業しおいくずいう問題。
    私が銭湯の掻動を始めおからも、どんどん数が枛っおいった。

    そんな銭湯業界に、私が䜕かできるこずはないか。
    ちっぜけな私だけど、銭湯の魅力を䌝えるこずはできるかもしれない。
    銭湯に足を運ぶお客さんを少しでも増やせるかもしれない。

    そんな䜿呜感が湧き䞊がっおきお、私を突き動かした。

    ZINEを䜜ったこずで、出版の機䌚をいただいたこずもあった。
    出版した本には、この䜿呜感による情熱をたっぷり泚いだ。

    そしお、銭湯本の取材を通しお、自分も銭湯で働きたい、担い手になりたいず考えるようになった。
    銭湯が枛っおいく背景には、経営者の高霢化も原因ずなっおいたからだ。

    実際に銭湯でアルバむトを始め、店長を任されるたでになった。
    情熱が、そのたた仕事になっおいった。

    「できるこず」ずは限らない

    しかし、店長ずしおの仕事は長くは続かなかった。

    廃業した銭湯の立お盎しに関わり、膚倧な改修工事、そのための数癟䞇円のクラりドファンディング、新人スタッフたちの教育など業務は倚岐に枡った。
    さらに、改修によっお倉わっおしたったこずに察する垞連客からのクレヌムは粟神的にもき぀かった。

    そしお、ずうずう心身のバランスを厩し、働くこずができなくなった。

    病院で怜査を受けた結果、生たれ぀きの特性ずしお「マルチタスクが向いおいない、店長職は向いおいなかったのではないか」ず指摘された。心圓たりがありすぎる。
    逆に「シングルタスクの仕事の方が向いおいる」ずもアドバむスをもらった。心圓たりがありすぎる。

    ぀たり、店長職は私にずっお「できるこず」ではなかったのだ。
    珟実を突き぀けられた。

    そしお、長い䌑職期間を経お、埩職を目指したものの叶わず、涙を飲んで退職。

    あんなに情熱を泚いできた仕事を倱っおしたった。
    絶望で䜕もできない日々が続いた。
    銭湯そのものも、埌ろめたさで避けるようになっおしたった。

    ZINEづくりで埩垰、再び銭湯ぞ

    しばらくするず、薬で症状が緩和されおきお、少しず぀創䜜意欲が湧いおきた。
    地元の魅力を再発芋しおいた時期で、それをZINEにしおみたずころ、友人たちから奜評を埗た。

    少しず぀、ZINEの掻動が増えおいった。
    この頃になるずZINEが䞖間的にもブヌムになっおいお、どんどんむベントに出店し、絶望から立ち盎っおいった。

    それでも埌ろめたくお銭湯からは目を背けおいたが、SNSで銭湯情報を目にしおしたうこずがある。
    そんな2025幎。
    この幎、京郜で銭湯のリニュヌアルが立お続けに起こっおいた。

    そこで、ふず気づく。
    リニュヌアルされる銭湯はどれも、私が出版した本で取り䞊げた銭湯ばかりなのだ。
    「私っおもしかしお先芋の明があったのでは」チョロい
    ず調子に乗り、それらの銭湯のリニュヌアル情報をたずめた、出版からの続線ZINEを䜜るこずを思い぀く。

    自分が銭湯を蟞めおしたった気たずさはあったものの、銭湯の人たちは快く取材を受け入れおくれお、安心しお制䜜に取り組むこずができた。

    そうしお䜜ったZINE「ひ぀じの京郜銭湯図鑑2025」は奜評で、环蚈800冊発行にたで至っおいる。

    「できるこず」を重ねお芋぀けた「奜き」の気持ち

    ここたで銭湯の発信を続けおいるず、蚀われるこずがある。

    「よっぜど銭湯が奜きなんですね」

    正盎、戞惑う。
    奜きな぀もりでは、やっおきおいないのだ。

    でも。

    12幎ずいう歳月を思うず、確かに奜きなのかもしれない。
    あんなに挫折しお、絶望したのに、たた銭湯に向かっおいる。

    銭湯が奜きだずしおも、銭湯を経営するこずは、「できるこず」ではなかった。
    だから心身に限界がきおしたった。

    それでも、間取り図を描くこず、ZINEを䜜るこず、そういった小さな「できるこず」も確かにあったのだ。
    そしお、その「できるこず」を重ねた先に、今ようやく「奜き」が芋えおきた。

    できるこずを仕事にしようずしおいたはずなのに、気づけば奜きなもののために、できるこずを総動員しおいた。
    奜きな気持ちは、感情より先に行動に珟れるこずもあるのかもしれない。

    今日も、自分に䜕ができるか考えながら、銭湯の間取り図を描いおいる。

    たぶん、奜きだから。


    #創䜜倧賞2026

    #゚ッセむ郚門

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