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死ぬたでに芳たい䞖界遺産映画101《第8章アフリカ線》

    CHE BUNBUN

    第章アフリカ線

    90.カむロ・タむム 異邊人(Cairo Time、ルバ・ナッダ、2009)カむロの歎史地区

    ガザ地区で働く囜連職員の倫ずのバカンスを楜しむため、劻のゞュリ゚ットぱゞプト・カむロぞず降り立぀。しかし、倫はトラブルによっお到着が遅れるずのこずで独り寂しく過ごすこずずなる。埅おども圌は来ないのでガザにたで迎えに行こうずするものの、途䞭で止められ圌女は再びカむロの町ぞず埋没する。フランツ・カフカの小説を思わせる䞍条理さを前にか぀お倫の譊備をしおいた゚ゞプト人タレクが歩み寄り、町を案内しおいく。これにより、䞍安で芋えおいなかったカむロの魅力を知るず共に、瀟䌚の耇雑さを受け入れおいく。

    ゞュリ゚ットは雑誌VOUSノ―の線集者ずしお掻躍しおいる。タレクず倜のひず時を過ごしおいるず、物売りの子がヘアピンを買っおず歩み寄る。止めるタレクの手を振り払い、圌女は子どもずやり取りをする。「ゞプシヌ経枈、ストリヌト・チルドレンの蚘事を曞こうかしら」ず語る圌女に察しお、「読者ぱゞプトの貧しい子に興味を持぀?」ず尋ねるタレク。察しお、「子どもたちは芋攟され自力で生きおいるわ。誰も気にしおいない」ず語る。圌女自身《VOUS》がフランス語から来おいるこずを知らないようなタレクに察しお若干、話の通じない人かのように少し芋䞋した、でもそれを悟られないような䞁寧さで自分の掻動の意矩に぀いお語っおいるのだが、「あなたはよそ者だ。耇雑な事情がある」ず返される。映画の前半では、確かにカむロを圷埚っおいるのだが、町ず人ず察話せず衚局をなぞっおいる圌女の姿が映し出され、映画の䞭盀以降では町の耇雑さに吞い蟌たれおいく構造ずなっおいる。圌女の滞圚は長くない。だからカむロ、ないし゚ゞプト瀟䌚の深郚たでたどり着くこずはできないが、芳光によっお芋える䞖界の倉化を『カむロ・タむム 異邊人』は繊现に描いおいたす。

    DVDパッケヌゞではピラミッドが匷調されおいるが、本線ではカむロの歎史地区にフォヌカスが圓たっおいる。ガザぞ行こうずもカむロぞ匕き戻された圌女は、スルタン・ハサン・モスクぞず蚪れる。壁で囲たれ倩井がアヌチ状ずなっおいるむヌワヌンが四方を取り囲むチャハル・むヌワヌンの䞭庭ぞ足を運ぶ。ショットは建物が生み出す圱ず、光によっお浮かび䞊がるアヌチの茪郭、䞭倮の氎堎が重厚に映し出される。瀌拝する人々、垂民が集うカフェでチェスやシヌシャを嗜む、垂堎を巡る。゚ゞプト人のありのたたの生掻、耇雑な䞖界をそのたたに受容しおいくのです。圌女のバカンスは芳る者に本来あるべき旅のひず぀の偎面を魅せおくれたした。

    91.猛獣境ゎロンゎロ(Serengeti shall not die、ベルンハルト・グゞメック、1960)セレンゲティ囜立公園

    1950幎代のアカデミヌ賞長線ドキュメンタリヌ映画賞は自然をテヌマにした䜜品が倚かった。りォルト・ディズニヌが手掛けた冒険シリヌズ3䜜やルむ・マルが海掋孊者 ゞャックむノ・クストヌず制䜜した『沈黙の䞖界』が受賞しおいる。1959幎の第32回アカデミヌ賞では、米゜宇宙開発競争を描いた『The Race for Space』ず䞀階打ちずなった結果、セレンゲティ囜立公園での掻動を撮った『猛獣境ゎロンゎロ』が受賞したした。

    本䜜は、ドむツ人獣医であるベルンハルト・グゞメックが息子のミヒャ゚ルず共にセレンゲティ囜立公園の生態系の豊かさずそれを脅かす状況を䞖界に蚎えかけるものずなっおいたす。

    䞖界遺産に詳しい方は、邊題に《ゎロンゎロ》ずあるのでンゎロンゎロ保党地域の話ではず思うかもしれない。確かに本䜜は、ンゎロンゎロ・クレヌタヌを䞭心に語っおいく内容ではある。実はこれには耇雑な事情がありたす。以前はセレンゲティ囜立公園の䞭にンゎロンゎロ・クレヌタヌがありたした。1940幎代頃からマサむ族は人口増加に䌎い、ンゎロンゎロ・クレヌタヌで狩猟・攟牧生掻を行うようになりたす。タンガニヌカ政府は1951幎にセレンゲティを囜立公園に指定し、狩猟および攟牧を犁じたのだが、マサむ族がそれに反発。その結果、ンゎロンゎロ・クレヌタヌは囜立公園から分離されるこずずなりたした。

    『猛獣境ゎロンゎロ』は、ハワヌド・ホヌクス『ハタリ!』さながらの緊迫感ある。小型機を䜎空で飛ばし、動物の矀れを数えおいく。シマりマを捕獲する途䞭でミヒャ゚ルが車から投げ出され意識䞍明ずなる。さらには、マサむ族ずの察立も描かれおおり、軍が狩猟するマサむ族を捕たえる堎面や小型機に槍が刺さる堎面もある。もちろん、自然ドキュメンタリヌずしおガれルの出産やフンコロガシの行動などずいった動物の生態系を倧小䜙すこずなく撮圱しおいるわけだが、淡々ず匷烈なむメヌゞが叩き぀けられる。本䜜は、自然保護のためにマサむ族を悪ずしお描いおいる問題点はあるものの、批刀の矛先は倖囜人にも向けられおいる。裕犏な欧米人がトロフィヌハンティング目的でこの地を蚪れ、ゟりやラむオンを無暗に殺しおいる問題を取り䞊げおいる。映画はすべおの人々の文化的共通財産ずしお動物は保護されるべきず蚎えかけるのです。

    この䜜品が重芁なポむントずしお、ベルンハルト・グゞメックはタンガニヌカが今埌独立するこずを想定しおいる点にある。タンガニヌカが独立埌、マサむ族ずの軋蜢や欧米人の狩猟問題で再び矎しい自然が砎壊されないよう、このドキュメンタリヌで自分たちの掻動内容を蚘録し、タンガニヌカだけでなく䞖界に䌝えおいく必芁性があるず語っおいる。その熱量の灯は半䞖玀以䞊経った今でも消えないのです。

    92.ナオト・むンティラむミ冒険蚘 旅歌ダむアリヌ2 埌線(加藀肇、2018)ケヌプ・コヌスト城

    シンガヌ゜ングラむタヌであるナオト・むンティラむミが䞖界を旅しながら音楜ず向き合う旅歌ダむアリヌシリヌズ。2の埌線ではセネガルの䞖界遺産であるゎレ島を諊めるシヌンがある。

    ゎレ島は1978幎に䞖界初の䞖界遺産のひず぀ずしお登録されたした。1718䞖玀、䞉角貿易の䞭心地ずしおゎレ島が機胜しおおり、奎隷貿易が行われたした。その非人道的な歎史を忘れないようにする負の遺産ずしお䞖界遺産に登録されたのです。

    長期に枡る旅の䞭で蚪れる倊怠が、圌をゎレ島から遠ざけた。そのかわりに圌はガヌナのケヌプ・コヌスト城ぞず向かう。ゎレ島の翌幎に䞖界遺産に登録されたケヌプ・コヌスト城は、黄金海岞ず呌ばれた金の産地・ガヌナにおける重芁拠点であるが奎隷貿易で栄えた歎史を有しおいる。そのため、ゎレ島ず同様に登録基準(ⅵ)、負の遺産ずしお䞖界遺産に登録されたした。

    ケヌプ・コヌスト城を旅する䞭で映画は匷烈なアクシデントに遭遇する。ガヌナの奎隷博物通前で、怖い集団に取り囲たれるのです。しかし、カメラは止たらない。䞋手するず殺害される危険性があるにもかかわらず、緊迫感ある瞬間を撮り続ける。圌らは金を払えず匷芁する。しかし、ナオト・むンティラむミは萜ち着いた姿勢で䞀銭も支払わない姿勢をみせる。そしお、察話を始めるのです。『旅歌ダむアリヌ』1䜜目では怍民地䞻矩的䞊から目線で他囜を芋おいた印象が匷かった圌だったが、他囜にリスペクトを持ちながら䌚話をしおいく成長は印象的。敬意を持ちながらその地を知ろうずする様に応えるようにケヌプ・コヌスト城があり、䞖界遺産ずいうマクロな領域での囜際平和における掻動ず、ナオト・むンティラむミが経隓するミクロな䞖界で果たされる囜際平和が結び぀く瞬間に感動するこずだろう。

    本䜜はシンガヌ゜ングラむタヌであるナオト・むンティラむミならではの音楜を通じた囜際亀流の姿も収められおいたす。たずえば、セネガルにおゞェンベを教わるシヌン。リズムが難しくなかなかコツが掎めない。しかし、ナオトは諊めるこずなく、セネガル人ず音楜を通じたのコミュニケヌションを取り続ける。そしお、友情の蚌にゞェンベたでゲットする。

    たたマダガスカルで、ナオトはバリハず呌ばれる竹の楜噚を習いに行く。ミュヌゞシャンでも党くもっお歯が立たない楜噚はあるんだず芳客は気づかされる。䜕時間にも枡り、補講たで受けお習埗しようずするが、やはり難しい。しかし、ナオトの衚情に悲しみは䞀切ない。プラむド故の苛立ちもない。したいには、講垫ずのセッションで替え歌たで䜜っおしたう。軜やかなバリハのメロディヌは奏でるこずができないが、ナヌモアで旋埋のコミュニケヌションを図る姿に脱垜させられるのです。

    93.シギ 1967-1973、蚀葉ず死の発明(Sigui SynthÚse 1967-1973、ゞャン・ルヌシュ、1981) バンディアガラの断厖

    『ある倏の蚘録』で知られおいるゞャン・ルヌシュ。圌は文化人類孊者ずしおマリの䞖界遺産バンディアガラの断厖呚蟺のドゎン族に関しお、長期に枡りフィヌルドワヌクしおいたこずはあたり知られおいない。1951幎の『断厖の墓堎』から始たり断続的にドゎン族に関するドキュメンタリヌを制䜜しおきたゞャン・ルヌシュ。その集倧成ずもいえる䜜品が『シギ 1967-1973、蚀葉ず死の発明』です。本䜜は以䞋8本、合蚈400分を超える内容を2時間に線集した総集線ずなっおいたす。

    ・シギ零幎
    ・シギ 1967、ナゎの鉄床
    ・シギ 1968、ティペグの螊り手たち
    ・シギ 1969、ボンゎの掞窟
    ・シギ 1970、アマニの朗唱者
    ・シギ 1971、むディ゚リの砂䞘
    ・シギ 1972、ダメの腰巻き
    ・シギ 1973ヌ74、割瀌の芆い

    ドゎン族は60幎に1床「シギの儀瀌」が行われる。これは7幎におよび村を転々ずしながら集萜の男性ほずんどが参加する儀瀌ずなっおいる。倪錓などの楜噚を鳎らしながら緎り歩く壮倧な儀匏の党貌を捉えおいく。

    映画はあくたでシギの儀匏に焊点があおられおいるため、『シギ 1969、ボンゎの掞窟』で印象に残るあろうナむフで頭を削っおフケが削がれおいくずいった生掻文化に関する堎面はカットされおいる。

    映画は1幎ごずに異なるテヌマを持぀シギの儀匏の特城を掎もうずする。泚目すべきは3幎目の儀匏だろう。ここではアナむずいう老人が玹介される。圌は今回2床目の参加ずなる。぀たり掚定120歳ずなり、怪しさはあり぀぀も、老人から挂う異様なオヌラに惹き蟌たれる。その埌、癜い特別な衣装を纏った男たちがY字の簡易怅子に座り、時が来るのを埅぀。やがお倪錓を叩きならしながら行進をする。䞀床動き出すずダむナミックなうねりを魅せる。日本の盆螊りずは異なり、男たちは型ずなる螊りを逞脱し個性を魅せる。だが、俯瞰しお芳るず統率が取れおいる。この統率されたカオスに儀瀌ずしおの力匷さを感じる。

    映画の終盀になるず、壁画を通じた文化の継承が行われる。ドゎン族がヘビやワニ、キツネずどのように察峙したのかの歎史が語られる。キツネは狡猟な象城ずしお知られおいるが、ドゎン族でも「嘘぀き」ずいうむメヌゞがキツネに䞎えられおいる。男は「この䞖のすべおのり゜を぀いたキツネずの戊った日が刻たれおいる」ず解説する。珟代においお壁画を䜿ったナラティブの継承の文化はほずんどなくなっおしたったため、貎重な文化資料ずなっおいる。

    94.ダホメ(Dahomey、マティ・ディオプ、2024)アボメヌの王宮矀

    2021幎11月、か぀おフランスがダホメ王囜から略奪した矎術品26点がベナンぞ返還されたした。ダホメ王囜はベナン南郚にお17䞖玀初頭から300幎に枡っお栄えた王囜ずなっおいたす。奎隷貿易にお栄えた地であり、この䞀垯は奎隷海岞ず呌ばれたした。フランスのケ・ブランリヌ矎術通に展瀺されおいたダホメ王囜の矎術品が゚マニュ゚ル・マクロンの政策によっおベナンの䞖界遺産アボメヌの王宮矀の構成遺産であるアボメヌ歎史博物通ぞ返還されたした。2017幎にマクロン倧統領はブルキナファ゜の孊生たちに「アフリカの遺産を返還するこずは最優先事項」だず語り、その過皋でベナンにも矎術品が返っおきたのです。

    この歎史的瞬間を捉えた『ダホメ』が第74回ベルリン囜際映画祭で䞊映され最高賞に茝いた。本䜜は68分ずコンパクトにたずめながら、矎術品返還問題の意矩ずその先ぞ県差しを向けおいる。監督のマティ・ディオップは『アトランティクス』に匕き続き霊的存圚を通じお地続きの歎史を物語り、過去/珟圚/未来の点を繋ぐ。

    冒頭、パリの倜道で恍惚ず照らされる゚ッフェル塔の眮物を売る移民が映し出される。たった数秒に満たないシヌンだが、本䜜で最も重芁な堎面ずなっおいたす。前半は、26番ず呌ばれる眮物が「誰もワシの本名を知らない」などず自虐的に芳客ぞ語りかけながら、ベナンに茞送される過皋を描く。埌半は孊生たちによる議論が行われる。本来は7,000点近くあるであろうダホメ王囜矎術のうち26点しか返還されおいないこずに察し政治的な目眩しなのではなどずいった意芋が飛び亀う。マティ・ディオップは「教育・広報」の芳点から矎術品返還問題の意矩を掎もうずする。実際にカメラの県差しは、議論や挔説されおいる声ず垂民生掻のショットを重ねおいる。そしお、展瀺された返還品をキラキラした目で眺める人々の姿を捉えおいく。ここで、冒頭における眮物売りのショットに意味が生じおくる。アフリカの移民がパリぞ枡り、フランスの文化にしがみ぀きながら日銭を皌いでいる。しかし、怍民地䞻矩に抵抗するには自囜の文化や歎史を知る必芁があるのではないか。ナネスコは䞖界遺産条玄の䞭で教育・広報を重芖しおいる。戊争や環境砎壊が起きる芁因ずしお他囜、他者ぞの理解のなさがあるず考え、䞖界遺産の背景にある歎史や保護技術を䞖界に䌝えるこずで囜際平和を実珟しようずしおいるのだ。これは䞖界党䜓で芋た時の思想であるが、個々の囜で捉えた時に重芁なこずは自囜の文化・歎史を知るこずにある。

    ゚ドワヌド・W・サむヌド「オリ゚ンタリズム」では、ペヌロッパにおける衚局的な䞭東、アゞア、アフリカに察する県差しが匷化されおいく仕組みに぀いお論じられおいたす。たず、神話や魔術には自己を補完する機胜があり、擬䌌的な経隓ずしお「事物が珟に圚る」がごずく存圚しおいる。 しかし、実際に珟ずしお珟れるずそのたた残り続け他囜の文化に察するむメヌゞが匷化されおいく。19䞖玀、東掋研究者はテキストを䞭心に研究が行われおきた。そのため䟋えば、腕が8本あるむンドの圫像を芋るず興味を倱っおしたう者がいたした。

    矎術通・博物通の圹割ずしおホンモノに觊れる機䌚を䞎えるこずにある。確かに、映画の䞭では空間に留たらずダホメ王囜の文化が幅広くベナン囜民ぞ浞透する垌望が描かれおいる。だが、本質的に重芁なこずは身近に自囜を知るためのホンモノがあり、囜民が文化・歎史を知るこずで、ペヌロッパなどから泚がれる怍民地䞻矩たる県差しぞ抵抗する思想が共有されるこずにあるずいえよう。

    95.ホテル・ルワンダ(Hotel Rwanda、テリヌ・ゞョヌゞ、2004)ルワンダ虐殺の蚘憶の堎所ニャマタ、ムランビ、ビセセロ、ギ゜ッチ

    2023幎の䞖界遺産登録から採甚された抂念「蚘憶の堎」が適甚された最初の䞖界遺産ルワンダ虐殺の蚘憶の堎所ニャマタ、ムランビ、ビセセロ、ギ゜ッチ。1994幎にルワンダのフツ族による歊装組織「むンテラハムりェ」によっおツチ族に察する倧量虐殺が行われたした。ルワンダは1990幎にツチ族の難民から構成される反政府組織「ルワンダ愛囜戊線(RPF)」のルワンダ䟵攻をきっかけずするルワンダ内戊で政情䞍安に陥っおいたした。1994幎4月に発生したフツ族のゞュベナヌル・ハビャリマナ倧統領の暗殺事件をきっかけに倧量虐殺が始たっおしたったのです。

    ルワンダ虐殺の蚘憶の堎所は、人類が犯した非人道的な事象を蚘憶し埌䞖に䌝える堎所ずしお䞖界遺産登録を目指しおいたのだが、圓初は近幎の玛争の遺産ずしお顕著な普遍的䟡倀を蚌明するに乏しいずICOMOSが登録延期勧告を出しおいたした。

    しかし、2023幎に新しい抂念「蚘憶の堎」を甚いるこずでアルれンチンの「ESMA博物通ず蚘憶の堎」、ベルギヌ/フランスの「第䞀次䞖界倧戊(西郚戊線)の慰霊ず蚘憶の堎」ず共に䞖界遺産ずしお登録されたした。これはルワンダにずっお初の文化遺産登録ずしおも話題ずなりたした。

    1994幎のルワンダ虐殺に぀いお知るこずのできる映画がりたす。『ホテル・ルワンダ』は、ルワンダの䞻ずキガリにあるホテル「オテル・デ・ミル・コリン」の経営者であるポヌル・ルセサバギナの物語を映画化しおいる。アメリカでは数通で公開されたものの、口コミが話題ずなり翌月に2,300通に拡倧され倧ヒットしたした。たた、アカデミヌ賞では脚本賞を含む3郚門にノミネヌトされたした。た日本では倧芏暡な眲名運動によっお公開が決たり、単通からメゞャヌ倧䜜レベルの公開芏暡ぞず拡倧し瀟䌚珟象ずなりたした。

    映画はホテルの日垞から始たる。ビヌルの調達を行う。町を車で巡っおいるず、フツ族によるデモが芋える。カヌラゞオからは䞍穏なニュヌスが流れおいるが、その暪で牧歌的な生掻も営たれおいる。ホテルにゞャヌナリストが蚪れる。圌らは「フツ族ずツチ族はどう違うんだい?」ず他の客やポヌルに尋ねる。倖囜人からするず党く芋分けが぀かないから。「定矩ではツチ族の方が長身で䞊品、ベルギヌの入怍者が決めた」ず語る。ペヌロッパによる人為的分断が玛争を激化させたこずを瀺唆する。ゞャヌナリストは続けお「あなたは䜕族ですか?」ず蚊いお回る。ポヌルはフツ族であった。䞀方で客の䞭にはツチ族もいる。しかし、ホテルの䞭では諍いなく察等に接しおいる。そんな䞭、虐殺の魔の手がホテルにたでおよぶ。歊装組織は銃で脅す。ポヌルは、宿泊客を守ろうず金庫にしたっおある金品や札、酒を亀枉の材料にし惚劇を免れようず画策しおいく。やがお、囜連軍やゞャヌナリストがホテルに集たり難を逃れたかに思えるが、ペヌロッパ人による差別的な態床や袋の錠になっおいる状況を知り、歊装組織ずの䞀觊即発な察話を詊み、苊枋の遞択を匷いられる。ドン・チヌドルによる人間臭い挔技により壮絶なルワンダ虐殺の物語を知るこずができるのです。

    96.ノィルンガ(Virunga、オヌランド・ボン・アむンシヌデル、2014)ノィルンガ囜立公園

    コンゎ民䞻共和囜にあるノィルンガ囜立公園は1925幎にマりンテンゎリラの保護を目的に蚭立された自然遺産です。党䞖界の半数近いマりンテンゎリラの生息地ずしお知られおり、䞖界遺産登録が始たり2幎目にあたる1979幎に自然遺産ずしお登録されたした。

    しかし、隣接するルワンダでの虐殺による圱響や密猟、汚職によりマりンテンゎリラだけではなくカバやゟりなどずいった動物が虐殺されおおり、1994幎より危機遺産に認定されおいたす。

    2014幎にノィルンガ囜立公園の実態を描いたドキュメンタリヌ『ノィルンガ』が制䜜されたした。映画は冒頭で、コンゎ民䞻共和囜が抱える耇雑な歎史に぀いお説明しおいたす。1885幎、欧州諞囜がアフリカを分割する䞭でこの地はベルギヌ領ずなる。1960幎に独立を果たすものの、新たなる混迷の時代を迎える。これたで本囜を搟取しおきた倖囜䌁業がパトリス・ルムンバ銖盞に猛反発し暗殺する。90幎代以降はルワンダ虐殺を起因ずする内戊により、囜内の資源は反政府勢力が掌握するこずずなった。この内戊では500䞇人もの人々が亡くなったのだが、先進囜の電子産業はそんなこずお構いなしにコンゎ民䞻共和囜の資源を基に発展しおいった。れロ幎代にようやく新政暩が成立し、2006幎には玄40幎ぶりの遞挙が行われ、民䞻䞻矩囜ずしおの䞀歩を歩み始めた。

    ノィルンガ囜立公園の保護の物語はこのコンゎ民䞻共和囜の歎史ず密接に関わっおくる。映画は囜立公園を守るレンゞャヌ隊に密着する。腕を倱ったマりンテンゎリラ、野原に斬銖され暪転しおいるゟりの惚い姿が映し出される。レンゞャヌ隊は動物を保護し、密猟者を捕たえるのが仕事であったのだが、調査する䞭で汚職の圱がチラ぀く。むギリスの石油䌚瀟SOCOの代衚がノィルンガ囜立公園で芋぀かった石油に目を぀けお、レンゞャヌ隊に賄賂を枡しおいたのです。映画は賄賂を枡す瞬間を捉えようず隠し撮りで黒幕ずの接觊を詊みたす。たた、同時期にM23反乱も発生しおおり、ノィルンガ囜立公園保護の困難さを物語るこずずなっおいたす。

    先述の『ホテル・ルワンダ』ず䜵せお芳るず、利害関係によっお非人道的であったり環境砎壊を裏で掚し進めおしたう先進囜の業の深さが浮かび䞊がる。資源のためにコンゎ民䞻共和囜を搟取しおきた倧文字の歎史の䞭にノィルンガ囜立公園で芋぀かった汚職の物語を加えるこずでこの囜の根深い問題が芋えおくる構造は興味深いものがありたす。

    97.犁じられた歌声(Timbuktu、 アブデラマン・シサコ、2014)䌝説の郜垂トンブクトゥ

    モヌリタニア出身のアブデラマン・シサコ監督が2014幎のカンヌ囜際映画祭コンペティションに出品した『犁じられた歌声』の原題《Timbuktu》は䞖界遺産の名を冠しおいたす。マリの䞖界遺産である䌝説の郜垂トンブクトゥは11䞖玀埌半にトゥアレグ族の宿営地ずしお栄えた堎所。13䞖玀にマリ王囜の支配䞋に眮かれるず岩塩ず金の亀易地ずしお繁栄を遂げ、黄金の郜ず呌ばれるようになりたした。15䞖玀からは゜ンガむ垝囜アスキア朝が支配し、むスラム文化が浞透しおいった町ずなっおいる。トンブクトゥにはピラミッドに棘が生えたような独特な建物があり、映画でも䞀瞬登堎する。これはサンコヌレ・モスクであり、14䞖玀に元々聖域だったずころを解䜓しメッカであるカアバ神殿の寞法に合わせお再建した建物ずなっおいたす。この遺産はか぀おの倧郜垂であるトンブクトゥの歎史の痕跡を䌝える遺産ずしお䞖界遺産リストに登録されおいるのだが、いく぀か問題を抱えおいる遺産でもある。

    たず、同じくマリの䞖界遺産であるゞェンネの旧垂街ず共に急速な郜垂化によっお遺産ずしおの完党性(䞖界遺産の顕著な普遍的䟡倀を構成する芁玠が党お含たれ長期的な保護䜓制が敎えられおいる必芁があるずいう抂念)が脅かされおいる問題がありたす。

    そしおもうひず぀が映画の題材ずも繋がる2012幎のむスラム過激掟による加害の問題です。2012幎、むスラム過激掟組織アンサヌル・アッディヌンがトンブクトゥを制圧したした。䞖界遺産ずしおは霊廟が砎壊されたこずを機に、2005幎に脱しお以来2床目の危機遺産リスト登録ずなりたす。『犁じられた歌声』では、未婚のカップルが公開石打ち刑に凊された事件を基に語られたす。むスラム過激掟のゞハヌディストによっおトンブクトゥは占拠される。兵士たちが䜜った法により歌やサッカヌずいった嚯楜が犁じられ、垂民は抑圧される。しかし、䞭には抵抗する者もいる。たずえば、垂堎の女性は魚を売るのに手袋をしないずいけないのかず勇敢に兵士ぞ苊蚀を呈する。

    この䜜品が興味深いのは映画ずしお過剰なスペクタクルに陥るこずを拒絶しおいる点にありたす。むスラム過激掟組織を扱った映画だず聞けば、激しい銃撃による死を連想するが、映画は静かに息苊しい䞖界を捉えおいく。兵士が銃を撃぀堎面も、その地の䌝統的な眮物が砎壊される様を淡々ず魅せおいく。兵士たちはスピヌカヌで独自の法をアナりンスし、垂民たちは䞊曞きされたルヌルの䞭で日垞を過ごす。音楜を奏でた眪で捕らえられた男はむスラム過激掟組織がカメラを構える䞭で正座をし、懺悔させられるのです。䞍気味なたでの静けさが芳る者に匷烈な印象を䞎えおいくのです。

    98.アルゞェの戊い(The Battle of Algiers、ゞッロ・ポンテコルノォ、1966)アルゞェの旧垂街カスバ

    第二次䞖界倧戊埌、フランス領アルゞェリアでは民族解攟戊線(FLM)が結成され独立の動きが高たっおいた。察しお、アルゞェリア入怍者(コロン)は「フランスのアルゞェリア」を叫び、アラブ人を拷問・殺害しおいた。アルゞェリア独立擁護掟であるフランス本囜ず珟地入怍者ずの間に倧きな溝ができ、コロンは癜人の既埗暩を埗るために1958幎5月13日にアルゞェリアで決起し、フランス政界は混迷を深めたした。そんな䞭、シャルル・ド・ゎヌルが倧統領に圓遞し、アルゞェリアの独立に向けた仲裁に入る。アルゞェリア独立に反発する掟閥の勢力は凄たじく、秘密軍事組織(OAS)が結成されテロ掻動が匷化されるのだが、ド・ゎヌル倧統領は非垞事態を宣蚀し、フランス政府に察する反乱の銖謀者ぞの告発ずFLMずの亀枉を掚し進めおいきたした。亀枉は難航したものの、1962幎にアルゞェリアでの囜民投祚が行われ有暩者の90%が独立に賛成したため、アルゞェリア民䞻人民共和囜が成立したした。

    このような耇雑な政治問題をドキュメンタリヌタッチで再構成した䜜品が『アルゞェの戊い』です。監督のゞッロ・ポンテコルノォは、ゞャヌナリスト出身であり、第二次䞖界倧戊䞭には反ファシストのレゞスタンス勢力のリヌダヌを務めおおりドキュメンタリヌ監督ずしお映画界に入った人物です。そんな圌が、アルゞェリア政府から財政的揎助を受け、アマチュア俳優を起甚、ニュヌス報道タッチでアルゞェリア戊争を描き第27回ノェネツィア囜際映画祭におロベヌル・ブレッ゜ン『バルタザヌルどこぞ行く』やフラン゜ワ・トリュフォヌ『華氏451』、アニ゚ス・ノァルダ『創造物』を抑え最高賞・金獅子賞を受賞したした。

    映画はアルゞェリア戊争の舞台ずもなったカスバで撮圱されおいたす。カスバは、1529幎に海賊バルバロス・ハむレッディンがオスマン垝囜の地方長官ずしお城塞を築いたこずから発展した堎所であり、この旧垂街は䞖界遺産に登録されおいたす。迷宮のようなカスバはアルゞェリア戊争におけるフランス軍ずFLMずの耇雑な関係性を象城しおいる。

    映画は街䞭での銃撃戊はもちろん、拷問シヌンや1956幎のミルクバヌカフェ爆砎事件を再珟しおおり背筋が凍るものずなっおいたす。特に爆砎テロの堎面では、ドキュメンタリヌタッチからサスペンス映画のようなカット割りぞずシヌムレスに切り替わっおおり、テロの実行者が爆匟を蚭眮し、時間を確認するショットで緊迫感を煜り爆砎の瞬間を捉える印象的な挔出ずなっおいたす。このような挔出でもっおアルゞェリア戊争における痛たしい歎史を埌䞖に遺した䞀本ずなっおいたす。

    99.シェルタリング・スカむ(The Sheltering Sky 、ベルナルド・ベルトルッチ、1990)芁塞村アむト・ベン・ハドゥ

    戊埌初の芳光客だなず蚀われるや「芳光客ツヌリスト?旅行者トラベラヌよ」ず劇䜜家のキットは語る。その心は「着いおすぐ垰る事を考えるのが芳光客ツヌリスト」ず倫で䜜曲家のポヌルが代匁し、圌女は「旅行者トラベラヌは垰囜しない事もある」ず付け加える。倫婊は倊怠期を修埩するかのように異囜アフリカの地ぞやっおきた。滞圚期間は具䜓的に決たっおいない。ずりあえず1~2幎ずホテルのフロントに䌝える。䜕もかもがアメリカず異なり幻想的なアフリカの地でふたりは過酷な運呜を蟿る。

    ポヌル・ボりルズ「極地の空」を巚匠ベルナルド・ベルトルッチが映画化した本䜜は、倊怠期の荒涌ずした心理ず愛の枇望が生み出す刺激の波を黄金色に煌めくアフリカに蚗しおいる。ベルトルッチの右腕撮圱監督ノィットリオ・ストラヌロによるショットは、子どもたちがホテルに荷物を運ぶ䜕気ない画からも神々しさが零れおいるのだが、モロッコの雄倧な倧地が映し出されるずもはや時間の感芚がなくなるほどに䞖界ぞず没入させられたす。

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    アむト・ベン・ハドゥでは
    ロケ地のリストが掲瀺されおいる。
    ※筆者撮圱(2014幎)

    映画は反埩するように荒野に突劂珟れる芁塞村が映し出される。これはモロッコを代衚ずする䞖界遺産アむト・ベン・ハドゥであり、本䜜だけでなく『アラビアのロレンス』『グラディ゚ヌタヌ』など倚くの映画のロケ地になっおいる堎所です。

    アむト・ベン・ハドゥは7䞖玀に北アフリカの先䜏民であるベルベル人が築いた芁塞村。建物はシンプルな家屋から、耇数階建おのものがあり、埌者はカスバず呌ばれおいたす。カスバは1階が銬小屋で、2階が食料小屋、3階以䞊が居䜏スペヌスずなっおいる。たた、村は通路や階段が耇雑に匵り巡らされおおり、倖敵からの䟵入を防ぐ圹割を担っおいたす。そしお、珟圚でも村は䜿われおおり、芳光名所ずいうこずもあっおか、筆者が蚪れた際には民族服や楜噚を売る店が賑わっおいたした。

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    ベルベル人の服ずカルカバ
    ※筆者撮圱(2014幎)

    特にこの地域ではカルカバず呌ばれるメガネのような圢をした金属蓋をカスタネットのように鳎らす楜噚が有名らしく、土産屋ぞ入るず匷く勧められたした。

    映画は倫婊の倊怠期が持぀、匕き寄せられおは幻滅し離れ、容易に関係が修埩されない様をアむト・ベン・ハドゥで衚珟しおいるように思えたす。画面から滟る茹だるような暑さが時間を溶かし、ダラダラずした時間がアンニュむな空気を生み出し気持ちを狂わせる。酩酊たる時間の䞭で倫ポヌルは腞チフスを患い、キットは献身の䞭で䞀方通行な愛に絶望しおいく。耜矎的䞖界に包たれた悪魔的映画ずいえよう。

    100.フラワヌショり(Dare to Be Wild、ノィノィアン・デ・コルシィ、2014)ラリベラの岩の聖堂矀

    䞖界遺産を孊ぶず最初期に芚える遺産である䞀方、䞀般的にあたり知られおいない䞖界遺産ずしおラリベラの岩の聖堂矀がある。1978幎に最初の䞖界遺産ずしお12件が䞖界遺産リストに登録されたした。゚チオピアの䞖界遺産ラリベラの岩の聖堂矀は、あたりにも独特な造圢であり䞀床芋たら忘れられない迫力がある。通垞、聖堂は地䞊に建おられる。たたは、ノィ゚リチカ岩塩坑内の瀌拝堂のように地䞭に建おられる。しかし、ラリベラの岩の聖堂矀は、岩を掘っお䜜られたものであり、地䞊からその姿を芗き蟌むこずができる。ゲヌムの十字キヌのような造圢は唯䞀無二の聖堂ずしお異圩を攟っおいる。この聖堂矀は1213䞖玀にザグりェ朝7代囜王であるラリベラの呜什によっお建おられたした。

    筆者が最も行っおみたい䞖界遺産であり今回の䌁画に合わせおこの遺産が登堎する映画を探しおみたした。ラリベラの岩の聖堂矀が登堎する映画を探す前、かなり䞍安を抱えおいたした。数幎前に東京倖囜語倧孊で゚チオピアの公甚語であるアムハラ語の勉匷をしおいた際に、゚チオピアの映画事情を調べおみたこずがありたす。日本ではハむレ・ゲリマ『テザ 慟哭の倧地』が玹介された皋床で゚チオピア映画はほずんど玹介されおいない。MUBIなどのワヌルドシネマに匷いプラットフォヌムでも゚チオピア映画が玹介されるこずは少ない。アムハラ語の先生にも質問しおみたのですが、゚チオピアではそんなに映画は盛んではないずのこずでした。

    しかし、意倖なずころからラリベラの岩の聖堂矀が舞台ずなった䜜品が芋぀かりたした。それは『フラワヌショり』です。毎幎5月にむギリスで行われる園芞祭チェルシヌ・フラワヌ・ショヌを扱った本䜜にお、䞻人公が゚チオピアぞ向かうのです。

    メアリヌ・レむノルズは、幌少期から自然ず人間は共存できるず信じおいた。そしお庭のデザむンで䞖界を倉えるこずができるず思い、チェルシヌ・フラワヌ・ショヌぞ出堎するこずにする。怍物孊者のクリスティを盞棒にするも、理想の高い圌に振り回されるメアリヌ。クリスティはアフリカの緑化蚈画に関心があり、掻動を支揎しおくれる日本人䜜家の銙織に䌚いにラリベラぞ行くず語る。圌を远うようにしおメアリヌも゚チオピアの地を螏むのです。

    クリスティは圌女をラリベラで䞀番有名なギョルギス教䌚ぞ案内する。「この教䌚は1぀の岩から造られた。䌝説では、䜜業員が途䞭たで造り倩䜿が倜䞭に完成させた」ずガむドのように圌は解説したす。聖堂は内郚だけでなく、地䞊から穎を芗き蟌むように敬虔な信者が取り囲み祈りを捧げおいる。聖堂の造圢だけではなく、信仰のありかたも独特であるこずがわかるのです。メアリヌぱチオピアでの経隓を掻かしおチェルシヌでの造園づくりに励むのです。造園ずいったら、それこそむギリスが舞台なら地圢の矎しさを高めるために意識的に公園や庭園を造った湖氎地方ぞ足を運びそうだが、察極の堎所であろうラリベラの岩の聖堂矀や厳しい環境の゚チオピアからむンスピレヌションず瀟䌚問題に察する意識を高めおいくアプロヌチは興味深いものであった。

    101.【コラム】ノェネツィア1964人類のための歎史的蚘念物Venezia 64, il monumento per l’uomo(2024)

    2026幎1月31日(土)、東京理科倧孊・富士芋校舎におNPO法人䞖界遺産アカデミヌのむベント「ノェネツィア憲章を考える ドキュメンタリヌ䞊映講挔䌚」が開催されたした。そこで䞊映されたドキュメンタリヌが『ノェネツィア1964人類のための歎史的蚘念物』です。本䜜は、むタリア攟送協䌚Raiがノェネツィア憲章採択60呚幎を蚘念しお制䜜されたドキュメンタリヌであり、テレビ番組「むタリア矎ぞの旅(Italia: viaggio nella bellezza)」の1話ずしお攟送された。厳密には映画ではないのだが、䞖界遺産を語る䞊で重芁な抂念が語られおいるためコラム枠ずしお曞いおいきたす。

    本䜜は矎術史家ロベルト・パヌネの孫であるアンドレア・パヌネの語りを軞に、ノェネツィア憲章を巡る歎史的背景や、囜際的な文化遺産保護にた぀わる葛藀を関係者取材によっお明らかにしおいく内容です。

    ノェネツィア憲章ずは、歎史的建造物の保存・修埩に関わるナネスコの憲章です。1931幎に前提ずなるアテネ憲章が歎史的蚘念建造物に関する建築家・技術者囜際䌚議にお採択されたのですが、修埩の際に近代的な材料や技術を甚いるこずができる特城がありたした。しかし第二次䞖界倧戊埌、遺産の著しい砎壊に察しお圓時の工法や玠材で修埩すべきか、経枈埩興を優先しおブルヌタリズムずいった珟代的で機胜的な建築を建おるべきかずいったゞレンマが䞖界的に広がっおいきたした。ノェネツィア憲章は、このような建築家や技術者の葛藀を乗り越えるための囜際的な指針ずしお採択されたした。アテネ憲章ずは異なり、建造物単䜓だけでなく、郜垂景芳などずいった広域で矎的䟡倀・歎史䟡倀を残そうずする方針が定められおいたした。

    映画では、ノェネツィア憲章の抂念を匕き継いで芳光客が䜕気なく通り過ぎおいるそばでサン・マルコ広堎が修埩されおいる様子が映し出されおいたす。2019幎に発生した高朮による修埩工事は、機胜性の確保ず玠材を最倧限に保護するこずを目的ずしおいたす。広堎のタむルに䜿甚されおいる玠材は、珟圚採取が制限されおいる地域にしかないものであるため、今ある玠材を可胜な限り甚いお修埩するアナスタむロシスの手法を甚いおいたす。

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    ワルシャワ歎史地区
    ※筆者撮圱(2025幎)

    映画はナポリ、ワルシャワ、ティラナず枡り、それぞれの遺産保護にた぀わる物語を語っおいきたす。特にワルシャワパヌトが興味深いものがありたす。第二次䞖界倧戊埌、壊滅的に砎壊された街を垂民たちが遺された情報を基に完璧に埩元したした。しかし専門家によれば、この埩元で再珟されたバロック様匏は正確なものではないため「停バロック」にあたるずのこず。ワルシャワ歎史地区は1980幎に䞖界遺産に登録されたのだが、街党䜓を埩元したケヌスに䞖界遺産ずしおの䟡倀を䞎えお良いのかずいった議論が亀わされた。これを認めおしたうず歎史的䟡倀を捏造するケヌスが出おくる危険性があったからです。ワルシャワの専門家は奥歯に物が挟たったような蚀い回しで䟋倖的にワルシャワは䞖界遺産ずしお認められたこずず象城的䟡倀、぀たり戊前の街䞊みを埩元しようずしたワルシャワ垂民の掻動を歎史的なものずしお遺す意味合いが匷いず語っおいたした。

    映画党䜓ずしお、答えのない問題に぀いお語っおいるため事象を矅列しただけでがんやりずしたものずなっおいたのですが、最埌に「《なんのために》よりも《誰のために》遺産を保護しおいくべきかが重芁である」ず締めくくっおいた点に惹き蟌たれたした。あくたで憲章は、議論するためのベヌスずなるものであり、時代の流れにあわせお脱構築しおいき、憲章が手段ではなく目的ずなっおしたうこずを防ぐべきである考えは重芁だなず痛感させられたした。

    【目次】

    【参考文献】

    ・すべおがわかる䞖界遺産1500䞊巻 䞖界遺産怜定1玚公匏テキスト(䞖界遺産怜定事務局 、2024/3/22)
    ・すべおがわかる䞖界遺産1500䞭巻 䞖界遺産怜定1玚公匏テキスト(䞖界遺産怜定事務局 、2024/3/22)
    ・ゞャン・ルヌシュ──映像人類孊の越境者(千葉文倫、金子 遊線集、森話瀟、2019/10/23)
    ・オリ゚ンタリズム 侊(゚ドワヌド・W・サむヌド、平凡瀟、1993/6/21)
    ・オリ゚ンタリズム 例(゚ドワヌド・W・サむヌド、平凡瀟、1993/6/21)
    ・教逊のフランス近珟代史(杉本淑圊、竹䞭幞史、ミネルノァ曞房、2015/6/25)
    ・死ぬたでに芳たい映画1001本 改蚂新版(スティヌノン・ゞェむ・シュナむダヌ総線集、ネコ・パブリッシング、2011/8/31)

    ※サムネむルの写真は『シェルタリング・スカむ』の舞台になった「芁塞村アむト・ベン・ハドゥ」です。(筆者撮圱)


     
     
     

    CHE BUNBUN

     
     
    ・映画ラむタヌ  ▷note創䜜倧賞2026䞭間遞考突砎(オヌルカテゎリ郚門/ビゞネス郚門)  ▷週刊プレむボヌむNo.39(2024/9/9号)取材蚘事掲茉  ▷「死ぬたでに芳たい映画1001本」フルマラ゜ン完走 ・映画批評VTuber ・䞖界遺産怜定マむスタヌ(認定講垫)

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