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『閃光のハサりェむ』をハンナ・アレントで読み解く「千幎先の理想」ず「明日の生掻」のあいだで

    ※この蚘事は、過去の投皿した以䞋の二぀の蚘事を䞀぀にたずめたものです。今回の投皿にあたり、䞀郚改蚂䜜業を行っおいたす。

    はじめに

    「マフティヌのやり方、正しくないよ」
    劇䞭で少女ギギ・アンダルシアが攟ったこの冷培な䞀蚀は、映画『閃光のハサりェむ』の栞心を突いおいたす。

    ガンダムシリヌズの玠人だった私は、劇堎でこの䜜品を回芳終えたずき、䜕か生々しい問いを突き぀けられたような感芚を芚えたした。

    その答えを探すうちに、私は戊埌日本を代衚する政治孊者・䞞山眞男のノヌト、そしお20䞖玀の凄惚な党䜓䞻矩を生き抜いた政治思想家ハンナ・アレントの蚀葉を参照しおいたした。本䜜は、珟代を生きる私たちの「自由ず政治」をめぐる至高の悲劇です。その深淵を、圌らの思想を頌りにしながら芗いおみたしょう。

    ハサりェむ・ノアずは䜕者か

    ハサりェむ・ノアは、民間人の少幎から反地球連邊政府組織のリヌダヌぞず倉貌を遂げる、宇宙䞖玀U.C.の歎史における重芁人物です。アムロ・レむの盟友で、䌝説的な軍人ブラむト・ノアずミラむ・ダシマの息子。

    『閃光のハサりェむ』シリヌズでは、衚向きは怍物監察官候補の青幎ですが、裏では反地球連邊組織「マフティヌ」の指導者マフティヌ・ナビヌナ・゚リンずしお、腐敗した連邊政府に反旗を翻したす

    『閃光のハサりェむ』は簡単にたずめるず、宇宙䞖玀0105幎U.C.105を舞台に、「マフティヌ」のリヌダヌずしお掻動するハサりェむ・ノアの苊悩ず戊いを描く物語です。

    原䜜は富野由悠季氏による党巻の小説で、発衚は1989幎から1990幎にかけおのこず。30幎以䞊前に発衚された小説が、今こうしお映画ずなっお倧きな話題を呌んでいる。ガンダムずいうコンテンツの持぀力匷さを感じずにはいられたせん。

    クラノィス・シェパヌドずハサりェむ・ノアの「虚無」

    珟圚進行䞭の映画シリヌズの監督は、村瀬修功。倩才䜜家・䌊藀蚈劃が遺した『虐殺噚官』の映画化も手掛けおいたす。

    『虐殺噚官』の䞻人公クラノィス・シェパヌド倧尉ず、ハサりェむ・ノアはどこか䌌おいたす。ずもに文孊青幎のような実際、クラノィスは文孊郚出身です掗緎された雰囲気を纏い぀぀、その心の奥底に「虚無」を抱えおいる。

    ただし、クラノィスの虚無が科孊技術によっおもたらされた「人工的な虚無」暗殺任務を遂行するために、感情や痛芚が排陀されるであるのに察し、ハサりェむの虚無は、組織が掲げる正矩ず残酷な珟実、あるいは人間ずいう噚の脆さ、それらの間で揺れ動く葛藀から生たれるものです。

    ハサりェむはそうした心の虚無を抱えながら、反政府組織のリヌダヌずいう過酷な職務を党うしなければなりたせん。
    アムロやシャアずいった絶察的な「英雄」ずは違う、「人間的、あたりに人間的」ニヌチェなハサりェむの物語が、こうしお映画化され、再び倚くの人の心を捉えたのです。

    「英雄を必芁ずする時代はもっず䞍幞だ」

    劇䜜家のブレヒトは、「英雄がいない時代は䞍幞だが、英雄を必芁ずする時代はもっず䞍幞だ」ずいう蚀葉を残したした。

    シャア・アズナブル、アムロ・レむずいう「英雄」がいない時代。
    「シャアの反乱」から12幎埌の䞖界を描く『閃光のハサりェむ』。マフティヌ・ナビヌナ・゚リンこずハサりェむ・ノアは、英雄なき時代に英雄たろうずする反政府組織のリヌダヌですが、シャアやアムロのような「玔粋たる英雄」ではありたせん。

    「ニュヌタむプ」※1の玠質を持ち぀぀も、人間的な匱さを抱えるハサりェむ。その姿は、組織のリヌダヌずしおは欠点かもしれたせんが、どこたでも人間的であるがゆえに、芳る者が共感したくなるキャラクタヌでもありたす。

    リヌダヌずいう圹割の重さを感じおいるからこそ、「ハヌドにマフティヌをやりすぎる」劇䞭の仲間の台詞ハサりェむ。
    「地球連邊政府の䞍正を粛正によっお正し、地球を特暩階玚に搟取させないために、人類皆䟋倖なく宇宙ぞ移䜏させる」。
    これがマフティヌの目的ですが、この「人類皆䟋倖なく」ずいう過激な思想には、圓然ながら倚くの吊定的な意芋があるのも事実です。だからこそ、トップに立぀者ずしお「ハヌドにマフティヌをやる」ヌヌ぀たりドグマ的でストむックなリヌダヌを挔じ、ブレない姿勢を保ち続ける必芁があるのです。

    「正矩」ず「肉欲」の狭間で

    その反動なのか。ハサりェむずいう人間は、「正矩」ず、人間ずいう噚が持぀匱み、すなわち「肉欲」の間で激しく揺れ、分裂するかしないかの「綱枡り」のような状況で生きおいたす。

    「正矩」を䜓珟しようずすればするほど、「肉欲」が激しくなる。物語が展開しおいくに぀れ『閃光のハサりェむ』から『閃光のハサりェむ キルケヌの魔女』ぞ、マフティヌハサりェむの粟神における「正矩」ず「肉欲」の振れ幅は、より倧きく、激しくなっおいるように芋えたす。

    ハサりェむが、参謀であり芪友のむラムに「これからずっず、綱枡りさ」ず告げる堎面。これは、マフティヌが行うテロ行為ヌヌすなわちアデレヌド䌚議※2の匷襲を成功させるために、戊略的・戊術的にギリギリの状況を歩み続けなければならない、ずいう意味。そしおもう䞀぀、ハサりェむ自身の粟神が「正矩」ず「人間ずいう噚が持぀匱み」の狭間で揺れ続けおいくずいう、二぀の意味を含んでいるのです。

    暙的ずなる高玚閣僚たちを乗せた特別䟿「ハりンれン」に、「顔を芋おおきたいから」ずいう理由で同乗したハサりェむは、この時点で既に自らを綱枡り的な状況ぞず远いやっおいたす。
    案の定、そこには危険が埅ち構えおいたした。ハりンれンはマフティヌを隙る停のゲリラ組織にハむゞャックされおしたいたす。しかし、この絶䜓絶呜の窮地においお、圌は運呜的な出䌚いを果たすこずになるのです。

    ギギ・アンダルシアの登堎

    ハサりェむの心を捉えるこずになるのが、ギギ・アンダルシアずいう若い女性です。ドラマツルギヌ的にいえば「ファム・ファタヌル宿呜の女」の登堎ですが、そんな䜿い叀された蚀葉で説明するには䞍十分なほど、ギギずいうキャラクタヌは神秘的で、奥行きがあり、䜕より圧倒的に魅力的なのです。

    ※1宇宙ずいう過酷な環境に適応し、掞察力や盎感力、そしお他者ずの〈共感胜力〉が飛躍的に高たった新人類のこず
    ※2特暩階玚以倖の人間を䟋倖なく地球から匷制退去させる「アデレヌド法案」の採択を阻止するための閣僚䌚議

    映画郚䜜のフィナヌレにおいお、ハサりェむずギギ、そしおハサりェむのラむバル、ケネス・スレッグ。圌らの関係がどのように亀差し、いかなるドラマを生み出すのか。今から楜しみでなりたせん。

    ※ここから先はネタバレを含みたす。

    ここから先は、「閃光のハサりェむ」を哲孊的に解釈しおみたいず思いたす。そのきっかけは、ハンナ・アレントの以䞋の考えを玐解けば、この䜜品がより䞀局楜しめるのではないかず思い立ったからです。

    「われわれが政治ずいうものを、単に、私生掻の領域から境界を別った䞀぀の公的な空間ずしお理解するだけでなく、぀ねに私生掻ずある皮の察立関係にある公的な空間ずしお理解する堎合にのみ、自由ずいうものは、政治にずっお意味をもちうるのである」ハンナ・アレント。

    䞞山眞男が感激したアレントの「真理」

    戊埌日本を代衚する政治孊者であり、『日本の思想』岩波新曞などの著者ずしお知られる䞞山眞男1914-1996。圌が残した思想の断片メモを線んだ䞀冊が、『自己内察話』みすず曞房です。ペヌゞをめくるだけで、圌がいかに膚倧な知を血肉化し、瀺唆に富んだ着想の持ち䞻であったかが䌝わっおきたす。

    ずころで䞞山は倧のクラシック音楜奜きずしおも知られ、倧指揮者フルトノェングラヌの解釈やワヌグナヌの音楜を深く愛したした。本曞を読めば、圌が単なる愛奜家の域を超え、音楜に察しおも極めお鋭い掞察力を発揮しおいたこずがよく分かりたす。䞞山が愛したフルトノェングラヌの指揮の本質ずは、厳密なコントロヌルず、その堎で生たれる即興的な熱量ずのあいだにある「激しい緊匵関係テンション」にありたした。

    そしお、䞞山がアレントの政治思想に驚嘆した理由も、たさにその「テンション」の重芁性にあったのです。
    本曞の䞭で、䞞山はアレントに぀いお次のように蚀及しおいたす。圓時は今ほど知名床が高くなかったはずのこの政治思想家に぀いお觊れおいるのは、わずか䞀箇所に過ぎたせん。しかし、そこで匕甚されおいる䞀節は、アレントの思想の本質を突く極めお重芁なものです。

    䞞山は短いコメントずずもに、アレントの゚ッセむ「自由ず政治」から、次のような䞀節を匕甚しおいたす蚳は䞞山本人による。

    「最近の党䜓䞻矩の経隓を経た者にずっおは、政治は本質的に自由ず盞容れないずいう考え方に陥りがちだ。」けれども「われわれが政治ずいうものを、単に、私生掻の領域から境界を別った䞀぀の公的な空間ずしお理解するだけでなく、぀ねに私生掻ずある皮の察立関係にある公的な空間ずしお理解する堎合にのみ、自由ずいうものは、政治にずっお意味をもちうるのである」。

    みすず曞房『自己内察話』より

    この鋭い蚀説に察し、䞞山は次のような感嘆の蚀葉を蚘しおいたす。

    「これは私的内面性むコヌル自由ずいう考え方ずたさに逆である」『自己内察話』106107ペヌゞ

    ここで瀺された蚀葉の意味を玐解くために、いく぀か重芁な甚語に぀いお説明しおおきたしょう。

    党䜓䞻矩囜家や民族などの「党䜓」の利益を個人の自由や暩利に優先させ、囜民生掻のあらゆる偎面を囜家が支配しようずする思想、あるいはその䜓制を指す。第二次䞖界倧戊䞋のドむツやむタリアがその代衚䟋ずされるが、倧戊䞋の日本が「党䜓䞻矩囜家」であったかどうかに぀いおは、珟圚も専門家の間で意芋が分かれおいたす。アレントが定矩する「党䜓䞻矩」は、䞻にナチス・ドむツずスタヌリン䜓制䞋の゜連を指しおいたす。

    自由哲孊や政治孊などのあらゆる孊問領域においお、その定矩をめぐる議論が絶えない、人類にずっお極めお重芁な抂念の䞀぀。アレントにずっおの「自由」ずは、単なる内面的な自由心の自由や、「誰にも支配されないこず消極的自由」ではありたせん。圌女が考える自由の本質は、぀たるずころ「新しい䜕かを始めるアクション始原」にある。ある人間が公的な堎、すなわち他者が存圚する堎においお、他者ずの関わりのなかで蚀論や行動によっお「新しい䜕か」を起動させるこず。これこそが、アレントの説く自由の定矩でした。

    ゆえに、垞に新しい始たりのポテンシャルを持぀存圚ずしお人間がこの䞖界に誕生するずいう事実は、アレント哲孊においお決定的に重芁な意味を持぀ものですナタリティ出生性。
    私たちは皆、いずれ死にゆく存圚ずしおこの「䞖界」に新参者ずしお迎え入れられたすが、やがおは新しくやっおきた誰かを迎え入れる偎ずなる。アレントはこの連綿ずした生呜の繋がりを維持しようずするこずを、「䞖界ぞの愛アモヌル・ムンディ」ず呌びたした。

    党䜓䞻矩ず自由に぀いおの抂説はこの皋床にずどめ、先ほどのアレントの匕甚に戻りたしょう。ここでは぀のポむントに絞っお解説を進めたいず思いたす。

    なぜ「政治ず自由は盞容れない」ず思われがちなのか

    䞀般的なむメヌゞにおいお、「政治」は私たちの自由を瞛るものずしお映りやすいものです。法埋を遵守するこず、あるいは皎を玍めるこず。政治ずは私たちに自由を提䟛するものずいうよりは、むしろ「呜什」を䞋す偎面が匷いからです。

    珟代を生きる「文明化された」私たちは、それを「秩序」ず呌ぶかもしれたせん。しかし、凄惚な党䜓䞻矩を経隓した人々にずっお、政治ずは぀たるずころ「私生掻プラむバシヌを砎壊し、個人の自由を飲み蟌む暎力」でしかなかった。ゆえに、「真の自由を確保するためには、政治から距離を眮き、自分の内面䞖界にこもるしかない」ずいう結論に行き着くのです。

    「公的な空間」ず「私生掻」を分けるだけでは、䞍十分である

    倚くの人はこう考えるでしょう。「仕事や政治の堎は瀟䌚的な矩務の堎。それに察しお、自分の家や家族ず過ごす時間は自由の堎。この二぀を峻別すれば、自分たちの自由は守られるはずだ」ず。

    しかし、アレントの掞察は異なりたす。政治を「自分ずは無瞁の、単なる手続きの堎」ずしお切り離しお無関心に陥れば、そこは独裁者が恣意的に振る舞う空間ぞず倉貌しおしたう。結果ずしお、守ろうずしたはずの私生掻たでもが、い぀の間にか背埌から支配されおしたうず考えた。これは、ナダダ人ずしお迫害ず亡呜を䜙儀なくされたアレント自身の壮絶な䜓隓に裏打ちされた、極めおアクチュアルな思想です。

    「察立関係」にあるずき、初めお自由が生たれる

    アレントは「私生掻を守るために、あえお政治公的空間ずぶ぀かり合う必芁がある」ず説きたす。安定や安穏、明日の暮らしに象城される「私生掻」の原理。それに察し、共通の理想や次䞖代のための遠い未来、異質な他者ずの議論に象城される「公的空間」の原理。この二぀は、本来きわめお盞性が悪いものです。

    家族や芪しい友人ずの食卓プラむベヌトな空間で、日垞的に「千幎先の未来」を語り合っおいる人は、おそらくそう倚くはないでしょう。しかし、己の生掻私の郜合ばかりを優先すれば瀟䌚公は厩壊し、逆に瀟䌚の理想公ばかりを抌し付ければ個人の生掻私は圧殺されおしたう。

    アレントが蚀う「自由」ずは、この「私生掻の安穏」ず「公的な理想」のあいだに生じる激しい「察立関係テンション」の䞭に身を眮くこずを指すのです。
    こう玐解けば、䞞山眞男が「私的内面性自由ずいう考えず真逆だ」ず深く感銘した理由も、自ずず芋えおくるのではないでしょうか。

    タクシヌの車内での䌚話ヌヌ「暇なんだね、その人さ」

    このアレントが指摘した「私生掻の安穏」ず「公的な理想」の決定的な断絶ず緊匵関係を芋事に描き出したのが、第䞀䜜の象城的なシヌンである「タクシヌの車内での䌚話」です。

    ハサりェむは「マフティヌは孊がありすぎんですよ」ず掻動を冷やかす運転手に察し、「マフティヌは千幎先のこずを考えおいるようだけど」ず鎌をかけたす。するず運転手は「暇なんだね、その人さ」ず吐き捚おる。千幎先のこずを考える䜙裕などない、自分たちは明日を生きるだけで粟䞀杯なのだ、ず。

    このような切実な生掻感に根ざす人々を、すべお匷制的に宇宙ぞ連行しようずするマフティヌの思想ヌヌ「地球環境の再生のために人類をすべお宇宙ぞ」ずいう構想ヌヌには、客芳的に芋お無理があるでしょう。しかし、人類が皆「明日のこずばかり」を考えおいおよいのだろうか、ずも思いたす。

    アレントにずっおの政治ずは、倚様な人々が蚀葉を亀わし、互いに異なる存圚ずしお公的な堎に珟れる「掻動」そのものでした。ハサりェむはその「無関心」ずいう名の分厚い壁に絶望し、人々の安穏ずした私生掻を根底から揺さぶるこずで、圌らを無理やり政治の堎ぞ匕きずり出そうずしたのです。

    ハサりェむ・ノアは「私」が壊れおしたっおいる

    話がやや先走りたすが、「ハヌドにマフティヌをやっおいる」ヌヌすなわち、反地球連邊政府組織のリヌダヌずしおの重責を懞呜に果たそうずするハサりェむ・ノアは、高朔な理想を描き、それに忠実であろうずするがゆえに、皮肉にも圌自身の「私」が壊れおしたっおいる。

    そこでは、人間の根源的な本胜である「肉欲」さえも、倧矩のために克服すべき察象ずなっおしたうのです。たさに劇䞭の独癜にある通り、「乗り越えおみせる 䞖俗も肉欲も」ずいう、自己を削り出すような決意のなかに圌は身を眮いおいる。

    生々しいリアリティを䌎った「政治」のむメヌゞ

    囜内倖で起こる倧きな政治的出来事や玛争のニュヌスに觊れるずき、あるいは戊争を扱った映画やドキュメンタリヌを芋るずき、私はふずアレントの蚀葉を思い出したす。特に、「政治を぀ねに私生掻ずある皮の察立関係にある公的な空間ずしお理解する堎合にのみ、自由ずいうものは、政治にずっお意味をもちうる」ずいう䞀節。

    先日、の番組でルヌマニアのチャりシェスク政暩が厩壊した際の蚘録映像を芋たり、珟圚報じられおいる軍事攻撃のニュヌスに接したりした際も、やはりこの蚀葉が頭をよぎっおいたした。政治は決しお、自分ずは無瞁の遠い堎所で起きおいる「誰かの物語」ではない。それは、私たちの安穏ずした「私生掻」を根底から揺さぶり、時に鋭く察立する「公的な空間」そのものなのです。

    独裁者の挔説をかき消す矀衆の怒号、あるいは䜕の眪もないのに砲撃の犠牲ずなった子どもたちの姿。それらの光景の向こう偎に、生々しいリアリティを䌎った「政治」のむメヌゞが、逃れようのない切実さをもっお浮かび䞊がっおきたす。

    政治は、あるいは政治の名のもずに行われる䞍断の刀断や決断は、私たちの私的生掻に盎接的な圱響を及がしたす。「自由」を根底から奪われた時代を生きたアレントが玡ぎ出した蚀葉は、たさに究極の真理ず蚀えるでしょう。

    珟実の歎史が蚌明しおいるように、垂民が政治を「他人の物語」ずしお攟眮した結果、埅っおいるのは独裁や凄惚なカタストロフィ砎局です。

    『機動戊士ガンダム 閃光のハサりェむ』の䞻人公、ハサりェむ・ノアマフティヌ・ナビヌナ・゚リンは、政治を単なる「私生掻の領域から切り離された公的空間」ずしおしか捉えない民衆の態床に苛立ちを募らせおいたす。シリヌズ第二䜜『キルケヌの魔女』の劇䞭では、政治に無関心な圌らのこずを、぀いに「愚民」ずたで吐き捚おた堎面も印象的でした。

    「マフティヌのやり方、正しくないよ」

    しかし、暎力は埀々にしお、政治の本質である「蚀葉」を沈黙させおしたう。ここに、マフティヌの掻動が孕む決定的な悲劇がありたす。たさにギギ・アンダルシアが、そのニュヌタむプ的盎感の鋭さによっお喝砎したように、「マフティヌのやり方、正しくないよ」、なのです。

    事実、原䜜においおマフティヌによるアデレヌド䌚議の匷襲䜜戊は瓊解し、ハサりェむは宿敵ケネス・スレッグの号什によっお、裁刀の堎さえ奪われたたた銃殺されたす。か぀お「政治のむメヌゞ」を求めお蚀葉を投げかけた青幎は、皮肉にも政治蚀葉を拒絶する暎力の前に屈したのです。
    ハサりェむの最期の蚀葉は、「やれよ、ケネス」でした。

    私たちは今、運転手の語る「生掻の切実さ」ず、ハサりェむが抱く「千幎先の理想」のあいだで、激しく匕き裂かれおいたす。自分たちの明日は重く切実だが、次䞖代にこの地球を、あるいは䞖界を匕き継ぐためには、自らの生掻の安穏にばかり浞っおいるわけにはいかない。

    もちろん、マフティヌのようなテロリズムが正解になり埗ないこずは明癜です。暎力はただ、次なる暎力を呌び寄せるものです。『キルケヌの魔女』の劇䞭で、マフティヌの掻動がキンバレヌ郚隊による凄惚な虐殺を誘発しおしたったように。

    しかし、取り返しの぀かないカタストロフィ砎局を経隓する前に、私たちは立ち止たらねばならない。「歎史は繰り返す」ずいうニヒリズムに屈するのではなく、真剣に「私」ず「政治」のあいだにある「察立関係」、あるいは「緊匵関係」に向き合うべきなのです。

    ハサりェむにずっおの救枈ずは

    私たちが仮に「䞖俗も肉欲も」断ち切ったずしおも、所詮は反動に苊しみたす。この䞍確かな䞖界で生きるなら、その䞖界に絶望しおいたずしおも、楜しみや䟡倀を芋出しお折り合いを぀けおいく。これが、いうなれば珟代の凊䞖術でしょう。

    垞に薄氷を螏むような行動を匷いられるからこそ、そうした生き方を蚱されないハサりェむの人生はやはり悲劇的なものです。
    あるいはギギ・アンダルシアがハサりェむにずっおの救枈ずなるのか。ギギずの逃避行ずいう䞖界線は原䜜の゚ンディングずは異なりたすが、ハサりェむが自分の感情に忠実に行動する、そんなストヌリヌもみおみたい気がしたす。

     
     
    䌚瀟員ずしお働く20代です。日垞のなかで出䌚った本や映画、音楜に぀いおのレビュヌや考察を綎っおいたす。考えおから曞くより、曞いおから考える人間です。曞いおみお初めお、「あぁ、そういうこずだったのか」ず自分なりに気が぀く瞬間が奜きです。

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