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零から1は生まれない

そもそも創造性とは、完全な無から何かを生み出す力ではありません。それまで結びついていなかったものを結びつけ、これまでとは異なる角度から問題を捉え、新しい意味や可能性を見いだす力です。
ところが私たちは、自分が生きている社会の制度、常識、価値観、世界観を、無意識のうちに「自明のもの」として受け入れています。これは魚が水を意識しないのと同じです。自分たちを取り囲んでいる前提に気づかなければ、その外側を想像することはできません。

山口周

周さんのこの記事…久々に興奮しました!
わたしが泥くさく「土」だと表現している零を
美しく「水」だとおっしゃっているのです✨✨✨

今度「なぜ勉強しないといけないの?」の答えに困ったら、過去と未来をつなぐため…って言おうかな
もうちょっと噛み砕くけど😅

歴史が大嫌いだったわたしは
本当の歴史を知ることで、誇りを取り戻せた気がしました。
そして
今の小さな発信も未来の古史古伝として残すべきだと思っています。

誰も気づかないような、どこかの村のなにかの言い伝えがとても大切だったように…。

歴史を知ることは、現在を必然視しないということです。

「これまでもずっとこうだった」「世の中とはこういうものだ」という思い込みから離れることで、私たちは現在の制度や常識を、数ある可能性の一つとして眺められるようになります。歴史は、現在を時間軸で相対化することによって、別の未来を構想する力を与えてくれるのです。

さらに指摘すれば、過去を知ることは現在を相対化する上でも役に立ちます。例えば7歳になったらみんな一斉に学校に通わせるという、近代の学校制度は江戸時代には存在しませんでした。江戸時代の寺子屋は、それぞれの子供の発達段階に応じて、もっと柔軟に学習をスタートするタイミングを決めていました。現在のようにICTの技術が発達した社会であれば、ある年度に生まれた子どもを一緒くたに集めて一斉にスタートさせるといった乱暴なやり方はやらずに、もっと柔軟なやり方があると思うのですが、こういった批判性やアイデアというのは、過去を知っているほど出しやすくなります。

https://note.com/shu_yamaguchi/n/n560888682e5a


歴史、文化人類学、哲学、文学、芸術、倫理、宗教といった知的領域は、それぞれ異なる仕方で私たちの常識を揺さぶり、思考と感性の自由度を高めます。

創造性は、論理だけからは生まれません。何に違和感を覚え、何に美しさを感じ、何に心を動かされるかという感性もまた、創造の重要な源泉です。

山口周

感性と論理

わたしは
感性は
環境で全く違ったものになるのではないかと思っています。

例えば海

空からの画像で見る…
実際に行って見る…
足をつけてみる…
潜ってみる…
魚を釣ってみる…
写真に撮ってみる…
絵に描いてみる…
マイクロプラスティックの量を計る…

それぞれ全く違うのがたやすく想像できます。

論理は
つながりだと思います。

過去から未来
人から人
国から国
もしかしたらAIは宇宙語も話せるようになるかもしれない…?!

1たす1は2
だとみんなが知っているってすごいことですよね!世界がその共通の認識でつながっているんです。

昔、数字を知らなかった人は数字がわかる人の判断に任せるしか無かったでしょう。
子どもたちのカード交換の遊びでも、価値がわかる子とわからない子の間で不平等な取引が成立しちゃうのと同じです。

数の始まりは、損得を考えることだったのかもしれませんが、これからも知っておくことは必要だとわたしは思うんです。

しかし、お金を手で持つことが無くなった子どもたちは位取りが苦手です。
10進法なんて意識しないで生きられる日が来るのかもしれません。
人の手から手に渡されていた数字(お金)は
スマホやカードを通して仮想の世界で行き来するだけになってきました。

この先
論理的思考はAIに丸投げ?評価も決断もAIになっていくのではないでしょうか…
人的には快か不快が判断基準になるのかな…

いやいや
もうちょっと頑張っておこうね…
だから勉強しようよ!!って言い続けます笑

零に見える土を作るために🌱

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