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空から芋守っおくれおありがずう 曞籍『心の䞭のカタチ』掲茉゚ッセむ 

    こんにちは。Seiです。

    このたび、「心のストレッチルヌム」の代衚を
    されおいる前田 泰章さんずのご瞁で
    「心の䞭のカタチプロゞェクト」に参加したした。

    そのプロゞェクトから3.19に出版された曞籍
    『心の䞭のカタチ』に、私の゚ッセむも
    掲茉しおいただきたした。

    この本には、49名の倧切な方を想いながら
    綎った手玙が掲茉されおいたす。
    䞀぀ひず぀の蚀葉に、それぞれの人生や想いが
    蟌められおおり、心に深く響く内容です。

    今回、曞籍に掲茉しおいただいた私の゚ッセむを、ご玹介させおいただきたす。
    少しでも、心に届いたら嬉しいです。


    空から芋守っおくれおありがずう


    空に旅立った父ぞ。

    私が小孊1幎生の倏、あなたは空ぞず旅立ちたした。
    ただ47歳ずいう若さでしたね。

    あの日を境に、母ず私の二人きりの人生が始たりたした。

    幎月を重ねたいた、振り返るず、「あれはきっず父が残しおくれたメッセヌゞだったのかもしれない」ず思える出来事が、私の心には二぀、鮮明に残っおいたす。

    ― 奇跡のように咲いた朝顔 ―

    小孊1幎生の倏䌑み。
    自由研究で朝顔を育おおいたした。
    毎日氎をやっおもなかなか蕟は぀かず、「ただ咲かないね」ず䞍思議そうに眺めおいたのを芚えおいたす。

    ずころがある朝、バルコニヌをのぞくず、倧きく鮮やかな玫色の朝顔が䞀茪、芋事に咲いおいたした。
    「すごいこんなに倧きな朝顔が咲いたよ」慌おお呌びに行くず、父ず母が䞊んで埮笑んでいた光景が、今も思い出されたす。
    そしお、仕事に行く父に、「いっおらっしゃい」ず母ず䞀緒に芋送りたした。

    しかしながら、その日の倕方、父は別の姿で垰っおきたした。
    幌い私には理解できない、あたりにも突然の別れでした。
    今朝、笑顔で元気な姿だっただけに──

    旅立぀日の朝に咲いた䞀茪の朝顔は、たるで父が「奇跡の花」を咲かせ、最埌に私に芋せおくれたもののように思えおなりたせん。

    ― 䞍幞䞭の幞いだった高熱 ―

    2011幎3月11日。
    この日は、職堎に新しく入ったメンバヌの歓迎䌚が予定されおいたした。

    私は幹事を任され、準備を敎えおいたのですが、圓日の朝、39℃を超える高熱に襲われたのです。
    「なんでこんな日に 」カラダが思うように動かず、自分に情けなさを感じながらも苊枋の決断で䌑むこずしたした。

    するず、午埌に東日本倧震灜が発生。
    職堎呚蟺の亀通機関は止たり、倚くの瀟員が垰宅困難者ずなりたした。
    䞭には4時間ほどかけお歩いお垰った人もいたほどです。

    もし、あのずき無理をしお出瀟しおいたら、私も6時間以䞊かけお、歩いお垰らなければならなかったかもしれたせん。

    䌑んだこずぞの申し蚳なさず、自宅で過ごせた安堵ずが入り混じる䞭で、、私は思いたした。

    ──父が守っおくれたこずだったのかもしれない、ず。

    あなたが旅立っおから、40幎近い幎月が経ちたした。

    母子家庭で育ち、高卒の孊歎、そしおHSP気質を抱える、ずいった決しお平坊ずは蚀えない人生を歩んできたした。
    ぀たずき、迷い、立ち止たるこずも䜕床もありたした。

    それでも前を向いおこられたのは、「空から父が芋守っおくれおいる」ず信じおきたから。

    そしおいた、母も私も、それぞれ穏やかな日々を送れおいたす。
    普通の暮らしがどれほど尊いものかを思うたび、感謝の気持ちで胞がいっぱいになりたす。

    お父さん、い぀も芋守っおくれお本圓にありがずう。
    その存圚を心に抱きながら、これからも前を向いお歩んでいきたす。


    普段心の䞭で想っおいおも、こうしお文字にするこずはありたせんでした。今回このような機䌚をいただけたこずに、心から感謝しおいたす。

    “倧切な人に、今どんな蚀葉を届けたすか”

    最埌たでお読みいただき、ありがずうございたした。

     
     
    就職氷河期䞖代:40代×母子家庭育ち×高卒 HSP気質を掻かしお、心に寄り添うキャリアカりンセラヌ。様々な経隓を通しお、働き方、生き方のヒントを等身倧の蚀葉で綎りたす🌿 20幎以䞊の正瀟員▶フリヌランスぞ転身しお掻動䞭。

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