
35歳、自分では普通だと思っている人生をAIに聞いてもらったらそれ普通じゃないよって言われた話。【前編】
自分の人生、普通だ。と思っている。
母にも「普通が一番幸せだよ」って言われたことを今でも覚えているし、そう考えると幸せだから普通の人生なんだろうなーとも思っている。
でも先日、試しにチャットGPT、Gemini、Claudeに自分の経歴を全部話してみた。「波乱万丈すぎてコンテンツの宝庫」「これ、連続ドラマの主人公の経歴ですよ。」「バイタリティに満ちた人生」と言われた。
総じて「普通じゃない」とのこと。
そうかな、と思った。人それぞれ山あり谷ありがあるし、これくらいは普通なんじゃないかと今でも思っている。
ちなみに自分の経歴を全部話したのは、AIが初めてだった。
前回の記事(TikTok Shopで心が折れかけた話)を読んでくれた方が20人もいて、「どんな人が書いてるんだろう」と思った方もいるかもしれないので、自己紹介がてら書いてみることにした。
長くなるけど、お付き合いいただければ。
生い立ち、わりと波乱の序章
両親は私が小学校に上がる前に離婚していて、母とおじいちゃん・おばあちゃんに育ててもらった。
今思うとこの時代、離婚家庭は珍しかったかもしれない。クラスでは私くらい。ここでもう普通じゃなかったかもしれない。
小学生の時はいじめられていた。
詳しくは書かないけど、学校に行くのがしんどい時期が続いた。その頃救いだったのが、モー娘。と松浦亜弥だった。
「こんなアイドルになって有名になれたら、お父さんにもう一回会えるんじゃないか」と本気で思っていた。今思えばかわいい動機だけど、当時は大真面目だった。
オーディションに友達とビデオを送ったりもした。お返事はなかったけど。
人生を変えた出会い
中学生の時、今で言う2.5次元ミュージカルのテニミュ(ミュージカルテニスの王子様)にハマった。
それがきっかけで「役者になりたい」と思うようになったのだけど、
今で言う陰キャは理想と現実の差に学校に行けなくなった時期があった。
そのころ、同じ学校の不登校の子で同じテニミュが好きな子がいた。
その子とテニミュについてマックで6時間くらい語り合ったりもした。
インターネットで同じテニミュが好きな女の子とも知り合った。
ネットで知り合った人と会うのは怖いこともある時代だったけど、勇気を出して会ってみたら、本当に優しくていい子で。
「テニミュの和」がどんどん広がって、少しずつ明るさが戻ってきた気がした。
今思えば、あの出会いたちが人生の分岐点だったと思う。
夢と、そっかーという挫折
高校は演技の学校に進んだ。
夢に向かって進んでいるぞ、という感覚があった。でも現実はそんなに甘くなかった。
主役になれるのは、先生のお気に入りだった。あとクラスにはすごく美人とすごく可愛い子ばかりだった。
「そっかー」と思った。
今考えれば、お気に入りの子たちは先生の要望も忠実に聞くので手がかかるやつに目をかけないのは当たり前は当たり前だよな
そりゃそうだよなとも思う。でも当時はやっぱり、少し心が折れた。
同じ時期にコスプレやメイド喫茶にハマりはじめた。ここでも自分の容姿が劣っていることでちょっと心が折れたりもした。
ステージに立てないのなら、ステージの衣装を作る側に回ろう。そう思って被服の専門学校に行くことにした。
社会人編
専門学校在学中はメイド喫茶でアルバイト。
でもそのメイド喫茶は閉店してしまって、mixiで募集されていたら吉祥寺のアパレル店でアルバイトを始めた。
アパレルの店舗にバイトで入り、そのまま社員になった。順調じゃないか、と思っていた。
入社して1年ほど経ったころ、滅多に来ないマネージャーが突然朝礼の場にやってきた。
「店長が、解雇になりました」
え。
「横領で」
「次の店長は、あなたにお願いしたい」
え?
22歳くらいだった。
店長は6個くらい上のお姉さんでサバサバ系だったけどちょっとオタク気味で、話しやすいわけではないけど、
毎朝Pennyのスケボーで出勤してくる店長のこと私は結構好きだった。
店長とはシフトがかぶることが多くて、入金の処理も一緒にやっていたのにどうしてこんなことになっているのかわからなかった。
突然のことで困惑して号泣した。
その頃の住まいは吉祥寺の、5万円男子禁制のアパートだった。敷地内には大家のおばあちゃんが住んでいて、たまにお裾分けとか、トイレの掃除も勝手にしてくれた。
今思えばなかなかの設定だと思う。
店長として働きながら、ステージへの夢が諦めきれない気持ちがあった時期だった。
そんな中、お前は店長なんだからって理由で会社の社員旅行に連れて行ってもらえないという出来事があって、(他にも色々あった)
「あ、もういいか」となった。
退職した。
ニューヨーク、5日間、一人で
辞めてすぐ、ニューヨークに行った。5日間、一人旅。
実はずっと行きたかった理由があった。
役者を目指していた高校生の時、当時ブロードウェイで連日超満員の「ウィキッド」が劇団四季で上演すると話題で、話しも面白そう!!と期待大で観に行った。
周りはみんな感動していた、確かにすごかった
けど自分は「ん?これそんなにハマる?」という感覚だった。
でもその後、ブロードウェイ版のCDを聴いた。英語だから歌詞は全然わからない。なのに、なぜかしっくりきた。体に馴染む感じがした。
「いつかニューヨークで本物を観たい」と、ずっと思っていた。
だから退職した時、飛行機を予約していた。衝動というより、やっと行けると思った、という感覚だった。
ニューヨークのウィキッドは、想像以上によかった。
あの5日間、朝起きてセントラルパークをジョギングしてホットドッグを食べたり、
面白そうとゲイバーのドアを開けて、あ、これは私には早すぎた、と感じて即ドアを閉めたり、
自分自身何かが変わったわけじゃないけど、最高に楽しい5日間だった。
帰国後どうなったか、派遣になった経緯と退職を決めるまでの話は後編に続きます。