
【連載小説】カーム・リアリスティック 第21話「リツカ」
目の前が白く光ったかと思ったら、絵里たちの姿が完全に消えていた。
「どこに行った」
声が、静かに研究室に響いた。
怒りも焦りも、ほとんど感じない。
ただ事実を確認するだけの、乾いた声だった。
「残念だけど、もうとっくにいないわよ」
暗い研究室の奥から、こちらに向かって白衣の女が歩いてくる。
手には先ほど久世が持っていたものと同じ、注射器が握られていた。
「お前、絵里の母親だな」
女が薄く微笑んだ。
その眼もとは、絵里そっくりだった。
「あら、まだそんなに冷静でいられるのね」
「抗体もかなり効いているみたい」
女が怪しげに首を傾けた。
「ねぇ、リツカさん。助けてあげましょうか?」
問いには答えなかった。
女の動きを目で追いながら、ゆっくりと間合いを詰める。
「助ける?モルモットはもう不要だったんでしょ?」
女が目を細めた。
「ええ。でも、あなたには、まだ検体としての価値があるわ」
「ここで私に穏やかに殺されるか」
「処理班に惨めに殺されるか、選ばせてあげる」
随分と余裕な口調だが、額には焦りからか汗が浮かんでいる。
無言で踏み込み、女めがけて拳を振り上げた。
だが、予想以上に向こうの動きが素早かった。
体を流れるように躱された。
次の瞬間、左腕に鋭い痛みが走った。
注射器が深く刺さっている。
「っ痛…」
体温が急激に上昇する。
血管の中を、溶岩のような熱が駆け巡った。
皮膚が焼ける臭いが、灰を満たす。
「綺麗な金髪が台無しね」
女が嘲るように笑った。
歯を食いしばり、よろめきながらも女に飛びかかった。
感情はほとんどない。
頭の奥で、この女を殺さなければならない。
そう感じたのだ。
「久世が抗体を与えた時点で、すべては計画通りだったの」
いつの間にか、体が青い炎に体が包まれていた。
ふらつき、その場に倒れる。
「彼は最初から、私の駒だった」
炎が視界を埋め尽くす。ようやく理解した。
久世は、この女と共謀していたのだ。
すべてを「穏やかな崩壊」に導くために。
意識が遠のく中、炎の向こうで、鍵尻尾の白い猫が静かに座っていた。
最後に聞いたのは、穏やかな猫の鳴き声だった。
女性主人公。
企業陰謀。
そして、逃亡劇。
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