
【短編小説】触れ合える未来1
井上礼也は、触れる相手に痛みをもたらす性質があった。数秒の映像的な未来予知の力も。
疎まれて育った礼也は、高校進学と共に1人暮らしし、同級生の天音良季と出会い友情を育みながら、インターネット上の相手とも交流を持つことで、人生が変わり始める。
同じように不遇な環境で育った佐那と出会い交流する中で、自分に自信の無さを感じる礼也。
知り合った「潜在能力調査研究所」の屋壁聡一から、力の制御訓練に誘われる礼也は、未来予知の力で友人を助けたことをきっかけに、力を制御するための道へ歩み出す。
誰かを幸せにしたいと思える程の自信を持つために。
これは、不遇だった青年が、力を活かし人生を切り開こうとする物語。
不吉な静電気男。それが僕の子供の頃のあだ名だった。僕の姓名である井上礼也とは何の関係もないそれは、僕の性質によるものだ。
僕と肌が触れ合った人は、静電気が起きたようにピリッと痛みを感じてしまう。痛みの強度は人それぞれで、「痛っ!」と声を上げる人もいれば、驚いたような表情で触れた手を引っ込める程度の人もいる。
僕自身はその痛みを感じるわけではないから、本当のところは静電気ではないとは思うけれど、説明がつかない現象は説明できる似たような現象として片づけられてしまうものだ。
そんな性質だったから、幼い頃から父は僕の世話を母親に任せて僕を避けていたし、育児を丸投げされた母は、薄い布手袋を装着して僕の世話をしながらも完全接触を避けることはできずに酷く痛がっていたし、そんなストレスでいつもイライラと怒っていた。
僕は母から常に邪険に扱われ、記憶にある限り優しい言葉をかけられたことも抱きしめられたこともなかった。
やがて我慢が限界に達した母は家を出て行った。両親が離婚したのは僕が6歳の時のことだ。
その後の僕は、父方の親戚の家を転々として成長した。僕を引き受けた家庭が限界を感じるようになると次の家庭に移るのだ。僕を養育してくれる家庭には父が養育費を支払っていた。
僕は親戚から可哀そうな子として扱われながらも、肌が触れ合うことについて常々厳しく注意を求められた。
僕はお互いができるだけ長く共存できるように、可能な限り肌の露出も減らした。季節に関係なく長袖長ズボンなのは言うまでもなく、足には靴下、手にはかつて母が装着していたような薄い布手袋、顔には眼鏡と大きめのマスクが標準装備になった。
他者との異質さが際立ってしまう夏の季節は苦手で、幾分それが和らぐ冬の季節の方が心なしか落ち着いて過ごせた。
僕の特異な性質は、そんな疑似静電気の他にもう1つ、何となくの未来予知というものがあった。
誰かが何かをしようとする。そのことを見聞きして頭の中にイメージすると、映像の早送りのように次々とその後の状況が展開された後、どういう結果がもたらされるのかが見えてしまうのだ。
予知する未来が良いものばかりとは限らない。時には身に危険が及ぶものもある。
8歳か9歳くらいの時のこと、「それはやめた方がいいよ。〇〇が▽▽になって、▢▢なことになっちゃうから」と、咄嗟に注意を促したことがあったが、忠告を無視して実行した相手は予知された通りの結果に驚き、まるで僕から呪いを受けたように気味悪がって騒ぎ立てた。
そのことで、気味の悪い者、不吉な奴という認識を持たれた僕は、疑似静電気のことも含めて不吉な静電気男として、更に周囲から距離を置かれることになったのだった。
それからは、予知をしてもそれを口にはしないようになった。
知らせることで、かえって驚かれ恐れられ嫌悪され迷惑に思われるのなら、相手にとっても自分にとってもいいことはない。
それは、能力があっても活かせず、不幸な未来を知っていながら見捨てるような、無力感と罪悪感を僕に生じさせるものではあったけれど。
面倒な厄介者と思われたくない僕は、僕を養育してくれる家庭で、接触を心配しなくていいような1人でできそうな家事は、率先して手伝った。
中学を卒業したら自活するよう親戚から求められた僕は、それまでに家事を自力でこなせるよう、見て覚えやって覚えて、大体のことをそれなりに習得した。
僕が高校受験に合格すると、父が高校の近くに僕用のアパートの部屋を借り、生活費は僕の銀行口座に振り込まれるようになった。
こうして、どういうわけか特異な性質を持ってしまった僕は、普通と呼べるような穏やかで幸せな人生とは無縁の、孤独な日々を送っていた。

転機が訪れたのは高校1年生の時だ。
同学年には僕のことを知る同じ中学出身の者はいなかったために、長年積み重ねられて来た僕に関する良くない噂をリセットできる、という前向きな期待を持つことができた。
そんな中、天音良季との出会いがあった。
入学した高校で同じクラスになり、五十音順での名前順で前後の席になった僕達は、天音が前の席から社交的に声をかけて来たことをきっかけに、少しずつ距離が縮まって行った。
天音は、僕が日常的に装着している薄い布手袋が気になった様子だったが、僕が「ちょっと静電気体質なんで」と言うと、それ以上の追求はしなかった。
同じクラスに僕と同じく井上姓の者がいたため、天音は僕を礼也と名前で呼び、それに合わせて僕も天音を良季と呼ぶようになった。
良季は明るく色んなことをポジティブに楽しめる性格で、苦手なことも「これ苦手なんだよな~」と言いながらも笑顔で笑い飛ばす奴だった。そんな良季と話していると僕も感化されて、少しずつ物事を肯定的に受け止められる気分にもなったものだった。
そんなふうに少しずつ良季と知り合いから友達と呼べるような関係になって行く中、衝撃的な出来事が起こった。
体育の授業のために学生服から体操服に着替える際に、気をつけてはいたものの、良季と肌が触れ合ってしまったのだ。
押すような形で手が僕の腕に触れてしまった良季から「お~、ごめん」と言われたが、瞬間的に「僕の方こそごめん!」と謝っていた。
「ビリッとしなかった? 痛くない?」と焦りながら尋ねる僕の脳裏に過去の嫌な思い出の数々が浮かんだ。やっと得た親しく接してくれる相手が失われてしまうかもしれないことに、僕は酷く動揺した。
しかし良季は不思議そうな顔で、「は?……いや、別に」と、本当になんとも感じなかった表情で答えたのだ。
そんな人がいるということさえ考えられずにいた僕にとっては青天の霹靂だった。
その後、覚悟の上で、改めて良季には互いに手を触れ合って確認させてもらった。はっきりさせずにはいられなかったのだ。
それでも「何ともないぞ?」と不思議がる良季に、僕は大きく安堵した。「よかった……」と呟く僕の目からは大粒の涙がこぼれた。
「どうしたんだよ? 何かあったのか? 俺でよかったら聞くから話せよ」と、驚いて理由を尋ねる良季は、本当に心配しているようだった。
その言葉の温かさに促され、僕は良季に事情を打ち明けることにした。
僕の特異な性質と、そのために僕の身に起こって来た様々な出来事を。未来予知のことも併せる形で。
良季は、「それは……なかなかヘビーなレベルで大変だったんだな」と、これまでの僕の人生を労ってくれた。「まぁ、静電気を感じる人が多いとしても、俺みたいな奴もいると思えば、まだまだ人生は捨てたもんじゃないさ。少なくとも、俺と2人の時は完全防備でなくていいんだしな」と。
そして、未来予知のことについても、寄り添いながら思いを言葉にしてくれた。
「上手く行くこともあれば上手く行かないこともあるけど、失敗も次の成功のために必要な経験かもしれないし、失敗することで別の何かが磨かれるかもしれないだろ? だから、俺は人生に無駄はないと思ってるし、一見無駄に見えるようなことにも面白さを見つけて楽しみたいと思ってるんだ。だから、その行動は成功しない、という未来が見えていても教えてくれなくていい」と。
色んなことをポジティブに楽しめる良季らしかった。
「ただ、大怪我とかで命を落としそうな時は教えてくれ。さすがにジ・エンドまでは望んでないからな」とも言われたけれど。
天音という姓は、神の声を連想させる。この時やっと僕は、神様から生きていることを許された気がした。
「わかったよ。ありがとう」と、あふれる涙をこぼしながら了解と感謝を伝える僕は、その時確かに良季という存在に救われたのだ。
その後も良季は、僕のことを気にかけながらも、それまでと変わらない親しい態度を示してくれた。距離を置かれるわけでもなく、腫れ物に触るようにでもなく、他の普通の人と同じように接してくれることがありがたかった。
良季と交流を深め親しさを増す毎に、少しずつ僕は人間らしさを取り戻しているようにも感じられた。良季を通しての友達もできた。
その後も高校3年間を良季と同じクラスで過ごすことができた幸運は、それまで頑張って来た僕への神様からのプレゼントだと思っている。
僕と良季は互いを親友だと認め合える交流を続けた。
高校生になった際に、僕は父からスマートフォンを買ってもらっていた。
そのことも僕を大きく変えた1つだ。
それまでの僕には実際にリアルで接する人だけが世界の全てだった。
スマートフォンを手にしインターネットにつながることで、僕の世界は大きく広がった。

ネットでの交流が直接の接触を伴わない以上、肌が触れ合わないよう細心の注意を払う必要はなく、僕に関する良くない噂を全く知らない人々とは、1からの関係を築くことができた。
自由を得て解放されたような僕は、良季というかけがえのない稀有な友達を得ていなければ、間違いなくネットでの交流のみにのめり込み、深く依存していただろう。
僕は呟き系と文章系のSNSにアカウントを作り、思うところを抽象的に吐き出して発信することで、できたつながりと互いに踏み込み過ぎない緩い交流を楽しむようになった。
また、そういう交流においては、未来予知は発揮されないこともわかった。
僕の未来予知は映像系なので、言葉を発している人の姿が具体的に映像としてイメージできなければ発動しないのだ。
個人情報として多くの動画的視覚情報が伏せられ、文字に偏った場だからこそ、未来予知できない状況で気兼ねなく発信や交流を楽しむことができたのだった。
高校を卒業した僕は、良季と同じ大学に進学し、良季と同じ会社に就職した。
大学時代は違う学部だったし、就職してからも良季は会社通勤、僕は完全リモートワークを選び、それぞれ少しずつ違うフィールドで暮らしてはいるものの、他には代えがたい理解者である良季を全く抜きにした人生は考えられなかったのだ。
呟き系と文章系のSNSも続けていた。アカウント名はReiya。これだけでリアルの井上礼也を想起する人はいないだろう。
SNSは、発信も楽しいけれど、発信されたものを読むのも楽しいものだ。
投稿記事を読みながら、投稿者の心情やその人となり、記事の背景を推察するのは、特異な性質のために長年人づき合いに憶病になり、自らも他者との間に距離を置いていた僕が、再び人間らしさを獲得して行くためにも意義のあることだと思っている。
そんな僕が、相互フォローして度々記事を読み合っている相手の1人に、佐那さんという女性がいる。年齢は多分僕と同じくらいだ。
彼女の書く文章には、静かな優しさがある。
日常の中のささやかな出来事に光を当てるような、淡々とした穏やかさ。
かと思ったら社会を賑わせている悲惨な事件の被害者に寄り添う思いや祈り。
彼女自身が過去に経験したという寂しさや悲しみを伴う出来事の回想。
その静かな文章を読む度に、僕は引き込まれる思いがした。
そして、どこがどんなふうにと説明するのは難しいけれど、彼女が僕と同じ空気を纏っているようにも感じられた。
佐那さんの投稿記事には、このSNSで交流している人とリアルでオフ会をして会ったということが書かれたものもあった。
僕も佐那さんと会ってみたい。会って話をしてみたい。
そんな気持ちが湧き上がって来る。
もちろん、SNSであってリアルではないからこそ、特異な性質を気にしない、気兼ねのない交流ができていると、わかってはいるのだけれど……。
電話で僕に相談された良季は、「そんなもん、会いたきゃ会えばいいじゃん」とあっさり言った。何を心配してるんだか、という口ぶりだ。
「ちゃんと物理的距離を取って事故的に触れ合わない状況なら、まずいことにはならないだろ? 色々着込んで行っても不自然でない季節なら、なおいいし。無意識に予知しちゃっても口に出さなきゃ不審に思われないって」
「そう……だよね~……」
自信なさげに答える僕に良季は、「高校3年間、大学4年間、就職もして、頑張ってやって来たお前はもう大丈夫だよ」と、明るく励ますように言った。
「何を悩む?」
尋ねられた僕は考え込む。
「多分リアルでは、それほどまでには、会いたい! と強く意識した上で会う人っていなかったと思うんだ。意識しなくても会えていたし、そうでなければ表面的につき合うか、必要に迫られて会わざるを得なくて会うか。……だから、緊張しそうな気もして……」
電話の向こうで朗らかに笑った良季は、「じゃあ、『僕はシャイなんです』って、前もって保険かけとけ」と言って、僕の背を押した。
結局、オフ会を希望するメッセージを佐那さんに送った僕は、彼女から快諾を得ることができた。もちろん、「僕はシャイなんですけどね」とは、ちゃんと伝えていた。
日時と場所を決めるやり取りを経て迎えた当日、僕は待ち合わせの駅に電車で到着した。
改札口を抜け、駅から外へと出ると、曇天の下冬の冷たい風が吹きつけて来た。通常の完全防備の上にコートを着込んでマフラーも巻いていたけれど、服の上からでも風の冷たさが感じられる。
こんな寒空の下、長時間女性を待たせるわけにはいかない。
僕がスマートフォンを取り出し、今到着したというメッセージを送ると、近くで背を向けて立っている髪の長い小柄な人のところから、ピローンと着信音が聞こえた。
キョロキョロと辺りを見回すその女性が、僕を目にとめて「Reiyaさんですか?」と尋ねた。
僕が勝手に想像していたものとは少し違う、どこか快活そうな顔立ちと雰囲気ではあったけれど、目を細める笑顔に僕は魅了された。
「はい、Reiyaです」
「佐那です」
まだ緊張があるのは否定できないけれど、彼女の微笑みがそれを和らげた気がした。
近くの喫茶店へと入り、それぞれコーヒーを注文した僕達は、少しずつ言葉のキャッチボールを始めた。
話題と言えば、やっぱりSNSの投稿記事のことだ。
お互いの記事への感想や質問から始まり、記事には記されなかったその裏話へと話は広がる。
どこか快活そうにも見えたのは装ったもので、佐那さんの本質ではないのかもしれない。
自身のSNSの記事について語る彼女は、静かさと穏やかさを感じさせた。その狭間に潜む影も。
やはりあの佐那さんはこの佐那さんだ、と僕は納得する感覚を持つ。
差し支えなければ、と前置きした上で、佐那さん自身が過去に経験したという寂しさや悲しみを伴う出来事の回想に関することを質問すると、「大丈夫です」と答えて彼女は話してくれた。
ありえないような不幸の偶然がいくつも重なって可愛がってくれていた祖父が亡くなったこと、自分のことしか考えられず心の通じ合えない母親のこと、家族に無関心な父親のこと、家庭の状況が耐えられず成人後書置きを残して家を出たままの弟とは連絡が取れないこと、そんな中今でも両親と一緒に暮らし続けていること。
彼女が僕と同じ空気を纏っているようにも感じられた理由が、わかったような気がした。
詳細は違うけれど、僕達はどこか似たような境遇だったのだ。愛情を与えられているとは思えない、不穏で乾き切った砂漠のような環境。何とか対応しているのだろうけれど、それは今も現在進行形で。
やがて、少しずつ心が解ける中で、僕も佐那さんに問われるままに、僕の特異な性質について話していた。
少しだけ驚いたように目を見開いた彼女は、寄り添うように頷きながら、静かに耳を傾けてくれた。
「こんなに自分のことをたくさん話したのは久しぶりです。聞いていただきありがとうございました」
駅への道を歩きながら、佐那さんは言った。
柔らかで落ち着いた声からネガティブな感情は感じられない。踏み込み過ぎた話をさせてしまったのではないか、と少し気になっていた僕は安堵した。
「僕の方こそ、たくさん聞いていただきありがとうございました」
僕の言葉に佐那さんはクスリと笑う。
「あまりシャイだとは思いませんでした」
恥ずかしさで顔が熱くなる。
駅に到着し切符を買った僕に、佐那さんはバッグからラッピングされた包みを取り出すと、「これを……」と言って僕に差し出した。

「季節的なものですけど、今日の記念に受け取ってください」
僕は、今日がバレンタインデーだったことを思い出した。
「あ……ありがとうございます」
少し驚きながら受け取る僕に、佐那さんは言葉を続けた。
「また、来月お会いしましょう」
これは……来月ホワイトデーのお返しができるということだ。
「は、はい!」
嬉しくて声が上ずってしまう僕に微笑むと、佐那さんは手を差し出した。
「今日はありがとうございました。お会いできてよかったです」
「僕の方こそです」
しかし、会っている間中外すことのなかったいつもの薄い布手袋の手を差し出した僕に、佐那さんは言った。
「手袋、外してもらってもいいですか?」
「えっ……でも……」
戸惑う僕に、佐那さんは「大丈夫です」と言った。「受け止めます」と。
僕の特異な性質をわかっていてそう言う彼女に、僕は胸を打たれた。
そして、覚悟して差し出した僕の手を、佐那さんは両手で包んだ。
「大丈夫。痛みはないですよ」
静かにそう告げる佐那さんの瞳が嬉しそうに輝いていた。その言葉に嘘は感じられない。
「よかった……」
どうやら神様は、僕に2人目の幸運をプレゼントしてくれたようだ。
喜びで滲む視界を指で拭うと、僕は感謝と敬意を込めて佐那さんに深く頭を下げた。
列車は駅を離れて走り出す。
「また来月」
そう小さく言葉にしながら、僕は幸せを噛みしめる。
僕は、佐那さんとの未来について色々イメージしたくなる気持ちをぐっと抑えた。
僕が佐那さんとこれからどうなって行くのか、それはとても気になる。むしろ、気になってしょうがないとさえ言える。
それでも、だからこそ、僕達の未来についての予知はしない。
どんな未来も、無駄にはならない経験なのだから。

【短編小説】触れ合える未来2
https://note.com/bright_moon/n/n8304e56e4b73
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