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Photo bynice_sorrel1529

【短編小説】触れ合える未来2


     <オフ会はどうだった? 無事終わったか?>
     佐那さんとのオフ会から戻り帰宅間近という頃、良季からのメッセージが届いた。事前に相談したこともあり、気にかけてくれた様子が伺える。
     無事に終わったというメッセージに対し、すぐ折り返しの返信がある。
     <これから晩飯的なものを買ってそっちに行くから、話を聞かせろよ>
     了解するメッセージを返信しながら、僕は感動的な重大事件を親友と共有できる喜びに気分が高揚していた。

     「そっか~……。そいつは、本当によかったな」
     スーパーで買って来た総菜をつまみに缶ビールを口にしながら、良季は目を細め、自分のことのように嬉しそうな表情を見せた。心から喜んでくれているのが伝わって来て、それがまた嬉しくなる。
     「まさか俺以外にも、お前に直接触って大丈夫な奴がいるとはな」
     僕が持つ特異な性質、それは直接肌が触れ合う相手に静電気のような痛みをもたらす、というもの。
     高校時代に知り合い親しくなった良季だけが、どういうわけか全く影響を受けない唯一の人だった。SNSで知り合いオフ会で直接会った佐那さんも同じだと判明するまでは。
     「そうなんだよ」
     総菜を箸で口に運びながら頷く僕に、良季は更に続ける。
     「こうなると、意外と他にもいるんじゃないか、って気にもなるけど、……試してみるのも簡単じゃないか……」
     「そうだね」
     答える僕の言葉に諦めのような寂しさが混じっていることが、自分でもわかる。思い返す現実がじわじわと高揚感を沈静化させて行く。
     「試してみる以上は、僕のこの厄介な性質をあらかじめ説明する必要がある。でもそんな自己開示は、どうしても必要に迫られるか、好意を感じて信頼できると思える相手にしか難しい。嫌われて関係が壊れることを恐れてしまうから、必要に迫られない限り、実際には……試すこともね……」
     「そっか……」
     「うん……」
     嫌われて関係が壊れるんじゃないか、と思わずにいられたらいいのだろうけれど、信頼関係に対する信頼感が、僕はとてつもなく低いのだ。
     ようやく手にした居心地のいい関係も、些細なことで失われてしまうのではないかと思ってしまう不安は常に漠然とある。
     かつて僕は高校時代、本当に僕を心配してくれていると感じられる良季の温かな言葉に促され、公には秘密にしている僕の事情を打ち明けた。
     そんな出来事や結びつきがあっても、僕が進学先の大学も就職先の会社も良季と同じにしたのは、関係が薄れて交流が途絶えてしまうのを恐れたからでもある。
     積み重ねて来た年月において日常的に気にかけてもらえたことで、良季に対しては簡単に信頼関係が失われるとは思わなくなっているけれど、それでさえ、僕が良季には痛みをもたらさないという前提の上に成り立つ安心感があるからであり、そうでなかったらまた違っていたのかもしれない。
     「まぁそんなお前の状況さえも飛び越えて試してみたその人は、かなりハートの熱いチャレンジャーだな」
     良季の温かな言葉に、僕の表情も和らぐ。
     「本当に、そうだよね」
     もしくは、自己の痛覚に無頓着にならざるを得ない程の過酷な人生を歩んで来た人の、心の痛みに比べたら体の痛みなんて大したことない、という思いによる自己犠牲的な強い寄り添い、なのだろうか……?
     そうだとしたら単純には喜べない。そうでないことを願うばかりだ。
     考え込んでいると、「礼也、さては恋でもしたか?」と、幾分茶化すような誤解を向けられる。
     「違うよ」
     素っ気なさに「何も即答しなくても……」と苦笑されながら、表情を引き締めた僕は箸を置き、わずかに自嘲的な笑みを浮かべる。
     「世界にとって僕は異物のような存在なんだ。そんな僕に、誰かを幸せにする自信なんてないよ」
     「そっか……。お前の背負う特殊な性質が、逆に、お前を助けて自信を持たせてくれたらいいんだけどな」
     「そうだね」
     良季の思いやりを感じて感謝から同意を示しながらも、そんな希望的な可能性があるとは思えなかった。


     オフ会で直接会って話を聞き、境遇を知った上で読む佐那さんのSNSの記事は、より引き込まれるものだった。
     遡って読み返せば、以前は特に気にならなかった箇所にハッとさせられたり、ここはそういう気持ちだったんだな、とより推察できるようになった。
     記事を読めば共感を示すボタンを押し、コメントも残したくなる。
     それでも、時に過去の尋常ではない心や体の痛みについて記されたものを読むと、どうコメントするのが正しいのか、悩むことも多かった。
     既に過去のことであるからこそ、佐那さん自身はただ淡々と綴っているわけだけれど、読みながらその状況をリアルに思い描いて胸を痛める僕は、そのままの感情を伝えることが悪戯に騒ぐ無作法なことのようにも思われて、躊躇ってしまうのだ。
     かと言って淡々と返すだけでは、大したことではないと言っているかのような彼女の言葉を無神経にも肯定してしまうような愚かな行為にも思える。
     コメントを送信するまでに、何度も自分の言葉を読み返して最適解を探した。
     詳細は違うけれど、愛情を与えられているとは思えない不穏で砂漠のような環境で育った、という似たような境遇を持つ僕達。共感し合える部分があるからこそ、寄り添い、少しでも佐那さんを癒す力になりたかった。
     それでも、オフ会で彼女に救われた程の言葉を送れている実感はなく、僕は自分の非力さを感じるばかりだった。


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     そんなある日の休日、僕は伸びた髪を切ってもらうために散髪に来ていた。
     『ヘアーサロン・サニーデイズ』というこの店は、良季の紹介で高校時代から通っている。
     それまでは預けられた親戚の家で、厳重に用心し素手で触れないようビニールの手袋をはめた親戚の手によって、何となく適当に切ってもらっていた。
     高校進学と共に親戚の家を離れて1人で暮らすようになり、散髪をどうしようか悩んでいた僕は、既に事情を知っていた良季に相談し、彼が通っている店に連れて来てもらったのだ。
     店の主人も他の従業員の人達も、事情を説明するとみんな快く応じてくれた。念のため1人1人と、覚悟してもらって用心しながら触れ合いもした。説明の上で必要に迫られて試してみた、数少ない例だ。
     その数人の中でも、「全然大したことないですよ」と言ってくれた10歳程年上の女性である峰田さんが、ずっと変わらず僕の担当の人だ。
     僕はこういう接客業の人を尊敬する。
     美容師・理容師なんて一定時間身近に接して施術をするわけだけど、本当に色んな客がいるわけで、様々なタイプの相手に合わせる形で世間話をしながら仕事もこなすなんて、相当のコミュニケーション能力が必要だ。
     特異な性質のために長年人づき合いに憶病になり、つい他者との間に距離を置いてしまう僕には、とんでもなくハイレベルな芸当に思える。
     今日も峰田さんに、軽やかな笑顔と楽しいトークを含めた居心地のいい時間を提供してもらい、いい具合に髪を整えてもらった僕は、目一杯の感謝を込めた挨拶の後に店を出たのだった。

     そんな僕を待っていたのは、50代くらいの穏やかな表情を浮かべた落ち着いた身なりの男性だった。
     紳士的で、悪い印象はない感じだ。時々、『ヘアーサロン・サニーデイズ』で一緒になった客の1人だった記憶がある。今日も、先に来店していたのかもしれない。
     「突然すみません。失礼ですが、少々お時間をいただけないでしょうか。あなたの特殊な能力について、お力になりたく、お話を聞かせていただきたいのです」
     男性の言葉に、心臓が早鐘を打つ。
     常連客であるなら、長期に渡って何となく目にし耳にして来た僕と店員によるやり取りの断片を繋ぎ合わせて、僕の特異な性質を知ることができたのかもしれない。
     「お茶でもご馳走させてください」
     男性が示す先には近隣の喫茶店が見える。
     僕は注意深く男性の顔を見つめながら、この男性との近い未来について予知を試みた。
     僕の持つもう1つの特異な性質であり、持て余すことも多いこの予知という力。それでも、こういう時にこそ有効に使うべきだ。
     脳裏に描くイメージは映像として展開された。
     喫茶店に入店し、その後誰かに電話をする僕。やがてやって来たのは良季だ。穏やな微笑みを浮かべて話をする男性。向かい合って座る僕は好物であるチーズケーキを口に運びながら話の内容を吟味し、僕の隣には腕組みをして座る良季がいる。やがて男性は連絡先を記した名刺を僕に渡し、3人で店を出た後、男性とはそこで別れる。
     そんな5~6秒。
     危険は、なさそうだ。
     「いいですよ。ご一緒しましょう。でも、事情を知る友人を同席させてください」

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     「それではこれで失礼致します。いつでもご遠慮なくご連絡ください」
     そう言って穏やかな微笑みのまま一礼すると、屋壁聡一と名乗っていた男性は、僕達の前から去って行った。
     「急に呼び出してごめん。つき合ってくれてありがとう」
     「いや~、気にすんな。休みだったし、ここのコーヒー上手いしな」と、ついでに奢られた良季はニヤリとする。
     「しかし、『潜在能力調査研究所』とはなぁ」
     「うん。僕も予想してなかった」
     予知は映像としての視覚情報のみに限られる。話の詳細は聞いてみないとわからないのだ。
     そこの所長を務めているという屋壁氏は、肌に触れる相手に静電気のような痛みをもたらす僕の性質について、興味深げに話を聞いていた。
     そして、屋壁氏からの実験としての情報収集を受けた後、彼のプログラムによる訓練を受けることによって、少なくとも僕の意識がおよぶ範囲での接触においては、与える痛みをごく小さなものに抑えたり、逆に驚くくらいに大きなものに増幅したりと、コントロールできるようになるかもしれない、と話されたのだった。
     「元々微弱にしか感じていなかった相手には、全く痛みを与えないようにできるかもしれません」という屋壁氏の言葉には、僕もかなり心が動かされはした。
     「そんなことが、本当にできるようになるのかな……?」
     正直に言えば懐疑的だ。できるようになれればいい、とは思うけれど。
     「まぁ、その気になったら連絡くれ、って言ってたから、じっくり考えたらいいさ」
     「そうだね」
     重くない口調で締めくくる良季に、僕も深刻にならないよう頷くのだった。


     それからまたしばらく経ったある日のことだった。
     その日の自宅リモート勤務を終えて一息吐いた僕が晩御飯の支度をしようとしていると、電話の呼び出し音が鳴った。良季からだ。
     「礼也、今いいか?」
     「うん、どうしたの?」
     「沖本って覚えてるか? 高校で同じクラスだった奴」
     僕自身は、自分から友達を作るのは得意ではなかったけれど、良季と一緒にいることで、良季を通しての友達になった人は何人かいた。沖本はその1人だ。
     「覚えてるけど、沖本がどうかしたの?」
     「今日駅で偶然会ったんだけど、なんかすげぇ元気なくてさ」
     心配そうな口調だ。
     「話を聞いたら、飼ってた猫がいなくなった、って言うんだ」
     沖本を励ますために、この後良季は彼と食事に行くらしい。
     そう言えば高校時代、スマートフォンで撮ったという沖本の猫写真や猫動画を見せてもらった記憶がある。確か白い猫だったはずだ。溺愛している様子の沖本の口調はまさに猫可愛がり、という感じだった。
     「ミルク? シュガー? そんな名前だったような」
     「いや、バニラだ。そいつじゃなくて、新しくもらった茶トラ猫って話だ」
     「そうか」
     どうやら僕の知らない猫らしい。
     「それで、もしかしたら、お前なら居所がわかるかもしれない、って思ったんだ」
     「どうして?」
     見たこともないのに……と不思議に思う僕に、良季は「あれだよ、あれ」と言った。「お前の予知の力なら、その猫の写真とか動画とかがあれば、そこから何か手がかりが見えるかもしれないだろ?」
     なんてざっくりした期待なんだ。
     「良季、あくまでも予知は予知であって、いなくなった時の状況や現在の状況がわかるわけじゃないよ。予知したところで、戻って来て家でくつろいでる未来や、最悪事故死する未来とかを見ちゃうかもしれない……」
     「そ……そっか~」
     電話の向こうからは考え込んでいる様子が伝わって来る。
     「……予知のことは、沖本に話したの?」
     僕の問いに良季は「いや」と否定した。「それは俺が話していいことじゃないだろ。この電話も、沖本からは離れたところで話してる」
     「うん」
     答えながら、僕は考えていた。
     沖本の猫がどんなふうにいなくなったかは、きっと僕にもわからない。
     現在に限りなく近い未来の予知を試みたところで、沖本の猫がいる場所の手がかりは得られないかもしれない。
     それでも……。
     「まぁ、いいよ。何の力にもなれないかもしれないけど、取りあえず僕も沖本を励ますていで話を聞きに行く。3人でご飯を食べよう。その猫の動画があったら見たい、って言っといて」
     「お……おう! 店を決めたら場所の情報送っとく」
     そう言って電話を切った良季からは、心なしか嬉しそうな様子が感じられた。
     そういう良季の優しさに僕自身も大いに助けられて今があるのだ。それに比べれば、これくらいはなんてことのない話だ。
     もちろん恩返しなど、良季は求めてもいないだろうけれど。
     肌の露出に気をつけた外出着に着替えた僕は、仕上げとしていつもの薄い布手袋に指を通した。

     送られて来た情報の店に到着し合流した僕は、「お疲れ~」と2人に声をかけ挨拶を交わす。沖本に会うのは数年ぶりだ。
     「井上、久しぶり~」
     やや上目遣いに僕を見る沖本は、確かに元気がない様子だった。まるで連日の激務で疲れ果てたかのようにやつれて見える。それだけ気落ちしているのだろう。
     話の前に、取りあえず料理を注文した。あまり食欲がないという沖本にも、良季が「俺の奢りだからありがたく食っとけ」と言って注文させていた。
     「それで……猫がいなくなったんだって?」
     力なく「うん」と答える沖本は、スマートフォンを操作し、写真を表示してみせる。
     「数匹子猫が生まれたっていう近所の人から声をかけられて、1匹もらったんだ。4ヶ月くらい前かな。モカって名前をつけて、……ほら、凄く可愛いだろ?」
     見せられた猫写真は、どれも愛らしい茶トラ子猫のものだった。
     「マイクロチップはしてたの?」
     沖本は「いや……」と力なく否定した。「まだ首輪さえしてなかった」
     腕組みした良季も難しい顔をしている。

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     「俺が玄関のドアを開けたまま荷物を運び込んでいた僅かな隙に、好奇心旺盛な悪戯っ子は脱走してしまったんだ。急いで追いかけたけど見失ってしまった。その後も随分近所を探したけど、見つからなくて……」
     高校時代に溺愛していた白猫同様に、沖本は茶トラ子猫を溺愛していたのだろう。彼の言葉には後悔が滲み出ていた。
     「動画はある?」
     「これが1番最近の、1週間前に撮ったやつだ」
     沖本から見せられたそれは、茶トラ子猫がトコトコと歩いているものだった。沖本から名前を呼ばれてるとタタタッと駆け寄って来て、つぶらな瞳で見上げている。
     上手い具合に全体像と正面の顔を見ることができたので、比較的イメージは難しくなかった。
     僕は脱走した茶トラ子猫モカの、現在に限りなく近い未来の予知を試みた。
     脳裏に描くイメージは映像として展開された。
     トコトコと歩く茶トラ子猫。電気が点いている室内のようだ。いくつもの業務用の大きなデスクがある。笑顔で可愛がるように手を伸ばして撫でる中年男性は、正面に「中」という字の書かれたキャップ帽を被っている。壁に貼られたトラックのポスターには大きく「安全運転」という文字が目立つように書かれていた。
     そんな5~6秒。
     これは……どういうことだ?
     ……わからない。
     それでも、言えることはある。
     モカは生きてるってことだ。

     良季と沖本の話し声が意識の外で流れている。運ばれて来た定食の煮魚を口に運んで噛みながら、僕は考える。
     モカは室内にいた。雨風に晒されて危険ということはなさそうだ。
     その場所は会社の事務所のようなところだろうか。
     「中」って何だ? 中学じゃないだろう。何かの略か? 頭文字?
     安全運転を求められるような、トラックが関わる場所? ってどこだ?
     そんな会社はどんな会社だ? トラックは何をする?
     ……何かが閃いたような気がした。
     箸を置き薄い布手袋を外して一心にスマートフォンを検索し始めた僕を、良季と沖本が驚いたような顔で見ていた。

     モカが保護されていたのは、3県隣りにある中原運送という運送会社の事務所だった。

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     トラックの運転手がモカに気づいたのは会社に到着してからのことで、どうやら途中荷物の積み下ろしをする際に、目を盗んで荷台に入り込んでしまったようだった。
     高速道路も使用するトラックに運ばれてしまったモカは、近所を探したところで見つからないわけだ。
     首輪をしていないモカは、野良猫にしては人に慣れていて元飼い猫だったのかもしれない、と思われながらも、事務所内で世話をされていた。
     会社が忙しい時期で、警察に届けるまでに至っていない状況ながらも、会社のブログには猫を保護しているという記事が写真付きで掲載されていた。
     僕からそれを見せられた沖本は、「モカだ!」と叫び、すぐにその運送会社に連絡をしていた。
     電話による会話の断片からは、トラックが仕事でこちらに来る際に一緒にモカも乗せて来てくれるらしいことが伺えた。
     沖本からは盛大に感謝され、どうやって見つけたのか追求された。
     ブログの記事には、はっきりとした写真は掲載されていたものの説明は詳細ではなく、文言で検索するのは明らかに困難だったからだ。ワードだけで探すなら、辿り着くのは酷く困難だっただろう。
     僕は予知のことは伏せたまま、「運良く、偶然見つけただけだけだよ」という言葉で、何とか沖本には納得してもらった。
     喜びと安堵で一杯の沖本は、「とにかくありがとう、井上。モカが戻って来たら、遊びに来てモカを抱っこしてやってくれ」と言いながら、スマートフォン検索のために薄い布手袋を外したままだった僕の手を握った。
     「あ……」
     ハッとして手を引っ込める僕の様子に、沖本は少し驚いたように目を見開いたけれど、僕を安心させるように「大丈夫だよ」と笑顔を見せた。「想像してたより大したことなかった」
     「そうか、よかった」
     思わず安堵の微笑みが漏れる。
     それでも沖本は、「モカにはちょっとビックリさせちゃうかもしれないけどね」と困ったように釘を刺すのは忘れなかった。
     外敵や攻撃に敏感であることは、弱い生き物の生存本能でもあるだろう。驚かせて人間嫌いにさせるわけにはいかない。
     僕は、「わかってる。モカに会う時はちゃんと手袋をしておくよ」と沖本に約束しながら、心の片隅では、あの毛に覆われた柔らかそうな生き物と直接触れ合うことができたなら、それはどんな至福のひと時だろうか、と思う気持ちもあった。
     研究所の屋壁氏の協力があれば、それは可能になるのだろうか?
     ふと、そんな思いがよぎった。

     食事を終えた僕達は、自転車で帰る沖本と駅前で別れ、良季と2人で夜道を歩いていた。
     「見えたのか?」
     「うん、見えた。こんなふうに、僕の特殊な能力が誰かの役に立てたことなんて初めてだから、凄く嬉しいよ」
     「そうか」と言う良季も、何だか嬉しそうだ。
     春先の風はまだどこか冷たくもあったけれど、澄んだ心地よさも感じられた。
     「だから……って言うのもなんだけど、触れ合う相手に静電気のような痛みをもたらす性質も、コントロールできるようになりたい。取り組んで挑戦してみたいと思うんだ。それが実験動物的な立ち位置であってもね」
     「いいんじゃないか。『取りあえずやってみる』でさ」
     背中を押してくれる良季に僕は頷く。
     そうやっていつか、厄介に思える性質さえも制して僕が変われたなら、それはきっと僕の自信になるはずだ。
     自分の手で誰かを幸せにしたいと思える程の自信に。


     その後、僕は屋壁氏に連絡を取り、『潜在能力調査研究所』を訪ねる約束をした。
     そこで待つものが具体的にどんなものなのかを、まだ僕は知らない。
     それでも、『取りあえずやってみる』のだ。
     きっとどんなことも、無駄にはならない経験なのだから。



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