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【掌編小説】鈍感と思われているボク


 僕、日野優二は鈍感だ。周囲の者はみんなそう思っている。
 そうでないことを知るのは家族だけで、これは秘密の話だ。

 「お前はいいよな」
 三歳上の兄には幼い頃から時々そう言われて来た。幼い頃は羨ましげな兄に、「まぁね」と答えることもあった。
 数年前くらいから、「そうでもないよ。面倒に思うこともあるし、僕は兄さんの方が羨ましい」というのが僕の答えだ。
 兄も、「まぁ、『知らぬが仏』って言葉もあるし、幸せかどうかは別問題だよな」と、言ったりもする。

 僕が自身の異変に気づいたのは、幼稚園に通い始めた頃だ。
 僕を迎えに来た母は、同じように迎えに来た、所謂ママ友と立ち話をしていた。
 僕は、にこやかに話すそのママ友から、どす黒さを感じさせるネガティブな声が聞こえて来て、呆然とした。それは、耳にというよりは直接心に伝わって来る、空気を振動しない声で、耳に聞こえる優しげで楽しげな声とのギャップに驚かされた。
 それは僕にしか聞こえていないようで、周囲の誰も何も思っていないようだった。
 僕は帰宅後、母にそのことを話した。母は驚き、僕にその状況を詳しく話させた。母は父に相談し、父・母・兄・僕の四人で家族会議が持たれた。
 父の話によって、僕が聞こえたような声が父にも聞こえることがわかった。兄には遺伝しなかったが僕には遺伝したのかもしれない。
 父にそういう力があるということを母は知らされた上で結婚した。だから意図して嘘も隠しごともない夫婦であり家庭だった。そのため僕もその時までは、みんなそういうものだと思いながら、特に違和感を感じずに暮らしていたのかもしれない。
 僕は両親によって、口にする言葉と心で思うことが同じでないこともある、と教えられた。口にしていない以上、心の声についてとやかく言っても相手は認めないし揉め事になるだけだ、とも。
 僕は揉め事を避けるために、家庭外では心の声について口外しないことを約束させられた。
 そして、自分や自分の大事な人に危険が迫っていると感じた時以外は、口にする言葉と心の声が違っても、わかっていないフリをするよう言われたのだ。
 更に、特別な力は、本当に困っている人のために使うものだ、とも。

 自分に特別な力があると知った頃は、とても嬉しかった。
 しかし、家族以外にはそれを話せないのが残念でならなかった。友達に自慢して回りたい気持ちを、兄から羨ましがられる言葉を聞くことで何とか我慢した。
 やがて時を経て、心の声が聞こえることがいいことばかりではない、とわかって来た。
 父は元々参加していなかったが、僕は家庭内でトランプやオセロなどのゲームに参加できなくなった。相手の思っていることがわかるのはフェアじゃないからだ。
 友達とそういう遊びをする時も、勝ち過ぎないよう気をつけなければならない。僕ばかりが勝つと他のみんながつまらなくなり、楽しく遊べなくなる。それにより、翌日から誰も僕と遊んでくれないかもしれないのだ。
 そんな手加減や気遣いも面倒なことだった。
 表向きの仲良し同士が、本当は相手を嫌い、けなし合っていることを知るのも嫌な気持ちになった。それは、相手に伝わらないことを前提にした陰口のようなもので、自分に対して言われていなくても嫌な気分になる。
 聞きたくもない陰口のようなものを聞かされることにうんざりした僕は、せめて直接耳にした陰口には、「誤解かもしれないし本人に直接言ってみたらどう?」と言うようになった。
 驚きつつも考え直してくれる人もいた。(余計なお節介)だとか(迷惑だ)という心の声は、わかっていないフリで過ごした。
 僕は、自分の周囲で他者を傷つけるようなネガティブな心の声が溢れないようにしたいと思い、誰とでも仲良くいられるよう努めたし、進んで困っている人を助けるような親切さを心掛けた。
 いじめられても助けを求める声を上げられない人の心の声を聞いて、偶然を装いさりげなく助けた。いじめる側から「余計なことをするな」と言われても、「鈍感だから何のことだかわからない」と言い張った。
 そして、「まさか君がいじめなんかしてるわけないよね。君のようないい奴が」と相手の長所を並べ立てて笑顔で最大限に褒め殺し、いじめ続行の気を削いだ。いじめはうやむやに収束した。
 こうして、友達思いで誰にでも親切だけど鈍感、という僕の人物像が形成されて行った。そういうキャラだと思われるように僕が意識して振る舞った結果だ。
 そんな僕を、時にアドバイスをくれたりしながら、家族は温かく見守ってくれた。
 兄が高校でテニスを始めたのをきっかけに、僕も中学のテニス部でテニスを覚えることにした。両親もテニスができるので、少しでも家族で一緒にできることを増やしたかったのだ。
 僕は高校生になってもテニスを続け、男子テニス部で一年生ながらレギュラーとなった。中学時からの練習の成果だ。

 僕には心の声が聞こえるからこそ、口にする言葉と心の声が極端に一致していない人に好感を持てない。世間一般に言われるツンデレに対してもそうだ。
 ツンデレな人は基本ツンツンしている。心を許した特定の人に対する特定の場面で、ようやくデレデレしてみせる。
 基本ツンツンして高飛車だから、まだ心を許していない時や、許しても特定の場面でなければデレないわけで、移行期には内心から滲み出る微かなデレをツンで覆い隠している。
 口では何とも思っていないと言いながら、内心は恋心で溢れていて、言われた方はそれを察することが当然のように織り込み済みなのだ。
 そういうツンデレな人は、僕のような心の声が聞こえる者は、またとない相手だろう。口では何と言おうとも本音はわかってもらえる。
 それでも、察するという労力を当然のように相手に求める時点で、僕はげんなりする。プライドや恥ずかしさから裏腹な言葉でごまかす以上、察してもらえない可能性もあるという現実を知るべきだ。
 僕はクラスメートの本堂真美さんから、バレンタインデーにそんなツンデレな態度を取られた。
 顔を赤らめながらチョコレートの包みを差し出し、「か、勘違いしないでよね。私……別に、日野君のこと、何とも思ってないんだから……」と、震える声で告げる本堂さんに、僕は笑顔で、「うん。本堂さんの気持ちはよくわかった。義理チョコでも嬉しいよ。ありがとう」と答え、チョコレートを受け取るとさっさと教室を出た。
 本当に何とも思っていないなら、この対応でいいはずだ。もちろん義理へのお返しは必要だが。

 逆に僕は、口にする言葉と心の声が一致している人に好感を持つ。
 言葉と心の不一致な裏腹さを多く知って人間不信になってもおかしくない僕を、そうならないよう育ててくれたのは裏表のない両親で、そんな両親と、そんな家庭で一緒に育ったやはり裏表のない兄が、僕の安心できる居場所だ。
 そういうこともあって僕は、口にする言葉と心の声が一致している裏表のない人に好感を持つのだろう。
 男子テニス部のマネージャーでクラスメートでもある安田由美さんが、そんな感じの人だった。
 安田さんは、部活で部員みんなのために色々気配りしながらサポートしてくれたり、練習の時もすごく応援して励ましてくれる。それは嬉しいし本当にありがたいことだ。
 それに、変に自分を作ってなくて気取ってない所や、他の人を優しく見守ってる雰囲気にも、いいな、と好感を持っていた。
 発する言葉に裏がない人は一緒にいて安心できる。
 時々僕のことを気にかけるように見守ってくれている彼女と目が合うと、僕は嬉しくて笑顔を返していた。
 そんな安田さんから、僕はバレンタインデーのチョコレートをもらった。ちゃんと好きだとも言ってもらえて、とても嬉しい気持ちになった。僕もずっと彼女に好感を持っていたことを告げ、僕達は交際することにした。
 もちろん、安田さんが本堂さんからいじめられないように、みんなの前で交際を公言することも忘れなかった。上手い具合に、「日野、安田さんと付き合ってるのかよ?」と尋ねてくれた級友には、グッジョブと言いたい。

 二年生へと進級し、僕と安田さんは同じクラスになった。本堂さんは別のクラスになり、安田さんはホッとしているようだった。
 部活を終え一緒に帰りながら、安田さんはバレンタインデーのことを思い出したようで、自分のどこをいいなと思っていたのかと尋ねた。
 僕の答えに頷く彼女を見ながら、僕は、「安田さんは裏表がないよね。それは本当にいい」と、余計なことを言ってしまった。
 鈍感であるはずの僕は裏を察しないはずだ。それなのに裏などと言えば、本当は裏がわかっているのかもと思うのは当然だ。
 僕は、「やっぱり素直な人が一番だよね」と言い直したが、彼女は考え込んでしまっている。
 僕は内心焦りつつも笑顔で、「どうしたの? お腹でも空いた?」と尋ねた。
 沈黙の中で、(ここで女の子にそんなことを言うなんて、この人はやっぱり鈍感なんだわ)という彼女の心の声に、ホッとしつつも苦笑しそうな顔を笑顔のまま保った。

 僕、日野優二は鈍感だ。周囲の者はみんなそう思っている。
 そうでないことを知るのは家族だけで、これは秘密の話だ。
 その内彼女には気づかれるかもしれない。その時は正直に話そうとは思うが、躊躇う自分もいる。
 彼女なら、「実はキミの心の声は聞こえているよ」と言われて、平気でいられるだろうか?
 打ち明けても関係が壊れないように、彼女が全てを受け止めて許容してくれると思えるまで、僕は誠意を持って信頼関係を築こうと思っている。
 精一杯、言外の言葉を察しない、鈍感なフリのままに。



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