見出し画像

【掌編小説】鈍感なキミ

 日野君は鈍感な人だ。周囲の者はみんなそう思っている。
 もちろん私もその一人だ。

 彼の名前は日野優二。高校一年生でクラスメートになり、部活動も共にしている、割と親しい仲だ。彼は男子テニス部員であり、私はマネージャーをやっている。
 一年生ながらレギュラーの座を掴む程に練習熱心で努力家であり、仲間思いで友情に厚く、誰にでも親切で、爽やかな笑顔が特徴的な彼は、男女を問わず多くの人に好かれていた。
 ただ、彼には致命的な欠点があった。それは鈍感な所だ。
 冗談くらいなら、「おいおい、冗談だよ」と言われて、「な~んだ、冗談だったのか」と言い、笑い合って終わる。
 しかし、遠回しに妬むような嫌味を言う人にも、言葉通りに受け取って礼を言ったり、笑顔で「それほどでもないよ」と答えるのが常で、言った方は毒気を抜かれて呆然とする始末だ。
 部活中、マネージャー数人で重い荷物を運んでいた時に、彼の方から進んで手伝ってくれたのだが、レギュラーになれなかった二年生の先輩の一人に、「日野は一年でレギュラーになるだけあって、練習を休憩してまでマネージャーの手伝いとは、ほんとすげぇ余裕だな」と言われたことがあった。
 先輩は、一年生でありながらレギュラーになった日野君を妬んで、嫌味を言っていたのだ。私は申し訳なくなって、「ごめん、日野君、もういいよ」と断った。
 しかし日野君はその先輩に、「これくらいたいしたことじゃないです。それより僕のことを気にかけてくれる先輩の方が、よっぽどすごく余裕ですよ。ありがとうございます」と、笑顔で答えたのだ。
 先輩は言い返す言葉も思いつかないように呆然とすると、やれやれと言いながらその場を離れて行った。
 コミュニケーション能力の高さからそんな上手い切り返しができるとしたら、それは尊敬する。しかし彼の場合、鈍感故に嫌味を嫌味と思ってないのだ。 
 また、陰口を言い合っているのを聞いてしまうと、彼は、「直接本人に言ってみたらどう? 誤解かもしれないし、ハッキリさせた方がいいよ。言いにくかったら僕も一緒に行こうか?」と言ったりして、慌てさせたり煙たがられたりする。
 陰口はほめられたことではないが、鈍感故に、直接は言いにくいし言うつもりがないから陰口なのだ、とは察しないのだ。
 しかしそのようなことが重なり、自然と彼の周囲からはネガティブな言動が消えることになる。恐るべき鈍感パワーだ。
 そしてそれは、彼の人柄の良さの結果でもある。
 他者を悪く言わない、友達思いの彼の言動が、明るい雰囲気を作っていることは間違いなく、気がつけば私は彼のことを、気になる存在として常にその姿を目で追うようになっていた。
 目が合って、返される邪気のない笑顔に胸がドキッとするのを感じながら。

 クラスメートの一人に、本堂真美という女子がいる。父親が大会社の社長であり、大きな邸宅で幼い頃から贅沢な暮らしをして来たという話だ。
 カラオケやボーリングなど彼女が誘った遊びでは、彼女の桁違いな小遣いによって、参加者全員分の代金が賄われる程だ。
 クラス一の美人でもあり、取り巻き達に囲まれ、ちやほやされるのが当然という態度で過ごしていた。
 そんな彼女が日野君に恋をした。
 ある時私は、彼女が日野君に熱い視線を送っているのに気づいたのだ。鈍感な日野君は、彼女の恋心に全く気付いていないようだったが。
 日野君は彼女の取り巻きの一人ではないが、誰にでも親切な彼のこと、彼女が困っている時にさり気なく爽やかに助けてあげていた。そのことが、彼女の気持ちに火をつけてしまったのだろう。
 バレンタインデーにクラス中の男子にチョコレートを持って来た本堂さんは、放課後、教室を出ようとする日野君を呼び止めた。
 周囲には、既に本堂さんから渡されたお揃いの義理チョコを見せ合って喜んでいる男子達の姿があった。
 何事かと立ち止まって振り返る日野君に、本堂さんはクラス中の男子分のチョコレートを入れていた大袋から一つの包みを取り出し、「日野君、チョコレート」と言って差し出した。
 それは、他の男子へ渡した物と比べて明らかに大きく装飾も豪華で、彼女の日野君への本気度が覗えた。
 顔を赤くした本堂さんは恥ずかしさで目も合わせられずにややうつむきながら、「か、勘違いしないでよね。私……別に、日野君のこと、何とも思ってないんだから……」と、震える声を絞り出した。
 顔を赤らめて、ドキドキしている様子で、明らかに本命チョコと思われる物を差し出しながら口にされた言葉に、私はツンデレだな、と思った。
 今までちやほやされて来た彼女は、相手から好意を向けられ告白されることは度々あったとしても、逆の立場になることはなかったのかもしれない。 恋心を伝えることがそんな彼女のプライドに関わることだとしたら、こんな裏腹な言葉でも、彼女にとっては精一杯と言えるのだろう。
 それでも大抵の男子なら、そういう所も含めて総合的に判断するものだ。可愛いし告白されて嬉しい、と思うものだろう。
 しかし日野君は、その場の者の予想を全て裏切るように笑顔でこう言った。
 「うん。本堂さんの気持ちはよくわかった。義理チョコでも嬉しいよ。ありがとう」
 そして、受け取った包みを鞄に仕舞うと、受け入れ難い反応に呆然としている本堂さんを残して、教室を出て行った。
 男子の誰かが、「うわ~、あいつまたやらかしたよ」と言っていた。
 私は苦笑を漏らしながら、実に日野君らしいと思っていた。

 私はその後、放課後の部活動に参加した。日野君は何事もなかったかのように練習していた。
 終了後、片付けを終えて校門へと向かう道すがら、私は一人で先を行く日野君に声をかけた。立ち止まって振り返る彼は、「安田さん、どうしたの?」と尋ねた。
 日野君に追いついた私は、鞄からチョコレートの包みを取り出して差し出した。
 「日野君、チョコレート、受け取って。私、日野君のこと、好きなの」
 彼は大きく目を見開くと、顔を赤らめ緊張からややぎこちなくなっている私に、満面の笑みを見せた。
 「ありがとう、安田さん。すごく嬉しい。実は僕もずっと、安田さんっていいな、と思ってたんだ」
 「え……? そうなの?」
 時々目が合うと日野君が笑顔を見せてくれていたのは、そういうことだったのかな? と思い返しながら、嬉しそうにチョコレートを受け取る彼の様子に、私も喜びの思いに満たされていた。

 日野君との交際を始め、しばしば一緒にいるようになった私達の姿を見たクラスの男子から、彼は、「日野、安田さんと付き合ってるのかよ?」と尋ねられていた。
 日野君は頷くと、「そうだよ。安田さんはチョコレートをくれて、好きだって言ってくれたからね」と答えていた。
 それを聞いていた本堂さんは、悔しそうな表情を見せながらも、吹っ切るようにその場から去って行った。自分は好きだと言えずにあえて「何とも思ってない」と言った以上、諦めるしかないと思ったのだろう。
 誰もが納得するようにきちんとそう言ってくれる日野君の態度が、私は嬉しかった。

 二年生へと進級し、私と日野君は再び同じクラスになった。本堂さんが別のクラスになり、少しホッとしたのは否定できない。
 私達は放課後の部活を終えて、家路へと就いていた。春風が、疲れた私達を癒すように優しく吹き過ぎて行く。
 一緒に歩きながら、私はバレンタインデーのことを思い返していた。
 「そう言えば、ずっと私のこといいな、って思ってた、って言ったけど、どんな所?」
 私が尋ねると、日野君は「そうだな……」と言って考えながら、「部活で部員みんなのために色々気配りしながらサポートしてくれる所とか、練習の時もすごく応援して励ましてくれる所とか、変に自分を作ってなくて気取ってない所とか、他の人を優しく見守ってる雰囲気とか、かな」と言った。
 私はなるほど、と頷く。私が部活での彼を起点に色々見ていたように、彼も部活での私を起点に色々見て、好感を持ってくれていたのだと知る。
 更に日野君は、「安田さんは裏表がないよね。それは本当にいい」と言った。
 彼の言葉に、私は微かに違和感を覚えた。裏表と言える程、彼は裏がわかる人だとは思えないからだ。鈍感な彼は、表しか理解していないと思うのだが。
 私は口にしなかっただけで、彼に恋する本堂さんを疎ましく思っていたのは事実だ。本堂さんが彼に受け入れてもらえなかったことにホッとしたのも確かだし、そんな私の内心の思いを知っても、彼は同じように言うだろうか?
 しかし彼はそんな私の思いを知ってか知らずか、「やっぱり素直な人が一番だよね」と言った。
 確かに私は彼に、好きだと伝えた。それはストレートな言葉だ。それを素直だと感じるのはわかる。
 逆に彼は、素直でない言葉をわかるというのだろうか? 例えばツンデレだった本堂さんの言葉とか……。
 まさか……彼は裏腹だった本堂さんの本心をわかっていたのだろうか? わかっていてわかっていない振りをしたのだろうか? 鈍感な彼が?
 考え込む私に、日野君は笑顔で尋ねた。
 「どうしたの? お腹でも空いた?」
 「……」

 日野君は鈍感な人だ。周囲の者はみんなそう思っている。
 私は……少しわからなくなっている。



 種明かし的な、日野君視点の小説もあります。よろしければどうぞ。





 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 よかったら「スキ」→「フォロー」していただけると嬉しいです。
 コメントにて感想をいただけたらとても喜びます。

いいなと思ったら応援しよう!

瑳月 友(さづき ゆう) チップで応援していただけたら嬉しいです。