
[連載小説]月下の約束 逢魔が時に出逢ったもの(全10話)第三話 月の下の吸血鬼
第三話あらすじ
目の前の吸血鬼はどうにも言動がおかしい
私の理想は耽美で恐ろしくとも美しい世界のはずなのに
こんなの、納得できない!
第三話 月の下の吸血鬼
ゆかりは、ただ立ち尽くしていた。
怖かった。
混乱していた。
それでも、さっきまでの光景が頭から離れない。
満月。
闇の蝶。
人を呑む影。
——それが、目の前の少年と結びつかない。
薫は、そんな様子など気にも留めず、気軽に口を開いた。
「実はさ」
あまりにも普通のトーン。
「俺、そろそろ繁殖期に入るお年頃なんだよね」
……え?
思考が止まる。
「だから、嫁、探してるんだわ」
理解が追いつかない。
ゆかりは口を開いたまま、瞬きを繰り返した。
「は……?」
薫は続ける。
「最初に見たときからさ、いいなって思ってたんだよ。どう声かけようか考えてたら——」
何を、どこから、どう理解すればいいのか分からない。
(理解しなきゃいけないのに——)
顔が、綺麗すぎる。
思考が、そこに持っていかれる。
「そしたら、君のほうから声かけてきたしさ。これって——」
少し照れくさそうに笑う。
その笑顔が、また綺麗で、しかも妙にかわいい。
ゆかりは、ただ目を奪われていた。
自分のど真ん中の好みをした、この“怪異”に。
心臓が、さっきとは違う意味でうるさい。
(ちがう、ちがう、ちがう)
彼は吸血鬼のはずだ。
こんなに美形なんだから。
怪しくて、美しくて、破滅へ誘う存在。
それが、恋の始まりのはずで——
なのに。
(……ナンパ?)
ようやく一つの単語にたどり着く。
——ナンパ。
あんな雰囲気を醸し出しておいて。
目の前の薫は、見ているだけなら完璧なのに。
中身が——
薫は真剣な顔をしていた。
さっきまで人を追い詰めていた顔ではない。
妙にまっすぐで、無防備な表情。
「怖がらんでええんだよ。ちゃんと大事にするし」
(そこじゃない)
ゆかりの中で、何かが音を立てて崩れた。
理想。
幻想。
耽美。
すべてが、ずれていく。
(これ以上しゃべるな……!)
そう思った、そのとき。
「そこまで!」
鋭い声が夜の公園に響いた。
気づけば、ヒカルがすぐそばに立っている。
「薫くーん。だから勝手にしゃべるなって言ったでしょ」
ため息混じり。だがどこか明るい。
「女子高生に何言ってるの。だいたい——
モテたいなら、きれいな言葉遣い、教えたでしょ」
薫は振り返る。
「え、でもさ」
ゆかりを指差す。
「この子、俺にときめいてたよ。今だって、ほら」
自分の胸に手を当て、得意げに言う。
「すごい心拍数。これって恋のドキドキじゃ——」
(違う)
ゆかりは即座に心の中で否定した。
(これは、現実についていけてないときの動悸)
恐怖と混乱が渋滞しているだけだ。
ヒカルは、片手で顔を覆った。
「……だからさあ」
低い声。
「人間の“ドキドキ”は一種類じゃないって、何回言えば分かるの」
薫はむっとして腕を組む。
「でも、反応は良好やったし」
「方言も封印」
「う……」
そのやり取りを見ているうちに、
ゆかりの頭が少しずつ冷えていく。
さっきまでの恐怖が、遠ざかっていく。
(……この人たち)
怪異なのは間違いない。
でも。
(思ってたより、ずっと俗っぽい)
ゆかりはようやく息を整えた。
同時に思う。
——面倒なことに巻き込まれた。
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ヒカルは大きく息を吐いた。
「はい、終了」
ぱん、と手を叩く。
「今日は解散。夜の公園でこれ以上話す内容じゃない」
ゆかりは反射的に言う。
「待ってください。今のこと、忘れろって言われても無理です」
ヒカルは一瞬目を伏せ、薫を見る。
「薫くん」
低い声。
「君、人の記憶を操作できるでしょ。忘れさせなさい」
薫は即答した。
「やだ」
「この子と結婚するって決めた」
ヒカルの眉がぴくりと動く。
「……は?」
「それに」
薫は誇らしげに胸を張る。
「俺、もう決めたんだ。人の心は勝手に読まない、操らないって」
ゆかりはこめかみを押さえる。
(情報が多い)
「ちょっと待ってください!」
声が裏返る。
「結婚とか、記憶操作とか——説明がなさすぎます。聞かないと納得できません!」
ヒカルはゆかりをじっと見つめた。
その視線は、どこか申し訳なさそうだった。
「……分かった」
静かに言う。
「ここじゃ無理だ。明日、学校で説明する」
「学校で?」
「放課後。誰もいない場所で」
薫が不満そうに唇を尖らせる。
「せっかく良い雰囲気やったのに」
「黙って」
「はい」
ヒカルはゆかりに向き直る。
「今夜のことは——とりあえず、忘れたことにして」
ゆかりは即答した。
「無理です」
「だよね」
ヒカルは苦笑する。
「じゃあ、“まだ夢か現実か分からない”ってことで」
その言葉を最後に。
空気が、すっと切り替わる。
「帰りなさい。……無事に」
次の瞬間。
ふたりの姿は、闇に溶けるように消えていた。
---
公園には、満月と静けさだけが残る。
ゆかりはしばらく立ち尽くし、
やがて、ぽつりと呟いた。
「……明日、学校で説明」
胸の動悸は、まだ収まらない。
それが恐怖なのか、
ときめきなのか、
それとも——厄介ごとの予感なのか。
第四話に続く
あとがき になります
一話から三話までが一つのエピソードなので、続けてあげました。
四話からは少しずつあげていきます