
[連載小説]月下の約束 逢魔が時に出逢ったもの(全10話)第二話 通りゃんせ
第二話のあらすじ
怪しい2人を追っていくゆかり
日常の境界を越えていくような、奇妙な感覚に飲み込まれていく
そこで、ゆかりが目にしたものは、恐怖だけでなかった
理想と現実のはざま、どうなってるのコレ
第二話 通りゃんせ
夕闇は、すでに夜へと変わりつつあった。
街灯が、一つ、また一つと灯り始める。
ゆかりは、ふたりの背中を見失わないよう、一定の距離を保って歩いていた。
ヒカルと薫は、町の中を進んでいく。
見慣れているはずの道だ。昼間なら、何度も通ったことがある。
商店街を抜け、
シャッターの下りた店先を通り過ぎ、細い道をいくつも曲がる。
住宅街に入った途端、人通りがなくなった。
(……こんな道、あったっけ)
そう思ったとき、前方に横断歩道が見えた。
信号機。
それは、妙に古かった。
角ばった形。
くすんだ金属の柱。
どこか鈍い色をしたレンズ。
(まだ、こんなの残ってるんだ)
ゆかりが立ち止まった、その瞬間。
信号が、赤から青へと変わった。
同時に、音が流れ出す。
♪ とおりゃんせ
♪ とおりゃんせ
小さく、くぐもった音。
電子音のはずなのに、どこか笛のように聞こえる。
——歌っている。
そう錯覚するほど、はっきりと。
♪ ここはどこの細道じゃ
♪ 天神さまの細道じゃ
足が、すくむ。
(……今どき、これ?)
周囲を見る。
車はいない。
人影もない。
なのに、歌だけが響いている。
♪ 行きはよいよい
♪ 帰りはこわい
その言葉が、胸の奥に沈む。
気づけば——
ヒカルと薫は、もう向こう側に立っていた。
(いつ渡ったの……?)
見失う。
そう思った瞬間、体が勝手に動いた。
白線を踏む。
一歩ごとに、空気が重くなる。
——境界を越えている。
そんな感覚。
♪ こわいながらも
♪ とおりゃんせ とおりゃんせ
渡り切った瞬間。
音が、ぷつりと途切れた。
信号は、赤に戻っている。
振り返る。
そこにあるのは、普通の信号機だった。
音も、ない。
(……気のせい?)
そう思おうとしても、胸のざわめきは消えなかった。
---
それだけでは、終わらなかった。
同じような家並みが続くのに、道の名前が思い出せない。
角を曲がるたび、街灯が少しずつ減っていく。
町を歩いているはずなのに——
どこか別の場所に入り込んだような感覚。
そして気づけば、町の端に出ていた。
大きな公園。
知っているはずの場所。
子どもの頃、何度も来た。
なのに——
まるで違う。
街灯はまばらで、
木々は密集し、奥が見えない。
ざわり、と葉擦れの音。
ゆかりの脳裏に、あの歌がよみがえる。
——帰りは、こわい。
その意味を、これから知ることになる。
---
公園に入ったとき、
ふたりの姿は完全に消えていた。
ヒカルも、薫も。
足音すらない。
ゆかりは、木立の中に立ち尽くす。
灯りはある。
だが光は枝葉に遮られ、地面にはまだらな影しか落ちていない。
(……戻ったほうがいい)
分かっているのに、動けない。
そのとき。
がさり、と音がした。
反射的に振り向く。
次の瞬間。
何かが、崩れるように倒れてきた。
——人。
若い女性だった。
服は裂け、腕や脚に血が滲んでいる。
逃げていたのだろうか。
女性はわずかに身じろぎし、すぐに動かなくなった。
喉が、ひくりと鳴る。
叫べない。
息もできない。
——本物だ。
噂でも、ニュースでもない。
現実。
そのとき。
ガサガサ、と音。
反対側の木々の間から、影が現れる。
男だった。
ふらついた足取り。
(……犯人)
直感する。
逃げようとする。
だが、動けない。
男は、ゆかりに気づいていない。
何度も後ろを振り返る。
「……たすけてくれ……」
かすれた声。
——違う。
これは、加害者の声じゃない。
怯えきった、獲物の声だ。
そのとき。
「なんで?」
静かな声。
「ダメに決まってるじゃん」
どこからともなく響く。
姿は見えない。
代わりに。
歌が流れた。
♪ かごめ かごめ
♪ かごのなかのとりは
鼻歌まじりの楽しげな旋律。
なのに、凍るほど冷たい。
♪ いついつでやる
男が悲鳴を上げかける。
その瞬間。
闇が——動いた。
地面から。
木の影から。
空気の裂け目から。
それは、蝶のようだった。
だが。
異様に大きく、黒く、影そのもの。
無数の蝶が、一斉に羽ばたく。
ばさり、ばさり、と重い音。
一瞬で、男を覆い尽くす。
黒が、塗りつぶす。
声が、途切れる。
やがて。
蝶は霧のように消えた。
そこには——
何もなかった。
---
ゆかりは理解する。
これは、人間の事件じゃない。
そして——
本物の怪異が、すぐ近くにいる。
♪ よあけのばんに
♪ つるとかめがすべった
まだ聞こえる、かすかな歌声。
消え入りそうに。
♪ うしろのしょうめん……だあれ……
闇が静まり返る。
そのとき。
ふわり、と夜気が揺れた。
見上げる。
木々の隙間に、満月。
その光を背に——誰かが立っている。
長い影。
風に乗って、花の香りが漂う。
血の匂いも、恐怖も、塗り替えるように。
裾だけが、静かに揺れている。
——薫。
人の形をしているのに、
まったく人間ではない存在感。
足元には、黒い蝶が一匹。
薫はそれを見下ろし、軽く手を振る。
「サンキュー」
気軽に。
蝶はひらりと舞い上がり、月光に溶けて消えた。
---
「——大丈夫?」
その声で、ゆかりは現実に引き戻された。
ヒカルが、女性のそばに膝をついている。
手際よく応急処置をしていた。
女性は苦しそうに呼吸しているが、意識はある。
「ごめんね」
穏やかな声。
「もう少し早く来られたら、ケガもしなかったのに」
女性は小さく首を振る。
命に別状はなさそうだ。
ヒカルは立ち上がり、小さく舌打ちした。
「妖怪なら、すぐ見つけられるのに……」
その言い方は、どこか人間離れしていた。
女性を抱え上げると、ゆかりを見る。
「すぐ戻ります。静かに待ってて」
そして、薫に向けて。
「君もね」
次の瞬間。
——消えた。
音もなく、風もなく。
人とは思えない速度で。
---
残されたのは、ゆかりと薫。
満月の下、ふたりきり。
ゆかりの喉から、言葉がこぼれる。
「……ほんもの」
薫は、にこっと笑った。
さっきまでの冷たさはない。
無邪気な、少年の笑顔。
「なかなかよかったでしょ」
軽い。
あまりにも軽い。
「いいっしょ。おれ」
胸を張る。
ゆかりは言葉を失う。
(……あれ?)
さっきまで、あんなに怖かったのに。
(なんか……思ってたのと、違う)
胸の鼓動が、別の意味で揺れる。
月明かりの下。
ゆかりの「理想の吸血鬼像」に、
小さなヒビが入った。
ゆかりは、ただ立ち尽くしていた。
第三話 「月の下の吸血鬼」 に続く
あとがき になります
二話のからだんだんとラブコメがでてきました。
二話の通りゃんせの歌で横断歩道を渡る、コレが非日常への境界を越えてしまったようのの画面が気に入ってます。マンガなら百鬼夜行の背景をうまいこと入れたい、などど思ってました💦