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アナログ派の楽しみ/スペシャル◎深沢七郎の「最後の言葉」(その1)

わたしが出版社で仕事をしていたころ、心に刻まれたエピソードをお伝えしたいと思います。もちろん、記憶にあるとおりに書くつもりですが、文章責任はすべて当方が負うものとご承知ください。また、敬称略とさせていただきます。

わたしにとって、作家・深沢七郎と面談できたことは編集者人生の最大のトピックのひとつです。もともとは『中央公論』1987年8月号で「国際化に向けての三つの提案」のテーマのもと各界の人士からコメントを集めるという企画により、ほんの短時間のインタヴューを行うつもりだったのが、よほど深沢の興が乗ったらしく約1時間半にもおよぶおしゃべりとなりました。そのごく一部を誌面にのせたところ、思いもよらず、取材から2か月後に深沢が急逝したため、あらためて発言の全容を追悼記事「『味を見てください』と葡萄がいう」として10月号に掲載したのです。

当時73歳の深沢は日ごろ出版関係のつきあいを断っていただけに、結果的に最晩年の心境を伝える唯一の記録となり、忘れ去られてしまうのも惜しいので、ここに二回に分けて再録することにしました。その1では、中曽根政権の時代の世界観について、その2では、デビュー作『楢山節考』と三島由紀夫の思い出が語られています。

1987年6月15日午後2時過ぎ、埼玉県南埼玉郡菖蒲町(現・久喜市)上大崎の「ラブミー農場」を訪れたわたしを、深沢は自宅に隣接した広さ16畳ほどのガラス張りの “日なたぼっこの部屋” に招じ入れました。最近は一日の大半をここで過ごすとのこと。頭上には縦横に葡萄棚がしつらえられて、若葉のなかにようやく青い実がつきはじめ、地面には巣箱が置かれて、キジの雛たちが自由に出入りして餌をついばむという、のどかな雰囲気のなかで、丸木のテーブルを挟んでインタヴューがはじまりました。梅雨のさなかのこと、ガラスの壁には絶えず雨滴が散っていました……。


人消しにキジを飼う


―― あ、ウズラですか。
深沢 キジの雛なの。日本キジという、いまとても珍しいキジでね。高麗キジというのがうんと多いんだってね、こんなでかくて(両手を広げる)千円ぐらいで売ってるんだって。日本キジの方は絶滅しちゃうんで、栃木県庁が人工孵化させたのを買い上げて、山へ放すんだって。そうしないといなくなっちゃうんだって。栃木県は日本キジの本家本元だってね。それで、栃木県のおじさんがわたしに、上には葡萄、下にはキジって、まだ生後一週間ぐらいのを五羽くれてね、「オスが一羽ありゃいいね」って言った。
―― まだ、オスかメスか分からないんですか。
深沢 分からない。ニワトリのヒヨコと違いますね。ピヨピヨいわない。キジというのは獰猛でね、ヘビとかああいうのをみんな食べるんです。ヘビを食うのはキジだけらしいやね。タカとかワシでも食わない。
―― ネコは大丈夫ですか。
深沢 この部屋には入らないから。でも、「いまにやられるぞ」ってみんな言ってる。
―― 大きくなっても逃げませんかね。
深沢 ええ、うまくやると。餌にキジの好きなタンパク質を入れてやると逃げないらしいやね。黙ってれば山へ行っちゃうから。このキジ、だって人消しですよ、飼ってるのは。キジがペットだなんて聞いたことないでしょう。(笑)
―― 一年で成鳥になるんですか。
深沢 そう。一年でもう交尾するようになる。きれいですよ、キジは。肉なんか最高だってね。いちばん美味(うま)いのはヤマドリで、そのつぎがキジだってね。
―― また、葡萄も見事に育っていますね。アレキサンドリアですか。
深沢 あれは外に特別の小屋をつくって、普通のところじゃ駄目なんです。今年は百房ぐらいなってる。あのね、いま千疋屋なんかで一房一万円だってね。ホラ、真っ青の。あれ、百房もなった。
―― 百万円ですか。(笑)
深沢 アレキサンドリアが日本に入って一昨年(おととし)がちょうど百年目で、マスカット・オブ・アレキサンドリア百年債というのを山梨県でやったんですね。そのときにわたしがね、もう生きてても何もやることがないから、わたしも記念に植えてみたいと思ったら、むこうでこんな太い木をくれたんです、本家本元が。で、去年、そうですねえ、パチンコ玉ぐらいのがなってたね、一房。それが今年はもう凄い、百万円だ(笑)。この頭の上のはキヨーネといって、今年はまだならないと思ったら、もうなったんです、三年目で。ま、葡萄が「どうぞ味を見てください」と言ってるぐらいしかならないけどね(笑)。あれがブラック・オリンピア、長寿の品種でね。これもオレの生きてるうちには味は見れないなと思ったら、みんな味を見せてくれる。
―― 葡萄って、なかなか実をつけないわけですか。
深沢 いや、だってわたしが生きてないもの、来年まで……。そっちの外の棚はキャンベルといってね、いちばん安くて早く出来て、盆のころ食べられる。あとは秋だからね。わたしの家はホラ、山梨で、家は印刷屋だけど裏に葡萄畑があってね、葡萄なんてゼニを出して食うものとは思ってなかった(笑)。東京に出て来たら買わなくちゃならないんで、それならここで自分でつくろうと思って。葡萄とサクランボはね、もう取りたてを食わなきゃ駄目。
―― まるで味が違いますか。
深沢 そりゃサクランボなんか、一時間おいたらもう駄目ですよ。うちは今年四本植えたら、花ばかり咲いて実がならなかった。なったけど、落ちちゃった。
―― 鳥が来て?
深沢 いえ、まだ木が若いから。来年……。あなた、背がでかいんだね。わたしなんて背がないからね、その踏み台にのらないと葡萄の房に届かない、手入れするのに。ちょっと立って手を伸ばしてみて。アッハハハ、届いちゃった。恐れ入ったね。どれだけあるの?
―― 一七三センチですけど。
深沢 でかく見えるねえ。ただ、房がここまで垂れてくるからね、あまり高いと頭がぶつかる。
―― 壮観でしょうね、これが鬱蒼と実をつけたら。
深沢 ええ、来年は生きていれば、この部屋のなかだけでも葡萄で一杯になるね。

混血が世界をひとつに


―― きょうは、この国際化の時代に日本が世界に果たすべき役割はとは一体何か、と各界の方からコメントを頂戴しているんですけれども、ぜひ先生のご意見を承りたくて参上した次第です。
深沢 さあ、むずかしいや。日本は金持ちだ、金持ちだっていうけど、わたしは全然関係ないもの。貿易をやってるわけじゃなし、舶来のナイフとか、あんなもの買うわけじゃなし、ねえ。何の用事もない。ただ日本は景気がよくて、円高で、レストランはうんと高いということだけ。で、結局、日本という国は儲けすぎだとどれだけ非難されても何もしないというのはね、いままでそんなことしなかったから。昔の金持ちの商人、あれ、何て言ったっけ――札差し。
―― 江戸時代の話ですか。
深沢 札差しみたいな連中はそんなことしなかったわね、儲けたからってよそへ寄付しようなんて。だから、そんな仕方は日本人は最初からもう知らないし、できないし、そもそもそんな神経が全然ないのよ。それをホラ、今度外国から「やれ、やれ」と言われるから、こっちは不思議に思うぐらい、ねえ。あれはしかし、儲けたからといってよそにゼニを出せというのも、これもわたしには分からないね。日本人の頭では。
―― ははあ。
深沢 中曽根さんのことをアメリカが怒って、「約束はするけど実行しない」と。でも、あの人だって仕方ないんじゃないですか、こんなこと日本が始まって以来初めてだから。自分のゼニ使って何かいいことをしようなんて気持ちの人があったら、宗教家か、よっぽど変わり者ですね(笑)。日本人はそんなこと知らない民族だし、しなくて当り前だと思うもの。強制的に脅されてやるようなもんですね、最近のあれは。
―― よく、日本は食糧の七〇パーセントを輸入に頼っているので外国から恩恵を受けているという発想の論調がありますね。
深沢 お得意さんだもの、それは。日本は買い手でいい得意先ですよ、むこうから見れば。本当は、むこうで何か景品をつけたり、負けたりしなきゃ(笑)。で、わたしみたいな考えを外国人は全然分からないから、日本人て何て悪いやつだと思うのね。
―― 中曽根首相についてはしばしば、きわだった個性の持ち主だとか、日本人としては非常に珍しい政治家だとか言われますが。
深沢 わたしは、とても(笑)。あの人は二枚舌とおいうのが五枚舌になっている。ただオレ、中曽根さんの偉いと思うところは、髪の毛をわきから薄ーくこうてっぺんに持ってくる、あれ、いつアデランスをつけるかと待ってたけど、やらないで。平気で外国に行ったりする。あっちでも有名らしいね、ナカソネ・カットって。あんな人、いないよ。あの頭を見るのが楽しみでね。相当な神経ですよ。わたしが生きてるうちに、一度カツラをかぶせてやりたいね(笑)。それに、中曽根さんは外国へ行くたびにお母さんを連れていくのね、オレ、親孝行だなって感心してたら、あれ、おかみさんだってね(笑)。びっくりしちゃった。
―― 美術とか文学とか、文化的な面はいかがでしょう、日本が世界に果たすべき役割はありますか。
深沢 日本画なんか、何がなんだか分からないですね。ピカソよりずっと高いんだっていうから、文化勲章とか何とか一杯もらってる人たちの方が。まったくおかしいやね。むこうの一流の人より日本の一流の人の方が十倍も高いんだから。日本のなかだけで隆盛で。そんなの、外国が相手にするはずない。あ、おたくの社長さん、お元気?
―― はい。
深沢 あのね、『みちのくの人形たち』がフランス語になってむこうの雑誌に載ったんです。で、社長さんに一冊お送りしようかと。じゃあ持って行ってよ。
―― ありがとうございます。作品はこれまでずいぶん翻訳されているんですか。
深沢 あとは『楢山節考』がね、スウェーデン語だったかな、わけの分からないいろいろな言葉に。
―― 先生の作品を通じて、日本の文化が世界に理解されるということはあるでしょう。
深沢 さあね、外国人は日本のものを読むときに、文化とかいうより何よりも、歴史や風俗をおもしろいと思うらしいね。そのぐらいのもんだね(笑)。興味があるわけね。
―― 異国趣味ですか。それが外国人の考え方や風習に影響を与えるまではとても行かないと?
深沢 風習はまずこっちが変らなくちゃ、ねえ。
―― 日本はまだ変わりそうな雰囲気でしょうか。
深沢 いやあ……。
―― 変わりませんか。
深沢 ええ。まあ、いまに世界がひとつになっていくんじゃないかね、結局は。五百年も六百年もたてばね。
―― それは何か宗教的なイメージですか。
深沢 だって、日本人も最近はかなり外国人と結婚して、混血が多くなってきたものね。オレなんか洋式便所も受けつけないけど、山田詠美って黒人大好きの女が出て来たり、これからますます増える。
―― また、ハーフの女性はきれいですからね。
深沢 あれは一代交配かぎり(笑)。結局、どんどん地球の血が混じってくるわけよ。そうすれば、黙っていても世界はひとつになる。時間はかかるけどね。

〔その2に続く〕
https://note.com/brave_zinnia300/n/n51408ec91638


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