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鏡の中の父と、娘のうなじに棲む夫

    〜「違う匂い」の私が繋ぐ、命のバトン〜

    ​最近、鏡を見るたびに立ち止まってしまう。

    そこに映る自分の首のラインや、ふとした時の骨格、足の形。

    「あんたの足も首も、お父さんにそっくりね」

    かつて母が眩しそうに、そして少し寂しそうに私に告げた言葉が、40代になった今の私の中で静かに腑に落ちている。

    ​私は、父に似ている。

    ​父との別れは、あまりに早すぎた。

    「最後の日を一緒に過ごしたい」

    そう願って、私は仕事を辞め、当時まだ結婚前だった旦那くんと一緒に田舎へ帰った。

    静かな田舎道を、父と並んで歩いた。あの時、父は何を思っていただろう。

    病院のベッドで、もう意識のなかった父に、私は白無垢姿で会いに行き、手紙を渡した。

    「お父さんとお母さんみたいな夫婦になるね」

    それが、私から父への、最後の約束だった。

    ​父が空へ旅立ったのは、その翌日のことだった。

    ​それから一年。

    約束を守るようにして生まれた娘は、私の父に――おじいちゃんに――そっくりの顔をしていた。

    その年の夏、不思議なことが起きた。

    父が大好きだったトマトと朝顔が、これまで見たこともないほどたくさん実り、咲き誇ったのだ。

    「お父さんが花咲か爺さんしに来てくれたんだね」

    家族みんなで笑い合ったあの食卓の温もりを、私は一生忘れない。

    ​月日は流れ、今、私の目の前には高校生になった娘がいる。

    面白いことに、娘は外見こそ私に似ている部分もあるけれど、その性格や考え方、そして「匂い」までもが、旦那くんにそっくりなのだ。

    ​娘のうなじから、ふわりと旦那くんと同じ匂いが漂う。

    「同じ匂いがするもの同士は惹かれ合わない」
    というけれど、それは遺伝子が教える静かな知恵なのだろうか。

    父の形を受け継いだ私と、夫の心を投影した娘。

    この家の中で、私だけが二人とは「違う匂い」をさせている。

    ​「私の中に父がいて、娘の中にあなたがいて。そうやって私たちは、一人では抱えきれないほどの長い時間を、一緒に生きているのだと思う。」

    ​でも、だからこそ。

    私はこの「同じ匂い」を持つ二人を、誰よりも客観的に、そして誰よりも深く愛せるのだと思う。

    ​父が母に教えた畑のやり方は、今、私と母が営む小さな農園へと受け継がれている。

    土に触れ、野菜を育てる私の手は、父と同じ骨格をしている。

    その手で育てた野菜を、旦那くんにそっくりな娘が「美味しい」と食べる。

    ​遺伝子とは、なんと壮大で、なんと情熱的な物語なのだろう。

    ​お父さん、見てる?

    私はあの日の約束通り、お父さんとお母さんのような夫婦になって、命を繋いだ。

    あなたが咲かせてくれたトマトのような、真っ赤で温かい幸せが、今の私の真ん中にあるよ

    #創作大賞2026
    #エッセイ部門  

    この「命のバトン」が始まる一歩手前、私たちが「家族」になるまでの、1%から始まった不思議な約束のお話です。


     
     
    いろは。40代 立ち止まった時間を越えて、今はゆっくり。 日々の生活で幸せの欠片をひろいながら過ごしています。

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