
本棚の奥で、おしゃべり。 | おんせん図書館みかんの棚から
第一話
はじまりの一冊 | 「みさごの鮨」
本棚の奥には、だれも知らない部屋があった。
あるとき、本と本の隙間に、小さな扉のようなものが見えた。まさかと、思いながら、本を数冊そっと抜いた。やっぱり扉だ。私は、好奇心に勝てずにノックをした。
「……誰よ。」
扉が開くと思っていなかった私は、ひゃっと尻もちをついた。そこから現れたのは、どう考えても、この小さな扉には収まりそうにない、巨体のオネエ様だった。それが、私たちの出会いだった。
「あんた、見かけない顔ね」
「あ、ご挨拶が遅れました!ミッチェルとミシェルと申します」
「どっちよ。ひとりの名前にアンドを挟まないで!ややこしいわー」
ここは、山代温泉にある「おんせん図書館みかん」。私は、そこで一箱本棚のオーナーになったばかりだった。
「その手に持ってる本はなによ?素人くさい本ね。」
「あ、これは、私が初めて作ったZINE(小冊子)でして…」
「なによ、お酒の本なの?」
「違います(笑)。ジンの本じゃなくて、『みさごの鮨』という小説なんです、泉鏡花の。」
「あら、食べたことないわね。美味しいの?」
「いや、みさごは鳥でして、鮨は出てこないんですよ。このタイトルは、なんというか…」
「もう、いいわ。」
「(扉を)閉めないでー!この本について誰かと話したかったんです!」
「必死じゃない。いいわ、入りなさいよ。」
「どうして、泉鏡花の『みさごの鮨』を私がZINEにしたのかって話なんですけど…。」
「買わないわよ。」
「売ってませんから(笑)。」
「大正時代の、古い小説なんですけど、この山代温泉が舞台なんです!つい最近、そのことを知りまして…読んでみたんです。あ、ほら、あそこ。この近くに専光寺があるじゃないですか。あのお寺に古くから伝わる悲恋物語があって…」
「ひとの不幸ってだーいすき!」
「……(苦笑)。そこから着想を得てるんですよ。」
「知らなかったわ。で?」
「流れで参加した町歩きで、ガイドさんから教えてもらったんです。ちょっと脱線して、この町歩きのこと、話してもいいですか?」
「ダメ」
「このガイドさんの話が、ほんとうに面白くって、私、2時間メモしっぱなしだったんです。で、その後に、不思議なことが起こったんです。」
「稲川淳二の顔で言わないで。」
「すみません(笑)。続けます。」
「もう、さっきと同じ目で、町が見れなくなってたんです。総湯に行ったら、入り口の木の門を撫でちゃうし、青みがかったお風呂の石にありがとうって言いたくなるし。
なんていうか…。町が、語り始めていたんですよね。」
「語るわねー。…黙ってるだけなのよね。本当は伝えたがってるの、みんな」
「……オネエの神様なんですか?」
「ロマンスの神様よ」
「広瀬香美かよ」
「やればできるじゃない」
「でも、ほんと、そうなんですよね。町も、物語をもってるんです。私たちがページをひらかないだけで。」
「あんた、自分の言葉にうっとりするタイプでしょう?」
(動揺)
「初めは、山代温泉って、空き家も多いし、ちょっと陰気な感じがするなって思ってたのに。」
「言うわねー。」
「町歩きのあとも、そこで仕入れたばかりの話を、他の人にも教えたくて、うずうずしちゃって。ねえ、知ってる?知らなかったよね、なんて、みんなでおしゃべりして。
波が立つみたいに、ささささーって広がっていくんですよ。それが、いいなあって、思っちゃったんですよね。」
「……。」
「ねえ、ZINEの話は、まだ?」
「もうそこからは、完全に、波乗りミッチェルとミシェルでした。帰ってから『みさごの鮨』をすぐ読んで」
「何が、波乗りミッチェルとミシェルよ。あんた、調子に乗ってるわよ。」
「ガイドさんが言ったんですよ」
「『読んでみるといいですよ。ああ、これは、あそこのことを書いているのかな、なんて想像しながら読むと楽しんです』って。
それで気になっちゃって。読んでると、町歩きで聞いた話と、小説の中に描かれる山代温泉が重なるんですよね。もうそこに見えるみたいに。」
「ちょっと!一回息継ぎしてちょーだい!口をそんなにパクパクさせて!…こっちが苦しくなるじゃない、もう!」
すー…はー…。
「それで、ふと思ったんです。町歩きしたみんなは、もうコレ読んだかな?読んだら、また話したいなって。」
「話せばいいじゃない。」
「でも待てよ、と。古い小説だから、本屋にもないし、図書館で借りるしかなかった。しかも、なんか資料みたいな手に取りたくない本だったんですよ。」
「わざわざ読みにいかなきゃいけない距離に、本があったのね」
「そうなんです。まあ、電子で読むというのもあるんですけど。気軽に手に取れる感じの本があればいいなって」
「で、自分でZINEを作っちゃた、と。」
「はい(笑)。巻末には町歩きで聞いた話をもとに、コラムもちょこっと入れたりしちゃって」
「あたし、作ったことないんだけど、ZINEって簡単に作れるの?」
「泣きながら4日かけて作りました。こういうの得意じゃないし、初めてだったんで。」
「ヒマなの?」
「やっぱり、人って、たくさんもらったら、何か返したくなるじゃないですか」
「ひとっていうか、あなたが、じゃない。
……面倒くさい性格ね。」
「球が自分のところで止まるの、嫌だったんですよね。このラリーの音を、ずっと聞いていたかったっていうか。それに、加賀のみんなにも喜んでもらえるかもって、期待も少しあったし。」
「ここら辺に、テニスコートはないわよ。
…まあ既読スルーって落ち着かないものね。」
「このZINEが完成したら、また加賀に行けると思って。なんか寝食を忘れるくらい、夢中になっている自分がいて、それがちょっと嬉しくて。で、気づけば、今ここにいます(笑)。」
「ようこそ、でいい?
じゃあ、この場所で、そのラリーとやらを続けたいってことなのね。」
「さすが。その通りです!だからこの本が、私の始まりの一冊なんです。…まだ未完だけど。」
「続くといいわね。」
「また遊びに来てもいいですか?」
……。
「勘弁して。」
(つづく)
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この小さな本棚を持つことになった、始まりについて真面目に書いてみました。私自身の小さな変化の記録です。こちらも読んでもらえたら嬉しいです。