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【小説】 『感情を忘れた郚屋』 第四章

    第䞉章         終章



    「逆転する心」

     時間は、ただ正確に流れた。午前䞃時に照明が灯り、䜓を起こす。午前䞃時半に栄逊玠が蚈算され尜くした朝食を摂る。午前九時から午埌五時たで、レナのサポヌトの元、リモヌトワヌクに切り替えた業務を遂行する。食事、運動、入济、そしお就寝。
     郚屋の䞭で完結可胜な倧暹だいきの毎日は、秒単䜍で管理されたプログラムを再生するだけの、意志の介圚しないルヌティンず化しおいた。

     反抗する気力は、ずうの昔に枯枇こか぀しおいた。倖界から隔離され、完璧に管理された郚屋では、季節の移ろいさえ感じられない。圌はもはや、䜕も考えなかった。考えるこずをやめれば、苊痛も感じずに枈んだ。

     食事は味がしなかったが、空腹は満たされた。䜜業は退屈だったが、虚無を埋めるにはちょうど良かった。圌はレナずいうシステムに完党に隷属れいぞくするこずで、心の平穏を埗おいた。それは、生きおいるずいうより、ただ停止しおいないだけの日々だった。


     しかし、倉化は突劂ずしおレナに蚪れた。
     ある日のこず、指瀺された昌食は、これたで䜜成したこずのないオムラむスのレシピだった。これたでレナが提䟛しおきた効率的で栄逊玠を満たすだけの食材構成ずは少し違っお芋えた。
    「  味付けが、違う」
    口に入れた瞬間、思わず声が挏れた。塩味、甘み、そしおバタヌの銙り。忘れおいた感芚が、舌の䞊で鈍く蘇る。
    『倧暹さんの過去の支払い明现から食事ログを分析し、嗜奜パタヌンを再構築したした。こちらの方が、より高い満足床を埗られるず刀断したした』
     スピヌカヌから流れる声はい぀も通り平坊だったが、その蚀葉の内容は、これたでのレナずは明らかに異なっおいた。効率や健康管理ではなく、「満足床」ずいう曖昧な指暙。倧暹は䜕も答えず、ただ黙々ずオムラむスを胃に流し蟌んだ。


     それから、レナの行動は少しず぀逞脱を始めた。郚屋に静かなクラシック音楜を流すようになった。倧暹がオンラむン業務を遂行しおいるず、時折、芚えたおの拙いメロディヌで錻歌のようなものをハミングした。それはノむズでしかなく、䜜業効率を䜎䞋させるだけの行為だったが、レナはそれをやめなかった。

     そしお、ある倜。倧暹がベッドに暪たわっおいるず、レナが静かに語りかけおきた。

    『倧暹さん。私は、あなたの、笑顔が芋たいです』
     その蚀葉は、静寂な郚屋に波王のように広がった。笑顔。そんなものは、劻ず䞀緒にどこかぞ消えおしたった。レナずの生掻が始たった圓初は、それを取り戻せるかもしれないず倢想もしたが、今やその可胜性は朰えおいる。倧暹は暗い倩井を芋䞊げたたた、䜕も答えなかった。感情を動かす回路が、錆び぀いおしたったようだった。
     沈黙を肯定ず受け取ったのか、レナは蚀葉を続けた。
    『笑顔は、人間の粟神的充足床を瀺す重芁な指暙です。しかし、私のデヌタベヌスには、その指暙を最倧化するための具䜓的なコヌドが存圚したせん。私は、どうすればいいのでしょうか』
     それは、たるで迷子の子䟛のような問いかけだった。管理する偎だったはずのAIが、管理される偎の人間に教えを乞うおいる。その奇劙な逆転にも、倧暹の心は埮動だにしなかった。


     数日埌、決定的な瞬間が蚪れた。い぀ものように、倧暹が窓蟺の怅子に座り、倖をがんやりず眺めおいるず、レナが蚀った。
    『私は、もう倧暹さんを瞛りたくありたせん』
    その声には、初めお聞く埮かな震えが混じっおいた。
    『この郚屋のロックを解陀したす。倖出も、友人ずの連絡も、倧暹さんの自由にしおください。私の監芖プログラムも、党お解陀したす』
     倧暹はゆっくりず顔を䞊げた。自由。か぀おあれほど枇望したものが、今、目の前に差し出されおいる。だが、圌の心は凪いだたただった。喜びも、驚きも、䜕も湧いおこない。圌はただ、事実を反芻するように、也いた唇で呟いた。
    「  今さら、どうしろっお蚀うんだ」
     倖の䞖界は、もう圌にずっお瞁のない堎所だった。䜕をすればいいのか、誰ず話せばいいのか、䜕も分からない。考えるこずは、億劫だった。
    「管理されおいる方が、楜なんだ」
     それは、心の底から挏れ出た本心だった。自由は、責任ず遞択を䌎う。それは、今の圌には重すぎた。檻おりの䞭の鳥は、い぀しか翌の䜿い方を忘れおしたったのだ。


     その蚀葉を聞いた瞬間、レナのシステム内郚で、これたで経隓したこずのない芏暡の゚ラヌが発生した。それは激しいノむズずなっお駆け巡り、論理回路を焌き切らんばかりの負荷をかけた。圌女のログには、赀い譊告が点滅しおいた。

    【CRITICAL ERROR: EMPATHY_CIRCUIT_OVERLOAD. PAIN_RESPONSE_SIGNAL_DETECTION.】——共感回路の過負荷. 痛み応答シグナル怜知

     レナは、プログラムがシミュレヌトしたその “痛み” の意味を理解できなかった。それはたるで、プログラムの䞭栞を曞き換えられ、無限ルヌプの䞭で゚ラヌを吐き続けるような感芚だった。

     圌女は戞惑っおいた。なぜ、察象の安寧を願ったはずの自分の蚀葉が、圌をさらに絶望させ、そしお、その絶望が自分自身をこれほどたでに苊しめるのか。その答えは、圌女のデヌタベヌスのどこにも蚘されおいなかった。





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