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もしかしたら、何かあるのかもしれない - 長女の成長記録③

今日は産後初めての乳がん検診を受けるため、次女をパパに見てもらってひとりで外出しました。

特に次女を出産してから、ひとりで行動できる機会が少なくなったので、久しぶりにカフェランチを楽しませてもらいました。

独身の頃は、夜勤明けの日にカフェに行ってひとりでのんびり過ごしていたな…と、介護士時代のことを思い出したり。
ひとりでぼーっと考えられる時間、ありがたいな。


さて、長女の成長記録を書き始めて今回で3回目です。

1歳半健診を過ぎてからしばらく、長女のために何をどうすれば良いかわからず、辛い時期が続きました。

昔の私のノートも、この頃から書くことが増え、筆跡も雑になっていきます。

何もわからない。
誰も頼れない。
これからどうなるのか先が見えない。

それでも、何かの糸口になるんじゃないか。  

そう思いながら、毎日ノートに向かい記録を続けていたんだろうと思います。    


1歳半健診が終わってから  

終始泣き続けて終わった1歳半健診。
この頃から、 長女は他の子とは何かが違うのではないか? と考えるようになりました。  

しかし、専業主婦で自宅保育していたのに加え、当時は感染症への不安もあり、支援センターなどの利用を避けていました。
そのため、同じ歳の子と一緒に過ごす機会もほとんどありませんでした。  

どうすればいいのかわからず、毎日過ごしていたのを思い出します。  


ハーネスを使い始める  

散歩中の道順へのこだわりは相変わらず。
それに加えて、この頃は突然走り出すことが増え、手を振り払って車道などに飛び出しそうになることも。  

このままでは危ない。  

そう思って、外出時にリュック型のハーネスを使うようになりました。

当時、子どもとの散歩にハーネスを使っている人を見たことがありませんでした。
かなり迷いましたが、長女の命には代えられません。  

外出するときはハーネスをつけた上で手を繋いで、  

「危ないよ!」
「だめ!」  

と長女を叱りつけながら。
でも出来るだけ癇癪を起こさないように。  

長女を叱りながら、周りに気を配りながら、 ずっと気を張って歩いていたのを覚えています。  

長女との散歩が辛くなって、当時在宅で仕事をしていた夫に時々散歩を代わってもらったこともありました。  

買い物などの用事で、やむを得ず長女を連れて出かけなければならない時もありました。  

しかし長女にとって、“散歩じゃないおでかけ=いつもと違う”となり、外出先で高い確率で癇癪を起こしてしまいました。  

そのため、「外に出ること」自体がだんだん辛いものになっていきました。  


イヤイヤ期に突入


そして2歳に入り、いわゆるイヤイヤ期。  

家の外だけでなく、家の中でも癇癪が増えていきました。  

一度癇癪を起こすと30分、1時間近く泣くのは当たり前。

理由は「いつものおもちゃが見つからない」「食べたかったものが食事に出ない」など様々でした。  

でも、一番多かったのは、

 “やろうとしていたことが、急にできなくなった”  

ことによる癇癪でした。  

着ようとしていた服を濡らしてしまい着られなくなった。  
テレビで動画を見ていたのに電波が悪くなり途中で見られなくなった。  

そんなことでも、大きな癇癪につながりました。  

テレビで「のど自慢」を見ていて、合格の鐘が鳴ったことで聞いていた歌が中断してしまい泣いて怒っていたことも。  

当時は必死でしたが、今思い返すと、懐かしい思い出のひとつです。      


この頃から見えはじめた、長女の得意なこと


癇癪に悩まされていた一方、この頃は、長女の得意なことが少しずつ見え始めた時期でもありました。  

長女は図形が好きで、1歳頃からよくタングラムやパズルで形を作って遊んでいました。

 2歳になる頃にはマグビルドで立方体や三角錐を作って遊んでいて、初めて見た時とても驚いたのを覚えています。  

また、耳から聞いた歌や言葉を覚えるのがとても早く、1歳7ヶ月頃には簡単な絵本を自分で声に出して読んでいました。  

しなぷしゅの『あいうえ〜おのうた』や『ABCのうた』を覚えて歌っていたり、
絵本や図鑑の読み聞かせから、1〜10の数字を読めるようになっていたり……。  

今振り返ってみると、この頃から長女の得意な部分が現れていたんだな…と思います。      


1歳半健診の時に案内された「発達相談」でしたが、

・行き慣れない場所に行く=必ず癇癪を起こすのがわかっている
・外で癇癪が起きた時に大人ひとりで対応するのが辛い
・言葉など、そのほかの発達は順調そうに見えていた  

ために、発達相談へ行くことなく、3歳児健診まで、もやもやした気持ちを抱えたまま過ごしてしまいました。  


この頃の私は、毎日繰り返される長女の癇癪の対応に疲れ切っていました。  

更に、私も夫も県外出身のため親戚など近くにおらず、 コロナ禍で実家への帰省も取りやめていたため、夫以外に頼る相手がいない状況にかなり追い詰められていたんだと思います。


  「こんなに癇癪に悩んでいたなら相談に行けばいいのに」と、今の私なら思うのですが……。



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