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第一部  雨の蹟(あと)に            第十一話 約束のその先

    「十年したら、一緒にいられるようにしたい」

    あの日、彼はそう言った。
    私は驚きながらその言葉を聞いていた。

    彼なりに考えた私たちの未来だったのだろう。

    けれど私は、その約束を信じることも否定することもできなかった。

    未来は誰にもわからないけれど、人生は思うようには進まない。

    それだけは、痛いほど知っていた。 

    そして気づけば、あの約束から二十年が過ぎていた。
    十年の約束を、私たちはその二倍生きたことになる。

    結局、一緒になることはなかった。

    どこで暮らしているのかも、今も元気でいるのかも知らない。

    もう会うこともないのだろう。

    それでも時折、ふと思う。

    あの日のコンサートの帰り道。

    彼はどんな気持ちでハンドルを握っていたのだろう。

    高速道路から見える私の町を眺めながら。

    助手席に私の姿を乗せるような気持ちで。

    三百キロの道を走った彼は、何を思っていたのだろう。

    人生には答えのないことがある。

    知らないまま終わることもある。


    私たちは結ばれなかった。

    それでも、心に残り続けるものがあった。

    机の引き出しを開ける。

    そこには、あのシルバーのブレスレットがある。

    時々取り出して掌に乗せる。

    その度にあの言葉が蘇る。

    「君を縛るものじゃないよ」

    「自由になるためのお守りだから」

    そして最後の言葉。

    『身体に気をつけて』

    『自分自身を大切に』

    若い頃の私は、その意味がわからなかった。自分を大切にするということが、どういうことなのかも。

    誰かのために生きることが正しいと思っていた。

    そうやって自分を後回しにすることが愛情だと思っていた。

    けれど今ならわかる。

    自分を大切にすることと、誰かを大切にすることは、決して別々ではないのだと。

    子どもたちが巣立ったあと、
    私は長い結婚生活に終止符を打った。

    失ったものもあった。

    傷ついた日々もあった。

    けれど手放したことで見えた景色もあった。

    穏やかな朝。

    誰にも怯えず眠れる夜。

    好きな場所へ行ける自由。

    好きな音楽を聴ける時間。

    そんな当たり前が、こんなにも尊いものだったのだと知った。

    彼は私にブレスレットを残した。

    けれど本当に残したものは、それではなかったのかもしれない。

    たった数か月の出来事だった。

    共に生きたわけでもない。

    未来を手に入れたわけでもない。

    それでも彼は、私の心に確かな蹟(あと)を残していった。

    雨が降ったあと、地面に残る濡れた跡のように。

    やがて乾いて見えなくなる。

    けれど確かに、そこに雨が降ったことだけは消えない。

    人生にも、そんな出逢いがある。

    雲の切れ間から差し込んだ光が、ブレスレットを静かに照らしている。

    シルバーは静かな輝きを取り戻していた。

    私はそっとそれを身につける。

    そして小さく笑った。




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    はじめまして ゆるりたまゆらまりあ改め美凪です。 経験を経た人生の節目の今なら書けること、書きたいことを大切にしたいです。 誰かの何気ない一言や行いが、その後の人生を支えになることがある。 静かに誰かの心に残る言葉を綴れたらと思います。 どうぞよろしくお願いいたします。

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