
”雲上の楽園”を散策しながら、エッセイ創りや”ぼーっと”する旅【ぼーっとする旅 in 松尾銅山跡地(岩手県)】
緑に囲まれた無人の高原に、かつて人々が暮らしていたであろう廃墟の団地が静かに佇む。

そんな岩手県内にある|松尾銅山《まつおどうざん》跡地の写真を昔見た時、「こんな場所があるんだ」という驚きと、静謐な雰囲気に魅了されたのを今でも覚えています。
そして最近仕事の都合で岩手付近に短期滞在していた事や、さらに今年7月から岩手県で旅割(おでんせ!岩手旅割キャンペーン)もあったので、今回は松尾銅山跡地のある『|八幡平《はちまんたい》』へ訪れる事ができました。
今回は、かつて『雲上の楽園』と呼ばれた松尾銅山跡地でエッセイを書いたり、”ぼーっと”したりした旅の記録です。
”ぼーっと”する旅で、なぜエッセイ創りに挑戦しようとした理由
今回はクリエイターらしい事をしたいと思い、訪れた旅先で見聞きしたこと・強く印象づいたことを綴った、3分で読めるエッセイ(通称『3分エッセイ』)の創作に挑戦しました。
エッセイに挑戦した理由は、ショートショートや掌編小説よりも制作時間が短くてnoteに投稿しやすかたったこと。
あとは最近読んだノーベル受賞作家ハン・ガンさんの著書で『すべての、白いものたちの(邦訳:斎藤真里子氏)』に影響を受けたからというのが大きかったです。

内容は、生後数時間で亡くした姉の影を感じながら、戦後のワルシャワや朝鮮半島を滞在した際に出会った人々や風景をもとに作者が描く65個の短い物語。
タイトル1つにつき1〜数ページと短いので読みやすい一方、巧みな言葉遣いで表現された文章はとにかく儚さと切なさが際立つ内容で、これだけ短い文章でも心が動かされるのだと個人的には衝撃をうけました。
旅のエッセイは元々、日本画家の故・東山魁夷さんが書いた『日本の美を求めて』という本も好きだったので、「いつかこんなエッセイを自分でも描きたい」という思いもあり、今回挑戦した次第です。
岩手県の「八幡平」について軽く紹介

一般的に観光名所とされる”八幡平”は、秋田県と岩手県にまたがる山およびその高原台地一帯をさし、四季折々の風景が見られることからトレッキングや登山に人気がある場所です。
また、5月下旬〜6月上旬には冬の間に雪で埋もれた湖沼(鏡沼)が春の雪解けとともに「龍の目」のようなドーナツ状の模様を描き出す美しい『ドラゴンアイ』が見れることでも有名です。
例年4月中旬〜10月下旬(2026年は4/18〜10/25)で、盛岡駅から八幡平の頂上へ直接迎える『八幡平自然散策バス』があるため、松尾銅山跡地や八幡平頂上へはそれで向かう形になります。
(八幡平を訪れた内容は別記事で載せます)
今回訪れた『松尾銅山跡地』とは?

松尾鉱山は、かつて東洋一の産出量を誇った硫黄鉱山で、最盛期の1950年代半ばには従業員とその家族など約15,000人が暮らしたそうです。
標高約1,000メートルの高地でありながら、水洗トイレや鉄筋コンクリート造りの集合住宅(緑ヶ丘アパート)、最新設備の病院、学校、映画館など当時としては最先端の設備がそろったことから「雲上の楽園」と称えられたそうです。

しかし1960年頃の石油普及にともない硫黄を安価に抽出できるようになってからは採算が悪化し、やがて1972年に閉山となりました。
実際に行った時の様子
バスで盛岡駅(9:10発)⇨八幡平・御在所(10:40着)へ!


盛岡駅に到着し、ここからバスで目的地である八幡平へと向かいます。
八幡平頂上には11:05着なので、直接頂上へ行くなら乗車時間およそ2時間ほど。
今回は松尾銅山跡地を見たかったので、頂上ではなく途中の『御在所』で降りていく形です。



「長時間だけど、まさか普通の路線バスじゃないよね……」と少し心配になりましたが、ちゃんと長距離バスがやってきました。
晴れていたので、途中の岩手山も(少し雲はありましたが)キレイに見えました。

(本は『すべての、白いものたちの』)

長時間の乗車ですが、途中の『さくら公園(松尾八幡平ビジターセンター)』でトイレ休憩もあったので、目的地が近づきかけていたこともありここで用が足せたはありがたかったです。

バスは八幡平周辺にあるいくつかのホテルを経由してから、頂上に向けて本格的な山道へ。
意外にホテルを利用する登山者も多く、盛岡駅から乗った際にはガランとしていた車内も、少し乗客で賑わいがありました。
10:40 目的地の『御在所』に到着


次の頂上行きのバスは1時間半後なので、バスが来るまでの間、松尾銅山跡地の象徴ともいえる廃墟の団地に向けてひたすら歩いていきます。


途中で長いスノーシェルターがあることを除くと、ここら一帯は湿原や高原ということもあり、視界を遮る木々は少なく、遠い山や森の緑がはっきり見渡せました。
ただ湿地などを除くと、木々が不自然に少ない平地も所々に散見され、かつてこの場所に多くの人が暮らしていたのかなと伝わる場所も多かったです。


誰もいない長いトンネルにびくつきながら、どうにか松尾銅山の近くまで到着。
(ちなみにその時の心境は、旅の3分エッセイとしてまとめています⇩)
そこには『御在所』の一つ前のバス停『緑ヶ丘』の文字が😳

「松尾銅山へ行くならこの『緑ヶ丘』で降りた方が良かったかな……」
まあトンネルに関するエッセイが描けたので、これはこれで結果オーライです。
11:10頃 目的地の松尾銅山跡地に到着&エッセイ作り
分かれ道へ進んでいくと、ようやく目的地である廃墟の団地が見えてきました。
近くに学習院跡地なる場所があり、そこにベンチがあったので一休みしていきます。


どうやらここには学習院の校舎があったようですが、老朽化もあり2006年に閉校・解体されたみたいです。
完全な更地なので、看板がないと「本当にここに学校があったのか?」と疑うレベル。
自然が好きな人からすれば最高の学び舎かもしれませんが、周囲にコンビニやスーパーもないため「普段はどのように生活していたのか?」と少し疑問も拭えなかったです。
ともあれ新鮮な心持ちになるべく、近くのベンチで何も考えず"ぼーっと"して頭の中をリフレッシュしていきます。

数分ほど呼吸を整えて程よく頭の中から雑念がほぐれたのを見計らい、散策を開始していきます。
閉山から50年近くが経つこともあり外観のコンクリートの損傷も目立ち、当然ながら中へは立ち入り禁止。



それでも堂々とした佇まいは圧巻で、その規模から当時多くの人が暮らしていた事が伺えます。
だからこそ、それが時代の流れで簡単に無人となってしまうという現実には、どことなく諸行無常を感じすにはいられなかったです。



団地の雰囲気や形状、周辺の風景、空気の寒冷など。
神経を集中させてそれらを全身で体感しながら、浮かんできた言葉を音声入力でメモアプリに残していきます。
そして現地の体験をもとに描いたのが、以下の3分エッセイです。
(ちなみにエッセイはこの場で8〜9割完成させて、残りは時間を置いてからホテルで成型させていました)
僕は旅の中で廃墟などを巡るのが好きで、松尾銅山跡へ訪れたのもその一環ですが、同時にどうして『遺跡』というものに惹かれるのかと疑問に思い、それをエッセイにぶつけた形です。
(余談)エッセイ創作においてちょっと感じた事

エッセイを書いていると、言語化する過程で素朴な疑問や体感したことと向き合う形になります。
それもあり、「ああ、今の自分はこんな事を考えているのか」と知らない自分に巡り合った感覚にもなるし、風景をイメージする過程であたかも現地で暮らしていた人々と接した気分になれるのです。
そんな不思議な体験が、旅先でエッセイを書く魅力なのかな個人的には感じました。

12:29 緑ヶ丘⇨八幡平頂上に向けて出発
ひとしきり散策した後、八幡平の頂上へとバスに乗りこの場所を後にしました。


(八幡平頂上を巡った話は、のちほど別記事で載せる予定です)