
子育て暗黒期 #1 努力すれば育児もうまくいくと思っていた
コーチとして今、私は娘かっかと過ごす日々を楽しんでいます。
でもここにたどり着くまでには、2回ほど暗黒期がありました。
今回はその第一章。
出産してから職場復帰までを振り返ります。
(このシリーズは全5回です)
「母乳が出ない」そこから崩れていった自信
正直に言うと、、、
私は子育てを甘く見ていた部分があったと思う。
勉強や仕事と同じように努力すれば、
「育児はスケジュール通りに進められる」
「子どもは思い通りに育ってくれる」
そんなふうに思い込んでいた。
最初につまずいたのが母乳が思うように出なかったことだった。
(こういう話が苦手な方がいたらごめんなさい)
今なら「母乳でもミルクでも、どちらでも大丈夫」と思える。
当時の私も、頭の片隅ではそう理解していたはずだった。
それでもなぜか「できる限り母乳で育てたい」
というこだわりに縛られていた。
当然足りなかったので、ミルクも併用していたけれど、周りの友人たちは「順調に母乳が出たよ」という話が多かった。
「みんな出ているのに、私だけ出ない。努力が足りないんだ」と思い込んだ。
産後なんてただでさえ寝れないのに、睡眠時間をさらに削って検索魔になった!
「どうしたら出るのか?」ばかりを調べ続けていた。
気づけば心も体もボロボロだった。
娘のことを「かわいい」と思えない自分に戸惑っていた
極度の睡眠不足と、自分へのダメ出しが重なって、私は娘のことを心からかわいいと思えなくなっていた。
ちなみに私は里帰り出産をしていて、両親はとても協力的だった。
ご飯や洗濯、娘のお世話まで、本当に多くのことを手伝ってくれていて、恵まれていたと思う。
感謝の気持ちと同時に
「両親がいないと子育てができないのでは?」
という情けなさや無力感がこみあげてきて、自分をじわじわと追い詰めていった。
ある日の夕食時に、ぽろぽろと涙がこぼれてしまった。
「いろいろやってくれてありがとう。でも世の中のお母さんたちはみんなできているのに、私はできてない。ごめんなさい。」
思い返すと、私はかるく産後うつになっていたのだと思う。
1ヶ月の里帰りが、2ヶ月にのび、その時も夫に告げた言葉は
「私、本当に子育て向いていないんだと思う。いろいろできなくてごめん。」だった。
「みんなできているのに私はできていない」
「こんな私が母でごめんなさい」
と、毎日のように思っていた。
「ちゃんとやらなきゃ」真面目な私がこじらせた子育ての記録
私は出産後から2歳になるまで、毎日欠かさず記録をつけていた。
子育ての記録を見ると本当にこじらせていたなと感じる。
最初は「何時に起きたか」「何時に母乳/ミルク/排泄をしたか」を毎日こと細かに記録して、、、
育児書やスケジュール本を何冊も読み漁って、本ごとの赤ちゃんの生活リズムを比較・検証する日々。
そこには「起床時間、授乳、昼寝、散歩の時間」などが1時間単位で細かく書かれていて、私はそれに従って毎日を動かしていた(苦笑)
離乳食もおすすめされている食材リストをつくり、レシピ本を読みながら、メニューを考え、「何を食べたか?」「何が好きだったか?」すべて記録した。
「真面目さ」が私を苦しめていた。今振り返れば「いやぁ、私、めっちゃ頑張ってたなぁ」と笑える。
でも当時の私は、
「イライラしてしまう私はダメなんだ」
「私は子育てに向いていない」
「こんな私が母でごめんなさい」
そう思いながら、自分をずっと苦しめていた。
育休最後にやってきたどんでん返し
ちなみに私はこの時、育休中で、 娘が7ヶ月の時に職場復帰をした。
仕事はもともと大好きだったので早く復帰したかったことに加え、 24時間娘と一緒にいる生活から脱却したかった。
保育園を15園くらい見学し、 10園に応募!
無事に第二希望の園に決まった。
と同時に、、、 なんと、、、
夫の大阪への転勤が決まったのだ。
「え?やっと復帰できるのに。退職して専業主婦になるってこと?」
目の前が真っ暗になった。
こんなふうに私の子育ては自分を責めることからスタート。
自分で言うのもなんですが、私はいつもニコニコしている人、明るくて前向きな人、と思われることが多いので、こんな状態で子育てをしていたとは!!とびっくりする人もいるかもしれない(笑)
でもこれが私のリアル。次回は2度目の暗黒期に入る前のお話(職場復帰編)。
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