
肉塊のお姫様⑥
♡⑤♡
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私は取り残された公園のベンチで、男の言葉を繰り返し呟いていました。
『いつ捕まってもおかしくない_』
警察に逮捕されて牢屋に閉じ込められることを想像しても、正直全然怖くありませんでした。だけどそのせいで川田さんと会えなくなるのは絶対に嫌です。どうしてもあの時上手く言えなかった想いを伝えたい。悩み抜いた末、明日彼に会いに行くことを決意したのです。
私は川田さんにとびきり可愛いと思われるために、貰った5万円でお洋服や靴を買いました。店員さんがお勧めしてくれた水色のワンピースは、スカートの布がたっぷりで、動くたびに光沢感ある生地が美しく光ります。靴はあの童話に出てきそうな、パールとビジューが散りばめられたまるで女の子の夢が詰まったデザインなのです。
夜はまたホテルに泊まって、しっかり髪や身体を洗いました。高そうなドライヤーで髪を乾かすと、あの日盗んだハサミで前髪をパッツンに切ったのです。
「舞子似合ってるよ、綺麗だね……なーんてっ、きゃ」
私は川田さんの低い声を真似してはしゃぎました。バッグの中身をわざわざ整理して、お洋服はハンガーにきっちりとかけて、日記も丁寧に書きました。そして何度も伝えたいことを遅くまで練習しているうちに、いつの間にか眠ってしまったのでした。
ここまで頑張れたのは全て川田さんのおかげなの。だから2人で絶対幸せになりたい
翌日の16時、いつものカフェ前。
バッチリおめかして待っていると、男がバタバタとかけ寄ってきました。
「何だよ気合入っちゃって」
男は頬を赤らめてから、ゴホンと咳をして仕事内容の説明を始めました。
「今から渡す箱を××駅にあるコインロッカーに預けてこい。絶対中身は見るなよ。次にロッカーの14番を開けろ。約束の情報を書いた紙を入れておいたから」
「ねぇ、一緒に行かないの?」
「そんなことしたら俺も捕まるだろ。全部終わったら公衆電話が近くにあるから、この番号にかけてこい。それでお前は自由だ」
早口でそう言うと、私に持ち物を押し付けてすぐどこかに行ってしまったのです。
てっきり私は二人で行動するのかと思っていたので、何だか寂しくなりました。でも早く川田さんに会うため、急いで☓☓駅に向かう電車へ飛び乗りました。異常に軽くて小さい箱を抱えながら揺られていると、走馬灯のようにあの男を思い出します。
私を利用した悪人であることは間違いありません。しかし、情報を教えてくれたり、ご飯を奢ってくれたり、何故優しいのかは分からないままです。
___そう考えているうちにあっという間に××駅に到着しました。慣れないヒールで歩いてコインロッカーを探します。改札を出てすぐにあるのを見つけると、箱を急いで預けました。そしてドキドキしながら14番を探します。
「…あった、これだ。これを空けたら川田さんの住所が…」
ガチャ。鍵はしっかり刺さって空けることが出来たのです。置いてあった小さい紙を緊張する手でもたつかせながら開けました。
そこには、
何も書いてありませんでした。
心臓が急に締め付けられてどんどん痛くなります。馬鹿だ。騙された。そもそもあんな男が素直に教える訳ないのに。なんでこんなことも気付けないのだろう。パニックになって自分を責める度、涙が止まらなくなって、せっかく可愛くメイクした顔がぐちゃぐちゃになってしまったのです。
もう二度と川田さんに会えない。今までの事も全部無駄だったんだ。そう思った時、男のあの言葉を思い出しました。
『全部終わったらこの電話番号にかけてこい』
私は必死に公衆電話を探します。しかし、靴が擦れてひどい痛みがするのです。ふと足を見ると、血が滲んでキラキラのパールとビジューを汚していました。でもここで挫ける訳にはいかない。
だって私は、私は……。
血まみれの足を引きずりながら歩いて、やっと公衆電話を見つけると急いで紙に書かれた番号に掛けました。電話越しにまぬけで憎らしい男の声がします。
「もしもし?全部終わったか?」
「いい加減にしなさいよ!何にも紙に書いてなかったわ」
私が怒鳴ると、男はため息をつきました。
「だって舞子はロッカーの紙に住所を書いてたら、俺に電話しなかっただろ」
「え?」
「川田に夢中で忘れてたんじゃねぇの」
「……ごめんなさい」
「まぁいいよ。前を見ろ。それに乗ったら川田の家に着く」
ふと顔を上げると、近くの車寄せに黒いタクシーが停まっていました。
「…ねぇ、どうしてそんなに私に構ってくれるの?」
私がずっと気になっていた疑問をぶつけると、彼はいつものようにゲラゲラ笑いました。
「馬鹿で使いやすい駒だからだよ。今日も仕事してくれたし」
「でもあの箱は…」
「なぁ舞子。お前がシャバに戻ったら、またピザトースト食おうぜ」
「…私は今から川田さんと結ばれるの。だから無理よ」
しばらく無言の状態が続きました。
「相変わらず狂ってるわ。じゃあな」
それだけ聞こえて、電話が切れたのでした。
私は男を信じることにしました。足の鋭い痛みを堪えつつも、何とかタクシーに乗り込むことが出来たのです。扉を閉めると運転手が笑顔で振り返ってきました。
「先程お電話頂いた住所までで大丈夫ですか?」
「えぇと、はい。お願いします」
すぐにタクシーは出発しました。いつの間にか夜はすっかり深くなって、綺麗なお月様が過ぎ去る景色を照らしていました。しかし、果たして本当に川田さんに会えるのか、不安とワクワクが混ざり合っておかしくなりそうなのです。強まる感情を抑えるために、あることを聞きました。
「……願いを叶えるのって犠牲が必要なんでしょうか?」
「そうだねぇ。でも犠牲にするものは選ばなきゃいけないね。間違えると、願いまで壊れちゃうから」
運転手はハンドルを握りながら優しくそう言いました。そしてそれ以上はお互いに何も喋りませんでした。ただ私は、昨日練習した台詞を繰り返しブツブツと唱えていたのです。
____キキッ。
ついに車が停まりました。
ドアから覗くと普通の一軒家が見えます。
「あの、お代は」
「うん?さっき電話してくれた人が事前に払ってるから大丈夫だよ」
そういえば、男の名前を一度も聞いたことがありませんでした。聞いておけばよかった。その後悔を掻き消すように「ありがとうございます」と大きい声で言って、タクシーのドアを閉めました。
家の表札には確かに『川田』という文字が可愛らしいフォントで飾られています。しかし、目の前にあるチャイムのボタンを中々押せません。だってせっかくお洒落をしたのに、化粧はヨレて靴も血まみれでぐちゃぐちゃになってしまったからです。本当はこんな姿で会いたくありません。
でも私はここへ辿り着くまで必死に努力しました。どんなに辛くて悲しいことがあったとしても、決して折れず立ち向かいました。
だって美しい夢は………願いを叶えてくれるから。
このドアが開いたら、あの狐が立っている。
私を待っている。
勇気を振り絞って、ボタンを押しました。
ピンポーン…
「はぁい」
それは、いつもの低い声ではありませんでした。目の前には可愛いエプロンをしたパッツン前髪の女性が立っていたのです。
「こんばんは。あら、どなた?」
「…川田順雄さんのお家でしょうか」
「えぇ、そうですけど。主人に何か用ですか?」
主人。鉛のようにズシンと心へ響きます。それは、暴力に必死に耐えて罪を犯して手に入れた名前よりもずっと、呼びたかった名前でした。
「彼に会いに来たんです」
「もうそろそろ帰ってきますけど…あの…」
私は今なぜ向こうに立っていないのかが分かりませんでした。エプロンのリボンをしっかり結んで、家族の為に美味しいご飯を一生懸命作るのが、この女じゃないといけない理由なんてありません。人より惨めに生きてきた女の子でもいいはずです。あの童話に出てくるお姫様も、灰を被りながら掃除や洗濯を頑張って慎ましく生きてからこそ、王子様と結ばれたのです。
私だって同じでした。誰よりも苦しいことに必死に耐えてきたから。
「ママー!!」
突然バタバタ足音がすると、小さい女の子が走ってきました。ふと私が求めていた家族の姿が浮かんだのです。立派な一軒家に幸せな家庭。お家に帰れば温かくて美味しいご飯があって、皆で食べて笑い合う。目の前にいる女はそれが日常なのです。私が一生をかけても手にすることが出来ない『当たり前』です。
私には普通も親も友達も、未来すらありません。だから神様は1つだけ運命の人を与えてくれました。
それが川田さんです。
それが私の人生の全て。
「ねぇ、お姉さんはだぁれ?」
子供が女の後ろに隠れながら聞きます。
…誰?
虐待された可哀想な子?
施設を飛び出す悪い子?
それとも男に利用された犯罪者?
違う。違うわ。だって私、白鳥舞子は……
あの人のお姫様になるはずだった。
でもそうじゃなかった。
だから、
「今からお姫様になるのよ」
私はバックから前髪用のハサミを取り出すと女の子に勢い良く振り下ろしました。女が叫んで逃げようとしたので、足を切りつけて首を思い切り刺しました。
彼が私に話してくれた全ては別の幸せがあったから。それでも私は構いません。だって二人は沢山の困難を乗り越えて、今幸せになる時が来たからです。魔法が溶けても、誰かと結ばれていても、運命は私達を巡り合わせてくれた。これからは、もう、ずっとずっと、一緒でいられる……。
____夢中になってハサミでメッタ刺しにしていると、近くでサイレンの音がします。まるでそれは祝福の鐘のように聞こえました。私はうっとりして、血の海になった玄関からゆっくりと立ち上がって振り返りました。
何故か大量の警察がこちらに向かってくる光景が見えるのです。
その先に…狂おしい程に求めていた狐が、あの美しく細い目を大きく見開かせて立っていました。
「川田さん!!!」
今すぐ抱きしめたいのに、警察に腕を組まれて思うように身動きが取れません。振りほどこうとしても肩を抑えつけられて、何度足を踏み出そうとしても全く前に進めないのです。どうしてこんなに邪魔をしてくるのでしょう。
あと一歩。あと指先だけでも届けば、私達はやっと結ばれるのに。
…どうして…どうしていつもこうなるの?
違うの、ただ…。私は思いっきりあの台詞を叫びました。
「順雄さん!!待ってもこないから迎えに来たの!!!」
段々と視界が見えなくなっていきます。
最後に見えた彼の顔は、泣いているようでした。
彼も、ずっと寂しかったのです。
迎えに来るのを、ずっと待っていたのです。
靴やドレスは血で赤く染まったけれど、
やっと見つけた。
やっと会えた。
そう思った瞬間、全ての苦しさが全部消えていきました。
「私もすっごく幸せ……」
警察に取り押さえられる中、私は生まれて初めて嬉し涙を流したのです。
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あんなに騒がしかった世界は嘘みたいに静かになりました。だけどこうやって文字を綴っていると、小さな部屋で日記を書いていたあの頃を鮮明に思い出せるのです。
会えない間頑張っていたこと、少しは分かりましたか?昔より私の文章は上手くなりましたか?
明日、法廷に立ちます。
どんな罰を受けるかも、これが届いているのかも分かりません。
でもきっとあの時みたいにまた乗り越えられる。
そうでしょ?
これから先もずっと、ずっと、永遠に
貴方を愛してる。