
#7後編 かなのおばあちゃんが、枕元に現れた日—靈魂が結んだ不思議な縁
——見知らぬ人との結婚を、靈魂が願っていた——
横浜で一人暮らしを始めた。
少し歩けば海風が吹き、夜にはよく自転車で海辺まで散策しに出かけた。
ああ、ずっと横浜で一人で生きていくんだろうな。
孤独は感じなかった。
いま、自分の人生を生きている。
そんな思いが強くあった。
そしてより一層、仕事に力が入っていった。
鎌倉に事務所を移転して、海と山を感じながら事業を営むことにした。
そして、コンサルタントの仕事を続けながら、自分の法人の新規事業開発をスタートさせた。
当時はワーケーションがはやり始めたころで、
心理学の知見をいかしてリモートワークで充実感を感じられるワークプレイスを紹介する事業を検討していた。
そしてその取り組みが神奈川県のアクセラレーションプログラムにも選ばれ、僕は一時的に「起業家」と呼ばれるようになった。
鎌倉に事務所を構え、横浜に住む起業家。
聞こえがいいことだけに溺れて、僕は自分に酔いしれていた。
横浜の飲み会
ある日、お世話になった前世療法セラピストの早苗さんから連絡がきた。
前世療法講座の修了生向けに横浜で飲み会をやるらしい。
僕は普段はこうした集まりにはいかないタイプだった。
「起業家」としてバリバリ活動し始めていた僕には、ちょっと不思議な世界の人たちと関わるなんて時間の無駄とさえ考えていた。
でも横浜でやるならいいかと、参加することにした。
当日、横浜駅の居酒屋で10人くらいが集まった。
たまたま僕の席は早苗さんの正面。
居酒屋らしく掘りごたつの席で、ちょうど真ん中あたりだ。
ファーストドリンクを注文していると、
僕の右斜め向かいの奥のほうに、30代っぽい若い女性が座るところだった。
それがかなとの初めての出会いだった。
最近はこんな若い女性もいるんだ。
でもまあ、僕はこういうスピリチュアルな人たちとは無縁だから。
コンサルタントの仕事と新規事業開発でバリバリ忙しくしていた僕にとっては、今回の集まりはそこまで興味のないものだった。
僕は早苗さんとは比較的長いお付き合いで、
早苗さんのコミュニティの中ではベテランのほうだ。
前世療法の集まりは平均年齢が高く、40代~50代の女性が中心で男性は少ない。
30代は僕くらいだった。
だから、比較的若い女性がこのコミュニティにいることが珍しかった。
ただそれだけだった。
「2人、ひょっとしたらつながるかもね」
少しお酒が進み、酔いが回ってきた。
どういう流れだったかは忘れたが、かなが僕の少し離れた斜め前くらいの席に移動してきた。
すると、僕の正面に座っていた早苗さんがじっと僕の目をのぞき込んできた。
やばい!
気づいたときには遅かった。
早苗さんはお酒が回るとめちゃくちゃ視えるようになる人だ。
目をのぞき込まれると、その人の過去や未来などがはっきり視えるらしい。
早苗さんがよっぱらいながら、僕とかなの顔をみてニヤリと笑った。
いったい何を視たんだこの人は・・。
僕は何を言われるのかわからず、少し警戒していた。
「あなたたち、ひょっとしたらそのうち、つながるかもね」
え?つながるってなんだろ、どういうこと??
僕はそのときはじめて、かなの顔をみた。
かなも僕の顔をみて、困惑していた。
何もしていないのに、僕が何かをしたようで気まずかった。
あとから聞いた話では、この時かなは僕を見て「なんだこいつは?」と思ったらしいw
「あなた、自分の未来は視えないのね」
早苗さんは笑いながらビールをぐびぐびと仰いだ。
「あー消えちゃった。忘れて」
この人は酔うとちょっとたちがわるい(笑)
僕もこの時、少し自分の未来が変化するような感覚があった。
そういえば、すごい人がこのコミュニティに入ってきたのよ。
生粋のミディアムの人。
急に話題が変わり、ほかの参加者と早苗さんとの会話が始まった。
ミディアム?お肉か何か?
僕はよくわからなかったが、その会話がなぜか気になっていた。
残された初対面のかなと僕の間には、何とも言えない気まずさだけが残った。
よしくんとの出会い
飲み会が終わり、かなとは他人のまま、連絡先を交換することもなく帰宅した。
当時は僕もフリーになって、初めて彼女ができたタイミングでもあった。
かなとの関係はそこで一度途絶えた。
そんな中、早苗さんから個人的に連絡がきてランチすることになった。
桜木町駅のお寿司屋さんで早苗さんと落合い、握りをほおばっていると、早苗さんが落ち着いた口調で切り出した。
「こんど、オンラインマルシェをやろうと思っているの」
「うちのコミュニティには、色々できる人がいるから、それぞれの特技やできることを提供する場をやろうと思うんだけど、あなたもどう?」
お酒が入っているときの饒舌な感じとは対照的に、早苗さんは優しく僕に声をかけてくれた。
オンラインマルシェ。
どんなものかはわからなかった。
「僕に何かができることがありそうならぜひ」
早苗さんにはお世話になっているし、
何かコミュニティに恩返しできるならいいか。
僕はただそれだけの軽い気持ちで早苗さんのオファーを受けることにした。
後日、オンラインマルシェの出展者たちが集まるオンラインでの打ち合わせが開催された。
「では、何を出展するか決めましょう。もうアイディアある人いますか?」
早苗さんが7-8人の出展者に発言を促すと、次々と手を挙げた。
「私は手相占いをやります!」
「じゃあ私はタロットカードを披露します」
「私は前世療法の体験をやります!」
オンラインマルシェはどうやら、ちょっとスピリチュアルな特技を参加者に披露する会のようだ。
日ごろコンサルタントの仕事と起業への挑戦で現実にどっぷりつかっていた僕にとっては少し、どこか遠くの出来事のように感じた。
正直なところ僕は成り行きでマルシェの打ち合わせに参加しただけだ。
何かを提供するにしても、そこまでのモチベーションはなかった。
次々と出展内容が決まる中、最後に僕ともう一人の50代くらいのおじさんだけが、何をするのか決められずたたずんでいた。
「よしくんはどうするの?何かやれることあるでしょ」
早苗さんはなぜかおじさんに強気で迫っていた。
「いやいや、私には何もできないので。できることなんてないです」
そのおじさんは、すごく自信なさげにうつむいた。
僕はなんとなくこのおじさんがかわいそうに思い、声をかけることにした。
「もしよければ、僕もやること決まっていないので、何か一緒にやります?」
おじさんの顔が少し明るくなった気がした。
「いいね、一緒にやってみたら?」
早苗さんがおじさんの背中を押すように声をかけた。
「何ができそうですか?」
僕は何か力になれたらと思い、優しく声をかけた。
「少しだけ亡くなった人と会話できます」
おじさんはボソッとつぶやいた。
「よしくんは生粋のミディアムなのよ」
早苗さんが補足してくれた。
その場で調べてみると、ミディアムとは、亡くなった人と媒介してメッセージを伝えられる存在のことらしい。
ステーキのことではなかった(笑)
「じゃあ、何ができるかわからないけど、一緒に亡くなった人を視てみましょう。いま少し練習できますか?」
僕は自分自身が少しだけ直感力を持っていたことを思い出した。
正直、霊的なものを視るのは好きではなかったし、できると思っていなかった。
「じゃあ、まずAさんをみてみましょうか。なんか後ろのほうに男性の方みえません?」
僕はなんとなく感じたことを口にだしてみた。
「ああ、この人はAさんのひいおじいさんですね。Aさんの様子を見に来てくれたみたいです」
よしくんの雰囲気が少し変わり、瞬時に守護霊との会話を始めた。
この人はすごい。そこらへんの靈能者よりもすごいのでは・・。
僕は完全によしくんの才能を理解した。
「ふたり、いいわね!これで行きましょう」
これがよしくんとの出会いだった。
その後、よしくんは横浜に僕に会いに来てくれた。
幼いころからの霊的な体験、それに苦しんできたこと。
よしくんも離婚を経験して、何かに導かれるように再婚したこと。
大手企業で働きながら、本当の自分自身を隠して社会に適合してきたこと。
僕と同じように、よしくんもまた霊的マイノリティの一人だった。
すぐに僕たちは打ち解けてお互いを理解しあえる存在になった。
そしていまでは、10以上も年が離れているのに、よしくん、ありちゃんと呼び合うまでの唯一無二の親友だ。
かなのセッション
1週間後、オンラインマルシェの2回目の打ち合わせがあった。
そこには前回参加していなかった、かなも参加していた。
今回は本番に向けて、練習を兼ねて、お互いにやる内容を少人数のグループに分かれてフィードバックしあうということになった。
早苗さんと面談して、グループに分かれて相談という流れ。
僕の面談の番がきた。
「誰にフィードバックを受けたい?」
早苗さんは、僕に少人数のグループで一緒になる人を選ばせてくれた。
「よしくんと・・かなさん・・かな?、なんとなくこの2人が今後のキーマンになる気がする」
僕は急に以前の飲み会での早苗さんの言葉を思い出していた。
かなさんとは、何かご縁があるのかもしれない。
確信は持てなかったがそう感じた。
「わかった」
早苗さんは察したようにうなずいた。
オンラインで少人数のグループに分かれ、僕とよしくんとかなは初めて3人で顔を合わせた。
「よろしくお願いしまーす。かなさんは何をやるんですか?」
僕はよしくんと2人で守護霊や先祖靈を視ながら話す靈界バラエティーショーをやることになっていた。
僕がよしくんをサポートして、よしくんがメインで参加者の背後を視る役だ。
「私はフラワーエッセンスをやります。これです」
かなは、何やら不思議なボトルを画面上で見せてくれた。
フラワーエッセンスは、植物のエネルギーを転写したボトルで、民間療法の一種らしい。
体調回復、豊かさ、人間関係の解消など、数百種類のボトルがあり、その人のエネルギーに合わせたボトルを選んで提供するものだ。
怪しい。
これが僕の率直な印象だった。
僕自身の怪しさはそっちのけでw
「ちょっとやってみましょう」
「何か最近の悩みはありますか?」
かなは僕に軽い感じで問いかけた。
「最近起業したので、うまくいくようにしたいです」
僕は一番当たり障りのない、仕事について質問することにした。
画面越しでかなは、何やら水晶の振り子のようなものを揺らし始めた。
フーチだ。ペンデュラムともいう。
かなはフーチを振りながら、画面上に映る複数のボトルから、手際よくボトルを振り分けていった。
「この7つです。あとで意味を送りますね!」
かなは7のボトルを抱えて僕に見せてくれた。
この時、急に僕の胸のあたりに強いエネルギーが入ってくる感覚があった。
いったい何なんだこれは!?
息が止まるような、何かが僕の中で起きていた。
僕はクラクラしながら、「ありがとう」とかなに伝えてその場を後にした。
翌朝、ベッドで目覚めると急に涙があふれてきた。
そして年甲斐もなく、嗚咽をあげながら一人で泣いた。
離婚後に、横浜で一人がむしゃらに仕事に没頭していた僕は、自分の感情を感じる暇もなく、生きていた。
離婚そのものはよかった。
でも、自分自身が離婚するなんて10代、20代のころは全く思っていなかった。
この時初めて僕は、コンサルタントの仕事と起業で自分の喪失感を埋めていたことに気づいた。
新築の1LDKにバツイチ独身男の寂しい嗚咽が響き渡った。
御嶽山とオンラインマルシェ
いよいよオンラインマルシェ本番当日になった。
9月の秋分の日。
たまたまお彼岸の真っ最中だった。
別途、詳しく紹介するが、僕はよしくんと、Makiと一緒にすったもんだあって長野県の御嶽山に滞在していた。
御嶽山は日本を代表する靈山。
しかもお彼岸。
この場所からオンラインで、よしくんと一緒に、参加者のご先祖や守護靈の靈魂をみる。
全く狙っていなかったけどすごいことになった。
僕は成り行き任せの自分の人生の流れに改めて驚いていた。
マルシェが始まり、僕とよしくんは軽快なトークで、
集まった参加者の守護靈やご先祖の靈をみていった。
参加者の中には息子さんを亡くした方がいた。
よしくんが亡くなった息子さんからのメッセージをその参加者の方に届けた。
しかも、本当に息子さんしかしらないことをズバズバと伝えていく。すごい。
その参加者の方は、よしくんを通じた息子さんとの会話に涙して、何度も何度もありがとうございます、と頭を下げていた。
ああ、よしくんは本当にすごい。
そしてこんなにも人の心を癒すことができるなんて。
もっとこの才能を世の中に届けたい。
ぼくは横でよしくんのサポートをしながら、こんな世の中への貢献があるということをしみじみと感じていた。
普段、コンサルタントと新規事業に取り組む僕の現実とは全く真逆の世界。
夜が更けて、ほかの参加者の方の守護靈や先祖靈との会話が続いた。
そのたびに参加者の方から感謝の言葉をいただいた。
靈や靈界は恐ろしいものだと考えていた僕は、すっかり靈界を受け入れるようになっていた。
何よりも、僕の大切な理解者であるよしくんを理解すること。
それは靈界を理解して受け入れることとほぼイコールだと僕は考えていた。
マルシェを無事に終え、よしくんの影響なのか、僕も少しだけ靈感が高まった。
枕元に現れた
マルシェを無事に終えたその週のある夜のこと。 静まり返った寝室で、眠りにつこうとしていた僕の枕元に、突如としてその声は響いた。
「かなと結婚してやってください」
僕は少し意識を集中させると、ぼんやりとイメージがみえた。
枕元、ぼくの頭上にいたのは、眼鏡をかけた白髪のパンチパーマのおばあちゃんだった。
実際に声が聞こえたというよりは、僕の脳内に言葉が流れ込んでくる感じだった。
え?誰?かなさんの・・おばあさん??
なんで僕のところに?
しかも結婚してやってってどういうこと!?
力強いメッセージだった。
いつもだったら、夢か、と流してしまうところ。
でも、あまりにもはっきりと聞こえた。
僕はついに頭がおかしくなったのかもしれない。
そう思いながらも、何かほっとけない感じがした。
翌朝、よしくんにことの顛末をLINEで説明した。
「あ、かなさんのおばあちゃん、そっちいったんだね」
よしくんから、すべてを見通したような返信が返ってきた。
いったいこれはどういうことなんだろうか。
よしくんはそれ以上のことは詳しくは教えてくれなかった。
剣の山
それから2日後、ベッドで寝起きの僕は、急にひどい頭痛に襲われた。
「つるぎの、やまにいけー!!!」
頭痛とともに、すごいつよいメッセージが頭に流れ込んできた。
え?剣の山?どこそれ?しかも急になに!?
僕は軽いパニックになった。
どうやら本当に頭がおかしくなったようだ。
「かなも連れていって♡」
僕がパニックになっていると、すかさず、かなのおばあちゃんの声が響いた。
剣の山に、かなさんも一緒に・・・!?どういうことなんだー!!
僕は釈然としないまま、剣の山について調べるために、スマホのロックを解除した。
日本にはいくつか剣の名前がつく山があるようだ。
その中でひとつ気になる山があった。
香川県と徳島県の間にある剣山。
西日本最高峰の山だ。
いやいやいやいや、まさか。
横浜からだと普通に遠いし、山奥だし。
ぜったい行かない場所だこれは。
そう考えた僕は、この不思議体験を共有するために、友人のMakiにLINEした。
「え?剣山?こんど僕いきますよ。11月3日に」
Makiから驚くような返信がきた。
行くんかーい!!
僕は誰もいない自分の部屋でひとり、ツッコミをいれてしまった。
こうなると、僕も行く流れなのか。仕方ない、乗ってみよう。
僕は腹をくくった。
そして、一緒に行く仲間を集めようと考え始めた。
原宿で確認した
その後、数日してマルシェの出展者メンバーで打ち上げをやることになった。
場所は原宿の自然食レストランMominoki House.
僕の背中を押してくれた山田シェフがいるお店だ。(#7参照)
よしくんと、かなとほかにも数人の出展者が集まってくれた。
「カンパーイ!おつかれさまでした!!」
マルシェを無事に終えた安ど感で、みんな笑顔だった。
僕はおばあちゃんのことを確かめたくて、かなの隣に座った。
それに僕にはもう一つ確かめる宿題があった。
実はちょうど僕は当時、占いを習っていた時期だった。
起業家として運を読めるようになりたい。
それだけの動機で六壬神課(りくじんしんか)という中国古来の占いをならっていた。
ちょうど打ち上げの直前まで、占いのレッスンを受けていたところだった。
六壬神課が本当に当たるのかを知りたいと先生に話したところ、
じゃあ、今日の飲み会について占ってみましょうということになった。
占いの結果は、「同世代の女性とLINEを交換する」だった。
マルシェの打ち上げで同世代はかなしかいなかった。
それで僕は占いの結果も確かめたくてかなの隣に座ったのだった。
「あの、かなさんの亡くなったおばあちゃんって、白髪でパンチパーマで眼鏡かけてたりします?」
僕はおもむろにかなに問いかけた。だいぶ怪しい(笑)
「あ、それうちのおばあちゃん。母方の亡くなったおばあちゃんだ」
あっさりとかなはおばあちゃんのことを認めてくれた。
斜め向かいに座っていたよしくんが、うんうんと頷きながらフォローしてくれた。
でも、さすがに「結婚してほしいと言われた」なんて言えない。
僕はほんの少しだけ内容を隠して伝えることに、なぜか少しドキドキした。
そもそも僕はリアルでかなと話すのは、これが2回目だ。
いま結婚のことを言えば、だいぶ変な人だしセクハラだw
それに、僕はまだかなのことを知らないし、女性として好きだという気持ちもない。
それなのになんでハラハラしているのか不思議だった。
その後、打ち上げは盛り上がり、終盤に差し掛かった。
僕はもう一つ、そういえば、と思い出した。
「実はインスピレーションがあって、こんど剣山という西日本最高峰の山に行こうと考えてます。一緒に行きたい人いますか?」
僕は剣山に一緒に行く仲間ができたらと呼びかけた。
「どんな山なんですか?」
打ち上げメンバーの方が聞いてくれた。
「なんか、最強の縁切りと縁結びの山みたいで・・・」
「いきます!!」
僕が説明を終えるまえに、食い気味でかなが参加表明してきた。
え?いくんかーい!?ほんとに??ぼくと?
少し意味が分からなかった。
でもとにかく、かながいくことになったので、
僕は占いの宿題でもあった「同世代の女性とのLINE交換」を達成するために、かなと初めて連絡先を交換した。
この時は、かなが独身なのか既婚者なのか、どんな女性なのかもまだほとんど知らなかった。
横浜でドーサ
出会ったばかりの女性を誘って山に一緒に行くなんて、普通に怖い。
そう考えた僕は、かなと横浜で山に行くための打ち合わせをすることになった。
剣山に行く日はMakiも行く予定の11月3日。
Makiとは剣山で落合う予定だった。
よしくんも誘ったけど、なぜか断られた。
いま考えると、この時からよしくんは僕とかなが付き合い始めることを予知していたのかもしれない。
かなと横浜で会う約束をした日の1週間前になった。
急に前職の後輩から連絡がきて、横浜で彼と会うことになった。
「あーりー先輩、お久しぶりです」
元町・中華街駅で待ち合わせして、近くのハンバーガー屋に入った。
「先輩、横浜でのデートはめちゃおすすめです。デートコース案内します!!」
後輩くんは、頼んでもいないのに、食後になぜかデートコースを案内してくれた。
港の見える丘公園、1年中クリスマスのお店、外人墓地から見える風景。
どれも横浜らしい風景ばかりだった。
こんな風景を素敵な女性とデートできたら楽しいに違いない。
僕は歩きながらなんとなく想像を膨らませていた。
「先輩、アーユルヴェーダ知ってます?女性を誘うなら、ここのインド料理のお店がおすすめです!」
デートコース紹介の最期に、後輩くんはランチのお店を紹介してくれた。
INDUというインド料理の店。
アーユルヴェーダはよく知らないけど、健康食っぽいし、来週のかなとの打ち合わせはここにしよう。
後輩と別れた僕は、さっそくかなにLINEを送った。
「来週の打ち合わせ、ここの南インド料理のお店にしませんか?アーユルヴェーダらしく、ドーサという食べ物が食べられるそうです」
「わー!私、南インド料理が大好きで、特にドーサに目がないんです!ここにしましょう!」
かなから信じられない返信が返ってきた。
まじか。ドーサ好きって、そんな人いる?
ていうかドーサってなんだろ。
ドーサという謎の食べ物に歓喜する謎の偶然。
とにかく、かなと会うお店がすごく自然に決まった。
自然に手が触れて
1週間後、元町・中華街駅で僕とかなは待ち合わせた。
僕にとってはこれはデジャヴだ。
先週、後輩くんがデートコースを紹介してくれた流れと全く同じだった。
唯一ちがうのは、INDUに行くことだった。
会うのが2回目の女性と、INDUで謎のドーサという食べ物を食べる。
なかなかカオスな状況だと僕は感じていた。
INDUに入るとさっそくドーサを注文した。
「私、ほんとに南インド料理が好きで、ドーサのお店に通うくらいなんです」
かなはメニューを広げながら、インド料理について熱く語った。
ちなみに、ドーサはクレープ状の生地にエビやマッシュポテトなどが詰まった料理。
お好みでミントのソースをつけて食べる。
生地と具材のバランスが絶妙においしい。
「実は今日、来るかどうか迷ったんです。でもちょうど4日ほど前に、元旦那から離婚届が送られてきて離婚が成立したんです!」
いや待て待て。情報量が多い。どういうことだ。
僕はテーブルに届けられた初めて見るドーサを眺めながら混乱した。
「実は私、1年ほど別居していて、来月離婚する予定だったんです」
かなはドーサをほおばりながら、少しずつ身の上話をしてくれた。
結婚して2週間ほどで元旦那さんがうつ状態になり、そこから壮絶なDVがはじまったそうだ。
命の危険を感じて、半ば夜逃げ同然に別居を始めたとのこと。
別居して1年もたっていたが、元旦那さんがなかなか離婚をしてくれず、
相手の親も巻き込みながら、離婚協議を進めていたところだった。
それで「最強の縁切り」である剣山に行くことを即決したということだ。
そして剣山に行くと決め、横浜に僕と会うことになってから、ずっと離婚できなかった元旦那さんから急に離婚届が送られてきたということだった。
謎が解けた僕は少しほっとしたと同時に、新たな情報を消化しきれずにいた。
なんか、タイミングよすぎじゃない・・?
あまりのタイミングよさに僕はかなに少し不信感さえ感じた。
一方でいま、僕もかなもフリーということがわかった。
「かなさん、よければ少し横浜の街をあるきませんか」
せっかくなら今日を楽しもう。
そう決めた僕は、先週、後輩くんが教えてくれたデートコースを案内することにした。
元町のお店をいくつか周り、後輩くんが教えてくれた1年中クリスマスのお店を出たときだった。
僕がかなの隣を歩いていると自然にお互いの手が触れた。
触れたというか、ただ、ぶつかっただけだったけど、なぜか僕はかなの手を反射的に握ってしまった。
彼女は最初驚いて、手を握りしめていたが、そのあと迷ったように僕の手を握り返してくれた。
手を握ろうと思っていたわけでは全くなかったのに、何かがアシストしてくれたように、自然と手をつないでいた。
おばあちゃん、ひょっとしたらこんなことまでアシストしてくれたのか。
あり得ないほどのスムーズな展開に、僕は驚く暇もなかった。
僕とかなはその後、翌週も2人で過ごした。
ちょうど10月も終わるころだった。
そして11月。ついに剣山に行く日がきた。
剣山へ
11月3日。
「在人さん、剣山に行けなくなりました」
剣山へ行く当日、Makiから連絡が来た。
飼っていた猫ちゃんが持病の悪化で亡くなってしまったのだ。
行かないんかーい!
そう思いながらも、Makiにとって猫ちゃんは家族。
きっと悲しみにくれているに違いない。
僕は、Makiにお悔やみのメッセージを送った。
いや待て。
Makiが来ないということは、かなと二人きりになるではないか・・。
この突然の流れに、どこか仕組まれたような流れを感じた。
これはもう。
ふたりで行くしかない。
僕は羽田空港で集合したかなに、友人がこれなくなったことを伝えた。
なんかふたりきりにしようと僕が仕込んだみたいになるので、
僕はMakiとのやりとりのLINEを証拠として見せた。
かなは少し驚いて、少し観念した表情を見せた。
「実はよく通っているマッサージ師さんが少しカード占いしてくれる人で、在人さんのことを相談しました」
「そしたら、『かなさん、これはご褒美ですよ!こんなにすぐ素敵な人が現れるなんて』だって」
高松空港行きの飛行機に乗り込みながら、かなは少し迷った表情で僕に言葉を返した。
1泊2日の剣山への旅。
しかも剣山は「最強の縁切りと今世最高の縁結びの山」だ。
ものすごいアシストがあり、ミラクルみたいな偶然が重なっていま僕たちはここにいる。
そんな思いが僕たちの関係を深めていった。
この旅で僕たちの関係は本当のはじまりを迎えた。
あの世とこの世の仲人
くっつけられたような感覚。
あまりにもスムーズすぎて、僕もかなも最初はお互いに気持ちがついていけなかった。
剣山から帰ってきてから、僕たちは少しずつお互いを知るようになっていった。
かなはたびたびダークサイドへ行った。
僕への不信感から、僕に対して攻撃的になった。
時には数日ほど連絡がとれず、音信不通にもなった。
かなは前の壮絶な結婚生活でのトラウマから強い男性不信がぬぐえなかった。
それに、かなも離婚したばかりなのに、あまりにも早いペースで僕と一緒に過ごすようになったことで気持ちがついていけなかったようだ。
剣山から帰ってきて数週間後、かなは10日間エジプトへ旅行しにいった。
もともと数か月前から数人で行くツアーに申し込んでいたそうだ。
その後、羽田空港にエジプトから帰ってきたかなを迎えにいった。
「あなたは誰?なんで私たち一緒にいるの?」
かなは軽い記憶喪失になっていたw
僕への気持ちと記憶がすっぽりと抜けてしまったそうだ。
ここまで進展した関係も完全にリセット。
僕たちはゼロからやり直した。
数日かけて献身的にかなの心を解きほぐし、
やっとかなは僕の記憶を取り戻した。
その後も、男性への不信感から、かなはよく音信不通になった。
そんなときも僕は慌てず、彼女が戻ってくるまで自分の好きなことをして過ごした。
そして僕はかなとの関係で悩んだら、よしくんに連絡をした。
よしくんとは毎日連絡を取り合った。
よしくんは僕の恋愛相談なのに、いつも親身になって僕の話を聞いてくれた。
「焦らず焦らず、これからまだまだ先がありますから」
時折、よしくんに、かなのおばあちゃんが乗り移ったように、
優しく僕をなだめてくれることがあった。
こうして、あの世とこの世の仲人の力で、
僕とかなは信頼関係をゆっくりと築いていった。
自然な流れで
最初のころ、かなは週末は横浜の僕の家に滞在してくれた。
これまで壮絶な前の結婚生活と、税理士としてバリバリ仕事してきたことが重なって、かなはほとんど遊んでこなかった。
僕たちはこれまでお互いを大切にしてこなかった時間を取り戻すように、
毎週末どこかに出かけては一緒に遊ぶ時間を過ごした。
最初出会ったころはボロボロだったかなはだんだんと笑顔を取り戻していった。
横浜が不器用に生きてきた僕たちの心を癒してくれた。
そして2人で過ごす初めての年末年始。
10日間ほどずっと一緒にいても、僕にとってかなは本当に安心できる人だった。
・・おばあさんが言ってくれたように、結婚してもいいかもしれない
そう考えた僕は、サプライズでプロポーズすることを計画した。
いわゆる箱から指輪が「パカっ」だ(笑)
さっそく指のサイズを測るために、僕はかなに適当な説明をして、
指輪のことは内緒で一緒に買い物に行くことにした。
僕はわざとらしく、かなと一緒にショッピングモールにあるジュエリーショップの前を通りがかり、
ショップに置いてあった指のサイズを測るメジャーをおもむろに手に取って、かなの薬指のサイズを測ろうとした。
「あ、ごめん。いま薬指けがしてて。料理中に切っちゃったんだ」
かなの左手の薬指には大きな絆創膏が貼ってあった。
え!指のサイズを測れないじゃん!?
こんなタイミングのいいことある??
しかもドンピシャで左手の薬指だし。
これはおばあさんから「いまじゃない」というメッセージなのかも・・!
僕は何かを察した。
あとから聞いてみると、
かなはサプライズが嫌いで一緒にアクセサリーを選びたいタイプ。
もし僕がサプライズしていたら別れていたそうだ(笑)
セーフ。
その後、数か月後に、かなが心から気に入ってくれるジュエリーの指輪が改めて見つかり、僕は正式にプロポーズした。
すぐにではないけど、ずっと一緒にいよう。
それが彼女の答えだった。
それからだんだんと信頼関係が深まり、
自然な流れで一緒に住むことになった。
家を探し始めると、ちょうど予算に合うぴったりの家が見つかった。
僕は横浜の家を売って、かなと一緒に新居に住むことにした。
8月26日。
新居の引き渡し日は、ちょうど僕の40歳の誕生日だった。
愛するということ
現代社会では、ほとんどの人が愛されることばかり考えている。
哲学者のエーリッヒ・フロムの名著「愛するということ」の一説だ。
かなと向き合う中で、ずっと僕が心に軸としてきたのが、
「愛するということ」だった。
DVでボロボロになっていたかなを笑顔にして、
どんなときも献身的なサポートでかなを見守った。
これができたのは、
僕が愛されることよりも、愛することを選んだからだった。
ずっと僕は誰かに愛されるにはどうすればいいのか考えてきた。
愛されるために、起業をして、コンサルタントにもなって、
自分の価値を高めて、いつか愛されると考えてきた。
でも、本当に愛されるには、愛することが必要だった。
枕元に現れたかなのおばあちゃんとの約束を超えて、
僕は自ら誰かを愛することを学んだ。
愛すると決めた時、人は強くなる。
かなが記憶喪失で僕のことを忘れ、何度ダークサイドに落ちても、
僕はかなを愛すると決めた。
それからはどんなことがあっても、かなとの信頼関係は揺らぐことはなかった。
もう僕は今後、恋愛やパートナーシップで悩むことはおそらくない。
かなのおばあちゃんが僕に教えてくれたのは、愛するということだった。
次回予告
#8 メキシコのピラミッドで誓った結婚