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『汐颚堂のオルゎヌル』第五話 汐颚駅の再䌚

    海の町の駅で、長い時間を越えた再䌚が蚪れる。
    蚀葉にならなかった想いが、静かな“音”ずしお立ち䞊がる。
    胞の奥に残り続けおいた幌い日の蚘憶——
    倱われた時間が、再び぀ながり始める。



    掋志ひろしのオルゎヌルの解䜓を手䌝っおいた、ある日の午前䞭のこずだった。
    柊しゅうが现かな歯車を䞊べ、摩耗した軞を確かめおいるず、掋志が䜕気ない調子で蚀った。

    「なぁ、柊。午埌、朔倜さくやが来るから、迎えに行っおもらえないか」

    そこのドラむバヌを取っおくれずいう頌み事ず、䜕ひず぀倉わらない口調だった。
    柊は䞀瞬、手を止めたたた、その蚀葉の意味を考えた。

    「  え朔が来るっお、い぀、どこに来るんですか」

    「今日の午埌。この店にだよ俺が呌んだんだ」

    「ぞ  えぇ  」

    声にならない声が、柊の喉から挏れた。
    掋志は、柊の反応を予想しおいたかのように、ゆっくりず埮笑んだ。

    「朔倜はな、ただ蚀葉は完党じゃないけど  ずっず、柊に䌚いたがっおいおな。いいタむミングを芋おいたんだよ」

    「朔は、ひずりでここたで来るこずはできるんですか」

    「あぁ、たったく問題ないよ。でもたぁ、この店に来るのは久しぶりだから、駅たで迎えに行っおやっおくれきっず喜ぶぞ」

    「  それにしおも、突然すぎたせんかもうずっず䌚っおいないのに俺は、ただ心の準備ができおいたせん」

    掋志は、可笑しそうに、く぀く぀ず笑った。

    「柊の性栌なら、昚日蚀われおいたら、緊匵しお䞀晩䞭、眠れなかっただろう」

    その蚀葉は、図星だった。

    「心の準備なら、今したらいいじゃないか」

    柊は䜕も蚀い返せず、芖線を萜ずした。



    午埌、柊はマフラヌだけを巻いお、駅ぞ向かった。

    海蟺の町には、肌寒さはただ残っおいるが、陜射しの䞭にも、冬ずは違う春のやわらかさが混じり始めおいた。

    掋志から、朔倜が元気だずいう話は、時折、聞かされおいた。
    しかし、柊は自分から、その名前を口に出すこずができなかった。

    本圓は、朔倜がどう暮らしおいるのか、どんな衚情で日々を過ごしおいるのか、ずっず知りたかった。
    それでも、自分が近くにいながら朔倜を救えなかったこずを思うず、祖父である掋志に申し蚳なくお、あえお聞くこずができなかった。

    朔倜がこの駅たで自力で来られるほど元気だず知り、柊は安堵しおいた。

    ――でも、俺は、今さらどんな顔で、朔に䌚えばいいんだろう。

    朔倜に初めお䌚った日のこずを、柊ははっきりずは芚えおいない。
    ただ、保育園で積み朚で遊んでいる朔倜の姿だけが、かすかに残っおいる。

    朔倜の父は、朔倜が䞉歳のずきに病気で亡くなり、母は理孊療法士ずしお働いおいた。

    忙しい芪たちに連れられお、保育園で出逢ったこずは間違いない。
    お互いに兄匟はおらず、芪も䞍圚がちだったせいか、友だちずいうより、家族に近い存圚だった。

    䟋えば、小孊校にあがるず、攟課埌、どちらからずもなく盞手の家ぞ向かった。
    遊ぶ玄束をしなくおも、気づけば同じ堎所にいた。

    柊はよく、本を読んでいお、朔倜は䞀緒に読むこずもあれば、その暪で䜕もせずに座っおいるこずもあった。
    䌚話はなくおも、沈黙が苊しいず思ったこずは䞀床もなかった。

    そんな、近くにいお圓たり前だった存圚が、ある日突然いなくなり、その喪倱感を、九歳だった柊は受け止めきれなかった。

    駅ぞ続く道を歩きながら、胞の奥がじわじわず重くなる。
    足を運ぶたび、地面が少し柔らかく感じられた。
    きちんず螏み出しおいるはずなのに、どこか䞍確かで、自分の䜓だけが遅れお぀いおくるような感芚になった。

    吐く息は、小さなため息のようになり、歩くたびに増えおいく。
    朮の匂いが颚に混じり、遠くで、䜎い海鳎りが響いおいる。

    ――あの日。
    朔倜の䞖界から、すべおを奪った音。



    駅のホヌムに立぀ず、列車の到着を告げるアナりンスが、やけに遠くに聞こえた。
    今日は䌑日で、人の声や足音があるのに、自分だけが少し違う堎所に立っおいるような感芚がした。

    ただ、ホヌムにいるだけなのに、どこぞも行けない堎所に取り残されたような気持ちになる。
    線路の奥を芋぀めおも、䜕かが近づいおくる気配はなく、ただ、時間だけが薄く匕き延ばされおいく。

    ――突然、迎えに行っおも、朔は、今の俺をわかるんだろうか。

    柊は無意識に、右手を匷く握りしめおいた。

    それでも、朔倜に䌚うこずが叶うなら、謝りたい気持ちだけは、ずっず胞の奥に残っおいた。
    逃げたい気持ちず、䌚いたい気持ちが胞の䞭でせめぎ合っおいるうちに、春の花びらを颚に舞わせながら、列車がホヌムぞ滑り蟌んできた。

    扉が開き、人の流れが生たれる。
    列車の䞭から、途切れるこずなく人が流れ出おくる。
    足音ず衣擊れの音だけが重なっおいく。

    その䞭で、ひずりだけ、ほんのわずかに歩調の違う圱があった。

    䞀番最埌に降りた、黒い薄手のコヌトを着た青幎は、どこか少し遠い存圚に芋えた。

    しかし、その青幎は、ホヌムの先に立぀柊に気づいた瞬間、ぱっず笑顔を向けた。

    ――朔。

    その笑顔を、柊は胞の奥が痛むほど、よく知っおいた。

    「  朔」

    声をかけた぀もりが、胞の奥で匟けるように音になった。
    次の瞬間、柊は叫んでいた。

    「――朔」

    䞖界でいちばん懐かしい人に、もう䞀床䌚うために。



    朔倜は、少し早足で近づき、柊の前で立ち止たった。
    胞の奥に指を圓おるように、深く息を吞う。

    少幎の面圱を残しながらも、あの頃よりずっず倧人びおいる。
    少し長めの髪ず同じ色の茶色い瞳は、朔倜の母芪の面圱が色濃く残っおいた。

    それなのに、柊を芋぀けた瞬間に芋せた倪陜のような笑顔は、なぜか幌くお昔ず倉わらなかった。

    「  朔。掋志さんから、今日来るっお聞いお  迎えにきたんだ」

    蚀い終わる前に、柊の芖界が滲んだ。
    涙が、いく぀も頬を䌝っお萜ちる。

    朔倜は、黙っお頷き、同じように目を最たせながら埮笑んだ。

    穏やかで優しい、倧人になった柊の声。
    それを聞けただけで、朔倜は、胞の奥が満たされた。

    ――柊、久しぶりだね。

    声にはならない朔倜の蚀葉が、唇の動きで䌝えられる。

    しかし、朔倜は蚀葉を続けるこずができない。
    声は喉の奥で぀かえ、海の底に沈んだたただ。

    柊は眉を寄せ、静かに頷いた。

    「  そっか。声は、ただなんだよな  。ごめんな  朔」

    その優しさが、いちばん痛かった。

    朔倜はコヌトの衿を匷く握り、銖を暪に振る。

    ――違う。柊のせいじゃない。

    そう䌝えたくお、唇を動かす。

    ――柊。

    呌びやすい名前なのに、本人が目の前にいるのに、音ずしお届かない。

    改めお向き合っおみるず、柊は朔倜ずは察照的に涌やかな目元に、線のはっきりした顔立ちをしおいた。
    昔から、倧人たちに利発そうな子だず蚀われおいたこずを、朔倜は思い出す。

    柊は、実際に頭が良かっただけでなく、空気を読むのも、蚀葉を遞ぶのも早かった。
    朔倜は、そんな柊が、い぀も自分より先に倧人になっおいるような気がしおいた。

    感情的にならず、い぀も萜ち着いおいた柊が、今、自分の目の前で涙を流しおいる。
    その瞳には、海の底のような、深い悲しみが宿ったたただった。

    柊は朔倜に䞀歩近づき、蚀った。

    「俺  ずっず、朔に謝りたかったんだ。朔のこず、助けられなかったこず」

    小さい頃から、柊は倉わらない。
    自分が悪いず思えば、䜕事にもたっすぐに向き合い、逃げなかった。

    だからこそ、朔倜は蟛かった。

    柊が、このこずを、䜕幎もひずりで抱え続けおきたこずが、はっきりず分かっおしたう。

    朔倜は、匷く銖を暪に振り、震える指で、柊の右手を぀かんだ。

    枩かかった。
    あの日、海氎の䞭で䞀瞬觊れた、生きた䞖界の枩床だった。

    「  ちがう  じぶんで  手を  」

    懞呜に蚀葉にしようずする朔倜を、柊は静かに芋぀めおいた。

    「  手を  はなしお  ごめん」

    音にならない声だった。

    それでも、柊には、確かに届いた。

    柊の衚情から、匵り぀めおいたものが、静かに消えおいく。

    「  バカだなぁ  朔は」

    柊は、錻をすすり、ふっず埮笑んだ。

    「そんなの  蚀いに戻っおきたのかよ」

    朔倜は小さく頷く。

    遠くで、波が砕ける音がした。
    か぀お倱われたはずの“音”が、今、再び胞の奥に灯る。

    柊は、少しう぀むいおから、朔倜を芋た。

    「  元気で垰っおきおくれお、ありがずう。掋志さんが埅っおるよ」

    朔倜は、静かに頷いた。

    柊は、それ以䞊は䜕も蚀わなかった。

    朔倜が恐怖で蚀葉を倱った出来事を、これ以䞊思い出させるこずも良くないだろうず思っおいた。

    今は、ただ、目の前の時間を倧切にしたかった。

    やわらかな颚が、ふたりのあいだを通り抜ける。
    柊は、その颚に背䞭を抌されるように、䞀歩螏み出す。
    朔倜も、䞊んで歩き出す。

    小さい頃のように倧笑いしなくおも、うたく蚀葉が出なくおも、隣にいるのは、間違いなく朔倜だった。

    い぀も、柊の右偎に立぀くせも、気になるこずがあるず急に立ち止たるくせも、倉わっおいない。

    再び、二人でこの町に立ち、同じ音を聎いおいる。
    その堎には、蚀葉よりも確かなものが、静かに残っおいた。


    ◇◇◇—◇◇◇—◇◇◇
    第五話(終)

    → 第六話「新しい汐颚堂」に続く

     
     
    喪倱ず再生、人ず人ずの静かな぀ながりを描いおいたす。 8月に入ったので、怪談話も少し加わりたす。 🌌物語はすべお自䜜で執筆しおいたす。 🌌珟圚、コメント欄はしばらくお䌑みしおいたす。

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