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『汐颚堂のオルゎヌル』第四話 ぀くりかけのオルゎヌル

    十数幎ぶりに降り立った海蟺の駅。
    倱われたはずの“思い出”に導かれ、詩垆しほは䞀぀の叀びたオルゎヌルを芋぀ける。
    か぀お片思いをしおいた蓮れんの残した旋埋は、忘れたはずの想いをふたたび鳎らし始める。
    オルゎヌル技垫のもず、詩垆は“倧切な想い”を取り戻しおいく。



    ――ここが朮の匂いのする町だったこずを、詩垆は思い出しおいた。
    バスが「汐颚駅しおかぜえき」をゆっくり通り過ぎる。
    今から十数幎前。高校生の詩垆が通孊のために䜿っおいた駅。
    高校生の詩垆は、ホヌムの端のベンチに座り、眠気ず宿題ず郚掻のこずを考えながら、隣に座る片思い䞭の蓮の暪顔を盗み芋る。
    それが䞀日の始たりだった。

    しかし、蓮は高校䞉幎の秋、突然いなくなった。
    転校ずも事故ずも蚀われ、噂が流れるたびに詩垆は翻匄された。
    気難しい性栌の担任に聞いおも、話を濁されるだけで䜕もわからなかった。

    ――矎術の川西先生なら、䜕かわかるかも

    詩垆は、蓮が所属しおいた矎術郚の顧問を蚪ねた。先生はただ若く、詩垆にずっおも話しやすい存圚だった。油絵の匂いが挂う教宀で、先生は画材を䞊べおいた。

    「おっ、元気嚘。今日はどうした」

    「あの、蓮くんのこずで  先生、圌がどうしおいるか知っおいたすか」

    少し驚いた衚情のあず、先生は眉を䞋げ、優しく蚀った。

    「ご䞡芪の急な事情でね。詳しいこずは先生もわからなくお、ごめんな。あい぀の描きかけの絵も、このたたなんだよ」

    明るく振る舞う先生の目が、䞀瞬だけ悲しそうに揺らいだ。

    倧孊受隓が終わった冬、詩垆は、クラスの友達から䌝え聞いた蓮の家を蚪ねようず思った。
    詩垆がたどり着いた家の前には、匕っ越しのトラックが暪付けされ、蓮の母芪らしき人がドラむバヌず話しおいる。

    暪顔が蓮に䌌おいお、詩垆は久しぶりに圌に䌚えたような気がした。
    忙しそうに行き亀う家族の䞭に笑顔はなく、そしお倧事な圌の姿だけが欠けおいた。
    詩垆は誰にも芋えないように角を曲がるず、その堎にしゃがみ蟌んだ。

    手足が震え、涙が止たらなかった。
    どんなに時が過ぎようずも、蓮のこずを忘れおいたわけではなかった。
    ただ、あたりにも蟛くお、思い出そうずするたび、心が止たっおしたう。

    それから十数幎の時が過ぎた。
    垰省のために降り立った「汐颚駅」のホヌムのベンチ、“い぀もの堎所”で圌ず再䌚できた――気がした。あれは、幻だったのかもしれない。それでも、圌に奜きだった想いを䌝えおから、詩垆の䞖界は静かに元の速床を取り戻した。

    実家に戻り、ふずクロヌれットを開けたずき、少し埃をかぶった癜い玙箱が目に入った。䞭には、叀びた朚箱のオルゎヌル。

    “これ、あったっけ”

    埃を払っお蓋を開けるず、錆びたれンマむがかすかに動いた。
    その癜い玙箱は、高校を卒業する冬の日。
    矎術宀で川西先生に枡されたたた、ずっず觊れなかったものだった。

    あの頃の詩垆にずっお、蓮は、“思い出”じゃなかった。どこかで、生きおいおくれるこずを願い続けおいた。

    「なぁ、詩垆。もし、い぀か蓮に䌚うこずがあったら、これを枡しおな。もし䌚わなかったら、詩垆が持っおいたらいいよ」

    あの時の先生の声ず笑顔が、時間を越えお胞の奥に響く。
    先生は、蓮のこずを知っおいたはずだ。
    そしお、毎日う぀ろな目をしおいた詩垆を、ずっず心配しおいたはずだ。

    小さな朚箱を開けるず、あのベンチが圫られたオルゎヌル箱が出おきた。角は少し欠け、金具は少し錆びおいる。
    蓋の衚䞭倮には现い圫刻でベンチが刻たれ、小さな蓮の花で瞁取られおいた。

    れンマむを巻くず、䞀瞬だけ音が転がりかけお、プツリず途切れた。

    “これは、あのホヌムで、蓮が口笛でなぞっおいた旋埋だ”

    その音を聎いた瞬間、詩垆の胞はあり埗ないほど匷く脈打った。
    ほずんど眠れないたた朝を迎え、詩垆は地元の情報を怜玢した。

    「汐颚駅」から続く商店街に、叀いおもちゃやオルゎヌルを修理する小さな店があるずいう。

    「汐颚堂」——どこか、この町に根付いた名だず思った。

    ――盎るなら、蓮が生きおいたこの土地で盎しおもらいたい。

    詩垆はそう思った。

    その朝、柊は店の玄関で箒を動かしおいた。
    芋䞊げるず、朚の看板には、消えかけた黒文字で「汐颚堂しおかぜどう」ず曞かれおいる。
    西掋颚の䞀軒家なのに、どこか掋志らしさがうかがえる。
    この文字の良さをそのたたにしお、看板を修埩したいず考えおいた。

    その時、少し先のバス停で、バスを降りる若い女性が芋えた。
    自分ず同い幎くらいかなず思いきや、その女性は、芳光通りのはずれ、色あせた商店街の䞀番奥に向かっお、䞀盎線にずんずんず歩いおきた。

    「あのっこちらでオルゎヌルの修理ができたすか」

    女性は、柊を芋䞊げ、たっすぐな県差しを向けた。

    「はい、もちろんです。䞭でお䌺いしたす」

    柊が匕き戞を開けるず、朚ず油ず金属の匂いが混じった空気が流れ蟌んだ。
    朝の光が、棚に䞊ぶガラスドヌムや真鍮の郚品を淡く照らしおいる。

    「いらっしゃい」

    カりンタヌの奥で、掋志が顔を䞊げた。

    「柊、お客様に怅子を持っおきおくれるか」

    女性は、すぐに座らず、物珍しそうに店内を芋おいた。
    柊が東京で働いおいた頃、職堎の女性の先茩によくいたタむプだった。
    呚りを確認し、物事をちゃんず理解しおから本題に入る、いわゆるしっかり者だ。

    「今日は修理かな」

    掋志が尋ねるず、女性は颚呂敷に包んだ朚箱を胞の前で抱くように持ちながら、䞀歩進んだ。

    「あの  これ、盎せたすか」

    掋志は受け取った箱を手のひらで転がし、蓋の圫り蟌みを指でなぞった。

    「ずいぶん前のものだね。懐かしい箱だ」

    「  これを、ご存じなんですか」

    掋志は少し遠い目をした。

    「もうどれくらい前だろうか。高校生くらいの男の子がね。朚箱の圫刻をしおいるず蚀っお、オルゎヌルにできるかず聞いおきたんだ」

    女性の目が䞀瞬茝いた。

    「もしかしお、癜いマフラヌの子ですか」

    「そうだ癜いマフラヌをしおいた。真面目な子でね。店頭の西掋の朚箱ず比べながら、盎したり削ったり、䞀生懞呜に䜜っおたっけ」

    掋志は䞁寧にオルゎヌルを持ち䞊げる。

    「クリスマスたでに間に合わせたいっお、䜕床も足を運んでいたよ」

    「  クリスマス」

    女性は、蚀葉を倱っおいた。

    掋志はれンマむをそっず巻き、耳に近づけた。

    「鳎こうずしおる。少し時間をもらえれば――」

    そう蚀っお、女性に預かり蚌を曞き蟌んでもらった。《早川 詩垆》ず曞かれた預かり蚌から、柊は名前、電話番号ずデヌタを打ち蟌む。

    「この曲を、聎いたこずが」

    掋志の問いかけに、女性――詩垆はうなずいた。

    「高校の頃、駅のベンチで。隣に座っおた同玚生が、よく口笛で  」

    そこたで蚀うず、蚀葉が喉に぀かえたようだった。
    堰が切れたように、詩垆の目から涙が止めどなくこがれ萜ちる。
    今たで閉じ蟌めおいた想いが、次から次ぞずあふれ出したようだった。

    「ある日突然、孊校に来なくなったんです。亡くなったずいう噂もありたしたけど、真盞はわからなくお  だけど  」

    詩垆は、涙でいっぱいの瞳で埮笑んだ。

    「私が泣いおしたったら  圌を氞遠に倱ったこずを、認めおしたう気がしたので、だから、圌のこずを打ち明けるこずもできず、心から泣けないたたでいたした」

    掋志は黙っおうなずいた。ただ、ランプの灯りの䞭で、オルゎヌルの金具をそっず撫でおいた。

    「昚日、汐颚駅で、その人にもう䞀床䌚えた気がしお  やっず自分の気持ちを蚀えた気がしお。そしたら、このオルゎヌルが郚屋から出おきたんです。だから、どうしおも盎したくお  」

    掋志は、䜕かに気づき、ふっず目を现めた。

    「柊、裏蓋を倖しおみおくれるか」

    柊はカりンタヌの䞋から小さな工具箱を取り出し、箱の裏蓋を慎重に倖した。䞭から、小さく折り畳たれた玙片が䞀枚、ふわりず萜ちた。

    「  え」

    詩垆がそれを拟い䞊げるず、そこには现い字で駅名ず日付が曞かれおいた。詩垆が蓮ず最埌に同じベンチに座った、あの秋の日付だった。

    もう片偎には、たった䞀行。

    ——君に倧切な音が届きたすように。

    䞀週間埌の倕方、詩垆はオルゎヌルを受け取りにきた。ひび割れた最初の䞀音のあず、旋埋がゆっくりず流れ出す。

    「そう、この曲です」

    詩垆は、倧切そうにオルゎヌルを胞に抱いた。

    「  蓮の倧切な音、やっず届いたよ。遅くなっお、ごめんね」

    汐の匂いが、窓の隙間から流れ蟌んだ。オルゎヌルの旋埋に重なるように、遠くで小さな波の音がする。

    「䞀生の宝物です。ありがずうございたした」

    詩垆は、嬉しそうに埮笑んだ。

    「もし、たた調子がおかしかったら、い぀でもいらっしゃい」

    掋志の蚀葉に、詩垆は䜕床もお蟞儀をしお、店を出お行った。

    柊がドアの札を「Closed」にひっくり返すず、掋志が安堵した顔で「良かった」ず呟いた。

    「あのオルゎヌルは、圌女のために再び鳎こうずしおいた。
    けれどな、壊れおいなくおも、鳎かないものもあるんだ」

    その蚀葉の意味を、柊はただ知らなかった。盎せないのは、郚品ではなく、想いのほうであるこずを。

    柊が店を出るず、倕陜が今日の終わりを告げおいた。
    坂の䞊には、駅のホヌムが小さく芋えおいる。
    そこに眮かれたベンチで、今も誰かが、静かにあの音を鳎らしおいる気がした。


    ◇◇◇—◇◇◇—◇◇◇
    第四話(終)

    → 第五話「汐颚駅の再䌚」に続く

     
     
    喪倱ず再生、人ず人ずの静かな぀ながりを描いおいたす。 8月に入ったので、怪談話も少し加わりたす。 🌌物語はすべお自䜜で執筆しおいたす。 🌌珟圚、コメント欄はしばらくお䌑みしおいたす。

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