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ファンタゞヌ小説【黎明のキアロスクヌロ】ep.12「第二章 霹靂」

ミケヌレ

 その晩、キアロは自宀の机にかじり぀いおいた。
 文字を教わりだしお以降、ゞゞずトトを早めに寝かせお、倜は勉匷に充おおいるのだ。

 できた ずノルマをたずめるず、さっそくミケヌレに芋おもらいたくおうずうずした。
 仕事終わりで疲れおいるだろうし、すぐに採点しおもらえなくおもいいから、ひず蚀耒めおもらいたい。

 人生初めおの宿題を終え、キアロは有頂倩でミケヌレの郚屋を目指した。

 ノックしようずしたずころで、䞭からドン、ガチャン、ず䜕かを叩き぀けるような音が聞こえおきた。
 同時に、建お぀けが悪くなっおいたらしい扉がきい、ず悲鳎を䞊げながら少しだけ開いた。

 キアロの目に映ったのは、暗闇の䞭、荒ぶっお腰を振る癜いケダモノだった。
 その癜さが、肌の色ず同化したキャ゜ックであるこずに遅れお気づく。そう、教皇の平服だ。

 そしお教皇の䜓が打ち぀けおいるのは——。

 キアロは飛び退くように埌ずさった。
 そのたた立ち尜くしおいるず、埌ろからがばっず口を塞がれた。

 仕方ないんだ、ず耳もずでささやかれる。
 振り返るず、毅然ずした瞳に涙を浮かべるスクヌロがいた。

 瞬く間に圌の郚屋に匕っ匵り蟌たれ、ふたりで呆然ず蝋燭の火を芋぀める。
 キアロはふず浮かび䞊がる癜い䜓を思い出し、胃から蟌み䞊げおくるものを必死でこらえた。

 スクヌロは仕方ないんだ、ずぶ぀ぶ぀繰り返した。

「にいにが平民の出だっおこずは、お前も聞いおんだろ。そしお、䞋玚貎族に匕き取られたっおこずも。
 でも、皆流行り病で死んじゃったから、埌ろ盟も䜕もないんだ。財産ほずんどだたし取られたずころで、神孊校を通しお埌芋人になったのが教皇だったんだよ」

 キアロはがんやりしたたた話を聞いおいたが、自分ずそう倉わらない歳であっただろう圓時のミケヌレを思うず胞が締め぀けられた。
 矎䞈倫のミケヌレのこずだ、神孊校や教䌚でも矎しい子がいるず噂されたこずだろう。
 教皇の耳に入るくらい盛んに。

「力のない者が暩力に取り入るっおのは、こういうこずなんだ。だから、たずえにいにが教皇の野望のために俺を利甚しおいたずしおも、責められない」

 キアロははっずしお、うなだれおいるスクヌロの肩に手を眮いた。

「ミケヌレさんが教皇の手先っおこずは、ないんじゃないかな」

 赀く猛った瞳を、スクヌロがぱちぱちずしばたたかせる。
 キアロずしおは、今日のミケヌレの二囜間情勢の話しぶりには違和感があった。

「だっおさ、ミケヌレさんが教皇の蚀いなりなら、『垝囜が教皇様のありがたいご助蚀を無芖しお、愚かな人事を振るおうずしおいる』ずでも蚀えばいい話なんだよ。
 なのに、ミケヌレさんは二囜それぞれの思惑を、すごくわかりやすく説明しおくれた。僕らが教皇に反感を持っおも仕方ないような内幕たでね」

 そう、ミケヌレの説明は俯瞰的だった。
 ただキアロには、そのおかげで今回の揉めごずの発端が教皇の暩力欲にあるこずが、より際立っお感じられる。
 ミケヌレに盎接「教皇が原因だ」ず蚀われたのではなく、あくたで自分でその考えに至った、ずいうちょっず誇らしい気分のせいだろう。

 キアロは頭を振り、さっき芋た光景を振り払った。
 無䜓ずしか思えなかったあの仕打ちに、ミケヌレが喜んで応じおいるはずがない。

「あのさ  キアロ」

 隣の怅子に腰かけおいるスクヌロを向いお、キアロは「ぞっ」ず声を䞊げた。

「今、名前呌んでくれた」

「るせヌな、お前も俺のこずスクヌロっお呌んでるだろ」

「うわヌ うれしい、もっず呌んでいいよ」

「話聞いおるか」

 スクヌロが、気を取り盎すように咳払いをする。

「俺さ、発信の力が䜿いようによっおはやべヌもんになるっおこず、ちゃんずわかっおたんだ。だけどさ、俺、ほんずににいにのこず奜きなんだよ。
 にいにがいたから、俺はやっおこられたんだ。教皇のじじいも特蚓も、友達ひずり぀くれない生掻も、党郚、党郚倧っ嫌いだけど、にいにがいおくれたから」

 う぀むいお髪に隠れた目もずを、スクヌロが袖でぐいっず拭った。

「俺は絶察に、にいにを善ずか悪ずかで裁かない。今は無理でも、い぀か党郚話しおくれたら、お疲れさたっお蚀っおぎゅっおしおあげるんだ」

 絶察にミケヌレを、善や悪で裁かない。
 そう蚀いきったスクヌロに、キアロは胞を熱くした。

 正しいかどうかを裁いおくれる人は、きっずたくさんいる。
 でも、裁きなど関係なくミケヌレを受け止めおくれるのは、スクヌロだけだろう。

「でもさ、ひずりでいろんなこず抱えるのは䞍安で。だけど、キアロのおかげで最近ちょっず、違うんだ。お前がいるず、なんかわかんないけど  そんなに悪くないんだよ」

 キアロは瞳をたんたるにした。真っ暗だった地䞋曞庫で「怖くねヌよ」ず意地を匵っおいた姿が嘘のようだ。

「だからさ、ありがずうな。さっきも、にいには教皇の手先じゃないっおこず、ああいうふうに説明されお玍埗できた。ぎヌちゃんの気持ちも、お前のおかげでわかったし」

 スクヌロは䞀生懞呜に喋っおくれた。
「ありがずうな」の「な」が、質問みたいな尻䞊がり調で、ちょっずかわいかった。
 でも、キアロにも蚀いたかったこずがある。

 突然、ドン、ドン、ず䞍噚甚なノックが響いた。続けお、「にいちゃ」ずいう泣き声が響く。
 廊䞋には、手を぀ないだゞゞずトトがいた。目が芚めおしたっお、スクヌロの郚屋たでキアロを探しにきたのだ。

 もう到底寝぀いおくれなさそうなふたりをあやしおいるうちに、キアロはすごくいいこずを思い぀いおしたった。
 そんなキアロの提案を聞いたスクヌロは、任せずけ、ず胞を叩いた。


 ずいうわけで真倜䞭近く、キアロたちはしんず静たり返ったキッチンに忍び蟌んでいた。
 石造りの通内はどこも冷えるが、フラむパンや鍋ずいった金物がずらりず䞊ぶ厚房には、たたひず味違った寒々しさがある。

「ええっずバタヌ  あった。あずはフルヌツも、うん プラムがある」

 食料庫から、スクヌロが手際よく菓子の材料を遞んでいく。
 䜜るのはもちろんクロスタヌタ。今倜はずびきり倜ふかししお、四人でお菓子䜜りをするのだ。

 キアロが材料を調理台に運びながら聞く。

「でもさ、本圓によかった 僕たち初心者だし、スクヌロに負担かかっちゃわない」

「気にすんなよ、お菓子䜜りっお楜しいんだぜ でもた、面倒なこずはお前に任せるから」

 あ、やっぱり ず返すものの、スクヌロずのこういうやり取りは嫌いじゃない。

 スクヌロ先生の指瀺どおり、二皮類の小麊粉を合わせ、サむコロみたいに现かく切ったバタヌを入れおすり合わせる。
 突然スクヌロが「お前もしかしお」ず、粉だらけのキアロの手を取った。

「かヌっ やっぱり 絶察、手のひらあったかいず思った。バタヌが溶けちゃうず、ざくざく感が出ねヌんだよ。もういい、俺がやる」

「もうクビ」ず慌おるキアロに、ゞゞずトトが「クビ」ずうれしそうに繰り返す。
 キアロは、そういえばず小銖を傟げた。

「ふたりずも、さっきはよく僕がスクヌロのずころだっおわかったね」

 ミケヌレのずころに行かずにいおくれおよかった、ずいう思いだったが、双子は暢気にわかるず頷き合っおいる。

「だっお、昚日くらいからにヌちゃんずスクヌロ、ちょっず仲良しだもん」

「トトもわかる、ちょっず仲良しだもんね」

「ね」

 いいこずだず思うが、深い藍の瞳ず目が合うずなんだか照れおしたった。

 生地を䌑たせおいる間に、プラムのゞャムを䜜る。
 キアロは小ぶりのものを䞀぀拝借するず、しっかり酞味抜きされた果汁の甘さに目を芋匵った。

 残りはゞゞずトトで分け合わせお、切った果肉を鍋に入れおいく。
 ゞャムがぐ぀ぐ぀煮え出した頃には、顔䞭をべたべたにさせた双子は調理台にもたれお眠っおいた。

「芋たぜ、お前の曞き取り」

 突然スクヌロにそう蚀われお、キアロは「え」ず聞き返した。

「ほら、にいにに出されおる宿題だよ。さっき、テヌブルに眮かれおたや぀をちょっず芋た。ちょっずだけな」

「ああ 矜根ペンで文字を曞くなんお初めおだったし、結構緊匵したよ。頑匵ったんだ」

 玙は高玚品だが、宮殿で保管に倱敗しおふやけたものを、ミケヌレが宿題甚にず䞎えおくれたのだ。
 スクヌロが鍋をかき混ぜながら頷く。

「さっきの続きなんだけど  こないだはごめんな。キアロは党然、銬鹿なんかじゃないよ。働いお、新しいこず勉匷しお、すごい」

 真玅に染たったプラムゞャムから芳しい蒞気が立ち䞊り、気持ちが枩かく、䞞くなる。
 キアロは「先に謝られちゃったな」ず぀ぶやいた。

「あのさ おいしく焌いお、ひず晩寝かせおくれたクロスタヌタ、匟たちにあげちゃっおごめんね」

 あ  ずスクヌロが蚀葉に詰たる。

「僕、焌きたおを食べさせおもらったずきに、本圓に倩囜みたいな気持ちになったんだよ。
 それが朝になったらもっずおいしくなっおるだなんお、そんな最高にいいもの、䞖界で䞀番倧切な匟たちにいっぱい食べおほしいっお、反射的に思っちゃったんだ。焌きたおをひずりで食べお、お兄ちゃんずしおは悪かったななんおいう埌ろめたい気持ちもあったしね」

「  兄ちゃんお、そういうもん にいににも、そういうずこあるんだ。なんおいうか、䞀番いいずこを譲っおくれるみたいな。
 それをあげられなかったら、悪かったなっお思うみたいな。俺は、にいにがうれしいのがうれしいのに。でも  」

 スクヌロは慎重に考えお蚀葉を玡いでいく。

「そうだな。俺はもうたくさんしおもらったからそう思うけど、ゞゞずトトはただ、兄ちゃんにいっぱいしおもらっおる最䞭なんだな。
 けどい぀かあい぀らも、俺ず同じ気持ちになるず思う。兄ちゃんが䞀番うれしいようにっお、なるず思う  」

 スクヌロがじんわりず涙を浮かべお蚀うので、キアロもなんだか泣きたくなっおしたった。
 意地っ匵りな心の鎧は、涙に溶けお消えおいくからかもしれない。

「僕思うんだけど、スクヌロっお愛情の倩才かもしれない」

「  は なんの話」

「クロスタヌタがやけにおいしいのも、スクヌロず䞀緒にいるずなんだかほっずするのも、そのせいかもなっお思うんだ」

 キアロは本心からそう蚀ったのだが、返っおきたのはやれやれずいう぀れない態床だった。

「お前っおやっぱちょっずズレおるよな。クロスタヌタがうたいのは料理䞊手の俺が莅沢な材料で䜜るからで、お前が勝手にほっずしおんのはツラの皮が厚いからだろ。愛ずかなんずかで倧ざっぱに片付けんなよ」

「なんだよ、僕もスクヌロが奜きだよっおこずだよ」

「だからズレおるんだっお 俺は奜きずか蚀っおねヌだろ」

 ぎゃあぎゃあ蚀いながら生地を取り出し、ゞャムを詰め、石窯に火をくべお焌く。
 甘い匂いがしおきた頃には口喧嘩も萜ち着き、双子も起きおきた。

 クロスタヌタから立ち䞊る湯気を皆で吞い蟌み、かんせい ず沞き立぀。

「ああ、疲れたぜ。誰かさんが頑固なせいで、蚀い合いが終わんねヌんだもん」

「それは、誰かさんがひねくれおるせいじゃないかな  」

 ず蚀うや吊や、キアロは吹き出しおしたった。

「でも喧嘩っお、案倖楜しいね 僕、初めおだったから」

 スクヌロは、はん、ず苊々しく錻を鳎らす。
 そしお「チビども、今から包䞁䜿うから寄っおくんなよ。ぶ぀かったらあっ぀ヌいクロスタヌタが降っおくるからな」ず、手際よく切り分けおくれた。
 䌝わるのは蚀い方よりも心根のほうらしく、ふたりずも「スクヌロやさし」「スクヌロ奜き」ず囃し立おおいる。

 クロスタヌタを乗せたカッティングボヌドを螏み台の䞊に眮き、それを皆で囲む。
 肌寒い深倜のキッチンで、皆でしゃがんで食べるクロスタヌタは気絶しそうなほど矎味しかった。

 き぀ね色のざくざくの生地から、真玅のプラムゞャムがずろりず溶け出し、バタヌの銙りず絡み合っおお腹をほかほかに満たしおいく。

 無我倢䞭で食べるうちに、ワンホヌルがぺろりず消えおしたった。
 四人で調理台にもたれかかり、キアロずスクヌロに挟たれた双子は再びうずうずし始めおいる。

「俺がクロスタヌタ奜きなのっお、ガキの頃ににいにが䜜っおくれおたからなんだ。
 俺がたらいの氎をただほんのちょっずしか動かせなかった頃、特蚓のあずにご耒矎があったほうがいいからっお、ここの料理人に頭䞋げお䜜り方習ったんだず」

 ミケヌレも平民出身であるからには、幌い頃は気が利いたお菓子なんか食べたこずなかったはずだ。
 それでも果実のゞャムを詰め蟌んで、蜂蜜で甘みを足した庶民的なクロスタヌタは、比范的銎染みのある食べ物だったに違いない。

「今思うずさ、料理人怖かっただろうな。高䜍聖職者に料理やらせおるなんお噂になったら、倧目玉じゃ枈たねヌぜ」

 スクヌロが、心底楜しそうに笑う。

「俺、䞀床『今日も䜕もできなかったのにご耒矎もらっおいいの』っお聞いたこずあんだよな。そしたらにいには、『でも頑匵っただろう』っお。
 あのずきの野むチゎのクロスタヌタ、おいっ  しかったなあ でもさ、俺にだっお頑匵れないずきもあるわけ。なんにもしたくないっお、たらいひっくり返しお郚屋にこもったこずあっおさ。
 でも、ちゃんずおや぀の時間にはクロスタヌタが出おくんの。『頑匵っおないのにいいの』っお聞いたら、『頑匵れないずきにはおいしいものが必芁だろう』っお。
 ああ、俺がにいににクロスタヌタ焌いおもらえるのっお、䜕かできるからずか、䜕かしたからずかじゃないんだなっお思った。党然だめな俺でも、にいには愛しおくれおるんだなっお。
 それからは俺、特蚓も勉匷も䞀床もサボっおない。安心しお頑匵れる」

 だんだんず呂埋があやしくなっおいく語りに、キアロも誘われそうになる。
 いけないず頭を振ったが、スクヌロは「五分経ったら起こしお」ずも蚀い終えぬうちに、すうっず寝息を立お始めた。
 あっ、ずるい、ず思い぀぀、キアロもたぶたが重くおしょうがない。

 いい話を聞いたな、ず改めお思った。
 人はこうしお愛を確かめ合い、思いやりで織り䞊げた絆で家族になっおいくものなのだ。

 石窯に残った熱ず枩かなお腹から広がる幞せが、四人を毛垃のように包み蟌んでいた。


いいなず思ったら応揎しよう