
短編小説『おれんち』最終話 右に親父
「また白くなったな」
「まだ親父より黒い」
いつからか、僕は白髪を数えなくなった。
「さっちゃんは?」
『中央通』から一人でバスに乗り込んできた父に、僕は尋ねた。杏梨と真純は実家に立ち寄り、四人で向かうことになっている。
「ソワレ、泊まり、直行」
「凄いね、傘寿イブ」
「喜寿はもっと鍛えなきゃな……」
「お義母さんもそう言ってるみたい」
「静恵さんとの祖父母参観は可笑しかったなぁ」
「夫婦のフリでしょ?」
幼稚園から喫茶店まで楽しんでいたらしい。話題はいつも真純のことから、推し活合戦へ。静恵さんの好きなアイドルグループはデビュー二十五周年を迎えるという。
「杏梨ちゃんは年女で……夏樹くんは?」
「勤続三十年。まぁ何もなくても飲んでくれるけど」
「そうか……俺が課長だった歳だな」
「東京の人達、元気かな」
「あぁ、井澤くんが今、本庁で係長らしい」
会いに行ける距離だ。堀さんは旦那さんの転勤で退職し、子供が大学卒業式を控えているという。
吉江元所長が市内で隠居しても、MIKAは都内で活動を続けている。父はライブに行く回数こそ減ったが、真純と会えば夜通し語り合う。
――シャンパン云々など、僕はどうでもよくなっていた。
「そういえば、真純の写真ありがとな」
「こちらこそありがとう。成人式を市民会館にしてくれて」
「アイスアリーナは寒すぎだ。定年前に声上げた甲斐が……あれ? 方向違うぞ?」
「今日はグランドホテル」
「あぁ、そうだった……」
降車ボタンを探す父の指を、そっと止めた。「手もそっくり」とさっちゃんに言われてきたが、もう皺で見分けがつく。
やがて『グランドホテル入口』に到着。座席を立ち、父の横顔から足元へ視線を移し、ゆっくりと降りた。まだ白い三日月が屋上を指している。
「さぁ親父、飲もうね」
「……フッ……」
「どうしたの?」
「鏡かと思った」
「だから白さが違うって――」
(完)