
これが大賞でなかったら、何を目指して書けばいいのか?|創作大賞2026
RPG風ファンタジーなのに、なぜか仕事のしんどさが分かってしまう作品
今回は、noteの創作大賞に参加されている作品を紹介したい。
紹介したいのは、焔ふぁい|FIREの精霊さんの『FIREダンジョンズ』という作品群である。
FIRE、転職、投資、会社員として生きること。
そうした現実的なテーマを、RPG風のファンタジーとして描いている作品である。
今回、私が特に印象に残ったのは、以下の記事だった。
また、『FIREダンジョンズ』全体としても非常に面白い作品なので、シリーズ全体へのリンクも併せて置いておきたい。
なぜか理解できてしまう
この作品を読んでいて、私が特に面白いと感じたのは、具体的な仕事の内容が細かく書かれているわけではないのに、なぜか理解できてしまうところである。
現実の会社名が出てくるわけではない。
業界の細かい事情が描かれているわけでもない。
上司や同僚とのやり取りが、現実の職場小説のように生々しく描かれているわけでもない。
それどころか、作品の建てつけはRPG風のファンタジーである。
ダンジョンがあり、スライムがいて、FIREや転職や投資といった現実の概念が、ファンタジーの世界に置き換えられている。
本来であれば、現実の仕事からはかなり距離があるはずだ。
それなのに、読んでいると不思議なほど現実の職場や、会社員として生きる中で感じる息苦しさに接続されていく。
「ああ、これは分かる」
「この感覚は知っている」
「現実にも、こういう状態はある」
そう感じてしまう。
この「なぜか理解できてしまう」という部分に、私はこの作品の大きな魅力を感じた。
具体的ではないからこそ、読者の経験が入り込む
普通、仕事をテーマにした作品であれば、具体的な業務内容や職場の人間関係を細かく描くことでリアリティを出すことが多いと思う。
もちろん、それも一つの方法である。
けれど、『FIREダンジョンズ』は少し違う。
具体的な仕事の内容を細かく描くのではなく、会社員として生きる中で生まれる感情や構造を、別の世界に置き換えて描いている。
だからこそ、読者それぞれの経験が入り込む余白がある。
読む人によって、思い浮かべる職場は違うと思う。
思い出す上司も違うだろうし、過去に感じたしんどさも違うはずである。
しかし、その違いを越えて、どこかで共感できてしまう。
それは、この作品が単に「仕事あるある」を書いているからではないと思う。
むしろ、現実の中にある感情や構造を見抜き、それをRPG風の世界に移し替えてもなお、読者に伝わる形で描けているからではないかと思う。
コミカルだからこそ、心が緩む
もう一つ、この作品で重要だと感じたのは、あえてコミカルに描かれている点である。
仕事、転職、投資、FIRE。
これらのテーマは、本来かなり現実的で、ときに重い。
そのまま真正面から描くと、読む側は少し身構えてしまうかもしれない。
「また仕事のつらい話か」
「意識高い話なのではないか」
「自分の現実を突きつけられるのではないか」
そういう防御姿勢が、読む前から生まれてしまうこともある。
けれど、この作品では、それらがRPG風の世界観やスライムたちの姿を通して描かれている。
そのため、読者は少し笑いながら作品の中に入っていける。
そして、笑って読んでいるうちに、ふと気づく。
「あれ、これ分かるな」
「この感覚、知っているな」
「これは自分の見てきた現実にも近いな」
そういう形で、読者の心に届いてくる。
コミカルだから軽いのではない。
むしろ、コミカルに描かれているからこそ、読者の心が少し緩み、共感する余地が生まれているのだと思う。
この点に、私は焔ふぁいさんの作家としての力量を感じた。
現実をそのまま描かず、現実の手触りを移し替える力
この作品を読んでいて感じるのは、焔ふぁいさんという作家の、描写の力と発想の力である。
現実の仕事を、そのまま現実の仕事として描くのではない。
会社員のしんどさを、ただ暗く重く描くのでもない。
それを、RPG、ダンジョン、スライム、FIRE、転職、投資という別の構造に置き換えている。
けれど、置き換えた先で現実味が失われていない。
ここがとても面白い。
奇抜な設定を思いつくこと自体も、もちろん簡単ではない。
しかし、それ以上に難しいのは、その設定の中で、読者が現実の感情を思い出せるように描くことだと思う。
現実をそのまま描くのではなく、現実の手触りだけを別の世界に移し替える。
その発想と描写の力が、この作品の大きな魅力だと感じた。
弱さを笑い飛ばすのではなく、愛すべきものとして描いている
今回紹介した記事で特に印象に残ったのは、「弱さ」の描き方である。
弱い存在を、ただ笑いものにするのではない。
かといって、過度に悲劇的に描くわけでもない。
弱さを抱えた存在として、どこか愛すべきものとして描いている。
これは、かなり大事なことだと思う。
現実の仕事の中でも、人はいつも強くいられるわけではない。
自信を失うこともある。
逃げたいと思うこともある。
転職しか手札が残っていないように感じることもある。
それでも、何とか生きようとする。
この作品に出てくるスライムたちは、そうした人間の弱さや不安を、どこかコミカルで、しかし妙に切実な形で映しているように感じた。
だから読んでいて、笑えるのに、少し胸に残る。
そのバランスがとても良い。
創作大賞の中で、こういう作品が読まれると嬉しい
noteの創作大賞には、多くの作品が参加している。
その中で、私はこういう作品がもっと読まれると嬉しいと思う。
なぜなら、『FIREダンジョンズ』は単に設定が面白いだけの作品ではないからである。
FIREや転職や投資という、現代的なテーマを扱いながら、そこに会社員として生きる人の感情や、組織の中で弱くされていく人へのまなざしがある。
そして、それを重くなりすぎない形で、RPG風のファンタジーとして読ませている。
このバランスは、かなり独自のものだと思う。
現実を語るために、あえて現実から離れる。
重いテーマを届けるために、あえてコミカルに描く。
弱さを否定するのではなく、愛すべきものとして見つめる。
そういう作品として、『FIREダンジョンズ』はとても面白い。
最後に
私がこの作品を紹介したいと思ったのは、創作の形を取りながら、働く人の感情や構造をうまく掬い取っていると感じたからである。
具体的な仕事の内容が書かれているわけではない。
それなのに、なぜか理解できてしまう。
RPG風のファンタジーなのに、なぜか共感できてしまう。
その不思議な読後感こそが、この作品の魅力だと思う。
創作大賞に参加されている作品なので、興味のある方はぜひ読んでみてほしい。