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Photo byosu_ellie

気分変調症の診断を受けてフリーライダーになろうと思った話

    メンズヘラー

    X(旧Twitter)から来た人にとっては周知の事実だが、僕は現在、気分変調症と社交不安障害の診断を受けており、主に服薬による治療を受けている。
    今回はなんとなく書きたくなったので、診断を受けた際のことと、どう思ったかを少し書いていきたいと思う。

    特に有益な話もなく、構成もなしに書き出した雑記だ。
    それでもいいという人は、気楽に読み進めてほしい。

    メンタルクリニックの受診

    僕が気分変調症と診断されたのは去年(2022年)の2月のことだった。
    僕は前々から自分がおかしいこと、メンタルの病気を抱えていることを予感はしていた。
    中学校以降の教室でも、どの職場でも人間関係に悩んできたからだ。
    どんな場所でもうまく立ち回れず、結局は心が折れて逃げ出すということを繰り返してきた。
    最初は他の人がおかしいんじゃないかと思っていたが、あまりにも、どこにいても生きづらいことから、次第に自分がおかしいという考えになっていったのだ。
    (結果として、この考えは正しかったと言える)

    とはいえ、なかなかメンタルクリニックの敷居をまたぐことはしなかった。
    前職で休職する際に通院したことはあるが、常態化した症状で定期的に通うということはしなかったのである。
    別にメンタルクリニックに抵抗があるわけではないが、なんとなくめんどくさかったのだ。

    だが2022年2月頃、ちょうどルームシェアでの問題もあって不眠気味になっていたので、睡眠薬の処方ついでにメンタルを診てもらおうかという気になったのである。

    勤め人でもないので、混雑を避けて平日の昼間に来院した。
    待合室には僕と似たような陰気な雰囲気を持った男性、とてもじゃないが精神疾患を持っているとは思えないような人、彼くんらしき男性に付き添われた若い女性など、いろんな人がいた。
    そのうちの1人が、まるでメンタルクリニックに来たことを罪に思っているかのようにきょろきょろとしていたのが印象に残っている。
    メンタルがおかしいのは自分でもわかっていたので、僕は堂々と座って、診察の順番を待っていた。


    番号札の数字を呼ばれ、診察室に入ると、温厚そうな男性医師が待っていた。
    温厚そうとは言ったものの、頬が落ちくぼんでいて、苦労しているのかな、とも思った。

    僕はそこで現在の症状、生活環境、そして生育歴についておおむねのことを話した。
    漠然とした不安感があること、落ち込んでやる気が出ないこと、楽しかった趣味も楽しくなくなって久しいこと、家庭環境があまりよろしくなかったこと、ルームシェアのトラブルで毎日がストレスなこと。いろいろだ。

    先生はふんふんと話を聞いた後、なにやら抑うつ症状の程度について話した後、気分変調症・社交不安障害・動作性チックじゃないかと伝えてくれた。

    社交不安障害は読んで字のごとくだし、動作性チックはただ人と話す時に鼻をすする癖があるだけだ。
    だが、気分変調症に関しては知らない人もいるかもしれないので、軽く説明を入れておく。

    気分変調と書くとただの気まぐれな人に思えるかもしれないが、れっきとした病気である。
    言い換えれば軽度のうつ病のようなもので、過去には慢性うつなどと呼ばれていたらしい。

    絵に描いたような(皮肉ではない)うつ病患者は
    『わけもわからずいきなり涙が出る』
    『布団から動けず生活ができない』
    『出勤前に玄関で座り込んでしまう』
    など、生活ができないレベルの症状が出るが、気分変調症はそうではない。
    動けはするし、どうにかやろうとすれば社会生活もできる。
    だが、軽いうつ症状が数年、数十年にもわたって続くのだ。
    急性の症状が出るようなうつ病とどちらが辛いのかはわからないし、言う気もない。

    それに、僕には気分変調症がどれくらい辛いのか、今ひとつわからないのである。
    僕の気分変調症は、子どものころから発症していたからだ。
    物心がつくかどうかの頃には、今のような曇天のような心持ちになっていたので、本来の自分がどういう人間だったのかが、肌感覚でわからないのだ。
    物心つく前に離婚したから父親がいない辛さがわからない、という母子家庭の子がいたりするが、それと似たようなものだろうか。

    先生の話すところによると、気分変調症はその症状の緩やかさゆえに、放置したまま数年が経過することも少なくないそうだ。
    何となく落ち込む程度の状態が続き、発症の時期によっては、自分の性格に病気が練り込まれてしまうのである。
    僕もその一例と言えるだろう。

    気分変調症の名がついて

    こうして気分変調症という病名が付けられたわけだが、僕は妙に腑に落ちた気分になっていた。
    根の深い病気を抱えていたから、過去のあれもこれも失敗したのかな……と、これまでの答え合わせがされた気分になったのだ。

    まさか自分が病気になるなんて…などという感傷がなかったのは、これまでの人生が芳しくなかったからだろう。落胆がないのは、個人的には幸いだった。
    その後、先生と治療の方針を話し、最初の診察は終わった。
    精神障害者手帳や自立支援医療の申請についても話し合った。
    こうして僕は、お墨付きの精神障害者になったわけである。
    そりゃそうだ、という心地だった。

    だが、その後にモヤモヤとしてしまった。
    待合所で会計の呼び出しを待っている間、過去に言われた言葉を思い出したのだ。

    それは、学校でかかわった先生たちの言葉だった。
    僕は見るからに覇気がない生徒だったようで、先生たちはよく
    「頑張ってないよね」
    「本気出してないよね」
    「見損なった」
    などの言葉をかけてきたのだ。
    前職でパワハラをしていた上司も、僕に覇気がないとかやる気がないとか言っていた覚えがある。

    僕は頑張り屋とは言えない性格だが、昔から目立って何かをサボったわけではなかった。
    自分なりに普通に、できることをやっていたつもりだった。
    だから、やる気云々の言葉を投げつけられた時、僕は少なからず驚いた。
    その時は表にこそ出さなかったが、20年近い年月が経っても覚えているということは、それだけ衝撃で、おそらくは傷つきもしたのだろう。

    それらの言葉から類推するに、僕が自分なりに頑張っている姿は、はたからは怠け者に見えるということだ。
    頑張りや努力なんて、頑張ってる風に見えやすい奴とか演出が上手い奴が得するだけの言葉なのだ。

    そんなことを思っているうちに会計は終わり、もらいなれない向精神薬と睡眠薬を処方されて、その日は帰ることになった。

    さっきも書いたかもしれないが、見事に精神疾患の診断を下されたことにショックはなかった。むしろ精神的にはいたって健康、などと言われたほうがショックだったくらいだ。
    ここで健康と言われた日には、自分という人間が、何がどうしておかしいのかすらわからなくなるからである。

    福祉に乗っかることにした

    その後は障害者手帳を申請し、自立支援医療も適用してもらった。
    (自立支援医療とは、指定した病院と薬局に限り、料金1割負担になる制度のことだ)
    障害者手帳の恩恵はそこまで多くなかったが、個人事業主として働かざるを得なかった僕にとって、確定申告時の障害者控除は大きかった。

    こうして少ないながらも、福祉の恩恵を受けて思ったことがある。
    僕のような、頑張ったところでたかが知れているような人間は、いっそのこと障害者として生きる方向に全振りしたほうがいいんじゃないかということだ。

    それならば、持っている病気による症状を隠すことなく主張していき、得られる福祉を最大限に得て、後は軽い労働で楽をしながら生きていく方がいいと思ったのである。

    僕とて、これまでの人生では散々に辛酸をなめさせられてきた自覚はある。
    納めた税金額の面でも人口の再生産の面でも、僕はフリーライダー寄りの人間だ。そのことを今さら恥じる気もない。
    そもそも、世の中のために何かをしてやろうとか、後世のために頑張ろうという気は毛頭なかった。吸えるだけの福祉を吸って、フリーライダーのまま死んでやろうと思ったのである。

    ということで、次に調べたのは障害年金のことだった。
    受給に必要な条件を見るに、僕はもらえるとももらえないとも言い切れない状態だったが、どうせならと思って申請してみた。
    使える物は徹底的に使って、楽をして生きるのが今の目標である。

    フリーライダーに俺はなる

    いきなり社会情勢について語り出すが、近年の日本は少子化と高齢化ですっかり詰んでいるように思う。
    (実際に詰んでいるそうだが、ソースも出せないので特に断言はしないでおく)

    出生数は過去最少記録を何度も叩きだしているし、高齢者にかかるお金がとんでもないのは月々に支払う健康保険料の金額を見ればわかる。
    地獄のSNS・Xで見かける半出生主義者の意見(こんな国で子供を産みたくないなど)も、たしかに一理あるように感じる。

    そんな中、まともに生きて子を残している人たちには申し訳ないが、僕はフリーライダーとして生きることに決めた。
    まともに生きられる人たちに社会はお任せする。
    もちろん、働いた分の税金は払うが、それ以上のことはしない。
    余生は、しぼんでいく世の中を静観して生きるつもりだ。
    これが僕個人の生き方の、現在の結論である。

    それに、レールから降りるなら思い切り飛び出したほうが何かとお得なのだ。半端が一番良くないというのが、半端に頑張って数十年を無駄にした僕の学びである。

    ひとまずは、障害年金が受給できるかどうかが分かれ道になるだろう。
    受給できたら、少しは社会に対する態度が変わるかもしれない。
    決着がつき次第、障害年金の申請について、詳しく書いてみようと思う。





    ここまで読んでくださりありがとうございます。
    記事を書くのは私にとって思考を整理する大切な時間でもあります。
    もし少しでも共感や気づきがあったら、サポートしていただけると今後の記事づくりの励みになります。


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    元学校事務9年。精神障害者。 毒家庭/障害年金/学校/貧困/生きづらさ/社会への違和感。 一次体験と調査を混ぜた長文と、生活感強めの日記を書いています。 Amazonアソシエイト参加中。 小説アカウント https://note.com/famous_minnow719

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