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Photo bychamland

嫉妬や怒りを燃料にして生きるということ

    メンズヘラー

    人のためとか自分のためとか、いわば生のエネルギーで頑張っている人が、世の中にはいます。

    彼らはまっすぐに前を見据えて行動し、然るべき結果を掴んでいます。

    人に恵まれ、機に恵まれ、その機を掴む能力も持ち合わせている、ように僕からは見えるのです。とても羨ましいことでした。

    なぜなら、僕はそのようには生きられなかったからです。

    人に恵まれたこともあったのかもしれないけど、自分のせいで距離を置いてしまったんだと思います。

    明確な、素晴らしいチャンス、機に恵まれた時期もありました。
    でも、それも見事に取りこぼしました。

    本当に恵まれない人もいる中で、僕は決して恵まれていないわけではなかったように思います。

    しかし、その恵みを受け止める能力がなかったのです。

    差し伸べられた手を掴む能力が決定的に欠けていたのです。

    そんなことの積み重ねを何十年と繰り返して、僕は今この環境にいます。

    マイナス感情という燃料

    そんな始末だから僕は孤独だし、劣等感も人一倍あります。

    自分よりも恵まれていた、もしくは手を掴むことに長けていた人への醜い嫉妬も、おそらくは予想以上に溜まっているでしょう。

    不器用な人たちが泣きを見る世に対する、漠然とした怒りも、生きているうちに溜まっていったように思います。

    そういった感情は胸の奥に常に、澱のように溜まっています。

    僕にとって、何かに取り組んだり頑張ったりするには、その澱のようなものを無理に燃やしていくしかありません。

    人のために頑張るといったことはできませんでした。

    表向き、そのように偽ることはできますが、本心ではただ自分のためにしか動けないのです。

    嫉妬や怒りといったマイナス感情を無理やり燃やすことでしか、僕は俗にいうやる気らしいものを出すことができなかったのです。

    それは、体内に有害物質を燃料にするエンジンを積み込んでいるようなものです。

    僕は常に、漠然とした怒りを燃やして活動しています。

    そうするしか、自分を奮い立たせる手段がなかったからでした。


    蓄積される毒

    そういった燃料を燃やして動いていると、どうしても無理が出てきます。

    動けるには動けますが、続けていると心が悲鳴を上げるのです。

    心に毒がまわっていくとでも例えればいいのでしょうか。

    とにかくそんな感覚です。

    その毒は、一定の周期でひどい落ち込みをもたらします。

    落ち込んでしまった時は、何もやる気が出ません。

    やらなければと念じたり、どうにか仕事に気を向けたりしますが、手をつけることができなくなります。

    溜まりに溜まった毒素に心がやられて、どうにも動けなくなってしまうのです。

    ちょうど今日がそんな日で、さっきまでデスクの前で何時間も凍り付いてしまいました。

    仕事はできないとして、せめてnoteだけでも更新しようと、今はこうして文字を打っています。

    何を書こうか悩んだ末に、結局はこんな散文を書き散らかしています。

    もっと有益な、前向きな記事を書きたかったのですが、今日はそんな気持ちにもなれないようです。


    軌道修正はできないのか?

    怒りを燃やして活動するのがよくないという自覚はあります。

    ですが、先述の通り、僕にはこうしてマイナス感情を燃やすしかできませんでした。

    近い未来にも遠い将来にも、本心で期待できていないから、こんなみっともない奮起の仕方をしているのでしょう。

    歪んだ生き方ですし、改善できるものならしたいものです。

    もっと前を向いて、明るい気持ちで日々の営みに取り組みたいと思ったことも、何度もありました。

    しかし、他にどうやる気を出すべきなのかがわかりません。

    もっと未来に期待していれば、建設的な気持ちで頑張れるのでしょうか。

    世の人たちはもっと無心で活動しているんでしょうか。

    人から聞くわけにもいきません。

    これは抽象的な内面に関わる内容なので、表面的な会話でわかることではないでしょう。

    思うに、これは生まれつき、あるいは成長過程で醸造された世界観のようなものなのです。

    表面的な思考のように、簡単に開示できるものではないのだと思います。

    僕が今まで会ってきた、おそらく明るい道を生きているような人たちも、きっと無自覚に持った世界観に従って生きているのです。

    自覚していないものを開示することは難しいですし、ましてやその世界観を分け与えることは不可能でしょう。

    極めて個人的で、また極めて衝撃的な出来事でも起きない限り、人の中にある世界観は変わりはしないのだと思います。

    それは大人になってからはそうそう起きません。

    起きたとしても、凝り固まった大人の心は簡単には動かないとも思います。

    今の僕は、終生このままかもしれないとすら思ってしまうのです。

    もしかしたら変化することもあるのかもしれませんが…。

    もし変われないのだとしたら、これはとても虚しく、悲しいことだと思っています。

    明るい世界を見ることができず、暗い内面ばかりを見て生きざるを得ず、内面にこびりついた後ろ暗い感情を燃やすことで、一時的な行動力を生み出すしかないのですから。

    今日の記事は、僕の内面にある毒のおすそ分けのような形になってしまいました。

    暗い気持ちになってしまったのなら申し訳ありません。

    こうして書いたのは、僕自身がどこかで変わりたいと思っているからです。

    もし、過去はマイナス感情を燃やして生きてきたけど、今は違うという人がいたら、ぜひその方法をご教授願いたいものです。

    僕もできれば、虚しさと二人三脚するような生き方はしたくないので。


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    元学校事務9年。精神障害者。 毒家庭/障害年金/学校/貧困/生きづらさ/社会への違和感。 一次体験と調査を混ぜた長文と、生活感強めの日記を書いています。 Amazonアソシエイト参加中。 小説アカウント https://note.com/famous_minnow719

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