
【読書感想文】#3『むかしの女(鬼平犯科帳より)/池波正太郎』
長谷川平蔵が、その女……おろくと二十余年ぶりに出会ったのは、座頭・彦の市が行方知れずとなって間もなくのことであった。
このところ、平蔵は多忙をきわめている。
火付盗賊改方と〔兼任〕で、石川島にもうけられた人足寄場の〔取扱〕をすることになったからである。
10年ほど前、何度か夫に本を買っていた。いわゆる〝男の教養書〟のたぐいだ。私は自分の父について、「本をまったく読まない人だった」と聞かされてきたので、男が安定して生きるに読書習慣は不可欠に違いないと考え、そうしたのだと思う。なんせ夫は少年ジャンプとウェブ漫画しか読まない男、さすがにアラフォー前にどうにかせねば、と焦っていたのである。
忘れもしない、そのうちの一冊が池波正太郎の『男の作法』だった。
夫はぶつぶつ言いながら本を受け取っていたが、一応ちゃんと読んだらしく、特有の言い回しが気に入って、しばらくの間、池波正太郎になりきって遊んでいた。
寿司っていうのはね。こうやって……こう食べるものなんだ。
男というのは……。
等と、具体的には覚えていないけれども、生活上のあらゆることに池波正太郎を憑依させるのにハマりだし、しまいには、
掛けカバーの内側でね、布団が、こう、偏るじゃないか。そうするとね、布団がない部分。これが寒い……そういうときは、いっそ、そのまま寝てやるといいんだよ。それが男ってものなんだね。
こういう感じで、もはやむちゃくちゃだが、今思うとおもしろかわいかったな。ちなみに私は『男の作法』を読んでいないので、ほんとにこういう言い回しだったかどうかは知らない(なんでやねん)。
閑話休題
ところで池波正太郎といえば『鬼平犯科帳』である。
新旧配役でテレビドラマにもなったが、若い世代だと知らない人も多いかもしれない。なんとシリーズ累計3000万部を超えるベストセラーだ。
シリーズ第一作、文春文庫新装版の初版は2000年4月の発行だが、手元にあるのは2001年3月時点の第5刷だ。どんだけほど売れてるの。このころはまだまだ、出版不況? 知らない子ですね、という感じである。
ちなみに今回取り上げた『むかしの女』は「オール讀物」昭和43年7月号掲載とある。なんと私ですら、当時1歳……しかしその内容には古臭さなどかけらもない。さきに引用した冒頭部分から一気に、私は長谷川平蔵の世界に引き込まれていった。
しかし主人公の長谷川平蔵という男……
じつに、しこいのである。
ところでnoteの自動翻訳サービスが始まったけど、自動翻訳が「しこい」を正しく訳せるかどうか心配すぎるので、くどくど説明しておこうと思う。
ちなみに岩波国語辞典には掲載されておりません(当たり前)。
しこい【形】①キャラクターが、ひどくえっちな様。読者を興奮させ、いてもたってもいられなくすること。↔しこくない(対義語)。例文「ちょっとこの主人公—にもほどがある」
英語圏の読者諸氏にもおわかりいただけただろうか? なお「しこさ」が最大級に達することを「しこMAX」と言います(私の脳内世界では)。
ではここで、長谷川平蔵のここがしこい! を『むかしの女』の記述部分限定でまとめてみるとしましょう。
火付盗賊改方(今でいうおまわりさん?)の仕事を淡々とするにとどまらず、悪いやつらは、ただ捕まえてもダメ、放っておけばまた悪いことをする、ということで、一か所に集めて仕事を与え、生活を立て直させなくては……と、すでに更生保護思想を持っている。
政府のえらい人と仲良しなので、さっそく人足寄場を作ってもらった。
そこの取扱を任される有能っぷりと信頼されっぷり。
夏羽織を着て、しゅっとした感じで船で帰る(それとない描写だが、池波正太郎はここ「見ろよ、俺の平蔵を」と思って書いている、絶対)。
突然、顔なじみのババアに20年ごしくらいに声をかけられても、うろたえない。相手がシワシワヨレヨレで挙動不審なババアにも関わらず、すぐ素性に気付き、財布ごと金を渡してやり、いつでも家を訪ねてこい、と言える男っぷり。
そしてこのババアは19歳のころの平蔵とずぶずぶの関係だったのだ。
果たしてどういうことか? 下記引用をごらんください。
そのころの平蔵が〔本所の銕〕の異名をもって呼ばれ、無頼放埓のかぎりをつくしていたことは、すでにのべておいた。(中略)折から、本所・深川一帯で、伝法な〔すあい女(娼婦)〕として顔をきかせていたおろくが(中略)女ざかりのあぶらの乗った肌身をすりよせ、自暴自棄の血気にふくれあがっていた若者の躰を擒にしてしまったのだ。
えっちだなぁ。しかもこの二人、よくある年下男とちょいワルお姉さんではないのよ。おろくがあちこちで男を作るたび平蔵は嫉妬に狂い……っておい、主人公・40がらみの火付盗賊改方(現在)、若気の至りとはいえ、
——つかみ合い、ののしり合ううち、怒気にまかせておもわず脇差をぬき、横にはらった。その切先がおろくを傷つけたのである。もとより、殺意はなかったから、
「ざまあ見ろ!」
平蔵はそのとき、血だらけになって泣き叫ぶおろくへ毒づき、さっさと戸外へ飛び出してしまったものだ。
いや、おもっきり出血させといて「ざまあ見ろ」て! 365日働く野犬のような男として定評のある夫ですら女子どもには手を上げないというのに若き日の平蔵ったら……あまりにドメスティックバイオレンス。
これ世間でいうところの、「若い頃はヤンチャしてたけど、今ではすっかり丸くなって」ていうやつじゃないですか。良くも悪くも昭和なのか。それとも、そもそも江戸時代だからいいのか。とりあえず、そんな平蔵……令和の今、かえって新鮮(ただし暴力反対)。
ところでこの「むかしの女」、おろく。
初出の描写で老婆とあったので、さすがに江戸時代とはいえ60過ぎくらいだろうと思って読んでいったら、
20年前に27、8歳て。
ということは……その……まだ50前の女性なんですけども。
私自身はまあ、公然と一人称が俺のババアを名乗っている身なので、そこまで衝撃受けなかったけども、これは人によってはかなり……物言いが入るところではないだろうか?! とはいえ、栄養状態も生活実態も最悪なおろくなので、よぶんに老けこんではいたと思うけど……それにしても50前の女をつかまえて老婆て。
令和でよかった! と胸をなでおろすひとときです。
ところで『むかしの女』……当方、平日の夕方といえば時代劇の再放送がヘビーローテされてた時代を生きてたので、音読していくうちに興が乗り、
じょうだんじゃねぇ。あの子はむかし、本所の銕といって土地のあばれものさ。おれが乳房に顔をうめてよ、ほかの男を抱きゃあがったら只じゃおかねぇ……こういってね、いやもう日毎夜毎に、さすがのおれも腰がぬけるほどにせめたてられたものさ。
と、完全に女優。とにかくセリフがよくて、おろくに限らず、平蔵、岸井左馬之助らのセリフも……中村吉右衛門か、はたまた松本幸四郎になり切ってノリノリで吹き替えてました。これ読書って言えるの?! 言わないな。
もはや〝ひとりAudible〟でした。
……まとめると
1. 長谷川平蔵は、しこい。
2. おろくは50前なので、老婆とか言ってやらんといて。
3. 長谷川平蔵は、しこい。
というお話でした。何? まだ三回目なのにノリがいつものnoteと同じすぎる?! ほっといて。
そもそも最初のやつがちょっと、ちゃんとした読書感想文すぎました。本気だしすぎちゃった。もうこの先、二度と35オーバーのスキをいただくことはないでしょう。
今後もこつこつと、note1つ公開するごと、自宅の積読(過去読)本の中から、自分がこれぞと思う作品を読んでいこうと思います。ええ、誰も見ていなかろうとも。
ご高覧ありがとうございました。
春生文