運命のいたずら
水の音、ではなかった。
僕の足元にポタポタと垂れ落ちる雫。
それはコンクリートの床に落ちると、ロールシャッハテストのように赤黒くひろがった。
鼻血だった。
僕は右手の親指と人差し指で鼻をつまんで、鼻血の流失を食い止めた。
別にスマホであっち系サイトを見ていたわけじゃない。
妄想はしていたけど、あっち系じゃない。
もちろん、あっち系のこともあるけど、今は違う。
誓って違う。
僕はアパートの3階までの階段を上がっていた。
ただそれだけだ。
それなのに鼻血が。
誰かに見つかったら、なんて言い訳すれば良いんだろう?
ん?
そもそも言い訳は必要か?
何もやましいことなんてないのに。
やっと2階にたどり着いた。
あと少しで、自分の部屋に飛び込んでしまえば全てオッケーだ。
しかし運命は残酷だった。
ちょうど僕が本田さんの家の玄関を通り過ぎようという、まさにその時、本田さんの奥さんが顔を見せた。
本田の奥さんは悪い人じゃないけど、おしゃべり好きで、デリカシーが完璧に欠如している。
僕は鼻をつまんだまま、目で笑ってそのまま通り過ぎようとした。
「あら、鼻血?」
いったい彼女のデリカシーはどこへ貸し出されているんだ。
僕はそんな彼女の暴言にもめげず、階段を上り続けた。
「歩きスマホはだめよ。とくにあっち系サイトの歩きスマホは危ないからね」
大声が追いかけてきた。
大きなお世話だ。
それに、あっち系じゃないから。
僕は動揺して鼻をつまんだ指を緩めてしまった。
手のひらに鼻血がたまる。
ピンチだ。
あと少し。
あと少しで、玄関を開けて家の中に飛び込んで、鍵を閉めて、洗面所に直行だ。
しかし運命は、更に残酷だった。
やっと自分の家の玄関にたどり着いた僕は、世にもおぞましい光景を目にすることになった。
僕の玄関のブザーを押しているうら若き女性の後ろ姿を発見してしまったのだ。
うら若き乙女にこのザマを見られるくらいなら、本田の奥さんの生贄になった方が、まだマシだ。
僕は鼻をつまんだ手を離し、鼻血を垂らしながら階段をあと戻りしていた。

初参加です。
よろしくお願いします🙇
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【参考文献】
