
コ・ラムとぴーちゃん 第8話|挑発と鬼子母神
正式タイトル:
半世紀メンタル拷問人生で精神攻撃が効かない私、異世界ではラスボスキラーでした
シリーズ名:
コ・ラムとぴーちゃん
前回のあらすじ
夢の余韻が残る朝、雛ぴーちゃんが寝ぼけて「ラムちゃん」と呼び、ラムの胸がちくりと疼く。だが空腹は待ってくれない。ぴーちゃんの案内で《アイテムボックス》が初起動し、料理道具と調味料が揃う。さらにラムのユニークスキル《グルメハンティング》で森の“おいしい気配”を辿り、若芽や香草、実りを採取。祈りのような《リスペクトリチュアル》で命と食材に敬意を捧げ、回復の光を宿す朝ごはんを作る――しかし、村人の警告とともに黒い結晶を埋めた巨影が迫る。
前回
第7話| 朝ごはんでしゅうううう

ぴーちゃんとのラブラブ朝ごはんタイムは、あっけなく終了した。
黒い靄をまとった巨体が、森の奥からぬうっと姿を現す。
昨日の怪物より一回りどころか二回りは大きい。猪みたいな胴に、節くれ立った前脚、背中には骨みたいな棘。そして胸には、拳大の黒い結晶が埋め込まれていた。
村人たちは顔色を失い、揃って数歩下がる。
「終わりだ……」
「こんな場所で……!」
「あんたも早く、逃げろ!」
いや、逃げろって言われても。
これ、逃げたら後ろからすぐやられるやつ。
肩の上で、ぴーちゃんが羽をふるわせた。
「ママ、昨日のやつより大きいでしゅ」
「うん、そうだね」
「でも、ママなら勝てるでしゅ!」
わたしは思わず口元を上げた。
「ぴーちゃん、昨日のアレ、もう一回できる?」
ぴーちゃんは、えっへんと胸を張る。そして、上空に羽ばたいた。
「任せてでしゅ。ぴーちゃんは、ママの役に立てる有能雛鳥でしゅう!
《スキミングアイ・Lv2》!」
その瞬間、ぴーちゃんの瞳に青い光が走った。
昨日より、輪の数が多い。
青い解析の紋様が幾重にも重なって、怪物の全身をなぞっていく。胸の結晶、関節、棘の根元、喉の奥まで、光が一瞬ずつ照らした。
「おお……」
わたしは思わず感心した。
なんかもう、雛鳥なのに、めっちゃ頼もしい。
――胸の結晶が本体に近いでしゅ!
――でも外殻が厚い!
――前脚の動きは鈍いけど、しっぽの一撃が危険!
――あと――
そこで、ぴーちゃんの声が途切れた。
怪物の赤い目が、ぎらりと光る。
次の瞬間、そいつはわたしではなく、上空のぴーちゃんを狙って、一気に跳んだ。
「ぴーちゃん!!」
時間が、ひどくゆっくりになった気がした。
小さな青い雛。
黒い巨体。
牙。
爪。
そして、昨夜の夢が頭の中で閃く。
ピンクのスイートピー。
やわらかい胸毛。
「ラムちゃん、もう帰ろう」
それが黒い靄に呑まれ、黒い結晶へと圧縮されていった瞬間。
だめだ。
また失うのは、絶対にだめだ。
やらせるもんか!!
喉の奥から、ほとんど咆哮みたいな声が飛び出した。
「うらあああああっ!!
テメーの相手は、このわたしだああああ!!
かよわいぴーちゃん狙ってんじゃねえぞ!!
かかってきやがれ、このデカブツがあああああッ!!」
わたしの叫びに反応して、空気がびりっと裂けた。
胸の奥で、何かが真っ赤に燃え上がる。
――《挑発》
発動。
ぴーちゃんに飛びかかろうとした怪物の牙が、ぎゅんっとわたしのほうを向いた。
赤い目に、あからさまな苛立ちと殺意が宿る。
その瞬間、さらに別の力が、わたしの内側から噴き出した。
頭の奥で、知らないのに知っている名が響く。
《鬼子母神》
世界が、赤く縁取られて見えた。
わたしの手の甲に、ざくろの花みたいな紋様がぱっと浮かぶ。
鼓動が早まる。
でも恐怖じゃない。
守ると決めた瞬間にしか出てこない、熱くて、凶暴で、妙にやさしい力。
わたしは直感で理解した。これはぴーちゃんを、我が子を守るための力。
物理攻撃、半減。全能力、五倍。
「なんじゃ、あんた、お、鬼?」
村人のひとりが、間抜けな声を漏らした。
無理もない。わたし自身も半分そう思っている。
さらに、空いた左手の上に、赤いザクロ型の小さなボムがぽん、と現れた。
「うわっ」
赤く透ける実。
でも果物ではない。表面には細かい魔法陣みたいな筋が走っていて、握ると脈打つように熱い。
「これ、投げろってこと?」
――貼ってもいいでしゅ!
――好きなときに爆発できるでしゅ!
「説明が親切!」
怪物が咆哮し、地面をえぐる勢いで突進してくる。
わたしの精神をえぐろうとする言葉を選びながら。
「オマエ、マタ、マモレナイ」
不思議と怖くなかった。
いや、怖いは怖い。でかいし。普通にいやだし。
でも、その怖さを押し流す勢いで、腹の底から別のものが湧いていた。
「ぴーちゃんを、狙うなっつってんだろうがああああ!!」
わたしは正面から踏み込んだ。
怪物の前脚が振り下ろされる。
昨日のわたしなら即死コースだ。
でも今は違う。腕で受けても、衝撃が半分以下に散るのがわかった。痛いけど、折れない。むしろ押し返せる。
「ママ、右に!でしゅ!」
「了解!」
わたしは半歩ずれて爪をかわし、そのまま怪物の脇腹へ滑り込む。
手の中のザクロボムを、毛皮の隙間へぴたっと貼りつけた。
「一個目、設置!」
「ママ、しっぽ来るでしゅ!」
「はいよ!」
ぶん、と唸って飛んできた棘だらけの尾を、わたしは身を低くして避ける。
朝日が、赤い紋様の浮いた手の甲をちらりと照らした。
「ママ、胸の結晶にひびでしゅ!
左前から二歩、飛び込んで、下から打ち上げるでしゅ!」
「了解!」
怪物が再び突進体勢に入った。「クロイイシニ、ナレ」
わたしは正面から笑ってやった。
「うるさい!! わたしがおまえを丸焼きにして、BBQパーティー開いてやるわ。突撃しかできない単細胞が!」
村人たちが後ろでざわめく。
「な、なんだあの女……」
「どっちが魔物なんだ……?」
失礼な。
でもちょっとわかる。
わたしは怪物の突進をぎりぎりでかわし、胸元の黒い結晶の真下へ滑り込んだ。
もう一個、ザクロボムを叩きつける。
「二個目、設置!」
――今でしゅ、ママ!
ぴーちゃんの羽が、ぶわっと大きく開いた。
雛なのに、その瞬間だけ輪郭が少し成鳥に近づいたみたいに見えた。青い羽ばたきが、音波になって空気を震わせる。
「《ブルーウィング》、補助展開でしゅ!」
青い音の刃みたいなものが、怪物の胸元を囲う。
わたしは右手を振り上げた。
「じゃあ、いくよ――
起爆」
どんっ!!
赤いザクロボムが、胸元と脇腹で同時に弾けた。
火ではない。
赤い果汁みたいな光が一瞬ぶわっと広がり、その中心を、ぴーちゃんの青い羽音が貫いた。
赤と青がぶつかり、怪物の胸の黒い結晶に大きな亀裂が走る。
怪物が、絶叫した。
「もう一発でしゅ、ママ!」
「おうとも!」
わたしは跳び上がり、割れた結晶へ手刀のように拳を叩き込んだ。
「これでも食らえッ!!」
ばきん、と黒い結晶が砕ける。
その瞬間、怪物の巨体を覆っていた黒い靄が、一気に霧散した。
巨体はぐらりと揺れ、そのまま地鳴りのような音を立てて倒れ込む。
土煙。
静寂。
わたしは荒い息をつきながら、その場に立っていた。
「……勝った?」
肩の上に止まったぴーちゃんが、へろっとしながらも胸を張る。
「勝ったでしゅ……!
ママ、すごいでしゅ……!」
「ぴーちゃんもな!!」
わたしは思わず、肩のぴーちゃんを両手で持ち上げた。
「有能雛鳥でしゅううううう!!」
「でしゅううううう!」
勝利の余韻もそこそこに、わたしは村人たちの視線に気づいた。
腰を抜かしていた村人たちが、おそるおそる近づいてきた。
先頭の男は、わたしとぴーちゃんを見比べて、完全に引きつった顔をしている。
「あ、あんたたち……何者だ……?」
何者、と言われましても。
わたしは、砕けた結晶の破片が落ちた場所を見つめた。
そこにはまた、煤けた黒が剥がれ落ちて、澄んだ青の小さな核が残っている。
ぴーちゃんが、それを見た瞬間、ちいさく息を呑んだ。
「……ママ」
「うん」
わたしは村人の問いを後回しにして、そっとしゃがみ込む。
「先に、これを綺麗にしよう」

次回
第9話|次回タイトル
制作メモ
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