
コ・ラムとぴーちゃん 第7話| 朝ごはんでしゅうううう
正式タイトル:
半世紀メンタル拷問人生で精神攻撃が効かない私、異世界ではラスボスキラーでした
シリーズ名:
コ・ラムとぴーちゃん
前回のあらすじ
異世界で迎えた最初の夜、ラムは焚き火のそばで雛ぴーちゃんを抱いて眠り、夢の中で一面のピンクのスイートピー畑へ。腕の中には、今より大きく落ち着いた“初代ぴーちゃん”がいて、ラムは羽毛の匂いとぬくもりに溶けるように甘える。だが幸福は長く続かず、花畑は歪み、黒い靄が青い鳥を結晶へ圧縮していく。叫んで目覚めたラムは現実の雛を確かめ安堵するが、ぴーちゃんの胸奥で青い光が点滅し、失った“青”の記憶と約束が疼き始める。
前回
コ・ラムとぴーちゃん 第6話| 夢のなかのスイートピー

朝、最初に目を覚ましたのは、わたしじゃなかった。
胸元でもぞ、と小さなぬくもりが動いて、わたしは薄く目を開けた。
焚き火はほとんど灰になっていて、森の朝の光が木々の隙間からやわらかく差し込んでいる。
ピュロロロ、と雛鳥特有の小さな鳴き声。
モゾモゾと喉元へ移動する、かわいくて小さなアンヨの爪の感触。
「……ぴーちゃん、起きたの?」
わたしがまだ寝ぼけた声で呼ぶと、胸元から青い小さな頭がぴょこっと出た。ぴーちゃんがよく見えるように、そっと手の上に乗せた。
昨日の夜より、少しだけ羽の色がはっきりして、光の加減で虹色が見える。背中に、あの青銀の細い模様も、うっすら残っていた。
ぴーちゃんは、わたしの顔を見上げた。
「……ラムちゃん?」
わたしは固まった。
「…………え?」
ぴーちゃんも固まった。
朝の森で、わたしと雛鳥が見つめ合う。
なんとも言えない沈黙が、数秒流れた。
先に目をぱちぱちしたのは、ぴーちゃんのほうだった。
「ち、ちがうでしゅママ! いまのは、なんでもないでしゅ! たぶん寝ぼけてたでしゅ!」
「いや待って、待って待って。今なんて言った?」
「ママでしゅ!」
「その前!」
「し、しらないでしゅ!」
小さなくちばしが、明らかにあわあわしている。
わたしは思わず身を起こした。
胸の奥で、昨日の夢の余韻がずきりと疼く。
ピンクのスイートピー。ひと回り大きな青い鳥。大人びた声。
ラムちゃん、と落ち着いたやさしい声音でわたしを呼んだ、あのぴーちゃん。
でも、目の前にいるのは、まだちみっこい雛鳥のぴーちゃんだ。
黒い目はきゅるんとしてるし、羽もまだふわふわで、どう見ても「めんちょい」のかたまり。
「……ほんとに寝ぼけてただけ?」
わたしがそっと聞くと、ぴーちゃんはわたしの指先に頬をすりっと寄せた。
「そうでしゅ……ママを見たら、なんか、ぽろって出ちゃったでしゅ」
「ぽろって」
「ママは、ぴーちゃんのママでしゅ!」
「うん」
「だから、いまのは忘れるでしゅ!」
「もう、どっちでもいいか……かわいいは正義!」
わたしは小さく笑って、ぴーちゃんの頭をそっとなでた。
ぴーちゃんは気持ちよさそうに目を細める。
「ぴーちゃんはぴーちゃんだし」
「そうでしゅ」
「でも昨日より、少し大人びた感じするね」
その瞬間、ぴーちゃんはえへんと胸を張った。
雛のくせに、妙に堂々としている。
「クリスタルぱわーでしゅ」
「雑な説明きた」
「でも、ママ」
ぴーちゃんは、わたしの肩にちょこんと乗りなおすと、急にぴっと首を上げた。
「おなかすいたでしゅ」
「わかる。わたしもお腹すいた」
「でしゅよね。異世界の朝は、まず朝ごはんでしゅ」
「いやそれはそうだけど、食材どこにあるの」
昨日の夜は疲れきっていたし、森も暗かったから、とにかく火だけ起こして寝た。
周囲を見ても、木、草、石。以上。
朝ごはんが自生している気配はない。
すると、ぴーちゃんは当然のことだと言う顔で、くちばしを開いた。
「アイテムボックスでしゅ」
「……は?」
「アイテムボックス!」
「いや、叫んだら出るタイプなの?」
「そうでしゅ!」
「なんで昨日のうちに言わないの!?」
「ママのお胸の中があったかくて、ぴーちゃんも眠くなっちゃったからでしゅ」
「理由がかわいすぎて怒れない!」
ぴーちゃんは、ふんすと鼻息を鳴らした。そして、安心したかのように、わたしの肩の上で羽繕いを始めた。
「ママは、もう使えるでしゅ。心の中で“アイテムボックス”って思ってもいいし、かっこよく声に出してもいいでしゅ」
「かっこよく……」
今までの世界なら、ひとりでそれを叫ぶのはちょっと恥ずかしいけど。
異世界転生小説や漫画好きとしては、「やってみたい」中二病のかっこよさ。
わたしは咳払いをひとつして、右手を前に出した。
「……アイテムボックス、オープン!」
ぽん、と音がした。
空間がふわりとゆらいで、目の前に半透明の箱みたいな光の窓が開く。
中には、包丁、まな板、小鍋、小さなフライパン、木のスプーン、塩、油、見覚えのない異世界の調味料、そして見慣れたような見慣れないような乾燥ハーブが、きっちり揃っていた。
「うわっ」
「でしゅでしゅ」
「ちょっと待って。これ便利すぎない?」
「ママはお料理する人だから、必要でしゅ」
「そういう理由なんだ」
「あと、食材は取りにいくでしゅ」
「取りにいく」
ぴーちゃんの目が、きらんと光る。
「ママには、もうひとつスキルがあるでしゅ。《グルメハンティング》 でしゅ」
わたしは思わず笑った。
「なにそれ、めっちゃいい名前」
「半径三キロくらいまでの“おいしい気配”がわかるでしゅ。山菜、果物、お肉の気配、ぜんぶでしゅ」
「それ、最高では?」
「最高でしゅ」
わたしは立ち上がって、森の朝の空気を吸い込んだ。
すると不思議なことに、ほんとうに“匂い”とは少し違う何かが、頭の中へ流れ込んできた。
右手の方角、少し湿った斜面。やわらかい若葉。
少し先に、酸味のある小さな実。
もっと奥に、きのこみたいな香り。
さらに、川の近くには、つんとした草の匂い。
「……わかる」
「でしょ!」
「すごい。おいしそうなものの地図が頭に出てくる」
ぴーちゃんは、わたしの肩でぴょんと跳ねた。
「行くでしゅ、ママ! 朝ごはん素材採取の時間でしゅ!」
***
結果から言うと、異世界の森はかなり豊かだった。
わたしは湿った斜面で、こごみみたいにくるんと丸まった若芽を採り、川辺で香りのいい細い草を摘み、赤く熟した小さな実も見つけた。
木の根元には、食べられそうなきのこもあった。
もちろん「たぶん」で食べるほど命知らずではないので、そこはぴーちゃんに確認する。
「これ、食べられる?」
「いけるでしゅ。ちょっと苦いけどおいしいでしゅ」
「優秀~」
「叡智の番人でしゅから」
「まだ雛なのに?」
「雛でも叡智は叡智でしゅ」
言い返せなかった。
わたしは採ったものを洗い、アイテムボックスから取り出した小鍋でさっと湯通しし、香草と一緒に炒めることにした。
アイテムボックスに入っていた、塩気のある燻製肉も少し刻んで加える。ぴーちゃん曰く、「ぴーちゃんは、鶏肉以外は大体食べられるでしゅ」とのこと。叡智の番人は、普通の小鳥ではない。
火にかけると、じゅわっと音がして、森の朝の空気に、青い香りと旨みが混ざった。
「わあああ……ママ、このハーブの香り、おいしいでしゅうう」
「いい匂いだよねえ」
ぴーちゃんは鍋のふちすれすれまで身を乗り出して、うっとりしている。
その姿が危なっかしくて、わたしは反射的に片手で支えた。
「落ちたら熱いでしゅよ」
「だいじょうぶでしゅ!」
「ぴーちゃん、危ないでしゅ~。ママが心配するの」
わたしは採ってきた赤い実を少し潰して、甘酸っぱいソースみたいに仕立てた。
森の若芽の炒めものに、そのソースをほんの少しかける。
見た目が急に華やぐ。
「ふふん」
「ママ、なんか得意げでしゅ」
「当然でしょ。獲物を発見して素材を採取、下ごしらえしてから工夫して調理。未知の世界でも、美味しい手料理を作りサバイブできる自信がついたわ。これぞ、山菜ハンターの醍醐味よ」
わたしは木のスプーンを持って、鍋の前で少しだけ目を閉じて手を合わせた。自分の内側から溢れ出る力の流れを感じる。脳裏に、新しいスキル名が浮かんできた。
「ママ?」
ぴーちゃんが不思議そうに聞く。
「《リスペクトリチュアル》」
「すごい、ママのユニークスキルでしゅ……!」
わたしは小さく息を吸う。
「食べるものに敬意を。大自然の循環と、ここへ来るまで生きてくれた命に感謝を。あなたの命を引き継ぎ、わたしたちの身体と心を、満たしてくれますように」
鍋の上を、やわらかい光がふわっと撫でた。
ほんの一瞬、火が青くゆらぐ。
ぴーちゃんが「ぴゅい!」と嬉しそうな声を上げた。
「いま光ったでしゅ!」
「成功したっぽいね」
「これでHPとMP、ぜんぶ回復ごはんでしゅね?」
「そういう設定になってるっぽいから、たぶんそう」
わたしたちは朝の森の中、草の上に座って、できたてのごはんを食べた。
「「いただきます」」
ぴーちゃんとわたしの声が重なる。
「おいしい……」
「おいしいでしゅうううう」
若芽のほろ苦さ。
香り草のすっとした青さ。
乾燥肉の旨み。
甘酸っぱい実のソースが、それをひとつにまとめている。
ぴーちゃんは、ちいさなくちばしで一生懸命ついばみながら、幸せそうに目を細めた。
「ママ、これ、すごいでしゅ」
「でしょ」
「森の味がするでしゅ」
「うん。森そのものを食べてる感じ」
「ママはやっぱり、すごいでしゅ」
「うふふ」
ちょっと誇らしくなって、わたしは深呼吸して、青空を見上げた。
異世界の朝。
めんちょい雛鳥。
おいしいごはん。
なかなか悪くない。というか、かなりいい。
――と、そのときだった。
「おい、あんた!!」
鋭い声が飛んできて、わたしは反射的に立ち上がった。
少し先の茂みから、三人組の村人らしき男たちが駆け出してくる。
革の服、粗末な槍、緊張で強張った顔。
先頭の男は、こちらを見るなり目を剥いた。
「こんな場所で一体何をやっているんだ!?
のんきに飯なんか食っていたら、モンスターに襲われるぞ!」
わたしは、木のスプーンを片手に持ったまま、ぱちぱちと瞬いた。
「……えっと」
肩の上のぴーちゃんが、小さく「ぴ」と鳴く。警戒の声。
そして次の瞬間、わたしたちのすぐ後ろの森の奥で、昨日よりずっと低く、ずっと重たい唸り声が響いた。
ぐるるるる……。
村人たちの顔色が一気に変わる。
「来たぞ!!」
わたしはゆっくり振り向いた。
木々のあいだから、黒い靄をまとった大きな影が、こちらを見ていた。
昨日の怪物より、明らかに大きい。
そして、胸のあたりには、拳ほどもある黒い結晶が、鈍く埋め込まれていた。
ぴーちゃんの小さな爪が、わたしの肩をきゅっと掴む。
「ママ」
声が低い。
「……うん。わかった」
わたしは木のスプーンをそっと置いた。
「朝ごはんタイム、終了だね」
次回
コ・ラムとぴーちゃん 第8話| 挑発と鬼子母神
制作メモ
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