ChatGPTと一緒に文章を書く時代における、自分の文章の作り方
♦️日常の事柄を書き記した【雑記】です。
書くことは同じでも、書き方は変わった
数年前までは、最初から最後まで自力で記事を書いていました。
頭の中にあることを言葉にして、順番を考えて、記事にまとめる。好きな作業ではありましたが、苦労していたこともあります。
例えば、記事を通して読者に伝えたいことを整理して、それぞれの話をメッセージに自然に繋げる。疲労感がある時ほど、こうした作業に時間を取られていました。
いまは、ChatGPTをはじめ生成AIがあります。これらを使わずに、記事を書き上げることは、もう考えられません。
自分の想いや体験、参考情報を渡して、ドラフトを作成してもらう。そこから全文を読み返し、必要に応じて添削し、記事に仕上げます。
これらによって、作業時間が短縮されただけではありません。以前苦労していた、全体感と各論の整合性について、より効率的に考えられるようになりました。
文章を「作る」ことに費やしていた労力の一部を、文章を「考える」ことに使えるようになったのだと思います。

過不足なく伝えるために削る
仕事においては、コミュニケーションにおいて「論理的で過不足なく説明すること」が求められがちです。
自分もnoteで記事を書くときに、こうした点に注意しています。
ChatGPTは、こちらが与えた様々な情報を自然に繋げてくれます。一見して整えられた文章が返ってきます。
しかし、個々の内容は正しくても、それが今回の記事(メッセージ)に必要とは限りません。そこで、自分は必ず全文を読み返します。
この記事で、一番伝えたいことは何なのか?
その問いを軸にして、話の繋がりに無理が生じていないか、確認する。説明が足りなければ加える。一方で、本筋から外れているなら、内容として正しくても削る。
論理的であることは、たくさん説明することとは違います。必要な話が適切な場所に配置され、それらが一本の線として繋がっている。それが、記事における「論理的で過不足なく説明すること」だと考えています。

最後に、自分の文章に仕上げる
自分がnoteを書き始めた頃と比べれば、文章を取り巻く環境はずいぶん変わりました。生成AIは身近になり、LLM(大規模言語モデル)も常に進歩を続けています。
ITに直結する仕事をしている以上、自分もそうした変化に食らいつき、技術を日常的に学んでいます。
一方で、言葉を使役する者としては、少し違う見方をしています。
どれほど高性能な言語モデルが登場しても、自分が何を学び、経験し、何を感じたか、そうした材料まで、生成AIと同じにはなりません。
だからこそ、自分の経験や思考をChatGPTに渡して文章にする。返された文章を確認し、自分が本当に伝えたいことを基準に添削する。最後に、自分の記事まで仕上げていく。
文章をイチから自力で作ることだけが、「自分で書く」ということではないのだと思います。
文章を書くことが好きなのは、昔から変わりません。その「好き」を続けるために、書き方は時代に合わせて、変えていきたいです。
これまでnoteで書いてきたことを材料に、Kindle(エッセイの出版)に挑戦することも、その延長線上にあります。
技術の変化を学び、使えるものは使う。そして、「何を伝えるのか」を最後に決めるのは、自分で在りたい。
これが、自分なりにChatGPT(生成AI)と一緒に「自分の文章」を作ることだと考えています。
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最後まで読んで頂き、ありがとうございます。この記事が、何か皆さんの未来を変えるキッカケになれたら幸いです。
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