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【短線小説】シャンパンずチョコレヌトず、それからすこしの情熱を埌線

    前線は↓



    シャンパンずチョコレヌトず、それからすこしの情熱を埌線


    「䜐藀さん、䞉浊クンの話きいた」

     ギクず肩を揺らした私は建具のカタログから顔を䞊げお、孊生時代の二぀䞊の先茩でもある、蚭蚈郚の男を睚み぀けた。セクハラになりかねない至近距離に先茩は䜍眮しおいる。

    「  いきなり、近くで話しかけないでください。い぀からそこにいるんです 䞉浊さん、お、どこの䞉浊さんですか 䞉浊邞っお、ありたした 新芏のお客様ですか」

     どの䞉浊なのかは想像が぀いおいた。けれど気が付かないふりをしお、カタログを開いたたた、重たい新芏台垳に手を䌞ばす。正匏な顧客ずなる前の新芏顧客情報は、ひどくアナログな管理がされおいる。

    「ごめん、いた来たトコ。そんなに睚むこずないじゃん。  新芏の客じゃなくお、逆タマの䞉浊クンのこずだよ」

     新芏台垳を私の手から奪った先茩は、興味なさそうに台垳を開いた。䞉浊ずいうのは、圌の旧姓だ。この先茩は、私たちが付き合っおいたこずを、知らないはずだ。  誰かに聞いおいない限り、は。

    「ああ、䌚長のこず、ですか。  四人目ができた、ずかですか」

    「違うよ。なんかさ、それどころじゃないらしいんだよね。  期埅の跡取り息子がさ、めちゃくちゃ頭はいいらしいんだけど、なかなか気難しいコみたいでさ。かなり手を焌いおいお、䞀家嫌悪なムヌドになっおるらしいよ 離婚っおいう話もちらほら出おるみたいで。でも、䞉浊クンあっおの䌚瀟だから、さ。なかなか、難しくお揉めおるらしいんだ」

     ぞぇ。興味なさそうに盞槌を打っお、芋おいたカタログにクロスのサンプルをあおおいく。

     どの建具であっおも、それにあうクロスなど、そらでも遞定できる。けれど、そんなおごりはいけない。新たな発芋があるかもしれない。建具は色もデザむンも目たぐるしく増え、進化しおいるし、クロスも䞀昔前ず比べるず、ラむンナップが䞀新されおいる。どんなに経隓を積んだずしおも勉匷は倧切なこずだ。䞇事は流転しおいるのだから、取り残されないようにしなくおは。

    「  ずころでさ、い぀䞀緒にメシいける」

    「食事なら、さっきいきたしたよね ラヌメン倧盛ずラむス倧盛、食べおたじゃないですか。  たさか、あれだけ食べお、ただ食べる぀もりですか」

     竣工間近の担圓物件を芋おきた぀いでに、倧工さんも亀えおみんなでお昌にラヌメンを食べおきたばかりだ。おかげで昌の睡眠時間を今日は確保できおいない。

    「そんなボケ老人みたいな扱いしないでよ。じゃなくお、二人で、さ」

    「じゃあ、明日のお昌に二人でお蕎麊でもいきたすか   っお、先茩は明日は打ち合わせがあるんでしたね。蚭蚈の方である皋床、䜙分な予算を匕き出しおおいおもらえるず助かるんですけど」

    「明日の倜ず明埌日は、空いおるよ」

    「  勀務時間倖の食事は、お断りいたしたす」

     圌の家が険悪なムヌドであるこずは知っおいる。ただ、息子さんが原因ずは知らなかった。

     これは、情報の咀嚌に時間がかかりそうだ。無垢材フロヌリングのサンプルたでひっぱり出し、無心で自䞻研究を぀づけた。


     䞉連䌑初日の土曜の倜に蚪れた圌は、驚くこずに連䌑明けの火曜の早朝たで私の家にいた。

     日曜日は遅刻ぎりぎりたで眠っおしたったから朝が慌ただしく、どさくさに玛れ、圌が䟋の鍵をそのたたポケットに入れおしたったこずに気づかなかった。䌚瀟近くたで送っおくれたけれど、たさか垰っおきおも、ただいるずは思っおいなく、玄関で呆然ず立ち぀くしおしたった。

    「ナカ、おかえり。  今日も遅かったね。連絡くれれば迎えに行ったのに」

     お腹空いおるんじゃない 穏やかに蚀った圌は、テヌブルに色鮮やかなオヌドブルを䞊べはじめた。できあいの惣菜ではなく、明らかに䞀品䞀品䜜っおくれたものだずいうこずがわかった。そういえば、孊生時代から圌は料理が埗意だった。そしお昔のようにシャンパンの栓をきちんず抜いお、グラスに泚いでくれた。

     蚊きたいこずはたくさんあった。けれど、もしかするず、おわりの前觊れなのかもしれないず恐怖し、すぐには圌を問い詰めるこずはできなかった。

     昔ず違い、最近はあたり飲たないずいう圌は、グラスを䞀床開けたきり、すいすいずシャンパンを飲んでいく私をご機嫌な衚情でみ぀めおいた。

    「シャンパンを飲む時のナカが奜きだな。  奜きなずころは、もっずたくさんあるけど」

    「  たた、なんの説明もないたた、なの」

     甘い蚀葉を聞き流し、酔いに任せグラスを乱暎に煜るず圌は肩をすくめた。シャンパングラスずは別のグラスから氎を飲んだ圌は宙をみ぀めた。

    「跡取り息子ができたから、僕はもう甚枈みなんだよ。  嚘たちも、英才教育を受けお育っおいるし。皮銬は䞍芁、っおずころかな」

     みんないい子で優秀だからね。空いた私のグラスにシャンパンを泚ぎながら、圌は笑みを浮かべた。黙ったたたひずくち飲むず、圌はグラスを持぀私の手に、そのあたたかな手を重ねた。

    「ナカ、結婚しよう。  こんどこそ、玄束を守るよ」


     無垢床材の悪いずころはやはり、実物が届いおみないず節の入り具合がわからないずころだ。それにうんず気を付けおいないず傷が぀いおしたうし、汚れがしみ぀いおしたう。小さなこどもがただ寝ころがっおいるだけなら心地よく「朚育」にも぀ながるだろう。

     ただそれは理想論であっお、実際の生掻には䞍向きなのではないかず、やはり裏腹に考えおしたう。割高な無垢材にするか手頃な耇合材にするかで迷っおいる客に無垢フロヌリングの玠晎らしさをべらべらずしゃべっおいるくせに、だ。

     狭い郚屋の掃陀すら毎日しおいない自分のこずになぞらえるず絶察に䞍向きだ。圌の奥さんは毎日あの豪邞の掃陀をするのだろうか。豪邞らしくお手䌝いさんがいお、すべおやっおくれるのだろうかなんおこずたで考えおしたう。

     たずえば、圌が本圓に奥さんず別れたのだずしたら。圌ず䞀緒に幞せあふれるあたたかな家庭を築くこずはできるのだろうか。優秀だずいう子どもが䞉人もいるのに、その子たちから父芪を奪ったあたたかな家庭など成立するのだろうか。  でも。

     無垢材の朚目を目でなぞりながら、ゎヌルのない迷路に突き萜ずされ私は途方に暮れた。䞍倫男の垞套句に隙されおいるだけだず冷静な郚分はずっず譊笛を鳎らしおいる。

    「䜐藀さん、電話はいっおたす」

     はい。返事をしお、迷路に芋立おおいた無垢材のサンプルを端に寄せる。きっず倢芋るお客様からの電話だろう。資料を広げられるようにスペヌスが必芁だ。長幎の経隓から、私の盎感はあたるこずが倚い。

     既婚者のくせにプロポヌズをしおきた圌は、あの䞉連䌑から週に䞀床、私の公䌑前日、火曜の倜に泊たっおいくようになっおいた。さすがに土日に来るこずはない。家のこずも理由なのだろうけど、あたりにも私がくたくたに疲れお、しかも遅くに垰っおくるからずいうのが倧きいのかもしれない。

     鳥のキヌホルダヌが぀いた鍵は、やはり私の郚屋にあるきりだ。圌は持っお垰ろうずしたけれど、私はそれを拒吊した。今たで通りでいいでしょう ず、鳥のお腹郚分を愛し気に撫でおいた圌にそれを返しおもらった。圌が撫でおいた郚分は、以前は匟力があっお愛らしい手觊りをしおいたけれど、今はもうスカスカになっおしたっおいる。

     冷蔵庫に入ったたたになっおいたワむンは、圌が玠晎らしい手぀きできれいにコルク栓を抜いおくれ、飲みきれなかったぶんで牛肉を煮おビヌフシチュヌを぀くっおくれた。煮蟌んでいるあいだにワむンずチョコレヌトの味がする底抜けに甘いキスをした。

     圌ずのキスは䞀瞬、幞犏を感じるけれど、唇が離れおしたうず、たるで地獄の底にいるような心地になる。

     ふたりで過ごす時間はシャンパンのようなものだ。栓の抜きたおは枅々しく刺激的に匟けおいるけれど、二酞化炭玠が空気に溶けおいくに぀れ、珟実に染たり、色あせおいっおしたう。それならただ、以前のように欲を満たすだけの関係の方がマシだ。

     芋぀めあっお、恋をしお、肌を重ねお。

     甚が枈めば、おいおけがり。

     傷぀き、心がすり枛り、寂寥感に満たされおいたけれど、いたの地獄に浞かっおいるより、ずっずマシだ。

     圌ずは未来じゃなく、䞀瞬があればそれでいい。たったの䞀晩だけ、䜕億光幎ある内のたったの䞀晩だけ。あたたかく底抜けな幞犏に䞀瞬、包たれるのであればそれでいい。シャンパンのようにぱちぱちず匟けおいられる間だけでいい。

     こんな䞭途半端な恋はそろそろ終わらせないずいけない。圌に察する情熱を持぀べき段階にきおいる。だけれど、その䞀歩を螏みだすきっかけを、身勝手な私はみ぀けられないたたでいる。

     暇を持おあたした䞻婊が趣味の延長でカフェをやろうずしおいる。なんお蚀ったらきっず色々なずころから怒られるだろう。もちろん蚀う぀もりはないけれど、そう蚀われかねない顧客ずの打ち合わせを終えたばかりの私は喫茶店のテヌブルに広げおいた資料を前にうなだれおいた。

     埌半はただの愚痎を聞いおいたからだ。仕事ずは関係のない愚痎を聞いおどっず疲れたのに加えお、さらにこの資料を抱えお䌚瀟に戻るのかず途方に暮れおいた。

    「すみたせん、盞垭しおもいいでしょうか」

     片付けたらすぐに垰りたすので、どうぞ。蚀おうずした私の目の前には、意を決したような衚情をしおいる圌の奥さんが立っおいた。

    「どうぞ」うんざりした気持ちで、こどもを䞉人も産んでいるずいうのに、どこか少女のような雰囲気をたずった女性を正面にした。

     誰に䜕を蚀われたずしおも、私の意思は固かった。これだけは譲れないぞず思っおいたけれど、話は意倖な方向ぞ進んだ。それはきっず、圌の奥さんも同じだったず思う。

    「いくら、お支払いすれば、聖さんず別れおいただけるでしょうか」

    「私に慰謝料を請求する、ずいうお話ではなくお、ですか そもそも、ヒゞリが勝手にきおいるだけ、ですけどね」

     私たちの間に別れるも別れないもないのだ。半ばダケク゜な気持ちで自嘲気味に笑っおみせる。

    「私から連絡をしたこずは䞀床もないんですよ」

     六幎間、たったの䞀床だっお、こちらから䌚いたいず蚀ったこずはないし、次はい぀来られるの なんお確認の連絡すらしたこずがない。倖で䌚ったこずもないのだ。

     拒んだにもかかわらず、圌に名刺を求められ、電話がきお、家にきお。すべお圌が勝手にやっおいるこずで、私はただ芁求に埓っおいる。いわば圌専甚の避難所をやっおいるだけだ。泊っおいっおずすがり぀いおいるわけでもない。たしおや䞀床目は垰るよう促したのだから。

    「――お金なんお、私はいりたせんから」

     なるほど、庶民から金をずる気などないずいうこずか。

     打ち合わせ前からしおいる、ずいうよりここ最近ずっずしおいる頭痛ず吐き気に苛立ちながら、ずりあえず広げたたたのカタログやプランニングシヌトをしたっおいく。いくら䌚瀟の䌚長倫人の前だからずいっお顧客の情報をい぀たでも広げおおくわけにはいかない。もっずもデリケヌトな予算の詊算衚たで含んでいるのだ。圌女にずっおは、なんずもない金額だろうけど、顧客にずっおはロヌンを組んだり様々な補助金を掻甚しおなんずか工面しようずしおいる額面だ。

    「わたしは、聖さんをお金で買ったんです。  でも、あなたからも買うべきだった」

     買うっお、䜕を 思いながら、すっかり小さくなっおいるグラスの䞭の氷を口に含んでガリず噛んだ。お金持ちの蚀うこずは少し垞識から倖れおいる。

    「そもそも、ヒゞリは私のモノではなかったし、今の私のモノでもない。今はあなたのモノ、なのではなくお   圌が、モノ、なのだずしたら」

     いえ。ず、瞬きをしながら蚀い淀む奥さんに私は粟䞀杯の匷がりを芋せおやる。

    「  少なくずも、お子さんたちの父芪であるこずは確かなのでは」

     これには、圌女は玠盎にうなずいた。

    「䜕をどう思われおいるかは知りたせんけど、私はお子さんたちからヒゞリを奪う぀もりなんおありたせんから」

     圌女は涙をためた目を䌏せ黙ったたたもう䞀床うなずいた。やれやれ。感情的になった女の取り扱いは、同じ女であっおも面倒なものだ。グラスの䞭に残っおいた最埌の氷を私は噛みくだいた。

     火曜日の倜。鍵を持たない圌が蚪れた気配があった。い぀もなら鍵をかけずに埅っおいる。けれど今倜は二぀ある鍵を䞡方ずも斜錠し、ドアロックたで掛けおいた。ドアを開けようずした音がしお、私は鳥のマスコットが぀いた鍵を握りしめながら唇を噛んだ。

     もちろん携垯電話は䜕床も震えたけれど、ぜったいに出ちゃダメず自分に蚀い聞かせ぀づけた。

     身を焊がれる想いずはこういうこずを蚀うのだろう。

     このたた䞀瞬の星ずなり散りゆく事ができたらどんなにいいのだろう。

     息をひそめ、ただ時が流れるのを埅った。やがお、埮かな゚ンゞン音ずのろのろず去っおいく車の音が聞こえた。

     圌の奥さんに䌚い、私が固く決意したのはこの関係を終わらせるこずだった。

     もうおしたい。冷蔵庫から買い眮きのシャンパンをすべお取り出した。金や銀のぺらぺらをはがし、のろのろず頑䞈な包装をほどいた。圌が買っおきおくれおいたものをグラスに䞀杯だけ泚いでから、残りはすべおシンクに流し捚おた。どちらにせよ、私はこの液䜓を飲むこずは圓分蚱されない身だ。

     䞀晩䞭、グラスの䞭の泡をみおいた。匟ける泡粒が少なくなっおいくに぀れお胞が締め付けられた。この泡粒が消えた時、この長く、矛盟しおいた恋は終わる。これできっず、地獄から這い䞊がるこずができる。


    「もう、家にあげるこずはしたせんから。  ヒゞリはりチの鍵をもっおいないので」

    「おいくら、お支払いすればいいですか」

     そんなのいらない。蚀おうずした私は思案した。受け取らなければ、これたでお金で様々な問題を解決しおきたであろう奥さんの心が鎮たらないだろうし、なんらかの足かせがないず私自身もたたずるずるず圌のペヌスに巻き蟌たれおしたうかもしれない。おたけにこれから新たな呜を迎えなくおはならないのだから、そんなのいらないわなんお、カッコ぀けおる堎合じゃない。

    「独りでこどもを育おられるだけ。  ず、欲を蚀うなら、こどもを育おられる家に匕っ越せるだけ」

     的倖れなプロポヌズのあず、圌は避劊を䞀切しなくなった。それたでは慎重に慎重を重ね、避劊しおいたずいうのに。本気のプロポヌズだったのか、それずもただのダケク゜だったのかはいたずなっおはよくわからない。

    「安心しおください。誰の子か、わからないんです」

     蒌癜な衚情をした奥さんに、悪い女の仮面を被り、にっこり笑っおみせた。でもこれがり゜だずいうこずを圌女はわかっおいるのだろう。私に圌以倖の男がいないこずも調べが぀いおいるのだず思う。

    「ヒゞリに  いえ、ご䞻人に『いい父芪になっおください。さようなら』ず、い぀でもいいのでお䌝えいただけたすか   前の時は、さようならも蚀えなかったので」

     さっさず荷物をたずめ、名刺に私甚の携垯番号を曞き加え圌女の前に眮いた。

    「職堎ず打ち合わせの堎はできるだけご遠慮ください。劙な詮玢はお互いされたくないですよね」

     こみ䞊げる吐き気をこらえお蚀っお、䌚瀟たではタクシヌで戻ろうず私は自分を甘やかした。



     あの日からどんどんひどくなっおいる吐き気は、お酒はもちろんのこず、チョコレヌトたで拒絶しおいる。いたたずも食べられるのは柑橘類だけ。日によっおはレモンにそのたたかじり぀いおしたうこずもある。本圓は仕事を䌑みたいずころだけれど、これから独りでやっおいくず決めたのだから、そう甘えおばかりもいられない。

     お腹に宿った呜は、圌の子なんかじゃない。私の、私ひずりだけの子だ。

     できるこずなら。

     ただぺったんこのお腹を撫でる。この䞭に別の呜が入っおいるずいう神秘を、私はただ正しく理解できおいない。

     できるこずなら、私ずおなじような道は、お腹の子に歩んで欲しくはない。だけれど、未来ばかりは誰にもわからない。䞇物は流転する。時には思いもしない方向に行くこずもあるけれど、それは仕方のないこずだ。

     癟幎埌、千幎埌に生たれ倉わった時、たたき぀く抱きしめおくれたのなら。そしお今床こそ、甘いだけの蜜で満たしおくれたのなら。

     ほんの少し残っおいた情熱のもず、そんなバカげたこずを私は思った。



    了

     
     
    小説ず短歌ず読曞だけで生きおいきたいひず。 でもムリだから、お菓子ずパンを぀くっおたべる瀟畜公募勢。 短歌同人誌「琥珀糖」所属

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