善意は提案まで。決定権まで持っていかないで。|何かを勧める前に、逆の立場で考えてみる
※タイトル画像はAI生成によるイメージです。実在の人物とは関係ありません。
私は悪性乳がんのステージ3を患いました。
すでに抗がん剤治療、手術、放射線治療などがん治療のフルコースを終え、すでに1年が経ちました。今は経過観察といったところです。
しかし今回、肺に影が見つかって、詳しい検査を待っていることを投稿しました。
すると、驚いたことに!!
以前サプリをおすすめしてくださった方から、
「私の言うことを聞いて飲んでいないから、こうなった」という趣旨のお叱りメッセージが飛んできました。※もちろん、これは私なりの要約です。
さらに、それ以外にも、
「こういう治療がある」
「この先生がいい」
「一度話を聞いたほうがいい」と、いろいろなおすすめが飛んできました。
いや。
私の投稿文、ちゃんと読んでくれました?笑
私は記事の中で、わざわざ、
※まだ詳しい検査の前なので、病名の決めつけや治療法のおすすめは、今のところそっと胸にしまっておいていただけると助かります(笑)
と書いていました。
まだ何も確定していない。今はおすすめも求めていない。そう書いたつもりです。
でもそこまで書いているのに、
「肺に影」「転移の可能性」という部分だけを拾ったように、おすすめが飛んでくる。
そうなると正直、病人センサー発動する前に、せめて本文読んでくれ🤣
と思ってしまいます。
もちろん、心配してくださること自体はありがたいです。
だから、何かをおすすめすること自体を否定したいわけではありません。
ただ、相手のためを思っているなら、まず相手を見る。
何を必要としているのか。
何を必要としていないのか。
本人が何と言っているのか。
そこを飛ばして、自分のおすすめだけを差し出されたら、善意であっても、受け取る側には普通に迷惑になることがあります。
今日は、そんな「善意で何かを勧めるとき」の話を書いてみます。
その情報だけで、あなたなら動けますか?
たとえば、
「ものすごくいい先生がいます」
「ものすごくいいサプリ(他商品)があります」
「ステージ4でもがんが消えた人がいます」
「最先端の治療です」
「ほとんどの人が知らない治療法です」
「一度先生とZoomしてみてください」と言われたとします。
でも、先生が誰なのか分からない。
どこで受けるのか分からない。
治療法や施術の正式名称も分からない。
何をするのかも分からない。
費用も分からない。
資料もない。
その状態で、「とにかく一度話を聞いてみて」と言われたら。
あなたなら動けますか?
私は、「いや、まず詳細をください🤣」となります。
ていうか、怖ってなります(笑)
その方法が良いとか悪いとか、それ以前の話です。
本当に素晴らしいものかもしれない。
救われた人がいるのかもしれない。
でも、判断材料がないものは、良いか悪いか以前に判断でないんですよ。
私、こういうものを全否定しているわけでもないんです
ちなみに私は、標準医療以外のものを最初から全部否定するタイプでもありません。
むしろ、割と試します。笑
以前、ある方から、芸能人の方にもフォローされている、界隈では権威のある施術者の方を紹介されたことがあります。めちゃくちゃフォロワー数も多かったし、書籍も出されている。いろんなお弟子さんがいる。
施術時間は9分ほど。料金は15,000円。
うん、まあ時間で考えたら普通に高い(笑)
「症状を消す」というようなお話でした。
私は、「これで本当に消えるなら、医療費を考えたらむしろラッキーやん」くらいの気持ちで普通に受けました。
私は、神社にも行くし願掛けもするし、目に見えないものも割と好きです。
一方で、病院にも行く。
検査結果も見る。
薬も使う。
数字も見る。
つまり私は、ものすごくフラットに信心深い。
……フラットに信心深いって何やねん🤣
でも、本当にそんな感じです。
効くなら使う。
使えるものなら使う。
「成長を止めました」と言われた腫瘍は、普通に大きくなった
当時、私の腫瘍はもともと9センチほどありました。
それが、前半の抗がん剤がよく効いて、3センチほどまで小さくなっていました。
そのタイミングで施術を受け、「腫瘍の成長を止めました」というような説明を受けました。
完全に消すには、さらに費用が必要とのこと。
私は、「まあ、3センチで止まるなら、それでもありがたいか」と思って追加の治療は受けませんでした。
ところが。
手術前に測った腫瘍は、8センチ。
おい。
成長止まってねぇじゃねぇか🤣
となりました。笑
もちろん、この一件だけで、「あれはインチキだった」と断定するつもりはありません。
実際、後半の抗がん剤が残念ながら効いていなかったことも分かっています。
何がどこまで影響したのか、私には科学的に切り分けられません。
ただ、少なくとも私の場合、「成長を止めた」という説明と、その後の事実は一致しなかった。
それだけです。
効いたなら効いた。
分からないなら分からない。
違ったなら違った。
私は、それでいいと思っています。
実際、金返せともいっていません。
ただ私は、その方の施術は今後一生受けないだろうし、もし「この人紹介された」と相談されたら、「やめときな」と言うと思います(笑)
だからこそ、
うまくいけば、「この方法のおかげ」
うまくいかなければ、「あなたの信じ方が足りなかった」という話になるのは苦手です。
それでは、受け手側が永遠に負けるルールになってしまいます。
信じることと、結果を確認することは矛盾しません。
私は、信じたあとも現実を見る。
そのくらいでいたいと思っています。
「だから言ったのに」は、かなり失礼だと思う
そして冒頭のお叱りです。
以前おすすめされたサプリを私が飲まなかったことについて、
「だからこうなったんじゃないか」という趣旨の言葉を向けられた。
そのときは、さすがに、
「は?」
となりました。笑
まず、まだ診断すら確定していません。
そして仮に何かが見つかったとしても、そのサプリを飲まなかったことと病気の進行に因果関係があると確認されたわけではない。
なのに、「ほら、私の言った通りだった」という物語にされてしまう。
私はハッキリ言って、それをかなり失礼だと思います。
自分のおすすめを採用しなかった人に悪いことが起きたからといって、
それを「採用しなかった罰」のように扱う権利は誰にもありません。
「だから言ったのに」は、ときに、相手に起きた不幸を、自分の正しさの証明に使う言葉になってしまいます。
ちなみに、その方は普通にブロックしました。笑
その言葉を見た瞬間に、「この人の意見を、今後の私の意思決定材料にしなくていいな」と思ったからです。
もちろん、善意で情報を教えてくださる方すべてにそんなことを思うわけではありません。
丁寧に情報をくださって、「もし興味があれば」と、こちらに判断を委ねてくださる方もいます。
そういう善意は、本当にありがたいです。
でも、自分のおすすめを採用しなかった相手に、「私の言うことを聞かなかったからだ」と迫る態度は、
私には、相手への敬意を欠いた、かなり失礼で独善的な考え方に見えます。
そして少し皮肉ですが、そういう態度を取る人だからこそ、その人から勧められたものを採用しなかったとも言えるのかもしれません。
情報だけではなく、誰が、どんな姿勢で勧めているのか。
それも、立派な判断材料です。
病気になったら、判断力までなくなるわけではない
なぜ病気の話をしたときだけ、普段ほとんど絡みのない方が急にやってくるのだろう。
そんなことを考えていて、もしかすると、
「病人」というフィルターが一枚挟まるのかなと思うことがあります。
もちろん、本人に聞いたわけではないので断定はできません。
でも、「病気」「肺に影」「転移の可能性」という言葉を見た瞬間に、
「助けてあげなければ」というモードになる。
そこまでは善意でも、いつの間にか、
「助ける側」と「助けられる側」という上下関係までできてしまう。
そして「助ける側」が勧めたものを、「助けられる側」が採用しないと、
「あなたのためを思って言っているのに!」というお叱りが飛んでくる。
少し乱暴に翻訳すると、「弱者が口答えした!」
みたいな感覚なのでは?と思ってしまう瞬間があります。
いや。
病気になったからといって、
判断力まで病気になったわけではありません。
どちらかといえば私、
ただでは起きない、つよつよの民なんですけど🤣
多分、そんじゃそこらの人より、自分軸めっちゃごんぶとなんですけど(笑)
誰かの助けを必要とすることと、その人の言うことに従うことは別です。
弱っている人を助けることと、弱い人として扱うことは、似ているようで全然違う。
そもそも、私のことを見ていますか?
今回おすすめをくださった方の中には、普段、私の投稿にほとんど反応がない方もいました。
もちろん、コメントがない=私に興味がない、とは思いません。
そもそもSNSの使い方は人それぞれです。
でも、普段の私をほとんど知らない。
私もあなたがどんな人なのかほとんど知らない。
それなのに、病気の話をした瞬間だけ、
「この先生がいい」
「今動いたほうがいい」
「チャンスを掴んで」と急に距離を詰められると、
いや、そもそも私はあなたがどんな人なのか、ほぼ知らんのよ🤣
となります。
そして、おそらくあなたも私のことをそんなに知らない。
本当に相手のためを思うなら、まず相手を見る。
何を必要としているのか。
本人は何と言っているのか。
「病気」という単語ではなく、その向こうにいる人を見る。
そこを飛ばしておすすめだけが出てくると、
私に興味があるというより、自分のおすすめを届けることに興味があるのでは?と思ってしまいます。
善意なら、相手の自由を尊重してほしい。
営業なら営業で、なおさら判断材料を出してほしい。
どちらにしても、
相手を見ずに押しつけられれば、はっきり言って迷惑です。
そして、だいたい高いんです。笑
さらに現実的な話をすると、
だいたい、おすすめされるものって安くないんです🤣
数万円。
数十万円。
場合によっては、それ以上。
勧める側は一つだけ勧めているつもりなんでしょう。
でも、受け取る側には、
Aさんから治療法。
Bさんから施術。
Cさんからサプリ。
Dさんから先生。
と、いろいろ届きます。
全部採用していたら、金も時間も身体も足りんのよ🤣
だから、採用しない=価値を理解していない、ではありません。
単純に、「今回は選ばなかった」だけのこともあります。
そして、ここは完全に私の本音ですが、
「そんなに良いならやってみたら?」と言われると、
いや、あなたが出してくれるなら喜んで受けますよ?🤣と思います。
でも、そこまでの善意ではないでしょう?
別に、それでいいんです。
それが普通だと思います。
だからこそ、
おすすめするところまでが、あなたの善意。
採用するかどうかを決めるところから先は、私の領域。
お金を出すのも、時間を使うのも、身体を預けるのも、結果を引き受けるのも私です。
だったら、最後の決定権は、こちらに置いておいてくださいよ。
「チャンスの女神」は、いったん置いておいてください。笑
先日も、あるおすすめについて詳細をいただいたので、
「一度こちらでも調べてみます。必要を感じたら、こちらから連絡します」と返しました。
全部はやっぱり受けられないので、私だって情報を精査するため、だいたいこう返します。
すると、
「チャンスの女神は前髪しかないので、しっかり掴んでください」という趣旨のメッセージが届きました。
……いや。
その女神の前髪を掴むかどうかも、こっちで決めさせてください🤣
これ以外にも、
「必要なときに必要な情報はやってくる」
「運命を動かせる人は決断が早い」
「受け取る準備ができた人にしか届かない」といった言葉をかけられたことがあります。
こういう言葉自体は、前向きで素敵だと思います。
自分を鼓舞するために使うなら、私も好きです。
でも、他人の意思決定を急かすために使われた瞬間、意味が変わる。
慎重に考えれば、「決断が遅い」。
断れば、「受け取る準備ができていない」。
疑問を持てば、「信じられない人」。
いやいや。
情報が届いたことと、採用する義務が生まれることは別です。
早く決めることが正しいとも限らない。
受け取らないことが未熟とも限らない。
「今は選ばない」だって、立派な意思決定です。
私の判断を、決断力不足や受け取る準備の有無で評価される筋合いはありません。
逆に、なんで即採用されると思うの?
これは、医療だけの話ではない
ここまで病気を例に書いてきましたが、これは医療だけの話ではありません。
セミナー。
コンサル。
投資。
コミュニティ。
人脈紹介。
全部同じだと思っています。
私は、そのサービス自体の価値だけでなく、紹介してくる人の境界線の感覚や、こちらが断ったときの態度まで含めて、その情報を信用するかどうかを判断しています。
断ったら態度が変わる。
何度も押してくる。
考えたいと言っているのに急かす。
選ばなかったことを責める。
そういう人から勧められたものを、私は安心して採用しにくいです。
人は、何を勧めているかだけでなく、「どう勧めているか」でも信用を見られている。
そして、「私は良かった」と「あなたにも良い」は、同じではありません。
状況も違う。
価値観も違う。
お金も時間も違う。
だから、「絶対やったほうがいい」ではなく、
「私は良かったよ。興味があれば見てみてね」くらいで、一度手を離す。
それでいいのではないでしょうか。
人生のハンドルは、本人が握る
誰かを心配すること。
良かったものを教えること。
役に立つかもしれない情報を渡すこと。
私は、どれも素敵なことだと思っています。
だから、何も勧めるなとは思いません。
ただ、善意だからこそ、一度だけ逆の立場になって考えてみる。
金額も内容も分からないものを、「とにかく会ってみて」と言われたら。
断ったあとも追いかけられたら。
「一度考えます」と言っているのに、「チャンスを逃すよ」と言われたら。
選ばなかったあとに、「だから言ったのに」と言われたら。
そして何より、私が書いた文章もろくに読まずに、「あなたのためだから」と何かを押しつけられたら。
自分だったら、どう感じますか?
普段コミュニケーションをとっていない相手を、全面的に、盲目的に信じられますか?
そう考えてみる。
そして紹介するなら、できるだけ判断材料も渡す。
誰なのか。
何なのか。
いくらなのか。
詳しくはどこを見ればいいのか。
その上で、「興味があったら見てみてね」と、あとは相手に任せる。
断られても追いかけない。
選ばなくても怒らない。
考えたいと言われたら、考える時間を渡す。
その後に何か起きても、「ほら、私の言うことを聞かなかったから」と、自分の正しさの証明に使わない。
親切は、相手を従わせるための権利ではありません。
そして、善意は、相手の財布と時間と人生の決定権までセットで付いてくるものでもありません。
最終的に、何を信じるのか。
何にお金を使うのか。
誰に会うのか。
いつ動くのか。
そして、何を選ばないのか。
それを決めるのは、本人です。
人生のハンドルは、本人が握る。
何かを本当に良いと思っているなら、その良さを伝えることと同じくらい、
相手が「選ばない」自由も、考える時間も大事にする。
人に何かを勧めるとき、一度だけ、
「もし逆の立場なら、私はどう感じるだろう?」と考えてみてください。
それだけで、善意はもっと、善意のまま届くのではないかなと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
別に、怒っているわけじゃないんですよ?笑
良いものを教えてもらえることも、人から心配してもらえることも、本当にありがたいと思っています。
ただ、善意であることと、相手の選択にまで踏み込んでいいことは別。
そして、自分が誰かに何かをおすすめする側になったときも、これは忘れないでいたいなと思います。
「私は良かったよ」「こういうものもあるよ」
そこまで伝えたら、あとは相手に返す。
選ぶのも自由。選ばないのも自由。考える時間を取るのも自由。
人生のハンドルは、最後まで本人のものです。
この記事を読んで、「分かる、こういうことある」
「私も勧める側として気をつけようと思った」など、
何か感じることがあれば、スキやコメントで教えていただけるとうれしいです^^
そして、病気について書いている記事もありますが、私は現在も普通に仕事をして、文章を書いて、ご飯を食べて、笑って暮らしています。笑
病気の話だけでなく、仕事や事業、人間関係、日々感じた違和感など、いろんなことをこのnoteでは書いています。
「この人、病人というより普通につよつよやん🤣」と思っていただけた方は、ぜひほかの記事ものぞいていってください。笑
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私は、スピリチュアルを全部否定しているわけでも、科学だけが正しいと思っているわけでもありません。
「使えるものは使う。でも、自分で現実も見る」そんな私のスタンスについてはこちらにも書いています。
そして、誰かの言葉や「こうあるべき」に振り回されるのではなく、
自分が本当はどう感じていて、何を選びたいのかを整理したい方へ。
書くことで自分の人生の編集権を取り戻していく「吐く。ほどく。編む。」シリーズもあります。
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また次の記事でお会いしましょう〜♪
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