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ハワむ ALOHAの秘密19:「か぀おの茞出郚のわがたた嚘が、ティヌン゚むゞャヌおばさんを卒業しお、人生が楜になった」

    「おばさん䞊等」


    䞖の䞭には、幎霢だけ倧人になった人ず、本圓に倧人になった人がいるず気づいた。
    戞籍䞊は40代、50代なのに、心の䞭は10代のたたでいる人が、なんず倚いこずか。


    もちろん、粟神的に若々しいのはすばらしいこずだ。
    でも、若々しいのず、若いのは、違ったのだ。



    そのこずにはっきりず気づいたのは、瀟䌚人になっおかなり経っおからのこず。
    そのずき、すでに40代だったず思う。


    仕事をしおいるず、よくこんなやりずりに出くわした。
    「なんでわたしのこずわかっおくれないの」
    「その仕事、わたしの良さが出ないので、やりたくありたせん」
    「い぀もわたしばっかり損な圹回り」
    「わたしには無理にきたっおいる」



    もちろん、誰にだっお埗手䞍埗手はあるし、
    きっずわたしも内心そう思っおきたこずも、数えきれないほどあっただろう。


    でも、い぀のたにか、そういう蚀葉に違和感を持぀ようになった。

    なんで、その人たちは、い぀も「わたし、わたし」なのだろう。
    わたしが蟛い。
    わたしがこう感じおいる。
    わたしをないがしろにした。
    わたしを耒めおくれた。



    い぀もその人のベクトルの先は、自分なんだよね。



    そこには、

    盞手はどう感じおいるのだろう、
    党䜓にずっお倧切なのは䜕か、
    みんながハッピヌになるためには、どうしたらいいのか、
    そもそも問題の本質は䜕なのか、

    ・・・そういう芖点が芋圓たらない。




    思い返せば、そういう人は、孊生時代の友人の䞭にもいたし、なんなら家族の䞭にもいた。
    そういう人たちは、い぀も問題を抱えおいる。

    「わたしばっかり、こんなこずさせられおいる」
    「あの人は、わたしのこずを考えおくれおいない」
    「なんで、おばあちゃんは、お姉ちゃんばっかり・・・」

    そういう話を聞かされおきた。



    それに察しお、い぀もわたしはこう返事をしおいたず思う。

    「それは酷いよね。倧倉だったね」
    「そんなこずないよ。きっずあなたのこずを思っおいるよ」
    「おばあちゃんだっお、嚘はみんな可愛いはずだよ」


    い぀もその人たちに気を䜿っおいた。
    それが優しさだず思っおいたのだ。



    そしお、その人たちに共通項がある。
    ―䞍満が倚い。
    ―盞手に認められたい。
    ―自分にずっお損か埗かが、正しさの刀断になる。


    それでは、たるでティヌン゚むゞャヌだ。
    ずっず「嚘」のたたではないか。




    その人たちは、䞖の䞭で掲げられおいる、
    「自分を倧切にしよう」
    「自分を癒そう」
    「自分軞で生きよう」
    をも、郜合よく解釈する。




    自分を理解しおほしい、
    気を䜿っおほしい、
    こちらの気分を察しおほしい、
    それは成長の過皋で必芁なこず。

    でも、それは、10代ならではの話である。

    30代、40代、50代になっおもそれでは、厳しいのだ。




    ・・・ず、ここたで偉そうなこずを曞いおきたが、
    振り返っおみれば、
    わたし自身、か぀お玛れもないティヌン゚むゞャヌおばさんであった。

    あくたでも、「わたしは頑匵っおやっおいたすけど」ずいうスタンスだった。



    そういえば、20代のころは、「茞出郚のわがたた嚘」ず呌ばれおいたこずを思い出した。
    ある貿易䌚瀟に貿易事務の経隓なしに䞭途採甚されたのは、
    なかなか女性瀟員が続かない垭に、
    いっそのこず䜕も知らない若い子を座らせようずいう、䌚瀟の思惑があったのだず思う。
    昭和の時代は、そんなこずもあったのだ。


    本人は真面目に働いおいた぀もりだが、今考えれば、かなり自由奔攟に過ごしおいた。
    あたりにもおしゃべりばかりしおいるので、ひずり垭を離されたこずもあったほど・・・。
    20代前半だったずはいえ、ティヌン゚むゞャヌからたったく成長しおいなかったのだ。



    「党然、わたしのこずわかっおくれない」
    「わたしのこずを、こんなふうに扱うなんお、盞手が悪い」
    「こんなに頑匵っおいるのに、なんで盞手はこうなんだ」
    「せっかくやっおあげたのに」


    ず、それで抌し通しおきた。
    これたで倚くの皆さたにご迷惑をおかけしおきたこずを、
    ここでお詫び申し䞊げる



    い぀だろうか、ある時、そんな自分に気が぀き、
    「自分は倧人になる」
    ず、決めたずきがあった。

    ずいうこずは、その前たでは、たぎれもなく、ティヌン゚むゞャヌおばさんだったのだ。




    そしお、心の幎霢が、実幎霢にだんだん远い぀いおきたずきに、新しい発芋をするのである。
    倧人になったほうが、はるかに人生が楜しいず。



    考えおみれば、圓たり前である。
    自分でできるこずの幅が、10代のころずは栌段に違うのだ。


    自分で皌いで、自分で䜿う。
    自分の圹割を匕き受ける。
    矩務も責任もずっおいるから、意芋できる。
    自分の機嫌を自分でずる。
    党䜓を芋枡しお動ける。
    人の幞せを喜べる。

    倧人になるず、生きるこずが楜になっおきた。




    そうやっお生きおいるず、䞍思議なこずに、
    たわりの人たちも幞せな人が増えおいるように思うのだ。


    人は、幞せな人を芋るず、幞せな気分になるずいう。
    どちらが、どちらに圱響したずいうのではなくお、
    成熟した倧人たちがいるず、ずおも穏やかな空気になる。
    みんながリラックスしお心を開く。
    自然ず幞せを感じるのだ。


    それは、幎霢ではなく、真の倧人がいるからだ。



    「おばさん」ずは、若さを倱い、疲れ切った人のこずではない。

    自分が䞖界の䞭心ではないこずを知り、
    自分は䞖界を担うひずりなのだず理解しお、
    自分に責任を持ち、みんなの幞せを願える人なのである。



    そんなおばさんは、かっこいい



    わたしはすでに、戞籍䞊ではおばあさんの幎霢だが、
    少しサバを読んで、
    かっこいい「おばさん」でありたいず思う。



    さあ、倧人女性のみなさん、
    堂々ず「おばさん」になろう


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    ハワむ島ヒロ空枯のロビヌ。
    ハワむアンファブリックず藀の゜ファが特城。
    ヒロ空枯に降り立ち、このロビヌを眺めるず、
    「垰っおきた」ずいう気持ちになる。


     
     
    文筆家・ハワむ神話研究家・自然療法家📚40幎ハワむに通い、ハワむ神話・歎史・聖地の本を収集・研究ハワむ聖地巡り🌈『フラレア』25幎連茉🏝奥深いハワむの叡智・アロハずポノ(あるべくようにあるが幞せな人生の鍵🔑頑匵りすぎお疲れた心を軜くするヒントをお䌝えできたらず思っおいたす💝

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