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マグダラのマリア:聖書が語らざる生涯 ~マグダラ文書誕生と封印の謎~ 【小説】


    【概要】
     イエスの弟子にして、未だ謎に包まれているマグダラのマリア。

     彼女の生涯は、史的文書に断片的な記録が残るのみです。
     本作は、「新約聖書」、「非正典文書」、「伝承」などをリサーチしたうえで、数多くのフィクションを大胆に加え、マリアの生涯を壮大な一代記として組み立てた中編創作小説です。

     悪霊からの救済、イエスの十字架刑と復活、使徒との対立、地中海での過酷な漂流、悪霊との最後の闘い、宗教的思索などが織りなす聖像ロマンとなっています。

     本作品のために AI(Adobe Firefly 等)を駆使して生成した挿絵を、全編に散りばめております。筆者の紡ぐスペクタクルな世界を、ビジュアルと共にお楽しみください。


    ☆ 本作は聖書などの宗教的文献を完全に再現するものではなく、独自の創作を多く取り入れた文芸作品です。本作の史的文献に基づいた箇所と創作部分については巻末「本作品について」をご覧ください。




    ☆☆ マグダラのマリア ☆☆

    by 冬魅アエクース


    第 I 巻 マリアとイエス


    序章 マグダラの町のマリア


     紀元11年。マグダラの前にはガリラヤ湖が果てしなく広がり、くすんだ青色の穏やかな水面は陽に照らされ、眩いばかりの光の粒たちが走っていました。

     マグダラの魚市場は、過ぎ越しの祭りを終えて、普段の活気を取り戻していました。市場は漁師、仲買人、魚の塩漬けや干物を作る加工業者、それに小売りの掛け声、その中をガリラヤ・ティラピアやキネレット・サーディンといった魚を目当てに集まってくる人々が右往左往しています。

     その市場の喧騒から少し離れたところに、裕福な商家が一軒佇んでおりました。やや広めの中庭があり、その周りを2階建ての石灰岩で造られた建物が取り囲んでいます。

     その中庭には、珍しくこの家の者と親類の男女が五、六人集まっていました。彼らは木の扉のある部屋の前に立ち、ある者は葡萄酒の盃に口をつけ、ある者は扉の方を不安げな顔で見ています。親類の中の年老いた女が手を合わせ、祈りを捧げていました。
     部屋の中からは、女性の苦しみ叫ぶ声がもれていました。

     もうかれこれ数時間、彼らを重い空気が包んでいます。
     突然、ガリラヤの乾燥したそよ風が彼らの間を通り抜け、纏っている亜麻布の服を微かに揺らしました。その瞬間、家の中から、一人の嬰児(みどりご)のありったけの力を振り絞った声が静寂を破ります。

     一同は一斉に部屋の方を向き、その中から嬰児の父親が抜け出て、家の中に転びそうになりながら駆け込んで行くのでした。


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    商家の中庭


     部屋の中には産婆と母、そして新しい小さな命が光り輝いていました。丁度、亜麻布にくるまれた産声(うぶごえ)をあげている子が、産婆から母の手に委ねられるところでした。

     『女の子ですよ。おめでとうございます。』

     産婆が満面に笑みを浮かべて父親に伝えました。

     彼は赤子と母親が横になっている木製のベッドに近づき、泣く子の頬を手の甲でそっと撫でました。ようやく長い出産の苦しみから解放された母親の小さな声が聞こえてきました。

     『あなた、娘の名前を付けて下さいな。』

     中庭にいた親類たちも、こぞって部屋の中に入り込んで、新しく自分たちの血縁者となった小さな命を少し離れたところから覗き見ています。
     赤子の頬を触っていた父親は、母親に答えて

     『マリア。マリアにしよう。』

    と言います。母はうなずき、

     『マリア。とてもいい名前だわ。今日からあなたはマリアよ。』

    子供の頬を触る父親の手の上に、母親も手を重ねるのでした。両親に頬を撫でられ、赤ん坊のマリアは泣き止み、周りの広さを確かめるかのように、ただ手を少し動かしているのでした。親類たちは

     『おお、マリアか。すばらしい名前だ。』

    などといって、マリアを祝福しました。
     いつしかマリアは目を閉じ、両親や親類の悦びに包まれた愛の輪の中で眠りにつくのでした。

     このわらべがやがて歴史にその名を刻むことになろうとは、このとき誰も想像していませんでした。


    1.悪霊に襲われるマリア


      マリアは両親の愛情を一身に受けながら成長していきました。幼いマリアが母親に連れられて町を歩いていると、みなが振り向きました。
     中には少し身をかがめて、マリアの頭を片手で撫でて

     『こんにちは。』
     『どこ行くの。』

    などと話しかける人もいます。マリアは見上げて『ごきげんよう』、『市場におさかな見に行くの』と口を大きく開けて一生懸命に答えるのでした。


     いつも母親に手を引かれて町を歩いていたマリアも、みるみると大きくなり、顔立ちの整った美しい少女に成長していきました。

     とても活発な子で、よく市場の通りで妹や弟と遊んだり、近所の子たちと浜辺に行って駆け回ったりしていました。

     しかもマリアは才知に溢れておりました。特に小さいときから算術が得意で、父も商売の簡単な計算はマリアに任せるほどでした。マリアは父親から仕事の一部を託されると、それが嬉しくて没頭しました。

     『マリア、お前は本当に賢い子だ。』

    そう言われて父親から頭を撫でられるのが、彼女にとって最高のご褒美でした。


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    少女の頃のマグダラのマリア


     マリアの評判は広まり、将来マリアをうちの嫁に欲しいという申し入れをする商家もちらほらありました。父親もマリアをどこに嫁がせるのがよいかなど、算段をし始めていました。

     町の誰もが、マリアはガリラヤ湖の凪をゆったりと進む船のような一生を送るにちがいないと信じて疑うことはありませんでした。


     しかし、そんなマリアに人生を大きく暗転させる日が、何の前触れもなく突然に訪れたのです。

     その日、マグダラは暖かく、心地よい湖からの風を町の人々の誰もが享受していました。

     マリアはいつものように、近所の子供たちとガリラヤ湖の砂浜を駆けながら遊んでおりました。ふとマリアが湖の方を見ると、水辺の砂に何か光るものがありました。それに惹き付けられるかのように彼女は、仲間たちから離れて近づいていきました。

     下を見ると、足元には数えきれないほどの貝殻がちらばっているではありませんか。

     『すごい。』

    そう呟いて、一人で貝殻を拾い集めました。

     その丁度真上には、人の目には見えませんが、七つの悪霊が漂っていました。そいつらは獲物を捜して湖の上を彷徨っていたのです。一つの黒い塊が、砂浜にかがんでいるマリアを見つけました。

     すると他の影もマリアのいる方に近づいていました。まさに格好の獲物でした。
     悪霊は示し合わせたように、マリアの周りを旋回していました。


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    砂浜にて


     最初の悪霊がマリアの身体の中に入り込んでいきました。マリアは自分の体内に何か得体の知れない異物が侵入してきたような悪寒に襲われ、何が起こったのかわからず、茫然と立ち上がりました。

     震えながら辺りを見回すと、少し離れたところでは、仲間のはしゃぎ声がしています。

      残りの悪霊たちも、立ち上がった少女めがけて、次々と押し入るように潜り込んでいき、そのたびにマリアは微かな悲鳴をあげるのでした。

     身体は硬直し、肉体だけでなく頭の中も何者かに支配されていくようで、自分が自分ではなくなる感覚がひろがっていきました。

     次第に意識が遠のき、そのまま砂浜の上に卒倒したのでした。


       

    2.七つの悪霊によるマリアの蹂躙


     マリアの仲間は、彼女が砂浜の上に力なく倒れていることに気づき、駆け寄ります。

     『マリア!』、『マリア!』

    みな一斉に呼びかけましたが彼女は微動だにしません。

     数名がマリアの家族に知らせるために走って行きました。
     しばらくすると、知らせを受けた父親が浜辺に駆け付けました。

     数人の子供たちに囲まれてマリアは仰向けに倒れていました。子供たちを押しのけるように父親は彼女の元に座り込み、マリアを抱きかかえました。

     『マリア!どうしたんだ!』

    何度呼びかけても応答がありません。父親は気を失っているマリアを抱きかかえ、自宅へと急ぎ向かいました。

     その姿をみかけた近所の人たちは、一体何事が起きたのだろうかと、二人についていきました。

     マリアは苦しそうに顔をゆがめて、木製のベッドに横たわっています。両親は砂で汚れたマリアに毛皮をかけ暖めました。
     少しすると、マリアは少し動き始め、すぐに体中を激しく痙攣させるのでした。あわてて、父親は仰向けのマリアの上に馬乗りになるようにして彼女の身体を必死に抑え込みます。

     すると、マリアは白目をむき出し、意味不明の呻き声をあげはじめ、父親を払いのけようとするのでした。
     近所の人たちはいつの間にか家にあがりこんでいて、娘の痙攣する姿を見た一人が叫びました。

     『あ、悪霊だ。』

     招かざる野次馬たちはお互いの顔を見合い、そのうちの一人が部屋をあわてて抜け出すと、他の者たちも、我先に外に逃げて行ってしまいました。

     そのとき、ベッドの横でドサッという音がしました。悪霊という言葉に気が動転した母親が失神して床に倒れこんだのです。

     父親は娘からそうっと手を離すと、ベッドから降り、母親を抱きかかえて後ずさりしました。
     ベッドの上のマリアは呻きながら、痙攣を続けています。そして彼女から発せられる、少女の声とは思えない、低く重苦しい呻きが部屋中に響き渡るのでした。

     『マリアが悪霊に憑りつかれた。』

     この噂は瞬く間に町中に広まっていきました。

     悪霊がマリアから家族にのりうつる可能性も高く、両親は妹や弟に悪霊がうつることを最大限警戒しました。自ずと家族も悪霊に憑りつかれたマリアを遠ざけるようになりました。

     悪霊の出た家は、世間からも忌み嫌われましたので、父親の商売にも悪い影響はでました。
     そうなると、もはやマリアを隔離し、一家からは切り離さざるをえません。

     とうとうマリアは家の中に入れてもらえず、ひどく汚れ、家畜の糞尿の匂いが立ち込める薄暗い家畜小屋に、放置されてしまったのです。 


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    一人悪霊に苦しむマリア


     彼女にとっては毎日が地獄でした。

     悪霊に憑りつかれていない頃のように、普通に暮らしたい。
     仲の良かった友達と遊び、優しかった家族と共に心地よい部屋で一緒にご飯を食べたい。

     しかし、マリアはまともにしゃべることもできず、嫌だと思っても心が激しく高揚したり、そうかと思うとどん底に落ち込んだりしました。それだけでなく、手足は自分の意図とは関係なく、悪霊の思いのままに動いてしまいます。 

     『(悪霊たち、お願いだから、私から出て行って! これだけ苦しい思いをさせれば十分でしょ!)』

     彼女の悲痛な叫びは、残酷な悪霊たちを喜ばせるばかりでした。 家畜小屋の中には、七つの悪霊の狂喜の咆哮が響き渡りました。


     それからおよそ二年の歳月が過ぎました。マリアは悪霊たちにいいように蝕まれ、いつ終わるとも知れない肉体と精神の苦痛に苛まれるのでした。
     本来ならば、マリアは魅力ある少女になり、家族からも愛され、そろそろ恋の一つもしているはずでした。

     しかし、彼女は悪霊のせいで、もはや町中の人から忌み嫌われる狂女と化してしまったのです。

     マリアが町の通りを悪霊に苦しみながら徘徊していると、人々は彼女を汚らわしいものを見るかのように避けて通ります。

     『マリア、汚らわしいわね。』

     『あ、マリアだ。そばに寄るな。』 

      

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    町を徘徊する悪霊に憑りつかれたマリア


     もしもマリアが、無垢な幼子の側を通ろうとしようものなら、母親は慌てて子供の手を引っ張り、マリアから引き離します。

     『気をつけて、悪霊がうつるわよ。』

     『立ち去れ、この悪魔!』

     しかし当のマリアも人々から嫌われていることは、否応なく思い知らされています。それは彼女にとってこの上なく苦しく、寂しく、そして町から見放されたという絶望に他なりませんでした。


    3.イエスとの出会いと救済


     そんなとき、マグダラにイエスが来たという噂が町に広がり、それはマリアの耳にも入ってきました。
     イエスは病や悪霊に苦しむ人をこれまで大勢救ってきたということで評判になっていました。

     マリアは藁をもつかむ気持ちで、イエスのところに行くことを決意します。
     マリアには着替えもろくに与えられていませんでした。不潔なままで広場へと向かいます。悪霊のせいで、足にはまともに力も入らず、ときどき悪霊は彼女に奇声を上げさせます。
     それでもマリアは悪霊を何とか抑え込み、必死に闘いながらイエスの元にたどり着こうとしました。

     突然、マリアは額に痛みと衝撃を感じました。誰かが彼女に石を投げつけたのです。

     『どこかに消えてしまえ。』

    以前、よく共に遊んでいた近所の少年でした。
     額を触り、その指を見ると血が付いていました。

     今度は背中に衝撃を受け、前にのめりました。振り返ると、一番仲の良かった男の子が石を投げつけたのでした。
     マリアはもうやめてと大声で叫んだのですが、悪霊のせいでそれは言葉にはならず

     『うー、うー。』

    という大きな呻き、それはまるで動物の吠える声のようでした。

     二人の友達は、そのマリアの姿を見ると気味が悪くなり、走って周囲に集まって来た群衆の中に消えて行きました。

     マリアは泣き声をあげました。ただそれは周囲の人には、狂った牛の声のように聞こえました。 

     マリアは通りの隅に寄り、最後の救い、イエスのいる広場へと急ぎました。
     ようやくイエスを取り巻く民衆のところにたどり着くころには、マリアはすっかり憔悴していました。その道のりは普通の人にとっては大したことのないものですが、マリアにとっては悪霊や心無い人々との闘いであり、耐えがたい苦痛と屈辱に満ちたものでした。

     マリアが群衆に近づくと、人々は彼女から逃げるように離れ、その結果、イエスへの道が開かれました。
     目の前にイエスがいます。なんて神々しく、やさしさに満ち溢れた青年でしょう。マリアの目には涙があふれてきました。

     しかし体内の悪霊たちはマリアがイエスに近づくことを阻止しようと必死です。マリアはありったけの力で悪霊に逆らい、ふらふらとイエスのもとに近づきます。
     とはいえもうマリアの体力は限界にきていました。遂に力尽き果て、地面に伏してしまいました。

     『(もうだめだ。もう少しだったのに。これですべて終わり。)』

     そう思ったとき、目の前にイエスが寄って来ました。
     マリアは最後の力を振り絞って、声をあげます。それは小さな嗄れた声でした。

     『イエス様、どうかこの惨めな私をお救い下さい。』

    という、救いを求める叫びでした。
     そのときです。マリアは自分の頭髪の上にイエスの手を感じました。


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    マリアに手を添えるイエス


     するとどうでしょう。その手からマリアの体内に流れ込むイエスの命により悪霊たちはマリアの体内で断末魔の悲鳴をあげ、ことごとく抜けて行ったのです。
     悪霊の声がマリアには聞こえました。

     『覚えておけ。また戻ってくるからな。』

     マリアは心も体も軽くなる感覚を覚え、今まで薄暗かった周囲が明るくなったように感じました。

     マリアはイエスを見上げました。マリアの顔からは苦渋の表情が消え、その代わり知性に溢れる美しく整った少女に変わっていました。 


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    マリアの顔から苦しみが消え
    知的な美しさがよみがえる

     マリアの頬にイエスが触れると、その手からは生きる力が彼女の体中に充ち溢れんばかりに流れ込んできたのです。

     『アブラハムの子となるマリハム。私のもとに来なさい。』

     そう言うとイエスはマリアから離れ、他の苦しむ者たちの方に向かって歩き始めました。
     あとを追う人々の影の中にイエスは埋もれていきました。

     マリアは涙を溢れさせ、彼の方に両手を合わせて拝むように

    『イエス様、ありがとうございます。御恩は一生忘れません。』

    小さな声で感謝の言葉をつぶやくのでした。

     湖からの湿気を帯びた軽い風がマリアを祝福するかのように通り過ぎていきました。


    4.新たな人生への旅立ち


     この日、マリアはイエスに一生ついていくことを決意しました。
     自分が苦しんでいるのに、助けてもくれず、同情もせず、それどころかいじめ抜き、石を投げつけ、さんざん辛く当たってきたマグダラの人たちに未練はありません。これからはイエスのために自分の人生を捧げよう、そう心に誓うのでした。

     マリアはマグダラの繁華街から家畜小屋に戻り、いつもの場所に腰を下ろしました。
     イエスがマリアの悪霊を払ったという奇蹟の話は、町でも評判になり、すぐに両親の耳に入るところとなりました。

     両親はすぐに家畜小屋に向かい、すっかり回復したマリアを再び家に迎え入れました。母親も父親もマリアを抱き寄せました。
     母親は新しい服を用意し、マリアの体の汚れを水差しの水により洗いました。そうして食卓に座らせます。 

     その間、マリアは一言も口をきくことはありませんでした。食卓でもしばらく3人は沈黙の中にいました。
     父親がようやく重い口を開き声を掛けます。

     『マリア。悪霊がいなくなって本当によかった。父さんも母さんも、とても心配していたのだよ。』

     マリアの口は堅く閉ざされたままでした。

     『マリア、全部悪霊のせいなのよ。』

    母親は眉を寄せ、その声は少し上ずっていました。しかし、マリアは口を開こうとはしません。母親は椅子に座るマリアの横に行き、

     『ああ、マリア、きっと私たちを恨んでいるんでしょうね。許してちょうだい。』

    そう言うと彼女を抱きしめ、父親もまたマリアの傍まで来ると

     『これからはお前のためならなんでもする。愛するマリア。』

    と謝るようにマリアの肩に手を置くのでした。そんな二人の様子を見て、マリアは両脇にいる二人を見ずに、正面を向いて切り出します。

     『お母様、それにお父様。私は決してお二人を恨んでなどおりません。みな私の身にとりついた悪霊のせいなのですから。』

     『おお。』、『ああ。』

    両親はマリアの言葉にほっとして彼女の手を握りました。マリアは続けます。

     『でも、もう私はこの家の子供ではありません。私はイエス様に救われ、アブラハムの子になったのです。私はマグダラを出てイエス様について行きたいと思います。どうか家を出るお許しをください。』

     父親はマリアの言葉に肩を落とし、母親はわが子にすがりつくように

     『ああ、マリア。今までのことは謝るから、どうか家に残って頂戴。また、あなたと暮らしたいの。』

     しかしマリアの気持ちが揺らぐことはありませんでした。

     『私にとって、私を救ってくださったイエス様がすべてなのです。』

     そうきっぱりと言い切るのでした。両親はもはや彼女にかける言葉を失ってしまいました。
     外の通りから町の喧騒が微かに部屋の中に聞こえてきます。
     マリアは心の中で考えていました。

     『(私は本当の苦しみを味わいました。そして、苦しんでいる人を見捨てる非情さもです。苦しみに心や体を痛める人を見捨てることは、とても大きな罪だとわかりました。)』

     沈黙の中、ずっと何かを考え込んでいた父親が、やおら立ち上がり、部屋を出て行きました。母親のすすり泣く音が、マリアの耳に入ってきますが、マリアからは表情が消えていました。

     少しして、父親は膨らんだ革袋を持って部屋に戻り、また腰かけました。革袋をマリアの前に差し出します。

     『マリア。これはお前の分の財産だ。家を出ていくなら持っていきなさい。』

     マリアはそれを手にしました。そのずっしりとした重み、それから革袋の凹凸のある膨らみから、中身は金貨にちがいないことがわかりました。
     母親は父の肩に泣き崩れ、父が母をいたわる様に支えました。

     マリアは

     『ありがとうございます。』

    と小さな声で言うと、革袋を持って立ち上がりました。

     マリアにとって、自分を見捨てたとはいえ、それは悪霊のせいであって、父と母であることに変わりありません。彼女は両親の額に軽く口づけをして、部屋を出て行きました。

     部屋を出た所には妹と弟が、扉に隠れるようにマリアを覗いていました。彼女は二人に近づくと、一人ずつ頬を片手で軽く触りました。

     『お父様とお母様を大切にしてね。元気でね。』

     マリアは二人から離れて行きました。妹と弟は姉に手を伸ばして触れようとしましたが、もうその手は届きませんでした。

     マリアは予め用意してあった荷物を持つと、家を出発しました。
     マリアの新しい旅立ち、そして真の人生の始まりです。


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    イエスのもとに行くマリア
    新たな人生と旅立ち


    5.イエスとの旅


     旅を共にするのは、イエスの12人の弟子たち、すなわち、名前をあげると

     元ガリラヤ湖の漁師のペトロ(シモン)、
     最初にイエスに従ったアンデレ、
     ヨハネの福音書で有名なヨハネ、
     その兄弟のヤコブ(大ヤコブ)、
     フィリポ、バルトロマイ(ナタナエル)、トマス、
     元徴税人で「マタイによる福音書」を執筆したマタイ(レビ)、
     ヤコブ(小ヤコブ)、タダイ(ユダ)、シモン(熱心党のシモン)、
     そしてのちに裏切り者としてイエスを売ることになるイスカリオテのユダ、

     こういった面々でした。
     このほかにも女性が複数おりました。

     マリアは他の同行している女性たちと、イエスや弟子たちの世話をしました。
     また父から分けてもらった財産は、すべておしげもなくイエスらの旅の費用に使ったのでした。

     マリアは計算に長けていたため、イエス一行の会計を担っていたイスカリオテのユダの手伝いもしていました。

     ユダにとってマリアは、賢く機転の利く便利な助手でした。

     マリアは豪商の血を引くためか、経理に才能があり、二人はどのように節約すれば、旅を続ける資金が調達できるかなどを一緒に考えるようになりました。

     しかし、そのうちマリアは金の動きに違和感を覚え始めていました。ただ肝心なところはユダが一人で処理していたため、何が起こっているのかを知ることはできませんでした。


     旅は続き、その間、イエスは多くの奇蹟を行い、従う者の数は急速に増え、彼の評判は日増しに広く知れ渡って行きました。

     イエスの言葉は、貧しい人、飢えている人、悲しみ、苦しみを背負う人に救いを与え、またときにその言葉は鋭く、律法学者たちを遥かに上回っていたのでした。

     マリアはそんなイエスの信仰と思想に感銘を受け、彼の言動、また弟子たちに語る教えすべてを漏らすことなく吸収していきました。マリアにとってイエスの言葉を聴くことは最大の悦びでした。

     また聴くだけではなく、自らも考え、答えが見つからないときにはイエスに直接質問もしました。
     弟子たちとの討論にも加わるようになり、マリアは頻繁に発言するようになりました。それは真理や天界などイエスの教えの本質的な部分を突くようなものでした。

     ある日、こんな問答がありました。
     弟子たちは、主がよく口にする天の王国とはどのようなものかを尋ねました。

     『天の王国というのは、一体何に似ているのですか?どうか私たちにもわかるように教えて下さい。』(トマス 20 [3] 改変)

     主はこんな譬えで答えました。

    『それは1粒の芥子の種のようなものです。どんな種よりも小さいが、ひとたび植えて育てば、大きく育ち鳥たちの隠れ場所にもなります。』(同上)

     弟子たちはこのわかり易い話に納得するのでした。ところが、マリアは皆よりもさらに深いところ、本質的なところまで瞬時にたどり着き、イエスに質問します。

     『その芥子の種とはどのような種類のものでしょうか。天からのものですか、地からのものですか。』(救い主 88 [4] 改変)

     弟子たちはお互い皆の顔を見合わせました。自分たちの理解がいかに浅く、マリアの才気に及んでいないかを思い知ったのです。
     イエスは顔がほころび、マリアの目を見ます。

     『マリハム、とても良い質問です。いずれあなたを天の国の入口まで導き、示すでしょう。自分の目で見、耳で聞きなさい。』


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    イエスの教えを熱心に聞くマリア


     しかし弟子たちは、自分たちを凌ぐマリアの才能に眉をひそめる者もおり、またマリアとイエスの高次の議論に加われず、ただ傍観する者もいました。

     しかも、マリアはイエスの側を片時も離れようとしませんでした。イエスの母マリア、その姉、そしてマグダラのマリアは、いつも主と共におりました。(フィリポ 32 [3])

     イエスや聖母マリアからは、親しみを込めて「マリハム」と呼ばれていました。

     あるとき弟子たちがイエスに聞きました。

     『あなたはなぜ、私たちよりも彼女を愛されるのですか?』(フィリポ 55b [3] 改変)

    これに対するイエスの答えは明快でした。

     『なぜ、私は君たちを彼女のように愛さないのだろうか。』(同上)

     弟子たちの不満が募る中、それを気にしたリーダー格のペトロはイエスに申し出ました。

     『主よ、皆、マリアに我慢できなくなっています。彼女ばかり発言していて、誰も話せなくなっています。』(ソフィア 36 [15])。

     しかし当のマリアはそんな仲間たちの不満には全く気付いていませんでした。彼女にはただひたすら主の教えを理解したいという気持ちがあるだけだったのです。

      

     マリア自身はイエスと仲間たちと旅をしている今が、自分の人生の中で最も幸せなときだと感じていました。
     それはかつて、悪霊に憑りつかれる前に、マグダラで家族たちと暮らしていたときと同じような気持ちでした。

     しかしながら、人生の中で真に幸福なときというものは、しばしばごく一時的で、それはいつか終わりを遂げるのです。イエスの周りにも暗雲が立ち込めてきます。


    6.エルサレム入場


     イエスの元には多くの信者が集まり、彼はメシア(救世主)といわれるようになってきます。そのことに当時のユダヤ教の指導者たちは眉をひそめるのでした。

     そんな中、ある事件が起きます。イエスがエルサレムに入ったときのことでした。彼がユダヤ教の神殿に行き、そこで商売をしている両替人、鳩売りなどを追い出し、彼らの台や腰掛けを倒したのです。


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    イエスは神殿内で商売する台・腰掛けを倒す


     彼は神殿内の人たちに聞こえるように、大きな声で叱りました。

     『"わたしの家は祈りの家と呼ばれるべきである" と聖書に書いてあるのに、あなた達はそれを "強盗の巣" にしている。』(マタイ 21・13 [2])

     そののちイエスは神殿の境内に集まってきた身体の不自由な人々に癒しを施されたのです。
     彼を取り囲む群衆の中から、どこからともなく

     『ダビデの子に栄光あれ!』

    という少年の大声がしました。すると、その言葉に応じて、群衆は

     『ダビデの子に栄光あれ!』

    を連呼し、辺りは熱狂の渦と化しました。

     これに苛立ったのは、それを遠目に見ていた祭司長や律法学者たちでした。群衆がイエスの教えとイエスの起こす驚くべき奇蹟に心を奪われ、自分たちの体制、地位が脅かされ始めているのを目の当たりにしたのです。

     イエスを殺さなければ。彼らの脳裏に浮かんだのはこの思いでした。


    7.ユダの不正とマリア


     西暦30年か33年の4月。
     信じられないことに、弟子のイスカリオテのユダが、イエスを敵視するユダヤ教の祭司長や長老たちに銀30枚で師を売ったのです。

     ユダはイエスの信仰の集団が大きくなり、やがてイエスが政治的な指導者になり、それにあやかって自分も富と名声が得られることを期待していました。もちろんそれはイエスの目指すものではありませんでした。次第にユダとイエスの価値観の溝は深まっていったのです。

     『(これでは自分の望みは叶わない)』、ユダはそう感じるなか、もともと金には汚い本性も持っており、いつしかイエスらの金に手を付けるようになっていたのです。

     ユダは会計に明るく、一方、イエスの一行はむしろユダから見れば経理に疎い者の集まりでした。帳簿を誤魔化すことくらい、ユダにとってはたやすいことでした。

     しかしユダは新参者のマリアを過小評価していました。彼はマリアを単に計算の得意な女くらいにしか見ていませんでした。しかし彼女の類まれな計算の能力は、単に算術ができるというのではなく、少女時代に父親の商売や税金の帳簿作成を手伝うという実地で磨かれたものだったのです。

     マリアは自分がユダから任されている部分だけではなく、自分でも経理全体を見渡したいと思い、独自の帳簿を作成していたのでした。

     というのも、じつは父親の手伝いをしていた時に、父の帳簿を真似ながら、より分り易い独自の帳簿を作成し、父親がその出来栄えに感心して、ご褒美をくれたことがあったからです。それ以来、父の商売の帳簿づくりに熱中するようになっていきました。

     ある日、マリアは帳簿を作成しているうちに、自分の記録してきた収支からすると、実際に持っているはずの所持金よりおよそ300デナリオン不足していることに気づきました。
     300デナリオンといえば、労働者の一人の年収に近い額です。最初は自分の計算間違いかと思い、何度も確認しましたが、誤りはありません。

     『(自分の作った帳簿には、何か記録漏れがあるのだろう)』、完全なるものへの欲求の強いマリアにとって、どうしても自分の帳簿を完成させる必要がありました。

     マリアはユダの泊まる宿の部屋を訪ねました。

     ユダは床に座っていました。マリアは自分の帳簿を彼の前に置き

     『ユダ様、全部が記された原簿を見せていただくことはできませんか。いくら計算し直しても、300デナリオン近く足りないのです。何に使ったのか確認しておきたくて。』

     マリアのその一言で、ユダの血の気が引きました。彼の目は視点が定まらなくなり、マリアの帳簿を受け取ったユダの手は少し震えていました。

     『何だ、これは?』

     『あ、すみません。これは自分用に作った帳簿です。』

     ユダはマリアを見上げました。手渡された帳簿を斜め読みして、ユダは体が固まりました。帳簿は恐ろしく几帳面に書かれた素人離れしたものであり、明らかにユダが作ってきた帳簿よりも整理され、見やすく仕上がっています。
     指摘された箇所を見て焦るユダ。

     『お前、なぜこんなものを。』

    声が少し裏声気味になっていました。

     『帳簿を作るのが小さいときからの楽しみで。』

     マリアはユダに向かって無邪気に愛想笑いをしています。

     ユダは胸中

     『(こいつは一体何者なんだ。俺を弄(もてあそ)んでいるのか。)』

    と思いましたが、とにかくこの場を何とかしのがねばなりません。ユダは彼女の表情から、まだマリアが彼の不正には気付いていないことを読み取ると、どうすればマリアをこの件から離すことができるのか、考えを巡らせました。

     『そ、そうか。そうだな。今度確かめておくから。
     そんなことよりマリア、葡萄酒とパンが少し心細くなってきた。切らさないように補充しておいてくれ。』

     ユダはマリアの関心を他のことに向けようとしたのです。

     『はい。わかりました。ユダ様。
     今日は顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか。』

     ユダは次第にマリアに追い詰められているように感じていました。

     『大丈夫、ちょっと寝不足なだけだ。
     そうだ、お前のこの帳簿は私が預かっておこう。確認して完全なものに私が直しておいてやるから。
     お前はこんなことに時間を費やさず、主の教えを学ぶことに集中しろ。
     これからは会計は俺が全部やっておくから。』

     そう言うと、マリアの帳簿を脇に置き、マリアに外に出ていくよう目で指示しました。
     マリアが部屋を出た後、彼は床にうずくまりました。鼓動は早く、頭に血がのぼり、何も考えることができません。

     『(くそ、あの小娘、会計など手伝わせるんじゃなかった。しかし、帳簿は取り上げたぞ。すんなり渡したな。あいつ、頭は他の女より良いようだが、所詮は世間知らずのお嬢さんだ。)』

     そう吐き捨て、自分を安心させるのでした。

     外に出たマリアは不完全な帳簿のことは気にはなりましたが、ユダが確認してくれるのだから大丈夫だろうと安心しました。裕福な家庭で育ったマリアには、金を横領するという発想が全くなかったのです。
     マリアはパンと葡萄酒の調達に急ぐのでした。


     その数日後、ある事件がおきました。

     ユダは食事の席で、一人の女性が贅沢な香油をイエスに塗っていることに気づきました。

     『(また無駄使いしやがって。こちとらこんなに苦労しているのに。)』

    彼は女の側に歩み寄って

     『おい、何だこれは。一体いくらで買ったんだ。』

    と女を怒鳴りつけました。

     『はい、ユダ様、300デナリオンです。』

    ユダの怒号に一同驚いて、ユダの方を向きました。ユダはそのことに気づいていません。

     『(300デナリオンだって?これがあれば問題はすべて解決するではないか。)』

     ユダは女から香油の瓶を取り上げました。

     『こ、これは俺が預かっておく。』

     周囲の雰囲気がおかしいことにようやく気付いたユダは、辺りを見回します。全員の視線がユダに降り注がれていました。その中にはマリアが混ざっていました。マリアの澄んだ瞳と目があってしまいました。彼女は目をそらし、視線の先を、ユダの手にしている300デナリオンの香水に向けました。

     ユダはあわてて取り繕います。

     『いや、こ、これで、貧しい人に施しができるではないか。』

     ユダは気付かれないようにマリアの様子を窺いましたが、彼女は瓶を見つめているように思えました。

     『(あいつ、まだ見ている。そうか、この香水の値段だな。300はまずかった。あいつのことだ、すべてを見抜いたに違いない。なんとかせねば。)』

     ユダに怒鳴られ、香水の瓶を強引にむしり取られた女は、ユダの前で恐れおののき、泣きながらひたすらひれ伏しています。

     すると、ずっと様子を見ていたイエスが口を開きました。

     『ユダ、なぜこの人をそんなに叱るのですか。この女性の好きなようにさせなさい。この人は私のことを考えて、こうしてくれたのです。この女性の行いは末代まで善い行いとして語り継がれるものです。』(マルコ 14・6-9 [1] 改変)

     ユダは一歩引きさがり、イエスに深々と頭を下げ、横目でマリアを見ると、まだこちらをじっと見ています。

     ユダは最悪の状態に陥っていました。イエスからは他の弟子たちの前でたしなめられ、辱めを受け、自分の悪事はマリアに暴かれています。香油の瓶を握ったユダの手は震えていました。

     『(くそ、もういい。もともとイエスの考え方など、俺にはあわないものだった。買い被り過ぎていた。いつまでイエスに付き従っていても、もはや得るものは何もない。どうせイエスのもとを離れようと思っていたのだ。
     こうなったら、すべて終わらせてやる。
     そしておれは再出発するのだ)』

     このとき、ユダの脳裏にはイエスに敵対する祭司長や長老に売って、すべてをご破算にするという考えがよぎっていました。


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    8.ゴルゴタへの苦難の道


     ユダの裏切りのせいで、イエスは彼を疎むユダヤ人たちに捕らえられてしまいました。
     そして、イエスは彼らの手によりローマ帝国の地方総督ピラトに引き渡され、明け方、裁判が行われました。

     丁度、この日は祭りの日でした。総督は祭りの日には、恩赦として二人の罪人のうち、一人を助けることにしていたのです。もう一人の罪人はバラバという名前の者でした。ピラトは群衆に問います。

     『二人のうち、どちらを助けるか?』

     しかし、この習慣を知っていたユダヤの司祭長や長老たちなどは、予め人々にイエスを罰すると叫ぶよう丸め込んでいました。

     『バラバ。』、『バラバは無罪だ。』

     その声はまるで競技場の歓声のように広がって行きました。ピラトは手を挙げてからおろし、群衆の怒号を静め、物音一つしなくなるのを確認すると

     『ではこのイエスの方はどうしたい。』

     すかさず群衆の一人が

     『十字架刑だ。』

    と声をあげました。それに続くように、『十字架刑!十字架刑!』と一部の人が繰り返すと、その言葉はいつの間にか群衆全体の主張と化してしまいました。
     ピラトはこれが一部の者に誘導され、拡がったものであることに気が付いていました。彼は冷静に群衆に問いかけます。

     『では、聞く。この男は一体何の罪を犯したのか?』

    しかし、もはや誰もピラトに答える者はありませんでした。ただ、十字架刑という絶叫が返ってくるだけでした。ピラトももはやこの扇動された群衆には逆らえません。仕方なくイエスの十字架刑を決定しました。

     やや遠くでこの様子を見ていた司祭長と長老は、お互いの微笑む顔を見合うのでした。

     その日、4月の金曜日、イエスはゴルゴタの丘で十字架に磔(はりつけ)られ、処刑されることになりました。

     刑が下されると、すぐさまイエスは兵士により唾を吐きかけられ、鞭打たれ、茨でできた冠、つまり棘だらけの冠を頭にかぶせられ、暴行を受けるのでした。

     さんざん侮辱されたのちに、十字架を背負わされ、裁判をした都からゴルゴタの丘までの道を群衆の中を歩かされたのです。

     むち打ちで裂けた皮膚からは血がにじみ出し、茨の棘はイエスの頭に刺さり、そこからも鮮血が顔に滴り落ちています。

     十字架を背負うイエスの周りを人々は取り囲むようについていきました。

     中にはイエスの凄惨な姿を見て、祈りをあげる女性、痛みを和らげる苦艾(にがよもぎ)を混ぜた葡萄酒を差し出す者などもおりました。

     マグダラのマリアの姿もその一人でした。苦艾の葡萄酒を入れた革袋を手にし、主に渡そうと機を図りながらあとを追いました。

     満身創痍のイエスは、兵士が槍の柄で殴ると、遂に跪いてしまいました。

     『ああ。もうやめて。』

    周囲から絶望と同情の声が上がりました。しかしその一瞬、マリアと主の間に一筋の隙間の道が見えました。マリアはそれを逃さず主のそばに駈けより、革袋の口をイエスに向けます。

     『イエス様、どうかこれをお飲みください。痛みが和らぎます。』

    主はマリアを見ると微かに微笑んだかのように頷きました。しかし、葡萄酒に口を付ける間もなく、ローマ兵がイエスを鞭打ち、先へ進むように促します。


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    マリアはイエスに葡萄酒を飲ませようとする


     マリアは屈強なローマ兵に退けられ、道端に弾き飛ばされてしまいました。革袋は下に落ち、イエスに飲んでもらおうと用意してきた葡萄酒は、たちまち土に吸い込まれていきました。

     『ああ、天におられる我らが父よ。どうかイエス様を苦しみからお救い下さい。そのためなら私は何でもいたします。』

     マリアは悲痛な祈りを天に捧げました。


    9.十字架刑


     マルコによる福音書 15・25 によると

     午前9時。

     イエスの両手首と両足の甲が、釘で十字架に打ち付けられました。十字架はそのまま起こされ、イエスはゴルゴタの丘に晒されたのです。
     そのとき十字架刑に処せられたのは3名。イエスの十字架は中央にありました。


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    十字架に架けられるイエス


     手と足には太い釘が貫通し、それだけでも耐えがたい激痛なのに、そのまま十字架が立てられ、自分の重みが骨まで打ち砕いた釘を通して傷口に容赦なくかかってくるのです。通常の人であれば失神してもおかしくはありません。

     マグダラのマリアは、まるで自分の痛みのように、顔を歪めました。

     『ああ。主よ。』

     マリアはこのときイエスの苦痛を共感していたのでした。身体にこそ劇痛はありませんでしたが、そのかわり、胸には棘だらけの重い鉛が埋め込まれ、それに体の内側から刺されているかのような感覚に襲われていました。

     彼女にとって主イエスは自分の父であり、そしてすべてでもありました。

     

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    十字架に磔られた主の苦しみを感じるマリア


    10.イエスの死


     イエスが十字架に磔(はりつけ)られてから3時間が経ちました。

     午後0時。

     辺りが急に暗くなり始めます。
     太陽は次第に欠け、光を失っていきます。
     やがて太陽は黒い円盤に覆われ、その隙間から光が微かに後光のように漏れ、地上はすべて闇に覆われてしまいました。

     処刑の見物人やローマ兵は、空を見上げる者、あたりを見回す者、神に祈りをささげる者など、それぞれに不安な表情を浮かべていました。

     マグダラのマリアは、イエスの母マリアやその姉らと共にイエスの十字架のもとにいました。
     心配そうにしている母マリア。マグダラのマリアはいたわるように母マリアを抱き寄せ、彼女の頭布に唇をよせます。

    『(私がしっかりしなければ)』

    と心の中で自分に言い聞かせます。

     暗闇の中でときが重く流れて行きます。

     午後3時。

      突然、大きな叫びが周囲の静けさを打ち破りました。イエスの声です。

     『父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。』(ルカ 23・46 [1])

     それに呼応するかのように「神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返」りました。(「」内マタイ 27・51 [1])

     十字架のまわりは騒然とします。

     イエスは首を下に垂れ、手足からは力が抜けていました。
     マグダラのマリアはイエスを見上げています。

     『(イエス様がたった今、お亡くなりになった。)』

     そのとたん、涙がとめどなく目から溢れ出て、脚と腰に力が入らず、しゃがみ込み、そのまま泣き崩れるのでした。

     ゴルゴタには至る所から、人々のすすり泣く音が響いてきます。その間を血の匂いを含む濁った微風が通り過ぎていきました。


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    マリアはイエスの絶命に泣き崩れる1


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    マリアはイエスの絶命に泣き崩れる2


    第 II 巻 イエスの復活と弟子たち


    11.埋葬を見届けるマリア


     しばらくすると、アリマタヤのヨセフが、ニコデモという者を連れて十字架のもとに歩いて来ました。ヨセフはローマの最高法院の議員でしたが、信仰のある人で、今回のイエスの処刑には反対していました。

     ヨセフはローマ兵にイエスを降架させ、遺体をきれいな亜麻布で包みました。そして、それをヨセフの所有する園に運び、空いている墓に収めました。墓の入口は大きな岩でふさぎました。

     マグダラのマリアはその埋葬の傍らにずっとおりました。墓が閉じられても、墓の外から岩をみつめ、そばを離れようとしませんでした。
     できるだけイエス様のお傍にいたいという思いがあったのです。

     ところでイエスの弟子たちはどうしていたのでしょうか。
     じつは、イエスの仲間であることがわかると、罰せられるためヨハネ以外は四散してしまったのです。

     特にイエスの高弟ともいえるペトロは、「この人はイエスと一緒にいた」と誰かに指摘されるたびに

     『そんな人は知らない』(マタイ26・72 [1])

    としらを切りました。しかも3回それを繰り返しました。

     一方、裏切り者のユダは、イエスに十字架刑が下るに至って、自分の行いの重大さを後悔するのでした。ユダが裏切ったことも世間に知れ渡っていました。彼は今後、何の罪もない主を金で売った裏切り者と言われ続けるに違いありません。
     彼は後悔と自責の深い重みに耐えることができず、首を吊って自殺したのでした。


    12.安息日の苦渋

     埋葬の翌日は安息日でした。安息日は金曜日の日没から土曜日の日没まであり、この期間は何か行動をしてはいけないことになっています。
     ですから、マリアはイエスの墓に行くことはできません。

     時間というのは、経つのを待っているときほどゆっくりと流れるものです。
     長く待ちどおしい安息日の次の日。

     『(哀れなイエス様。あのような苦難のあと、一人であの暗闇の中におられるなんて。早くおそばに行って遺体に香料を塗ってあげたい。そしてイエス様が寂しくないよう、抱きしめ語りかけてあげたい。)』

     彼女は少しでも早く安息日の翌日が来ることを願いました。

     夜になって床についても心は穏やかにはなりません。

     『(イエス様、すぐにおそばに行きます。早く夜が明けて。)』

     そう思いながら少しは眠らなければと目を閉じました。
     不安な静けさが夜の闇に広がっています。

     眠ろうと思っても、イエスの処刑の光景や、みなで旅をしたときの情景の数々が思い出されてきます。


    13.墓泥棒?


      マリアは少し眠れたらしく、悪夢にうなされて目が覚めました。
     まだあたりは薄暗いのですが、もうすぐ夜が明けます。
     しかし、もう待ちきれません。
     マリアは起き上がると、一人でイエスの墓の元に向かいました。

      イエス様のお墓の側にいたい。

      『イエス様』

     そう心の中で呼びかけながら、小走りに先を急ぎました。

     墓が見えてきます。そのとき
     
    『(何か様子がへんだわ。)』

     マリアはそう感じました。

     墓に到着し、その違和感の正体がわかりました。墓をふさいでいた大きな岩が、端によけられているのです。

     『(ああ、何が起こったの?)』

     恐る恐る墓の中をのぞくとイエスの遺体がありません。

     『(墓泥棒?)』

     真っ先にその可能性が思い浮かびました。
     マリアは驚き、どうしてよいのかわからず、取り急ぎ、町の片隅に身を潜めている兄弟子のペトロたちの所に向かいます。

     事態を聞いたペトロともう一人の弟子は墓に急いで走って行きます。

     確かにマリアのいうとおり、岩は何者かによって外されていました。辺りの様子を見ながら中に入ると、もぬけの殻でした。しかし、イエスの墓にいて、捕まることを怖れたのか、二人の弟子は遺体を捜すことなく早々に家に帰ってしまいました。

     取り残されたマリアは、一人呆然と墓の前に立っていました。

     理不尽な理由により十字架刑で命を奪われ、さらにそのご遺体までも奪われてしまうなんて。

     『(どうして私から大切なイエス様を二度も奪うの!)』

     そう思うと、口惜しさと喪失感に襲われ、マリアは墓の前で泣き始めてしまいました。


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    この上イエス様のご遺体も奪われた


    14.イエスの復活

     『(墓の中で何か気配がする。)』

     マリアは耳をすませます。
     
     『(何だろう。墓泥棒?)』

     マリアは涙で顔をぬらしたまま、墓の中の様子を見に行きました。
     すると、さっきまでいなかったはずの白い衣を着た二人の天使が、イエスの遺体のあった場所に座っています。彼らはマリアの方を振り向くと

     『なぜあなたは泣いているのですか?』

    と尋ねるのでした。その声は透明で美しく、墓の中に残響を伴い響くのでした。

     『天使様、私の大切な主イエスのご遺体がなくなってしまったのです。どこにあるのか分かりません。』

     そう言うと、今度は後ろから別の男の声が

     『婦人よ、なぜ泣いているのか。』(ヨハネ 20・13 [1])

     とマリアに声をかけます。マリアは振り向き、男性をちらりと見ます。墓の管理人のようでした。

     『あなたがここの遺体をどこかに移したのですか? もしそうなら、どうかここに返してください。ここは主の墓なのです。』

     マリアは懇願しました。しかし返答がありません。マリアはまたイエスの遺体があった方を向きます。

     すると、後ろからまた管理人の声がしました。今度は短く

     『マリハム』(ヨハネ 20・16 [1] 改変)

    何度となく聞いた主のお声です。

     『(え?主のお声?)』

     そう思い、マリアは手で覆って泣いていた顔をあげ、後ろをみると、さっきの男性が佇んでいます。

     『(これは管理人なんかではない、間違いなくイエス様。)』


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    先生!


     『先生!』

    マリアは思わずそう声をあげると、感極まってイエスに抱きつこうとしました。


    15.イエスのマリアへの言葉

     

     しかしイエスは

     『わたしにすがりつくのはよしなさい。』(ヨハネ 20・17 [1])

    そう言って、マリアを遠のけました。

     『まだ父のもとへ上っていないのだから。』(ヨハネ  20・17 [1])

     イエスのその言葉に、マリアははっとして、両手を下し自分の胸に当て、イエスの前に跪きます。イエスは続けて言いました。

     『わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。「わたしの父であり、あなたがたの父である方、またわたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る」と。』(ヨハネ 20・17 [1])

     マリアはイエスの言葉を嚙み締めました。

    『(あの尊く穏やかないつものお声。イエス様がお戻りになられた。)』

     イエスを見上げ

     『はい。先生。』

    と答えます。マリアの声は澄み切って軽やかなものとなっていました。嬉しいのになぜか涙がとまりません。


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    マリアに復活を弟子たちに伝えるよう言うイエス


     マリアはイエスの元にこのまま永遠にいられたらと思いましたが、主の命です。立ち上がり、後ろ髪をひかれる思いで、イエスを残し離れて行きました。

     『イエス様が生き返られた。
     イエス様が生きている。』

     そう口にしながら、マリアはひたすら走りました。早くみんなに知らせねば。
     彼女の心はもう地上にはなく、大空を駆け巡っているのでした。

     

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    イエス様の復活を伝えに行くマリア


    16.マリアと使徒たち


     マリアは弟子たちのところに行くと、主が復活され、自分が復活後のイエスに会ったこと、そしてそれをみなに伝えるよう言付かったことを話しました。

     しかし、彼らはそのことを信じませんでした。

     『(復活後、最初に現れて声をかけられたのがマリアだなんて考えられない。主は我々よりもマリアを信頼しておられるのか。)』

     『(この小娘は、よほど自分が特別な存在と思っているらしい。)』

     彼らはマリアの話を所詮は夢見る年頃の若い女のたわごとと片付けたのです。
     マリアは自分の言うことが信じてもらえず、弟子たちに苛立ちを感じていました。
     彼女は仕方なく部屋の隅に寄り、唇をかみしめ、下を向いて目を閉じました。

     『(イエス様、申し訳ございません。この人たちは私が幻覚でも見ていたと思っています。どうか、そのお姿を現してください。)』


     町では暗くなっても、往来をいくつもの松明が揺れながら移動しています。反対派の急進的なユダヤ人たちが、イエスの弟子たちがどこかに潜んでいないかと探し回っているのです。これを機にイエス派を殲滅することが目的でした。

     弟子たちは司祭や長老の一派を怖れ、家の戸を閉め、閂をおろして息をひそめておりました。

     マリアも弟子たちのいる部屋で、どうやったら主の復活を信じてもらえるのか思案していました。
     ところが、その日の夕方、閂を引き抜いた者は誰もいないはずなのに、部屋の中央に、イエスがいつのまにかいたのです。誰も彼が現れた瞬間を見た者はいませんでした。
     弟子たちは、お互いの顔を見合わせ、イエスの周りに集まっていきました。みなイエスを覗き込んでいました。
     イエスが現れたと思い、目を大きく見開く者もいれば、右斜めに顔を向け目を細める者もいました。

     イエスは弟子たちを落ち着かせようと、十字架で釘付けにされた手の傷を皆に向け、イエスの死を確認するために役人が槍で刺した脇腹の傷を見せました。
     『おお。』
    部屋中を男たちのどよめきが埋めました。誰も瞬きをすることができませんでした。

     マリアは弟子たちの後ろから、背を伸ばすように主の姿を目にしようとしていました。それに気づいた弟子の一人が、マリアに顔を向け、続けて数名もマリアを一瞥し、口を細く開いて目を伏せるのでした。

     マリアはイエスのそばでざわめく弟子たちを見回して、吐息をもらすのでした。

     弟子たちはマリアの話が戯言ではなく、イエスがよりによってマリアの前に復活した事実を思い知らされるのでした。 

     こののち、マリアとそうでない弟子たちの間には、一種の隔たりが生まれるようになりました。
     しかしマリアはまだそのことに気が付いていません。

     

    17.使徒たちとマリアの葛藤

     

    その後もイエスは弟子たちの前に何度も現れました。
     新約聖書の教えとは異なりますが、『マリアの福音書』([3]、[4])によれば、イエスはマリアの元にも現れ、主といろいろな話をされ、またあるときにはこんなことがありました。

     復活後のイエスが弟子たちに教えを伝えていました。そしてなぜか彼は弟子たちに最後に別れの言葉を語り始めました。

     『あなたがたに平安があるように!わたしの平安をあなた方自身のうちに得るように!』

     さらに続けて、

     『行って、王国の福音を宣べ伝えなさい。』

    そう言われると、主は皆のもとから離れていきました。

     そのイエスの言葉に対して、弟子たちに動揺が走ります。

     『よその土地に行ってどうすればいいんだ。主と同じ目にあうぞ。』([3]、[4]改変)

     弟子のなかには、磔の刑となることへの恐怖から激しく泣く者もいました。
     そんなとき、一人マリアは冷静に皆をたしなめます。

     『そんなに泣いていてもはじまりません。主があなたがたをかばってくれます。わたしたちは、主の偉大さをほめたたえようではありませんか。』([3]、[4]改変)

     もうまるでマリアがリーダーになったかのようでした。

     心穏やかでないのはイエスの高弟たちです。
     ペトロがマリアに問い始めました。

     『主がほかのすべての女性たちよりもあなたを深く愛しておられたことはわかっています。』([3]、[4]改変)

     この言葉に、弟子の中には少しうすら笑いを漏らすように目を細め、マリアに視線を向ける者もおりました。

     マリアが聖母マリアらといつもイエスのそばを離れようとせず、いつも行動を共にしているのを見て、よからぬ噂もたっていました。
     イエスのところに集まった群衆の中には、イエスの傍らにいつも侍る若い美しい女性を見て、『あの人は誰?』と疑問を持ち、低俗なことを考える連中もいたのです。

     マリアは弟子の何人かの軽蔑の眼差しに、何か嫌な空気を感じましたが、それが何を意味しているのかは全くわかりませんでした。

     ペトロはさらに続けます。

     『そうであるなら、あなたが知っていて、私たちが聞かせてもらっていない言葉を聞かせていただけないだろうか。』([3]、[4]改変)

     それに対するマリアの反応は至ってシンプルです。

     『あなたがたには隠されている言葉を教えましょう。』([4])

     マリアのこの自信に溢れた言い方に、弟子たちは少し驚きました。彼女はイエスの教えを淡々と話し始めます。


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    イエスの言葉を弟子たちに伝えるマリア


     マリアはイエスが自分に語ったことを話します。
     まず、イエスに自分が幻の中で主を見たと伝えると、それに対してこう答えたと話します。

     『わたしを見て動揺しないとは、あなたは何と素晴らしい!心あるところには、宝があるのです。』([4])

     これはイエスのマリアに対する絶大な誉め言葉でした。しかし、これを聞いたとき、同じ弟子たちはどう思うのか、そういう妬みという感情を、イエスに寵愛され、彼の下で教えを受け、社会生活をほとんど経験していない彼女には理解できませんでした。

     顔をしかめる者もいるなか、さらにマリアはイエスの教えをとうとうと伝え、最後に次のように締めます。

     『人の魂は上昇する途中で
    「欲望」「無知」「死への熱望」「肉の王国」「肉の愚かな知恵」
    などの力と出会い、魂はそれらと問答を行い、打ち勝ちながら上昇し、安息へと至るのです。』

     マリアは先輩の高弟たちの前で間違いなく全部を言い切れた、その達成感にほっとして、肩の力を抜き、そのまま沈黙します。


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    すべてを話し終える。しかし……


     一同、彼女のよどみなく自信に溢れた話し方に圧倒されていました。この若い女性の才知に感心する者もいれば、また複雑な感情を持つものもいました。

     そのような雰囲気の中、イエスの弟子アンデレが立ち上がり、口火を切りました。

     『彼女の言ったことについて、皆さんの意見を聞きたい。救い主がそんなことを言ったなんて、私には信じられない。彼女が伝えてくれた教えは、主の教えとは異質な考えのように思われる。』([3]、[4] 改変)

     『(えっ?)』 

     マリアは耳を疑い、アンデレの顔を見ました。

     すると、今度はペトロが立って、激しい口調で言い始めます。

     『主がわれわれに隠れて一人の女性に個人的に、しかも公開の場ではなく私的に語ったりするだろうか。そうであるなら、将来、我々はいつも彼女の口から主の教えを聴くことにならないだろうか。本当に救い主が彼女を選んだのだろうか。彼女がわれわれ以上のものだというのだろうか。』([3]、[4] 改変)

     マリアはペトロからこのような不信感を持たれたことに動揺しました。ペトロは弟子たちの中でもリーダー的な存在で、普段から頼もしい兄のように思っていた人です。

     彼女としては、敬愛する主が復活した喜びと、主が彼女に語った教えを仲間の弟子たちにも伝え、共有したいと思っただけなのです。当然、皆もイエスの言葉を喜んでくれるはず。
     それが、あろうことかペトロ、それにアンデレから嘘つき呼ばわりされたのです。

     さらに、マリアは彼らによってイエス様との大切な思い出の会話が、武骨な手で穢されたようにも感じ、悲しみと口惜しさが心の内に沸き起こってくるのでした。

     彼女は唇をかみしめ、天井を見つめます。視線をペトロの顔に移し、彼の方を向くと、目に溜まっていたものが頬を濡らします。詰まったような声で訴えました。

     『私がこのようなことを勝手に考えて、嘘をついているというのですか!』([3]、[4] 改変)

     アンデレとペトロは、マリアのきつい口調の抗議と、初めて見る彼女の涙に一瞬たじろぎ、言葉を失いました。

     ペトロにしてみれば、マリアに対してきついことを言ったのは、ある後ろめたい気持ちが心の隅に引っかかっていたからでもありました。
     彼は主の有罪判決後、イエスを知っているかと聞かれたとき『そんな人は知らない』と3度も答えてしまったのです。しかも、ペトロがそう主張するであろうことは、あろうことか、生前のイエスにすっかり見透かされていました。かつて主からは

    『わたしはあなたに天の国の鍵を授ける』(マタイ16・19 [1])

    とまで言われていたのにもかかわらず。

     それに対してマリアはどうだったでしょう。イエスは彼女を寵愛し、彼女が質問したり意見を言う姿に、自分の教えを咀嚼し理解できる弟子への信頼の眼差しを注ぐのでした。

     しかもマリアは十字架刑から埋葬まで、イエスが窮地に陥っても、彼の元を片時も離れようとしませんでした。女性への政治的な取り締まりが男性に比べ緩いと言っても、この厳然たる差が生まれたことに違いはありません。

     そんな差を付けられてしまったペトロや他の弟子たちが、主イエスは自分たちよりマリアを信頼しているのでは、と不安な気持ちになったとしても不思議ではありません。そしてそれは、たかが女に今後の主導権を握られてしまうのでは、という危惧にもつながっていくのでした。

     部屋の中にはマリアの鼻をすする微かな音以外、何も聞こえませんでした。

     しばらく続くこの重い沈黙を弟子の一人、レビが破ります。彼はこれまでの流れを一挙に変えました。ペトロをたしなめたのです。

     『あなたの議論の仕方はまるで彼女が敵対者のようなやり方です。もし、救い主が彼女を自分の言葉を託すにふさわしい者とお考えになったのであれば、彼女を拒否しているあなた自身は一体何者だというのですか。確かに救い主は彼女をしっかりとわかっていて、それゆえ、われわれよりも彼女を弟子として愛したのです。』([3]、[4] 改変)

     ペトロは何かを口に出そうとしましたが、それを呑み込みました。アンデレは下を向いたまま、目を閉じ沈黙をまもっていました。

     弟子たちとマリアの衝突は、レビの言葉で幕を降ろしました。

     マリアは兄弟子たちに頭ごなしに否定され、嘘つき呼ばわりをされ、とてつもない疎外感を覚えるのでした。


    18.ペトロの自覚


     ペトロはこのマリアとの言い合いの後、もどかしい思いを感じていました。一つは、妹のように思っていた彼女に涙を流させてしまったことを悔いていました。

     『(もう少し別の言い方があったのではないか)』

    それとは反対に、ある確信をしていることもありました。

     『(このままでは、マリアが私たちの指導者になってしまう。しかしあの世間知らずのマリアに、皆を率いてこの苦境を乗り切れるだろうか?
     いや、彼女には無理だ。とても賢いが、一派を率いる力には欠ける。今は剃刀のような繊細なものではなく,鉈(なた)のような強靭な統率力が必要なときだ。)』

     その統率力を持つ者は明らかにペトロでした。彼にはそのことがはっきりと分かってはいたのですが、如何せん『そんな人は知らない』と3度も言ってしまった引け目がありました。

     『(こんな自分には誰もついてこない。)』

     彼は自分の弱さを十分に知っていたのです。

     『(どうすればよいのだろうか。)』

    ペトロは考えあぐねていました。
     解決の糸口が見つからず悩み続けました。

     ペトロが悩み疲れ、気分転換をしようと葡萄酒の盃に口を運んでいました。そのとき、突然、復活後3度目に現れたときの主のことが脳裏をかすめました。

     それはイエスと皆でガリラヤ湖畔で朝食を取ったあとのことでした。今と同じようにペトロが葡萄酒を呑み込んだとき、イエスが尋ねてきたのです。

     『ペトロ、あなたは他の人たち以上に私を愛しているか。』

    『愛しています。』と彼は即座に迷うことなく答えました。しかし、なぜか主は同じ問いを3回も繰り返したのでした。(ヨハネ 21・17 [1] より)

     ペトロはその都度、愛していると答えたのですが、さすがに3回目には自分が信じてもらえないことに悲しみと苛立ちを隠せませんでした。

     『主よ、私があなたを愛していることを、よくご存じのはずです。』(ヨハネ 21・17 [1] より)

    そうきっぱりと言い切りました。ペトロは主の目をしっかりと見ていました。すると主は

     『わたしの羊の世話をし、飼いなさい。』(ヨハネ 21・17 [1] 改変)

    と言ったのです。

     『(そうだ、あのとき主はもう私をお許しくださっているではないか。しかも主は私にむかって、人々を導くようにと言われているではないか。)』

     このとき、彼は自分の果たすべき役割をはっきりと自覚したのでした。
     その後のペトロの活躍は目覚ましく、キリスト教において指導的で重要な役割を果たし、最終的には初代ローマ教皇となりました。
     かつてイエスがペトロに天の国の鍵を授けると言った言葉は、まぎれもない真実だったのです。

     しかし、主が『わたしの羊の世話をし、飼いなさい。』と言った後に続けた言葉をペトロは思い出せておりませんでした。

     『それから、はっきりと言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。
     私に従いなさい。』(ヨハネ 21・18-19  [1]  改変)


     ペトロがこれを思い出すのは、ずっと後になって、彼が殉教したときでした。彼は自分が主と同じように十字架に架けられるのは分不相応であると考え、イエスとは逆に頭を下にし、足を上にするという姿勢で磔(はりつけ)させたといいます。いわゆる「逆さ十字架」です。

     ペトロの体は十字架に荒縄で縛り付けられ、周りの情景が上下逆転する中で、イエスの言葉を思い出したのです。 


    第 III 巻 フランスから天界へ


    19.地獄の地中海


     イエスが十字架にかけられてから14年が経ちました。
     その間、弟子たちはそれぞれの生き方に応じて布教に努めました。しかし、ユダヤ教徒からの弾圧は酷くなる一方で、イエスの教え子の一人ステファノなどは、石打ちの刑という衆人が石を投げつける残酷な刑により処刑されています。

     マリアはというと、男たちに比べれば、弾圧の矢面に立たされることはありませんでしたが、いつ反対派の輩が彼女に牙をむけてもおかしくない状況でした。兄弟子ペトロは彼女の身の安全を気にし、エルサレムからは離れた所にいるイエスの教え子の一人のマクシミヌスに面倒を委ねました。

     ところが、そんななか、キリスト教徒の反対勢力の人たちが、このマクシミヌスをはじめ、彼の周りにいる多くのキリスト教徒を地中海に連れ出し、沈めてしまおうと画策していたのです。

     迫害者たちの計画は、彼らに布教と偽って、船に乗せ、舵を取り上げ、そのまま地中海に放り出してしまうというものでした。そうすればやがて波にのまれて沈没するだろうという目論見です。地中海は内海とは言え、その広さは広大で、もはや大海も同然です。

     真夏、その計画は実行に移されました。船に乗った者たちには、マクシミヌス、マグダラのマリア、そしてイエスによって死から蘇ったラザロ、その姉マルタも含まれていました。
      

     初日。
     迫害者たちは彼らを乗せた船から帆と舵を取り外し、夜陰に乗じて、別の船へと移っていきました。すぐに残された者も異変に気付きましたが、辺りは見渡す限り漆黒の闇です。夜が明けるのを待ちました。

     空が白み周囲を見渡すと、四面が海、離れ小島一つありません。船は波に揺られるだけでどこにも進んでいないように見えました。
     食料はほとんど持ち去られてしまい、残っているのは各自が持っている水の入った革袋だけです。
     やがて陽が昇ると、空からは容赦ない陽光が彼らを襲いました。

     そのような中、マリアは生き延びるにはどうすればよいかを考えていました。しかし何の手立ても思い付きません。とにかくこの漂流は長引く可能性が高く、彼女は体力を温存するようにしました。帆柱に寄り添うように静かに座り、頭巾で頭と顔を陽から守るようにするのでした。


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    大海原は果てしなく続く


     船は波と同期するかのように周期的に上下しているだけです。マリアの隣にいる仲の良いマルタは喉が渇いたのか、自分の革袋から水をごくごくと飲んでいました。

     『マルタ、水は少しずつにした方がいいわ。きっとこの漂流は長くなるから。』

     『わかった。ねえマリア、私たちどうなるの。このまま死んでしまうのかしら。』

     『大丈夫。イエス様がきっと守ってくださるから。』

     『そうね。』

     マリアはそう言って、慈悲もなく広がる水平線の彼方をぼんやりと見つめるのでした。見渡す限り青い海原が続き、陸地らしきものは何ひとつ見えません。

     日が暮れ、気温はおよそ20度前後。そよ風が吹いています。しかし帆も舵も櫂もない船では何もできず、ただ地中海を成り行き任せに漂うだけでした。


     二日目。
     この日も快晴。マリアの体には太陽が照りつけ、汗が浮き立ち、蒸発していきます。

     彼女は革袋の小さく開けた口に唇をつけ、少量の水を喉に流し込みます。少量の水は体に染みわたり、少し生き返ったような気持ちがしていました。彼女は水を飲むと、また横たわりました。

     昼頃、今までとは打って変わって涼しい風が吹いてきました。
     後方の空を見ると、どす黒く重苦しい雲が湧き上がっています。

     『嵐が来るぞ。』

     ラザロが叫ぶと、それに続き

     『革袋に水をためろ。』

    という声。マリアは自分の革袋を開き、その中に雨粒が入るようにしました。

     天候の変化は慌ただしく押し寄せました。波はすぐに猛々しくなり、船はそれに蹂躙されるように上下左右に大揺れを始めました。暗雲は上空を覆い、稲妻が不気味な閃光で威嚇し、雷鳴が海の轟音に加わります。

     『ああ。マリア』

     マルタは雷鳴に驚き、マリアの腕にしがみつきます。

     『マルタ、しっかり船の綱につかまって。外に放り出されたら終わりよ。』

     マリアは必死に叫びました。彼女の顔には容赦なく大粒の雨が大量に打ち付けます。

     小舟は何時大波の白い泡の口の中に呑み込まれてもおかしくありません。
     海はキリスト教徒らの乗った船を、まるで枯葉のように翻弄するのでした。


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    荒波に翻弄される船


     マリアが必死に縄にしがみついて、波にのまれないようにしている中、

     『二人船から放り出されたぞ!』

    そう叫ぶ声が聞こえました。マリアは急いでマクシミヌスとラザロの方を見ます。二人は必死に縄につかまっていました。マルタは隣でうずくまりながら顔だけをあげてラザロの安否を確認しているようでした。

     『マルタ、ラザロは大丈夫よ。』

     『ああ、神様。』

    マルタの感謝の叫びでした。
     一同、流された人が見えないか辺りを見回しましたが、稲妻と牙をむき出しにした波が目に付くばかりでした。
     死の恐怖が全員を緊張させました。

     嵐は一向に弱まることはありません。マリアはもう何時間もたったかのように感じていました。

     船の大きな揺れと、強い雨、打ち付ける波、そして轟音、もうマリアも他の者も体力と気力の限界に来ていました。
     マリアは自分の命をつなげてくれている綱をしっかりと握り直し、目を閉じ祈りました。

     『イエス様、どうか私たちをお救い下さい。』

     マリアは顔も髪も、そして体中がずぶ濡れ。顔には強い雨が叩きつけられ、周りを見ることすら困難になっていました。

     しかし、気のせいかその雨の痛みが少し弱くなったように感じられました。確かに次第に雨足は力を失い、風も勢いがなくなっていきます。

     『(助かった)』

    マリアはそう直感しました。

     『イエス様、ありがとうございます。』

    そう感謝の言葉が口から自然に漏れていました。

     そうして嵐は終わりました。
     しかし、まだまだ夜は続きます。
     夏とはいえ、濡れた衣服と絶え間なく吹く海風が体温を奪っていくのです。

     『マルタ、身体を寄せ合って暖かくしましょ。』

    マリアはそういうと、マルタを抱きしめるのでした。他の者もそれを見習いました。


    三日目。
     
    嵐の一夜が明けると、今度は真夏の灼熱地獄が船に乗る者を容赦なく襲ってきました。
     昨日の嵐で革袋に水が補給されたので、マリアは水を少し多めに飲みました。

     マリアの隣にいる男性は、自分の水を飲みほしてしまったのか、殆ど空の革袋に口を付けてすすっていました。もう水が一滴も滴り落ちなくなり、あきらめて袋を床に落としました。
     男は顔も体も日焼けが酷く、赤く腫れ、横になって苦しそうに息をしています。マリアは自分の革袋をその男の手に持たせると

     『これを飲んで。』

    と優しく声をかけました。

     『いいんですか。これはあなたのでしょ。』

     『いいえ、昨日、天からもらったものです。神からの恵みの水です。』

     男はマリアに深々と感謝し、水を飲み始めました。不思議なことに、水が喉を通っていくと、その男に徐々に生気が戻り、酷かった日焼けがひいていったのです。

     『ありがとうございます。おかげで元気をとりもどしました。あなたのお名前は?』

     『マリア。マリア・マグダレナ。』

     『おお、あなたが主のご復活の証人のあのマリア様。』

     そう言って、男はマリアの手に接吻をするのでした。


    四日目。
     
    この日も太陽は熱を船の上に降りそそぎました。
     もうほとんど口をきく者はいません。
     周りには陸地一つなく、絶望の海が一面に広がっていました。


    五日目。
     灼熱地獄が続きます。もう水は尽き、マリアも一日近く水を口にしていません。顔は陽に焼かれ、唇はひび割れています。

     年老いた男が熱に侵され、息を引き取りました。マクシミヌスが祈りをあげ、地中海に丁重に葬られました。

     夕方、雨の恵みがあり、みな干上がった顔と喉をしめらせることができました。かろうじて命の灯をつないだのです。

    六日目。
     曇天。ほとんどの人は希望を見つけられなくなっていました。
     しかし、マリアだけはまだ希望を失っていませんでした。

     『(あの悪霊に憑りつかれた長い苦しみの年月にくらべたら、こんなものはたいしたことない。それに今は、あのときのように孤独ではなく、友達のマルタもラザロもマクシミヌス様もいる。そして、イエス様が天から見守ってくださっている。)』

     マリアには苦しみに耐える力が身についていたのでしょう。みんなを励ましたのです。

     『主は私たちの側にいます。この試練を乗り越えようではありませんか。きっとその先には、安住の地、神の陸地があるに違いありません。アーメン。』

     マリアの言葉にしたがって、みなは口々にアーメンと唱えるのでした。
     このときマクシミヌスは気が付いたのです。マリアは神の灯を胸の中にともしていて、それは地獄にあっても消えず、この人はそれを皆に分かち与えるのだと。
     ただ、この女性がどうしてそんな信仰の強さをもっているのかマクシミヌスは理解できませんでした。

     この日、嵐が来ることはありませんでした。

     

    七日目。
     快晴、日差しが強い。みな衰弱しきっているものの、マリアのもつ信仰の灯のおかげで、絶望に至ることはありませんでした。
     午後、

     『おい、船が見えるぞ。』

    という声がしました。
     確かに遠方に商船が見えます。全員で立ち上がり手を振り、大声をあげました。
     迫害をする人たちの船かもしれません。しかしこれを逃せばもう生きる道は閉ざされます。賭けではありました。


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    商船が通りかかる

     

     しかし神はマリアたちを見捨てませんでした。キリスト教に理解のある人たちの商船だったのです。
     船に乗っている者はみな乗り移り、命をつないだのでした。

     到着した場所は、マッシリア(現在のマルセイユ)でした。


    20.マリア、フランスに渡る


     マッシリアに上陸すると、商船の船長から紹介されて、みなマッシリアで働き、布教をしました。

     マリアもキリストの教えを広める活動をしました。
     とりわけ、重い皮膚病、出血の病、麻痺や身体の不自由な人たち、悪霊に憑りつかれている人々のために、ともに神に祈り、癒しました。

     そのため、マリアは多くの人々から愛されたのです。

     あるとき、悪霊に憑りつかれた少女が、母親に連れられ救いを求め、マリアの元を訪れてきました。
     マリアは少女のために、一心に神に祈りを捧げました。すると、神の御力により悪霊が退散して行ったのです。
     母娘はマリアに感謝し、マリアを奇蹟を起こす人と称えました。
     しかし、マリアはそれを強く否定しました。

     『私には奇蹟を起こす力はありません。真の奇蹟を起こせるのは神のみです。悪霊が散っていったのは、神の力であり、そしてあなたがたに悪霊に屈しない強さがあったからです。私は神に祈り、あなたに信仰する力と強さを呼び起こしたに過ぎないのです。』

     そう言って、決してマリアを奉らないようにさせました。

     マリアは苦しむ弱い人たちの力になりたいという思いで、師イエスの教えを実践しながら、主に救いの祈りを捧げていたのです。


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    新天地で教えを説くマリア


     一方、マクシミヌスたちは,イエスの教えを精力的に広めていきました。彼は自らが洗礼を行った者と共に、異教であるギリシャ・ローマの多神教の神殿を破壊し、そこにキリスト教会を建てました。


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    キリスト教徒たちによる異教徒の神殿の破壊1


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    キリスト教徒たちによる異教徒の神殿の破壊2


     そして異教徒との戦いの末、ラザロがマッシリアの司教に、マクシミヌスはエクス=アン=プロヴァンスの司教の座に就くのでした。


    21.マルタとマリア、怪物タラスクスの伝説

     マリア、ラザロ、マクシミヌスらと共にフランスに漂着したマルタの活躍にも目覚ましいものがありました。

     マルタはマリアとは全く異なった雰囲気をもつ女性でした。
     マリアが才気溢れ、イエスも一目置くような切れ味のある知性を持ち、他の弟子たちとは一線を画していたのに対して、マルタは気品と優しさのある女性として皆から愛されていました。

     イエスの生前はイエスの生活の面倒を一手に担っていました。マリアもよくイエスのそばにいたのですが、イエスの世話をすることはなく、いつも教えを聴くか、議論をしていました。
     そんなマリアを見て、マルタは

     『(あの子も、少しは手伝ってくれたらいいのに。)』

    とイエスの話に聞き入るマリアにちらちらと視線を注ぐのでした。

     二人はもともとそれほど気が合っていたわけではありませんが、フランスに流されてからは、見知らぬ土地で昔なじみの女性同士ということもあって、よく話をするようになっていました。

     二人はお互い自分とは違った面に魅かれるものを感じ、年上のマルタはマリアを、頭は良いのに少しわがままで、それでいて憎めない妹のように思い、またマリアも自分を包み込んでくれるマルタを姉のように慕いました。マリアはしばしば、マルタのことを『お姉さん。』と呼ぶこともあったほどです。

     マリアもマルタも数少ない女性信徒として、盛んに布教を行いました。才気煥発なマリアと違って、マルタは人当たりも柔らかく、また誰にでも分かるように平易に教えを説いたので、大勢の人々がマルタの話を聞こうと、彼女のまわりに集まってくるのでした。

     マリアはマルタの周りに人が集まる様子を眺め、

     『(マルタはすごい。自分にはないものがある。)』

    と感心するのでした。

     マルタを信奉する人々は、彼女をますます崇めるようになり、さまざまな伝説的なうわさ話がちまたを賑わすようになっていきました。
     ある青年がこんなことを言って、それが瞬く間に世間に広がっていったことがあります。

     『ちょうど大きな川の向こう岸でマルタ様が皆に向かってお話をされていたんだ。そのお姿に見惚れてしまって、ぜひ近くでお話を聞きたいと思い、
    川を泳いだのさ。ところが途中で溺れてしまって、水の中で意識が遠のいていった。

     それで、少しして気が付くと、目の前にマルタ様のあの美しいお顔があり、心地よい香りがしてくるんだよ。
     後で人が言うには、俺は溺れ死んでしまったのだそうだ。それをマルタ様が主に祈って蘇らせてくれたんだ。』

     他にもさまざまな噂話がまことしやかに広まっていったのですが、マルタ熱は熱狂とも言えるほどになり、遂に怪物タラスクスの退治話まで出てくる始末でした。それはこんな話でした。

     ローヌ川の畔に、とある森があり、そこに牛のような胴体で、鋭く長い牙をもち、背は亀のような固い甲羅で覆われている一匹の怪物、その名もタラスクスが現れ始めました。何でも小アジアの方から移り棲んだらしいのです。
     そいつは普段は水中に隠れているのですが、ときどき陸地に上がってきては人を貪り食い、退治しようとすると、あたりに燃える汚物をまき散らして逃げていってしまう、まさに恐ろしい厄介ものでした。

     森の人たちがマルタに何とかしてほしいと懇願すると、彼女は聖水と十字架を持ってタラスクスのところに向かいました。そして聖なる力を持ってそいつを倒したというのです。

      

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    タラスクスと闘うマルタ


     ところが、このおとぎ話ともいえる話が、なぜか当時の民衆の間に広まっていきました。

     マリアはこの噂を聞いたとき、さすがにここまできては、あまりにばかばかしいと一蹴しました。

     とはいえ,民衆はこの神話擬きを喜び、マルタの伝道師としての名声はみるみると高まっていきました。その結果、皮肉なことに、これまで主の教えに興味を示さなかった人々がマルタを見ようと、集会に集まるようになったのです。

     悪の象徴タラスクスを神に愛でられた美しい女性マルタが、聖水と十字架で退治するという勧善懲悪の構図は、小さい子供にも分かるものでした。そして重要なことは、タラスクスはおとぎ話だとしても、マルタは実在し、見ることができる点だったのです。

     一方、マリアの話は確かに深く、高弟たちはおろか、ときとしてイエスもうならせるほどのものでしたが、如何せん、一般の民衆には彼女の鋭さは伝わりにくく、尊敬はされても、人は集まりませんでした。


    22.根源へと向かうマリア


     もっともマリア自身は、次第に多くの人を集めることよりも、耳を傾けてくれる人、真理を求める人に話すことを好むようになっていきました。

     また、この頃のマリアは、神と言う絶対者、無限の存在、それを有限な時間と有限な空間でしか生きられない人間に本当に理解できるのだろうか、という根源的な問題に向き合っていました。

     かつてイエスの元で教えを受けていた時から、彼女はそういうすべての根本を知りたいという欲求が芽生えていましたが、まだ自分自身が何を理解していないかを理解してはいませんでした。
     しかし、イエスはすでにマリアの性向を見抜き、彼女のことを

     『あなたが現し出しているのは啓示者の偉大さである』(救い主 61  [11])

    と評していました。

     イエスと言う偉大な師を失った今、彼女は真理の迷宮の中で、一人でもがき苦しむのでした。マリアはイエスがかつて彼女に言った言葉

     『いずれあなたを天の国の入口まで導き、示すでしょう。自分の目で見、耳で聞きなさい。』

    を片時も忘れることはありませんでした。

     『(主よ、いつ私を導いてくれるのですか。)』

    もどかしい思いがつのるばかりでした。


     マリアは一人で思索する中、その思考は徐々に純化され、研ぎ澄まされ、遂に人間の絶望は神が天地創造を成した最初の御言葉

     『光あれ。』

    にあるとマリアは考えるようになりました。つまり、その御言葉から天地が始まったということは、そもそもがすでに時間に呪縛され、これを人は原理的に振り切ることはできないのだと。

     答えることのできない疑問が増え続ける中、マリアの心に、次第に

    『(世俗的なことに割くエネルギーをすべて真理探究のために費やしたい、そうでなければ到底、この問題を解決し、自らが神の国により近づいて理解することはできない。)』

    という思いが芽生え、それが日ごとにマリアの心を支配していきました。

     マリアは思索のため、部屋に籠りました。彼女がいつも説教をしていた町外れの丘は、短い下草と所々に顔を出す岩以外は何もありません。マリアの姿は町から消えました。

     心配したマルタとマクシミヌスがマリアの様子を見に行きました。二人が彼女の部屋に入るや、立ちすくみました。
     部屋の床には、パピルスが散乱し、部屋の隅の方にマリアが体を丸めてうずくまっています。服は乱れ、髪はまとまりもなく、その姿は乞食と間違えられても不思議ではないほどでした。

     『マリア、どうしたの。何かあったの。』

    マルタが駆け寄ります。マクシミヌスもそばに行こうとしましたが、マルタが振り返り、手を前に出して彼に来ないように首を左右に振りました。とても男性に見せられる姿ではなかったのです。

     マルタはまず彼を家の外に出し、水差しと布を用意して、マリアの体を優しく拭き、すべての汚れをぬぐい取りました。

     『マルタ、ありがとう。もう私はだめ。いくら考えてもわからない。私には謎が解けない。』

     マリアはマルタの胸に顔を埋めました。マルタはマリアを両手で包み込みました。

     『マリア、あなたがそんなに考えてわからないのだったら、誰にも分かりっこない。』

    マルタはマリアを抱きかかえ、天井を見ていました。

    『(このままでは、この子は狂ってしまう。どうしたらいいのかしら。とにかくマリアに正気を取り戻させねば。)』

     『マリア、少しその謎から離れなさい。そうじゃないとあなたはだめになってしまうわ。いいわね。』

    マリアはマルタの胸の中で頷くのでした。


     次の日の早朝。マリアは朝もやの中、旅立っていきました。
     彼女は遂に自らが「天国をみることのできる境地」([5])に達することに自分のすべてを注ごうと決意し,サント=ボーム山塊を目指すのでした。

     

    23.悪霊との最後の闘い、そしてサント=ボーム洞窟での隠棲と思索

     

     彼女は一度、信者と共にサント=ボーム山塊を訪れたことがありました。そのとき誰もいない洞窟を見つけたのです。

     それは標高900メートル以上もある石灰岩の断崖の中腹にあり、めったに人の寄り付くことのない巨大な洞窟、昼間でも薄暗く、冷気に包まれ、下界の喧噪も、心を乱す世俗の言葉もありません。

     ここでなら、完全に一人になれ、世間の喧騒とのしがらみを捨て、思索を深められると感じていました。

     マリアはこの洞窟に籠りました。

     マルタもマクシミヌスもラザロも、マリアがどこかに行ってしまったことに驚きませんでした。彼女の精神と知性の苦しみ、そして彼女の求道者的な性向と俗世間との歪みを知っていたので、どこかに隠遁をし、謎に挑もうとしているものだろうと察しがついていたからです。


     サント=ボーム洞窟でマリアは謎について考えを深め、祈りと瞑想に明け暮れていました。

     『(神とは何か?世界を成り立たせる根元は何か?真理とは何か?人間とは何か?)』

     彼女の探求の矛先は次第に純化されていったのでした。
     マリアは外への成功よりも、むしろ内なる精神の栄光を目指していたといえるでしょう。

     しかしながら、彼女の知性の純化と昇華とは裏腹に、彼女には人間としてまだまだ弱い部分もありました。それは過去の経験に由来していました。
     それはかつてまだ無垢な少女だった頃に受けた悪霊からのさまざまな霊的暴行、最も信頼していた家族の裏切り、人々からの暴力と嘲笑でした。

     以前にはときどき当時の夢を見て、うなされ目を覚ますこともありました。しかし、イエスの死から余りにいろいろなことがあり、すっかり忘れていました。

     しかし、忌まわしい記憶が心の奥底で、まだ息をしていたのです。

     それが暗く冷たい洞窟に一人いると、それらは、悪魔的なものへの恐怖、恨み、人間への嫌悪として彼女の心の中に現れてきました。

     洞窟に籠って少したった頃のことです。
     マリアはいつものように石の上に座り、主の教えの真意を考え、瞑想をしておりました。

     目を閉じ、無心になろうとします。去来するのは小さい頃、まだ悪霊に侵される前の楽しかった日々でした。

     家族との食事、弟が生まれたとき、おそるおそる顔を覗き込んで見た寝顔、友達と遊んだガリラヤ湖の浜辺が鮮明によみがえってきました。

     『(ああ、今頃みんなどうしているのだろう。)』

     しかし、ガリラヤ湖の浜辺は急に暗闇に包まれてしまいました。気持ちが高揚し、腹立たしさと苛立ちの感情が胸の奥底から湧きあがり、無意識のうちに大きな声を張り上げていました。

     目を開くと、辺りがあの忌まわしい家畜小屋と化していました。呼吸は乱れ、額には汗の粒が浮いてきます。

     あの悪霊たちに身も心も支配されていた時と同じでした。
     間違いなく悪霊たちがまた襲ってきたのです。

     彼女の顔は歪み、この高揚感を抑え込むのに拳で地面を何度も叩きました。

     『(お母様、助けて。)』

    マリアは心の中で一生懸命に助けを求めました。

     しばらく苦しんでいると、母親と父親の幻が彼女の前に現れました。

     『お母様、お父様、助けて。とてもつらいの。』

     いつのまにか両親の側に、親戚の人たちも集まり、皆顔を見合わせて何か囁いています。その声は次第にマリアにも聞き分けられるようになってきました。

     『悪霊よ。』、『可哀そうに。』、『あんなにいい子だったのに。』
     『どうしてこんなことになったの。』、
     『わが家系から悪霊憑きがでたなんて、末代までの恥だ。』

     マリアが両親の方を見ると、マリアを助けるどころか、弟と妹をしっかりとつかみ

     『お姉さんの側に寄ったらだめよ。悪霊がうつるから。』

    と言い聞かせています。

     マリアは号泣しました。

     『(お母様、なんでそんなひどい事をいうの。私はあなたの娘よ。)』

     
     洞窟の闇の中に一人、マリアはすべての人から見放されていたのでした。

     すると、今度は屈強で魅惑的な男性が二人どこからともなく彼女の寝ている横に現れてきました。見たこともない人たちです。男たちは、彼女に寄って来ると、一人が苦しくて動けずに横たわっているマリアの体をまさぐり、もう一人は彼女の頭を抑えつけ口づけを始めます。

     『マリア。愛し合おう。これからあなたのまだ知らない素晴らしい快楽の世界を、たっぷりと味わわせてあげましょう。』

     男たちの生臭い息がマリアの顔に吹きかかります。
     彼らの行為にマリアの体は敏感に反応してしまいます。

     『(私は罪深い者に貶められていく。)』

    しかし、そのとき彼女は気が付いたのです。

    『(こいつらは、家族でもなく、人でもない。悪霊の化身だ。)』

     薄れゆく正気の中で、マリアは主が語った荒れ野での話を思い出しました。主が荒れ野で断食の修行をしていたとき、サタンが現れ、3度誘惑したものの、すべてを退け、最後にはサタンを追い払った話です。

     『(そうだ、悪霊になど屈してはいけない。主よ私にお力を)』

    マリアは大声で悪霊を怒鳴りつけました。

     『去れ、悪霊よ。お前たちも神に仕えよ!』

     イエスの言葉がマリアの口から発せられると、憑りついていた悪霊たちはその場で消滅していきました。マグダラでは逃げて行っただけでしたが、今度は完全に跡形もなく消え去ったのです。彼女の悪霊は永遠に消え去りました。

     マリアは手を合わせ、主に祈りを捧げました。

     『主よ。ありがとうございます。悪霊は今、滅びました。』

     その言葉が終わると、暗い洞窟の中に光が差し込んできました。


    画像
    洞窟で祈るマリアに降り注ぐ
    天からの光


    マリアが光の方を見ると、それは次第に明るく強いものとなり、その中に二人の白く輝く天使の姿が現れました。かつてイエスの墓に現れた天使でした。

     『マリア。私たちについて来なさい。主イエスがかつてあなたに言われたように、あなたを天の国の入口まで招きましょう。ようやくあなたはその準備を終えたのです。』

     跪いていたマリアは立ち上がり、注意深くゆっくりと光の方に向かいました。天使はマリアがついてくるのを確認すると、光の中へと入って行きました。マリアは遅れないようにそのあとを急ぎ足で追うのでした。

     そこは主の王国でした。
     まず天の軍勢がマリアを迎え入れました。天使たちは一斉に声を挙げます。

     『いと高き処には栄光、神にあれ、地には平和、主の悦び給う人にあれ。』(ルカ2・14 [14])

     その光と声は絡み合い、マリアを覆うのでした。マリアも思わず、その声に従い繰り返します。『いと高き処には栄光、神にあれ、地には平和、主の悦び給う人にあれ。』

     すると声は鳴りやみ、突然に静寂が広がります。マリアの耳にはまだ天使たちの高らかな声の名残が微かに聞こえていました。

     案内役の天使はマリアをさらに奥へと導きます。そこには別の天使がいて、彼女に言葉をかけます。

     『マリア。ここは天界の入口。さあ、これを召し上がれ。』

     天使の手の指す方を見ると、食事が用意されていました。マリアは洞窟の中でろくに食べ物もないところで、何日も暮らしていました。

     『マリア。これは天界の食べ物。もうあなたは地上のものは口にする必要はありません。』

     マリアはそこで天の葡萄酒を飲み、パンを口にしました。すると、のどの渇きも空腹の感覚も消えていったのです。マリアが天使の方を向くと、天使は頷きました。

     『マリアよ。これは主の血であり、肉なのです。』

     マリアは改めて、手にしたパンに見入るのでした。
     食事が終わると、マリアはまた洞窟に戻されました。

     それからというもの、日に七回、天使の導きで天界に行き、そこで祈りをささげ、神の御言葉を聞き、そして最後に天の食事をとりました。洞窟に戻ると、マリアは瞑想に耽りました。

     かつてイエスはペトロに天の国の鍵を授けたと言い、人々を導くようにさせ、そしてマリアには、やがて天の王国に導くと約束しました。そのことが実現したのです。


    24.精神の栄光を求めて


     マリアは日々、天界の入口で宗教的な高みへと到達するように修行をしました。しかし、洞窟に籠ってから30年の歳月が過ぎていました。

     その間に、彼女は次第に知覚できるようになったのです。神の国とは、空間も時間もなく、神は無限であり、全てであると。彼女自身、神の国の入口では、空間も時間も感じることはありませんでした。

     その代わり、マリアは洞窟に戻されるたびに、思考と肉体が時間と空間という荒縄で何重にも緊縛され、心の四肢の自由を奪われる苦しみを感じました。

     『(地上にいる人間が空間と時間の縄を自ら解く方法はないものだろうか?)』

     もしその方法がわかれば、人々は瞬時にどこにでも行くことができるようになり、また過去も未来も現在もすべてが線ではなく点となるはずだ、マリアはそう感じ、思索を続けていました。

     マリアは解決の糸口らしきものを得ると、それをパピルスに記したのですが、その数は増え、次第にいくつもの束となって積みあがっていきました。

     解決できたと思ったときもたびたびありました。

     『(そうよ、そういうことだったのよ。)』

    その思索をパピルスに記すのですが、書いているうちにおかしなところに気が付いたり、別の日に改めて見直すと、それでは説明できないことがあることに気が付いたりすることがほとんどでした。

     『(やはり、こんな単純なことであるわけがなかった。また振り出しね。)』

     軽くなっていた心に、また未解決という重い淀みが生じ、頭をうなだれ、両手で抱え込み、木で作った椅子と机に座り込むのでした。


     しかし、天の入口に垣間見る天界と、それを解明しようとする苦悩の毎日が終わりを遂げるときがきました。

     彼女は言葉の限界を感じていました。マリアは洞窟の中に置いた木の机の上にパピルスの書き物を並べ、その前で頭を抱えていました。

     『(言葉では、神、無限、時間、空間、そして天界を書くことは不可能だ。私は30年もの間、イエス様から天の国の入口に招かれ、それらを全身で感じていたのに、何でそのことに気が付かなかったの。そう、言葉の限界。そもそも人が造った言葉にそれを解明する力など備わっているわけはない。もっと時間・空間を超えた天の言葉が必要にちがいない。)』

     マリアは机を指で軽く叩き始めました。その音が洞窟の内部に響き渡っていきます。

     『(言葉でないとすると数?数。
     そう、ギリシャの先人たちからの数学の真理は古代より一切変わりない。だとすると、天界の言語とは数、あるいは数学なのかしら?

     そう言えば、確かギリシャの哲学者で数の絶対性を主張していた人がいたわね。ピタゴラス?-考えて見れば数学は言葉とは違う。
     小さいときから数字に魅力を感じていたのは、きっとそのせいかもしれない。

     数には計り知れない末恐ろしい力が潜んでいて、今も将来も人は数字に支配されている。
     でも数は天の言葉ではないはず。

     もっと何か別の天の言語があるはず。
     それさえわかれば。
     それさえわかれば。

     そうだ、それは無限を記述できる言語。それを見つければよい。)』

     マリアはさらに考え続けました。
     しかし、下界にいるときは、時間が容赦なく彼女の肉体を蝕んでいき、 マリアの生命の灯はもう消えようとしていました。 

     マリアは死が近いことを薄々悟ってはいましたが、遂に最期のときが訪れました。彼女は明確に自分の弱った肉体の終わりを感じ取ったのでした。
     しかし、彼女には焦りも落胆の気持ちもありません。マリアは死が終わりではなく、新たな世界に移り住むための変容と考えていたからです。

     『(人はこの下界にいる限り、空間と時間と言葉に支配され、神も無限も天界も理解できず、説明することもできない。
     しかし私は天界に行ける。そこで天の言葉を理解することができる。あの天使たちのように。そうすれば、私は自分の謎を解くことができる。
     無限を有限の言語で記述することには無理がある。無限の世界の住人になること。神の国に行くこと。
     それこそが解決の糸口になるはず。)』

     彼女は力がまだ残っているうちに、天の国に行く準備をするため、旧知の友、司教マクシミヌスに会おうと山を下りて行きました。

     マリアの姿は、伸びた白髪に、白い衣を纏い、山で拾った木の太い枝を杖の代わりに歩く預言者のようでした。もし30年前のマリアを知っている人が彼女を見かけても、彼女だとはすぐにはわからなかったでしょう。

     マリアは休んでは歩みを進め、膝をあまり上げられなくなった足を引きずるようにして、山を下り、町を抜けて行きました。ようやくマクシミヌスの祭壇のある建物の入口の前までやってくると、衣についた土埃を手で何度か払い、胸元の乱れを正し、中へと入って行きました。

     祭壇の前では司教マクシミヌスが一人、神に祈りを捧げていました。

     『マクシミヌス様。』

    彼女は声を遠慮がちにかけました。その声にマクシミヌスがピクリと体を震わせました。

     『おお、その声はマリア・マグダレナ。』

     彼は後ろを振り返りましたが、思わず手で眼を隠してしまいました。

     『マリア。』

     目の前に眩しいばかりに輝くマリアの姿がありました。彼はマリアがサント=ボーム洞窟に籠っていることは人伝に聞いていました。

     『今日は山から下りてきたのですね。それにしても、なんで、そんなに輝いているのですか?』 

    そう言われて、彼女は自分の両腕を眺め。 

     『(イエス様がお約束されましたように、私は毎日、天の国の入り口まで招かれ、そこで天使たちと戯れ、話をしておりました。するといつしか自分もまぶしいばかりに光り輝くようになったのです。)』([5]改変)

     『それにしても、太陽をみてもあなたほどには眩しくあるまい。』([5]改変)

     マクシミヌスは少し大げさとはいえ、ありのままのことをマリアに告げると、マリアは微笑みました。
     それから彼女は洞窟でのことを淡々と話し始めるのでした。

     彼女が話している間、マクシミヌスはときに瞼を伏し考え込むように聞いているかと思えば、急に目を見開き、口を半開きにしてマリアを眺めるのでした。
     彼女は一通りの説明をすると、少しの間をおいて続けます。

     『今日、とうとう私は天の国の住人になれるのです。そのため、どうか私に聖体と聖血をお分けいただけないでしょうか。』

     今まで不思議な、しかし深遠な話に引き込まれていたマクシミヌスはマリアの言葉で我に返らされました。

     『マリア、急に何を言い出すんだ。
     あなたが山から下界にいらしたからには、ぜひあなたのその教えを自身の口から伝え、あなたが胸にお持ちの信仰の灯を分かちあうべきです。』

     マリアは少し微笑むと、顔を下の方に向けました。それから、マクシミヌスの方を見ますが、その顔からは微笑みが消えていました。

     『神の教えを伝えることは、マクシミヌス様、そしてあなたのお弟子さんたちが果たすべきことです。
     私の役割はすでに終わっております。天に行くのは神の思し召しでございます。』

     マクシミヌスにとっては、マリアは無二の同胞です。地中海の苦難を共に乗り越え、フランスの地で布教に勤しんできたのです。彼はマリアを失いたくありませんでした。

     しかし、マクシミヌスはマリアをそれ以上引き留めることはできませんでした。マリアが天に召されることは主のご意志だと感じられたからです。

     彼は厳かに答えました。

     『わかりました。そういたしましょう。』

     マクシミヌスは司教として主の聖体と聖血をマリアに授けました。
     杖を床に置き、拝領したマリアは、静かに祭壇の階段の前まで進み、ゆっくりと横たわるのでした。

     マリアは静かに瞼を閉じました。
     頬にふるさとマグダラにそよぐ心地よい清気が感じられました。懐かしい匂いと感触。深く息を吸い込みました。
     マリアの脳裏に、ガリラヤ湖の深い青い水面が広がり、その上を無数の光の粒が現れては消えていきます。

     やがて前方に主イエスが見えてきました。初めて目にしたときと同じ姿です。主は水の上を彼女に歩み寄り、マリアを見つめました。
     主は自らの手を彼女の髪の上に伸ばします。それはかつて七つの悪霊から救ってくれたときと同じように柔らかく暖かい御手でした。

     主の手からは、まばゆい輝きがあたり一面に広がり、世界を覆いつくしていきました。

     祭壇の階段の上。横たわるマリアの頬を、一粒のしずくがつたって下へと流れ落ちていくのでした。

     マクシミヌスは階段の下で、マリアの方に向かって跪き、マリアの昇天を祝福するのでした。


    画像
    白髪のマリアの昇天


    25.謎のマグダラ文書の誕生と封印


     マクシミヌスはマリアの遺体を丁重に葬りました。葬儀にはマルタも駆け付け、悲しみをともにしました。
     葬儀が終わると、彼は使用人を呼びつけ、サント=ボーム洞窟に向かいマリアの遺品を持ち帰るよう指示をくだしました。

     使用人が持ち帰ったものは僅かで、彼女の質素な衣類、細かな日用品、それに彼女の机の上と床に几帳面にまとめられた大量のパピルスの断片でした。少し大きめの木箱1個がほぼ埋まるほどの量です。

     マクシミヌスはパピルスをまとめ、彼の書き物机の下に置き、何が書いてあるのか拾い読み始めました。

     しかし、数枚読むころには、彼の顔は明らかに青ざめていました。そこには、聴いたことのない奇妙で新しい考えが、小さめの字で紙面いっぱいに書かれていたのです。

     『(数字で考える知能をもつ天使?人が神ではなく数字に支配される世の中?)』

     この箇所に至って、パピルスを持つ手が震えていました。

     『そんなばかな。このようなことを考えるなど、神への冒涜だ。』

     マクシミヌスは、ここでもう読むのを止めねばならないと思ったのですが、先にどのような突拍子もない事が書かれているのか、知りたいという欲求には勝てませんでした。さらに記述は続きます。

    『(しかし数字はすべてではない。天使たちが話している言語。彼らは私に話すときは私の知っている言語で語ってくれるが、彼ら同士、そして主と話しているときは全く別の聴いたこともない言語で話している。いや正確には聞いているのでもない。耳を介さず、全身に直接届いているのだ。だがその言語は、いわゆる言語ではなく、人の言葉では書き記すことはできない。
     私が書けるものは、無限の天界の有限な下界への射影に過ぎない。)』

     そこからは、内容的にも断片が多く、ところどころわざと大きな空白を点在させています。それが何を意味しているのかは彼の理解できるものではありませんでした。
     マクシミヌスは思うのでした。

     『(この意味不明な模様とも思えるものは、もしかすると天界の投影された姿を現しているのかもしれない。マリアはここに天の無限の様相を記述しようとしているのだろう。私には理解できないが、マリアのような、あるいはそれ以上の知性を持つ者が将来現れれば、これを読み解くことができるのかもしれない。)』

     彼はしばし中空を見据えていました。

    『(また主はマリアにのみ、真理を教えたのだろうか?)』

     マクシミヌスは理解できないながらも、これが彼の知っている神の教えとは違っていることを直観しました。そして、もしこの文書が人手に渡り、広まるようなことがあれば、将来キリスト教徒に大きな混乱を招くであろうことも。

     彼はマリアの書いた文書を、誰にもわからない場所に隠すことを決意しました。
     灰にしなかったのは、彼の心の片隅に、もしかするとここに真理への扉が書かれているのかもしれないという、微かな疑いが捨て切れなかったからです。
     しかし、そうだとしても、それが明かされるのは今ではないと彼は考えたのでした。

     マクシミヌスはマリアの書いた物をすべてかき集め、壺の中に無理に押し込めました。そして自らが一筆書き記したパピルスを文書の一番上に載せ、壺に蓋をし、封印を施しました。彼が書いた言葉とは

    『マリアによるマグダラ文書』

      

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    マグダラ文書



    ☆☆☆ 『マグダラのマリア』終わり ☆☆☆






    本作を書き終えて

     キリスト教の歴史のなかで、マグダラのマリアの死後の評価は毀誉褒貶が激しいものでした。使徒たちへの使徒と言われることもありましたが、一方、罪深い女、娼婦、肉欲三昧などと時代によっては書かれることもありました。

     しかしそのようなマリアを貶める評価は、後世の人たちによる聖書等のある種の曲解による所があり、それは女性としてのマリアの位置づけを下げる目論見もあったのではないかという説もあります。

     しかし、2016年、ローマ・カトリック教会はマグダラのマリアを

     「使徒たちへの使徒」

    とする伝統的な理解を、公的に再確認し強調したのです。

     イエスの教えを静かに実践し、イエスを慕って天界に近づこうとした賢く静謐な女性、それが私の目に映るマグダラのマリア像です。


     ちなみに、本作最後に書かれている『マグダラ文書』。これは未だに発見されていない謎の文書でございます。



    ☆ 本作品は note に公開した筆者の「マグダラのマリア 【短編小説】前編(改訂版)・後編 」、「マグダラのマリア外伝 -黄金伝説篇 第1部-」を大幅に加筆・改変して統合したものです。

    ☆ 挿絵の作成には Adobe Firefly プラットフォームを使い、一部そのプラットフォーム内の Gemini3.1 と Veo3.1Fast を併用しました。
     文章と創作ストーリーの方は AI ではなく著者自身によるものです(聖書等からの引用文は除く)。



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    巻末解説.史的文書による部分とフィクションの部分について

     本作品では、新約聖書、非正典文書、伝承をもとに骨組みを作っていますが、その繋ぎの部分をはじめ、かなり多くの創作部分があり、それらが融合しているところも多々あります。
     そこで、この解説ではどこが史的文書に基づく箇所で、どこが創作かを記しておこうと思います。

     本小説の第1章から第15章までの骨組みは「新約聖書」(ただし5章の弟子とイエスのやり取りは「フィリポによる福音書」、「トマスによる福音書」、「ピスティス・ソフィア」から借用している部分があります)、そして第16章と第17章は「マリアによる福音書」,第18章は「新約聖書」、第19章以降は「黄金伝説」(「マグダラの聖女マリア」,「聖女マルタ」の一部)に概ね基づいています。
     ただし「黄金伝説」のマリア像と本作品のそれとは必ずしも一致していません。本作のマリア像は「黄金伝説」ではなく、むしろ2016年のローマ・カトリック教会が確認した立場に近いといえるでしょう。

     フィクションの部分としては、小説上の情景描写、心理描写、設定、引用符のないセリフ等があげられます。特にマリアの生家、家族構成、父の職業、悪霊に憑りつかれたマリアのシーン、ユダとのエピソード、漂流の詳細、サント=ボーム洞窟における悪霊との闘いとマリアの思索内容、そして本作品に登場する「マグダラ文書」はフィクションとなっています。
     第5章の『いずれあなたを天の国の入口まで導き』は、トマスによる福音書 114([3]) をヒントにして作ったセリフです。 

     注:「マグダラ文書」は架空のもので、「マリヤによる福音書」ではありません。

     ところで「フィリポによる福音書」、「マリアによる福音書」、「トマスによる福音書」、「ピスティス・ソフィア」、「黄金伝説」は聖書には含まれていない古い文書で、聖書の教えではありません。これらからは、当時どのような考え方があったかを知ることはできますが、必ずしも史実とは限らないものも含まれています。この点、注意が必要となります。

     これらの史的文書については、簡単な解説文 [17] を用意してありますので、ご関心のある方はご覧ください。

     最後にマグダラのマリアがサント=ボームの洞窟で亡くなるまで修業した話は、プロヴァンスの伝承とも呼ばれている伝承です。そこは観光地でもあり、キリスト教の巡礼地のひとつにもなっております([12])。



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    参考・引用資料

    [1] 『新約聖書 新共同訳』,日本聖書協会,1987, 1988.

    [2] 『新約聖書 福音書』(塚本虎二訳),岩波文庫,1963.

    [3] 『ナグ・ハマディ文書Ⅱ,福音書』(荒井献・大貫隆・小林稔・筒井賢治訳),岩波書店,1998,オンデマンド版 2017.

    [4] カレン・L・キング『マグダラのマリアによる福音書 イエスと最高の女性使徒』(山形孝夫・新免貢訳),河出書房新社,2006.

    [5] ヤコブス・デ・ウォラギネ『黄金伝説2,3』(前田敬作・山口裕訳),平凡社ライブラリー,2006.

    [6] Mary Magdalene, Wikipedia マグダラのマリアに関する記事:

     [7]  ガリラヤ湖,Wikipedia:

    [8] マグダラ:

    [9] 「イエス・キリストの生涯」(2020 A&E Television Networks, 2019).

    [10] 「マグダラのマリア」(映画,Universal Pictures,2019).

    [11] 『 ナグ・ハマディ文書Ⅲ,説教・書簡』(荒井献,他訳),岩波書店,1998.

    [12] プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール観光局(Provence-Alpes-Côte d’Azur Tourism Board)のサイト:

    [13] 岡田温司『マグダラのマリア-エロスとアガペーの聖女』,中公新書,2012.

    [14] 『文語訳 新約聖書 詩篇付』,岩波文庫,2014.

    [15]  『ピスティス・ソフィア』:

    [16] アン・グレアム・ブロック『マグダラのマリア、第一の使徒 権威を求める闘い』(吉谷かおる訳,新教出版社,2011).

    [17] 冬魅アエクース『マグダラのマリア外伝 -非正典解説篇』:




    自己紹介

     冬魅アエクースと申します。
     昨年秋頃から文芸作品の創作やドイツの詩の翻訳を始め、note に公開しております。
     今回の作品では、創作に加えて、聖書や非正典文書、それから関連文献を調べるのに時間がかかってしまいました。
     マグダラのマリア、いかがでしたか。

     もしよろしければご感想などいただけますと嬉しいです。


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    その他の作品紹介:
     『美しい短編集 ―愛と死をテーマに―』
     綺麗な挿絵もいっぱい載せました。



    © Copyright 冬魅 Aequus, May 30, 2026.
    本稿の全部または一部(画像を含む)の無断転載を禁じます.本稿の一部を引用する場合は本稿からの引用であることがわかるよう明記してください.




     
     
    小説やエッセイを書く傍ら、ドイツの詩も翻訳。ストーリー・文章作成はAIを使わず、自分で作っています。理由はそれらを考えるのが好きだから。 挿絵の作成には Adobe Firefly (パートナーモデルを含む)を使用。 私は非現実世界の住人です。

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