
第二章:覚醒する記憶の奔流
ルナは荒野を北へと突き進んでいた。
背後に残したアトラスの遺構は、すでに砂嵐の彼方に消えている。
腰袋の中の「結晶体」は、時折、心臓の鼓動と同期するように青白く明滅を繰り返していた。その微かな脈動が、ルナの脳内に、自分のものではないはずの「記憶」を絶え間なく流し込んでくる。
——かつて、空を覆うほどの黄金の翼が舞った。
アトラス王が命を下し、巨大なピラミッドから放射された光線が、海を二分した。ラムーの聖地から立ち昇ったのは、絶望の叫びではなく、愛する者を守るための最期の祈りだった。
「……うっ」
ルナは膝をつき、激しい頭痛に顔を歪めた。
視界が二重にブレる。砂塵舞う荒野の景色が、一瞬にして鮮やかな珊瑚の海へと変貌し、次の瞬間には溶けた鉄の雨が降る戦場へと切り替わった。
ルナにとって、これらの記憶は「過去」ではなく、現在進行形の苦痛として刻まれているようだった。
彼女は震える手で地面を掴んだ。
乾燥した土と砂の感触が、現実への繋ぎ止めとなる。
「私は……ルナ。私は、この世界で旅をしている」
自らに言い聞かせるように呟く。
だが、結晶体が放つ光は、そんな彼女の意志を嘲笑うかのように、記憶の扉をさらに大きくこじ開けようとしていた。
数日後、ルナはかつての都市が灰と化した巨大なクレーターの縁に辿り着いた。
かつては数百万の民が住んでいたであろうその場所には、今やアトラスの残党が放棄した機械兵器の残骸が、無機質な墓標のように並んでいる。金属の腐敗した臭いが鼻をつく。
歩を進めるルナの背後に、不意に冷たい気配が走った。
風に乗って運ばれてきたのは、機械特有の耳障りな駆動音だ。かつての文明が滅びた今もなお、プログラムに忠実に侵入者を排除しようとする自動迎撃装置――「ガーディアン」が、砂の中から姿を現した。
「警告。侵入者ヲ検知。排除ヲ開始スル」
無機質な合成音声がルナの神経を逆撫でする。逃げ道はない。ルナは咄嗟に身を翻したが、ガーディアンから放たれた熱線が彼女のすぐ脇の岩を溶かし、噴石が頬を掠めた。
「どうして……どうして、争いを続けるの!」
ルナの叫びは、機械には届かない。
絶体絶命の危機。その時、ルナの身体の深淵から、言葉では形容し難い「熱」が溢れ出した。
指先が青く輝き、周囲の大気が振動を始める。かつて一度も習ったはずのない術式が、彼女の意識を介さず、指先から奔流となって解き放たれた。
「消えなさい!」
彼女が腕を振り抜くと同時に、青白い光の奔流がガーディアンの核心部を貫いた。爆発音すらさせず、ガーディアンは分子レベルで霧散し、砂へと還った。
沈黙が戻った荒野で、ルナは自分の手を見つめ、全身を震わせた。今の力は何か。
なぜ、自分の中にこのような破壊の術が眠っているのか。
(違う。これは破壊の力じゃない……これは、守るための力)
脳裏に、かつてラムーの聖域で巫女たちが祈りとともに紡いだ「調和の術」の姿が浮かぶ。
自分はただの旅人ではなかった。
かつて、この世界の調和を守るために選ばれた者の一人だったのだ。
記憶が戻るたびに、彼女の胸の奥底で、かつての仲間たちの声が反響し始める。
自分がスメラミコトの元へ向かわなければならない本当の理由。
それは単なる逃避ではなく、この繰り返される歴史のループを自らの手で断ち切るための「儀式」に他ならなかった。
ルナは立ち上がり、汚れた外套を翻した。
かつての文明の遺物である機械兵器を倒したことで、彼女の内に眠っていた「覚悟」が、記憶と共に深く刻み込まれた。
「私は思い出す。私たちが、何を守りたかったのかを」
北の山影は、先ほどよりも大きく、そして峻厳にそびえ立っているように見えた。ルナは迷いを振り払い、再び歩き出した。記憶が戻ることは、さらなる苦痛を伴うことかもしれない。それでも、彼女の蒼い瞳には、淀んだ空を切り裂くような強い意志が宿っていた。
七度目の世界を塗り替えるための旅は、今、ようやく序章を超えようとしていた。