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義父レンとの思い出日記🍀その1(救急車で入院編)

    昨日の記事に登場した亡き義父のレン🍀
    2017年7月に94歳で亡くなるまでの
    最後の3ヶ月のことを思い出しながら書いてみようと思う。


    レンが2013年の夏、90歳になったのを機に
    長年住んでたスコットランドからイングランドに戻ってくることになり

    老人ホームではなく、我が家から徒歩5分のところにあるバンガロー
    (スコットランドの家を売ったお金で購入)に住んでもらうことにした🌈

    そう、現在、改築工事中の手抜き工事だらけのあのバンガロー😂


    約3年半、私は自転車で自宅とバンガローを行ったり来たり…
    ランチタイムは私の手作りのサンドイッチを差し入れ
    夕食は業者に頼んで温かい食事を配達してもらった。

    レンには当時、毎朝欠かせないルーティーンがあった。

    スーツとネクタイに着替え、革のシューズを履き、帽子を被り
    新聞とおやつを買うために近くのスーパーへ行くこと🌈

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    親戚のお葬式に参加した時の写真

    杖をつきながら颯爽と歩くレンは近所でも有名人だった✨

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    5月の朝、散歩するレン


    新聞を買った帰りに我が家に寄ってお茶を飲む☕️
    それもルーティーンの一つ…
    私も毎朝レンが来るのを楽しみにしていた。

    たまに近所に住む妹の家に行くこともあった🌈

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    レンの妹パットの家に遊びに行った時の写真


    そんな日々が4年近く続いた頃…
    レンが度々転倒し、救急車で運ばれるようになった。

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    病院に搬送されても笑顔のレン🍀

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    3回目の転倒時に肝機能が低下していることがわかり
    そのまま入院する事に…

    最初の1週間は比較的元気だったものの
    注射針を抜き取ったり、脱走しようとするので
    ベッドアラーム(患者がベッドサイドに移動しただけでアラームが鳴る)
    をつけられ、レンはあまり動けないようになっていった。

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    それでも果敢に脱走を試みるレン😅
    結局、24時間体制で、看護士がつきっきりで監視する事に…

    私が一番心配していたのは、レンが動かなくなる事で
    足の筋肉が急激に衰え、歩けなくなる事だった。

    私の予感は的中、レンは歩くどころか立つこともできてなくなった。


    食事も途中まで一人で食べてたのに
    あまりにも時間がかかるので
    いつの間にか看護師が食べさせ始め
    結局は自分で食べられない状態に持って行かれた(気がする)。

    あんなに元気だったレンが
    生きる気力をなくしたのか、目の焦点も合ってない…

    意識も朦朧とし、私達がいることすら分からないまで衰弱😭
    このままでは1週間持たないのでは…
    デービッドと心配し、夫婦で眠れない夜を過ごした。


    続きは次回の記事で…


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